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東京高等裁判所 昭和41年(う)2209号 判決 1970年10月07日

控訴人 被告人

被告人 矢沢正英 外六名

弁護人 岡林辰雄 外一二名

検察官 鈴木久学

主文

原判決中被告人矢澤正英に関する有罪部分、同大島英一に関する部分を破棄する。

被告人矢澤正英を罰金三〇万円に、被告人大島英一を懲役八月及び罰金二〇万円に処する。

右被告人らにおいて、その罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

但し、この裁判確定の日から、被告人大島に対しては三年間右懲役刑の執行を猶予する。

被告人坂内ミノブ、同小池淑雄、同李承魯、同浅岡重一、同澤鶴若の各本件控訴を棄却する。

原審における訴訟費用中、証人斎純子、同漆原栄三、同古澤英二、同岡本栄次、同太田冨士男、同仙田八千代、同佐藤福司(昭和三九年四月二〇日出頭の分)に支給した分は被告人矢澤正英、同大島英一の連帯負担とし、証人山中米造(昭和三九年九月一四日出頭の分)に支給した分及び鑑定人深田敬一郎に昭和四〇年四月三〇日に支給した旅費、日当並びに同年六月四日に支給した鑑定料は、被告人大島英一の負担とし、当審における訴訟費用中、証人木村麿に支給した分は、被告人矢澤正英、同大島英一、同小池淑雄、同李承魯、同浅岡重一、同澤鶴若の連帯負担、証人松隈孝雄に支給した分は被告人矢澤正英、同大島英一、同坂内ミノブ、同李承魯、同浅岡重一、同澤鶴若の連帯負担とする。

公訴事実中被告人矢澤正英、同大島英一に対する各背任の点につき両被告人は無罪。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人矢澤正英の控訴趣意書及び同人の弁護人岡林辰雄、安達十郎、中田直人、谷村正太郎連名の控訴趣意書、同補充書、被告人大島英一の弁護人大竹武七郎の控訴趣意書、同藤本猛、同竹原茂雄連名の控訴趣意書、被告人坂内ミノブの弁護人守屋典郎の控訴趣意書、被告人小池淑雄の弁護人長田喜一の控訴趣意書、被告人李承魯の弁護人鬼倉典正の控訴趣意書、被告人浅岡重一の弁護人内山弘の控訴趣意書、被告人澤鶴若の弁護人田中浩二の控訴趣意書にそれぞれ記載されたとおりであり、これに対する答弁は東京高等検察庁検察官検事鈴木久学の答弁書に記載されたとおりであるから、それぞれこれを引用する。

被告人矢澤正英の弁護人等の控訴趣意について、

論旨第一点は、本件公訴の提起は捜査官が悪徳金融業者森脇某一味の策略に踊らされた結果、本来罪とならない行為を被告人矢澤に対する詐欺事件として構成するためになされたものであり、これを有罪とした原判決は実行のときに適法であつた行為を処罰したことになる点で憲法第三一条(法定手続の保障)、第三九条(刑法不遡及の禁止)に、被害者である被告人矢澤を犯罪人に仕立てた点で公平の理念に反し憲法第三七条(公平な裁判所の裁判を受ける権利の保障)に、それぞれ違反し、更に裁判所が検察官の恣意的な公訴の提起に従わなければならなかつた点で憲法第七六条(裁判官の独立)に違反するというのである。

本件捜査の端緒になつたのは森脇将光らに対する被告人矢澤正英の詐欺被疑事件であり、捜査の主力がこの点に注がれたことは記録を通してこれを看取することができ、公訴提起の結果詐欺被告事件は原審において無罪の判決があり確定したものであることは所論のとおりである。そして本件預金等に関する不当契約の取締に関する法律(以下預金等不当契約取締法という)違反及び背任被告事件は右詐欺被告事件から派生した事件としてともに捜査の対象とされたものと認められるところ記録に徴し、本件公訴の提起はその手続において適法であつて、公訴権濫用の非違は認められないから、裁判所がこれを審判したのは毫も、検察官の恣意的な公訴提起に拘束されて裁判官の独立性を失つたものということはできないし、右公訴事実中、少なくとも預金等不当契約取締法違反の事実については犯罪の証明があることは後記のとおりであるから、当該犯罪の被害者を犯人に仕立てたものということはできず、たとえ派生的事件であつたとしてもこれを処罰することは適法であつて、実行のとき適法であつた行為につき刑責を問うたものということはできない。さればこれを有罪とした原判決には何ら所論のような憲法の諸規定に違反する廉はなく、論旨はすべて理由がない。

同第二点は、被告人矢澤正英の検察官に対する供述調書は、同人が拘禁中で心神の疲労し切つた時期になされた供述を録取したものであつて、その供述は任意性を欠き、憲法第三八条第二項、刑事訴訟法第三一九条第一項に照らして証拠とすることができないのに原判決がこれを罪証に供したのは理由不備の違法を犯したものであり、更に原判決の挙示する証拠は証拠の標目を羅列するのみで各証拠と犯罪事実との関連が不明であるのみならず、相矛盾する供述を含んでおり、しかも被告人大島英一、原審相被告人本村麿の供述を詐欺被告事件については措信できないとして斥けながら、本件被告事件についてこれを証拠としているのであつて、これまた理由不備の違法を犯したものであるというのである。

