大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和41年(う)2196号 判決

被告人 古島清

〔抄 録〕

検察官の控訴趣意第一及び弁護人の控訴趣意書第一点について。検察官の所論は、原判決は罪となるべき事実として公訴事実と同旨の傷害致死の事実を認めながら、被告人は犯行当時心神耗弱の状態にあつたものと認定して法律上の減軽を行つた上判決の言渡をしているが、右責任能力に関する認定には重大な事実の誤認があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるというのであり、また弁護人の所論は、原審の取り調べた証拠によつては、本件被害者の死が、被告人の故意又は過失若しくは不可抗力のいずれによるものかが明らかでないばかりでなく、被告人は本件当時心神喪失の状態にあつたのであるから、いずれにしても刑責を負ういわれはないのに、原判決が犯意を認め、且つ、犯行当時心神耗弱の状態にあつたに止まるものとして、有罪の言渡をしたのは、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認を犯したものであるというに帰する。

よつて考察するに、原判決挙示の証拠によれば、昭和四〇年一月一一日午後一一時頃栃木県河内郡南河内村大字薬師寺三三一一番地の六四の被告人方居宅兼店舖階下四畳半の茶の間において被告人の妻光(当時三六年)が、被告人の手にしていた日本刀(原裁判所昭和四〇年押第一一号の一、当裁判所昭和四一年押第七七〇号の一、刃渡四四・四糎)により左胸部に一個の刺創を受けて左心室刺創の傷害を負い、即時同所で右刺創に基く失血により死亡するに至つたこと、そしてその前後に亘る被告人の行動については(一)被告人は同日同県下都賀郡石橋町所在料亭「千鳥」において、午後二時半頃から四時頃まで同業(飲食店業)者の新年宴会で、更に午後七時頃から九時頃まで友人糸井倹治及び篠崎一雄との二次会で、それぞれ飲酒した上、自動車に右両名を乗せ自ら運転して午後一〇頃前記自宅に帰り、前記階下四畳半の茶の間でビール二本位を飲みながら談笑し、両名に、被告人が近く東南アジア視察旅行に出発するといつて不在中のことを依頼したり、三人で揃いの和服を作る話をしたり、同室に置いてあつた被告人愛蔵の前記日本刀を見せたりなどして話が尽きなかつたので、右糸井、篠崎は午後一〇時三〇分頃ひそかに帰ろうとして店先の戸外に出たこと、(二)すると被告人は後を追つて行つて強いてこれを引き止め、再び右両名を店内に連れ戻し、三人で茶を飲もうとしてストーヴを囲んで椅子に腰掛けたが、被告人は酩酊していたため椅子を立つて斜めうしろのテーブルの上から茶碗を取つた後、椅子に掛け損ねて後ろに転倒し、抱き起されて立とうとして更に前によろめいたりしたので、篠崎が被告人を寝かせるため、後から抱きかかえるようにして右茶の間へ運び込もうとするや、被告人はこれに憤慨し「俺は酔つていない」などと怒号し、抱きかかえられているのを振りほどいて独りで歩こうとして暴れ、もみ合いとなるなど、険悪な気配になつたので、篠崎は被告人を強いて茶の間に運び込み、いち早く店外に出ていた糸井に続いてその場を立ち去つたこと、(三)被告人はもつと付き合つて貰いたいのに糸井等がこつそり帰ろうとしたことに機嫌を損ねており、次いで篠崎に抱きかかえられて茶の間に運び込まれ寝かせようとされたことに憤慨して気がいらだつていた矢先、先刻見ていた日本刀が茶の間に見当らないのに気付き、被告人の酒癖の悪いことを知つている妻光が危険を虞れてこれを室外に隠したものと察して立腹し、同女を呼びつけて「どこへやつた」「どこへやつた」と怒鳴りながら詰問したところ、同女が知らない旨を答えたので、同女にさからわれたものと解して一層