よつて記録を調べると、なるほど被告人矢澤正英は、原審第四九回ないし第五二回公判期日における被告人質問に際し、検察官の取調を受けていた頃は歯痛と便秘のため健康を損ね、検察官の誘導や押し付けに屈して不本意な供述をした旨を述べ、当審第四六回及び第四七回公判期日においても同趣旨の供述をしているところであるが、検察官に対する各供述(調書)はその供述内容が具体的であつて、経験者でなければ述べ得ない事項を供述しており、関係証拠とも符合すること、右供述調書の作成者である原審証人検察官古谷菊次が第五六回公判において被告人の供述が任意になされたものである旨を供述していることに徴し、所論のようにその供述に任意性がないものと認めることはできないから原判決がこれを事実認定の証拠としたのは、何ら憲法第三八条第二項、刑事訴訟法第三一九条第一項に違反するところはない。そして原判決の証拠の挙示は、標目の羅列であるが判決に証拠を示すにはどの証拠が認定事実のどの部分の証拠であるかを一々明らかにすることを要するものではなく、総合認定も許されるところ、原判決は立証すべき事項を区分し、特に犯罪事実については、預金等不当契約取締法違反の事実と背任の事実とを区別してこれに対応する証拠の標目を挙示し、よつて認定事実と証拠との関連を明らかにしているのであるからこれを以て刑事訴訟法第三三五条第一項の要求する「証拠の標目」の挙示において欠けるところはないものというべく、挙示の証拠中相矛盾するものについては、認定事実と符合する部分を採用し、これと符合しない部分はこれを採用しなかつたものと解すべきであり、また詐欺被告事件について被告人大島英一、原審相被告人木村麿の各供述部分を措信できないとして排斥したからといつて、法律上は勿論、事実関係上もこれと不可分一体ではなく別個の事件である預金等不当契約取締法違反及び背任各被告事件についてまで、その供述部分が証明力を失うものとはいえず同一人の供述でも、採用する部分と排斥した部分とは別個のものであるから、これを採つて証拠とした原判決には所論の違憲、違法理由不備の非違は存しない。論旨は理由がない。

同第三点の一、は、原判決は被告人矢澤の原判示(犯罪事実)第一(五)の所為に預金等不当契約取締法第三条第五条第一項第一号第二項を適用して処断しているが、右第五条の構成要件は極めて不明確であり、第一項に故意犯を規定しながら、第二項でいわゆる導入預金をする者の目的を知らなかつたとしても処罰を免れず、過失がなかつたことを金融機関の役職員が証明して、はじめて処罰を免れるとしているのであるが、これは処罰阻却事由であるのか、構成要件該当性阻却事由であるのか不明確であり、しかも過失の判断を全く裁判所の恣意にかからせるものであつて憲法第三一条(法定手続の保障)、第三九条(刑法不遡及の禁止)に違反するというのである。

よつて考察するに預金等不当契約取締法は、金融機関が預金集めに狂奔し、互いに競争する結果屡々導入預金の好餌に釣られて資力不足の第三者への融資を行ない回収不能の危険により金融機関の資産を危くしてその預金者に不安を与えることにかんがみ昭和三二年に制定されたものであり、それによつて導入預金の危険性を金融機関及び預金者大衆に周知させる役割りを果たしたものであり、その保護法益は直接には金融機関の資産の保全であり、間接には預金者大衆の資産の保全であつて、これらの法益に対する抽象的危険犯を処罰の対象とするものと解せられるのであるが、預金者等が特別の金銭上の利益を得る目的をもつているときは、預金者等はその利益を得る見込みが失われれば預金を引き揚げる蓋然性が強く、またその支払われる特別の利益が高額であればある程、貸付を受けようとする第三者均資力を弱からしめ、金融機関側における融資が回収不能となる危険もまた高度化するのが通例であるところから所論の第五条第一項は、金融機関の役職員に対して預金債権を担保とすることなく、預金者または預金媒介者の指定する特定の第三者に資金を融通する旨を約することを禁止し、その際金融機関の役、職員において預金者等が当該預金等により特別の利益を得ることを目的としていることを知りながらこれを行なつた場合はこれを故意犯として処罰するとともに同条第二項は、預金者等がこの目的をもつていることを職掌上当然了知すべきであつたのに不注意により知らないで融資の約束をした場合にはこれを過失犯として処罰するが、第三項で事情によつてはその刑を免除することができることとする旨を規定したものと解せられる。されば刑法の責任主義の原理から考えても、過失のなかつたことは構成要件該当性を阻却するものであつて、単に処罰阻却事由に止まるものでないことは明らかであるといわなければならない。そして預金等不当契約取締法第五条第二項但書は、無過失の挙証責任を金融機関の役、職員に課したものと解せられるところ「疑わしきは罰せず」という刑事訴訟を貫く大原則からは、安易にこのような挙証責任の転換を許すことができないことは所論のとおりであるけれども、本法に関して考えると、金融機関の役、職員が相当額の預金を受け入れてこれを担保とすることなしに特定の第三者に対し、これに見合う資金を資し出す場合には、預金者は自らその第三者に融資する危険を負うことなく、金融機関をして、その危険において右第三者に融資をさせるとともに、預金者自らは通常の預金利子より高額の利子を獲得することを図るのを通例とするから、第三者に融資する金融機関の役、職員は職掌柄、少なくとも未必的に預金者がかかる目的を有することを認識しているものと推定し得る場合が多く、かかる金融上の特殊事情に対応して、これを取り締まるため無過失の挙証責任を金融機関の役、職員に課したものであつて、この種の規定が憲法第三一条、第三九条に反するものとは解し難い。論旨は理由がない。