憤慨し、足音荒く階段を駆け上つて二階の間を捜したが見当らず、直ちに階段を駆け降りて茶の間に戻ろうとする途中、右茶の間西側廊下の洋服箪笥と障子との間の片隅に右日本刀が隠してあるのを発見し、これを携えて茶の間に戻り、妻光が室内に立つているのを見るや、憤激の余り突嗟に袋を取り除けて右日本刀の鞘を払い、これをもつて同女の左胸部を一回突き刺して左心室刺創の傷害を負わせたものであること、(四)しかも被告人は妻光が刺傷を受けてその場に倒れたのを見るや驚愕し、直ちに同女を抱き起して傷口に手当を加えるかたわら、居合せた深見友子に命じて電話で医師の至急来診方を求めさせ、自らも電話口に出て来診を求めたが、負傷者を連れて来るように指示されるや、直ちに被害者光を自家用自動車に乗せ、自ら運転して前記石橋町所在の石橋病院に運び込み、救急の措置を依頼したことを認めることができるのであつて、弁護人所論のように、被告人の妻光の負傷が、被告人が右日本刀を抜いて持つていたところへ、たまたま同女の身体が倒れかかつて切先が突き刺さつたというが如き不可抗力によるものであることを窺うに足りる形跡は、記録を精査してもこれを認めるに由がない。(柏木栄の司法警察員に対する供述調書中、石橋病院から警察署に連行されようとする被告人が深見友子に対し「かあちやん(妻光を指す)がお茶を持つて来た時刀が刺さつたんだからな。」と言い残して行くのを聞いた旨の供述記載があるが、爾余の証拠に照らして被告人が深見友子に対し真実を述べたものとは到底措信し難い。)弁護人は更に被告人に刺傷の犯意あることを争い、且つ当時心神喪失の状態にあつたことを主張し、被告人も捜査並びに原審公判の各段階を通じて、被告人の当夜の行動経過のうち、料亭「千鳥」における新年宴会及び二次会を経て糸井、篠崎両名を伴つて帰宅し、茶の間において談笑の末、帰ろうとする両名を引き止めて店内に連れ戻つたところまでのことについては、おおむね、上記認定のような経緯であつたことを記憶しており、その後茶の間において日本刀の鞘を払つて見ていたような記憶もないではないが、妻光を刺傷するに至るまでのその余の事実特に妻光を日本刀で突き刺したというが如き事実は、酒に酔つていたため全然覚えがない旨の供述を繰り返えしているのであるが、被告人が妻光を刺傷する前後の行動経過は上記認定のとおりであつて、これによつて見ると、被告人は本件当夜相当酩酊していたにもかかわらず、自動車に糸井、篠崎両名を乗せ、自ら運転して無事帰宅し、茶の間で両名と、近く出発する東南アジア視察旅行の件や、和服を新調すること、日本刀のことなどについて筋道の通つた話を交わして談笑し、帰ろうとする糸井等を引き止めるため茶の間から店先の戸外まで独りで歩いて行つて両名を連れて店内に戻つており、その時点までの行動(前示(一)の行動経過)に毫も常軌を逸したところは認められず、両名を店内に連れ戻しストーヴを囲んで茶を飲もうとして転倒したあたりから、篠崎に抱きかかえられて茶の間に運び込まれようとするのを拒んで同人ともみ合い、茶の間に見えない日本刀のありかを妻光に訊ね、これを捜し当てて妻光を刺傷し(前示(二)及び(三)の行動経過)、同女が傷ついて倒れたのを見て驚愕するまでの行動には、酩酊のためその言動に正常性を欠いた点の見られることは否定し難いが、しかもその間、茶の間に愛蔵の日本刀が見当らないことに気付き、妻光がひそかに隠したものと察して同女にその所在を詰問し、知らない旨答えるや、急拠階段を駆け上り二階の間を捜がして見当らず、直ちに階下に駆け降りて前示場所にこれを発見するに至るまでの行動は、極めて合理的且つ正確、敏捷であつて、事理弁識の能力に欠けるところがあつたものとは認められず、刺傷行為は右日本刀を発見してから瞬時の後に行われたものであり、且つその行為に出たのは、前示のとおり被告人としてはもつと付き合つて貰いたかつた糸井等がこつそり帰ろうとしたことに機嫌を損ね、次いで引き止めて連れ戻した両名と茶を飲もうとした際転倒したりしたため篠崎に抱きかかえられて茶の間に運び込まれようとしたことに憤慨して気がいらだつていた矢先、愛蔵の日本刀を妻光が隠したものと察してその所在を詰問したところ知らぬ旨答えられ、さからわれたものと解して憤激その極に達したことによるものであつて、短慮無謀な行為であつたとはいえ、その動機において一応首肯すべきものがあり、あながち唐突、不可解な行動とは認められず、しかも刺傷行為直後、被告人は事の重大性に驚愕して被害者を介抱し人を介し且つ自らも病院等に電話連絡の上、自ら自動車を運転して被害者を応急手当のため病院に運び込む等通常人と毫も異るところのない事理弁識の能力あることを窺わしめるに十分な機宜適切な行動を見せているのであつて、これら、刺傷行為の前後に亘る被告人の行動を通観すれば、被告人は相当深く酩酊してはいたが右刺傷行為の瞬間意識喪失の状態又は理非弁識及び行動抑制の能力を欠如するいわゆる心神喪失の状態に陥つていたものとは到底思考し難く、却つて被告人は、日本刀をもつて妻光の身体を突き刺すことを認識しながら憤激のため敢てその行為に出でたもの、すなわち傷害の犯意があつたものと認めるのが相当であり、被告人が右刺傷行為前の行動や刺傷行為自体につき記憶していない旨を主張するのは、右行為当時意識障害のため行動の記銘力を有しなかつたためではなく、飲酒による酩酊(急性酒精中毒)に加うるに前示友人篠崎、糸井及び被告人の妻光の行動、態度に対する憤懣により惹起された感情の刺戟性興奮による健忘症に陥り、意識的行動の記憶を喪失したためであると認められ、当審における事実取調の結果によるも、これを裏付けることができる。されば原判決が被告人に傷害の犯意を認め、心神喪失の主張を排斥したのは正当であつて、弁護人所論の如き事実の誤認はないから、その論旨は理由がない。しかしながら、原判決は被告人が犯行当時心神耗弱の状態にあつたものと認定しているのでその当否について審究するに、被告人が叙上の如き些細な事柄に立腹激昂し、妻光に対し敢て致命的刺傷行為に出でたこと(しかも被告人はその行為の直後、結果の重大さに驚愕している。)はもとより異常な行動であつて、当時被告人の事理弁識及び行動抑制の能力がある程度減弱した状態にあつたことを窺わしめるものであるが、この程度の弁識及び行動抑制能力の減弱は、感情の刺戟性昂奮に基づく衝動的犯行に見られる通常の現象であつて、これをもつて直ちに行為者の事理弁識及び行動抑制の能力が顕著な減弱状態にあるものと解すべきでないことはいうまでもないところ、本件被告人の場合もその例外ではなく叙上の原因に基づく友人及び妻光に対する憤激による感情の刺戟性昂奮が、被告人自ら招いた飲酒による酩酊(急性酒精中毒)の影響により助長され、原審証人白石一、同星野角之進、同越山録郎、同古島一男及び同深見友子の各供述(原審公判調書記載)によつて窺われる。被告人の短慮且つ粗暴な性癖、特に妻光に対して、平素被告人の意に副わないことがある毎に憚るところなく発揮されて来た暴行(傷害)癖が、一層容易にこれを露呈した結果、衝動的に右刺傷行為に出でるに至らしめたに過ぎないものと認められ、その行為当時における被告人の事理弁識及び行動抑制能力減弱の程度は、通常人に比して特に著しいものがあつたということはできないから、これをもつて心神耗弱の状態にあつたものと認めるのは相当でなく、当審における事実取調の結果に徴してもかく解することができる。されば、被告人が本件行為当時心神耗弱の状態にあつたものと認めた原判決は事実を誤認したものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、検察官の論旨は理由がある。

よつて検察官の本件控訴は、爾余の控訴趣意に対する判断をまつまでもなくその理由があるから刑事訴訟法第三九七条第三八二条に則り原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に従い被告事件につき更に判決をする。

(罪となるべき事実)

被告人は、栃木県河内郡南河内村大字薬師寺三三一一番地の自宅兼店舖において飲食店業を営んでいるものであるが、昭和四〇年一月一一日午後二時半頃から夜にかけて同業者の新年宴会と友人糸井倹治及び篠崎一雄との二次会で飲酒し、右両名を伴つて午後一〇時頃帰宅し、階下四畳半の茶の間でビールを飲みながら談笑し、その間、同室にあつた被告人愛蔵の日本刀一振(当裁判所昭和四一年第七七〇号の一・刃渡四四・四糎)などを両名に見せたりしていたところ、右両名が午後一〇時半頃こつそり帰ろうとしたので、店先でこれを引き止めて連れ戻し、店内のストーヴを囲んで茶を飲もうとしたが、酒に酔つていたため茶碗を手に取つてから椅子に掛け損ねて後ろに転倒し、立とうとして前によろめいたりしたので、篠崎が被告人を寝かせるため後ろから抱きかかえるようにして茶の間に運び込もうとするや、被告人はこれに憤慨し、「俺は酔つていない」と怒号し、抱きかかえられているのを振りほどこうとして暴れ、もみ合になるなど険悪な気配になつたので、被告人を強いて茶の間に運び込み、篠崎、糸井はいち早くその場を立ち去つたが、被告人はもつと付き合つて貰いたい糸井等がこつそり帰宅しようとしたことに機嫌を損じており、次いで篠崎から抱きかかえるようにして茶の間に運び込み寝かされようとしたことに憤慨して気がいらだつていた矢先、茶の間に先刻見ていたばかりの日本刀が見えないのに気付き、日頃被告人の酒癖の悪いことを知つている妻光(当時三六年)が危険を虞れてこれを室外に隠したものと察して一層立腹し、同女を呼びつけ「どこへやつた」「どこへやつた」と怒鳴りながら詰問し、同女が知らない旨を答えるや、急拠階段を二階に駆け上つて捜したが見当らず直ちに階段を駆け降り、階下茶の間脇の廊下の一隅に置かれていたのを見付け出してこれを携え茶の間に戻り、妻光が立つているのを見るや、憤激の余り、突嗟に右日本刀をもつて同女の左胸部を一回突き刺して左心室刺創の傷害を負わせ、よつて即時、同所で同女を右刺創に基づく失血により死亡するに至らせたものである。

(証拠の標目)省略

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法第二〇五条第一項(傷害致死罪)に該当するので、その所定刑期範囲内において、被告人に対する刑の量定につき、弁護人の控訴趣意第二点(原判決の量刑不当を主張する所論)の論旨をも参酌しつつ、記録及び当審事実取調の結果に徴して勘案するに、被告人は短慮、粗暴の性癖を有し、特に妻光に対しては自己の意に添わないことある毎に憚りなくその憤懣を同女に向け、暴行(傷害)を加える習癖があつたところ、本件当夜、酒勢に駆られて友人等及び妻光の善意に出でた些細の行為に憤激の末、日本刀をもつて妻光を刺傷し、遂にその生命を奪うに至つたものであつて、その暴虐無惨な所為は、その動機、態様、結果において酌量すべきものなく、この一事にかんがみても被告人の罪責は極めて重く、原判決がこれに対して被告人を懲役三年に処したのは、些かも重きに過ぎるところはないから、これが軽減乃至刑の執行猶予を求める弁護人の所論はこれを採用すべき限りではない。しかしながら、被告人の妻光は従順、貞淑に年下の被告人につかえ家政、育児のことはもとより、家業(飲食店業)の経営についても常時被告人を助けてこれを支配し、家庭の安定、家業の発展に尽くして来たため、被告人は日常これを多とし、自分がここまでになつたのは、同女のお蔭であるから絶対に粗末にはできない旨をひとにも漏らしており、その粗暴、放肆な性格から、屡々暴行を加えたり、使用人某女と情交関係を生ずるに至つたりしながらも、内心厚く同女を信頼し、これを離別したりする意思は更になく、本件犯行当夜も犯行直前まで妻光に対する態度は平素と何等異るところがなかつたのであつて、本件犯行は、被告人の粗暴癖が、その短慮激情と酒勢に駆られて端的に露呈した結果偶発且つ衝動的に行われたものであり、被告人は犯行直後結果の重大性に驚愕し、爾来今更ながら後悔改悛の情を示しており、一方被告人と妻光との間に生まれた二女一男は、本件により母を喪つた今、近親者に託せられ一家分散して父の復帰を待つ状態にあること等を考慮すれば、この際被告人を厳罰に服せしめるのは、却つて刑政の目的に副う所以ではないと思料されるから、当裁判所もまた原判決と同様被告人を懲役三年に処するのを相当と認める。

(飯田 遠藤 吉川)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!