同第三点の二、は原判決は被告人矢澤の右犯罪事実において被告人大島英一、原審相被告人木村麿らが、「当該預金等をする者に特別の金銭上の利益を得させる目的をもつていたこと」を判示していないから理由不備の違法があるか、または刑事訴訟法第三三五条第一項の違反があるというのである。

なるほど原判決が被告人矢澤について認定した預金等不当契約取締法第三条第五条第一項第一号第二項の罪は、預金等の媒介をする者が当該預金等をする者に特別の金銭上の利益を得させる目的を有していたことを構成要件要素とするものであるところ原判示(犯罪事実)第一(五)の同被告人の犯罪事実の項にはこれが摘示されていないことは所論のとおりである。しかしながら被告人大島英一、原審相被告人木村麿が相被告人坂内ミノブ、小池淑雄、李承魯、浅岡重一、澤鶴若と意志を相通じ「預金者等に特別の金銭上の利益を得させる目的をもつて」本件行為に出たことは原判決中、『本件犯行に至るまでの経過およびその関連事情』(殊に原判決二一丁以下)及び被告人矢澤に対する『犯罪事実第一の(五)』を通じて、判文上これを窺うに足りるから刑事訴訟法第三三五条第一項所要の罪となるべき事実の摘示として欠けるところがあるものということはできない。されば原判決には所論の理由不備はなく、論旨は理由がない。

同第三点の三は、原判決が被告人矢澤につぎ導入預金の受入れに際し預金等不当契約取締法の定める特別の目的があつたことにつき過失がなかつたとは解せられないと判示するだけでいがなる過失があつたかについて判示するところがないのは理由不備、理由齟齬の違法があり、また第三点の四は原審における弁護人の主張は仮に過失があるとしてもその刑を免除すべきである旨の主張を含んでいるのに、これに対し判断を示していないのは刑事訴訟法第三三五条第二項に違反するというのである。

原判決の所論被告人矢澤正英の過失の判示部分〔原判決五四丁以下(有罪の分に関するその他の判断)の項の(二)〕によれば、同被告人がこれを見合として融資した預金に関し裏利が支払われていたことを認識していたものと認めるに足りる証拠はないが、このように預金を担保に供することなくこれに見合う融資(貸付)をする場合には、右預金の媒介が預金者等に特別の利益を得させる目的でなされたものでないかについて十分な注意を払い、そのような疑いがある場合には、かかる契約をすることを差し控えるべきであるのに、これを怠つたことを判示したものと解することができる。また記録に徴し弁護人は原審において所論刑の免除をすべき場合に該当する旨の主張をしたものとは認め難いところであり、仮に原審における弁護人の弁論に所論の主張を含むとしても原判決が被告人矢澤正英を有罪として懲役刑に処していることは判文上明白であり、従つて原判決が救量的に刑を免除し得る場合にその裁量権を行使することなく、所論の主張を否定排斥したことは自ら明らかであるから、これをもつて原判決が刑事訴訟法第三三五条第二項所要の判断を示さなかつた違法があるとすることはできない。論旨は理由がない。

同第五点並びに控訴趣意補充書及び被告人矢澤の控訴趣意中、預金等不当契約取締法違反の点の事実誤認の主張について

所論は要するに被告人矢澤は、相被告人大島、原審相被告人本村その他金融ブローカーに欺罔されて本件契約を結ぶに至つたもので、被告人矢澤は本件預金が融資の担保になるものと信じていたのであるから、無担保で融資した旨の認定は事実を誤認したものであるというのである。

しかし、この点に関する原判示事実は、その挙示する証拠(就中、被告人矢澤の昭和三七年七月七日付、被告人大島の同年七月一九日付、原審相被告人木村の同年七月二三日付各検察官に対する供述調書)により優にこれを認めることができ、記録及び当審における事実取調の結果に徴しても右認定を左右することはできない。即ち被告人矢澤は原審第四九回、第五〇回公判において預金は貸付の担保となつている旨述べ、当審においてもその旨供述している(第四六回、第四七回公判)ところであるが、原審相被告人木村は、原審第四一回公判において預金と貸付は無関係である旨述べ、当審第二五回公判証言でもその旨供述しているのであつて、預金が貸付の担保とされていたか否かについては亀有信用金庫柴又支店の帳簿上その旨の記載がなされているところではあるが、その記載たるや担保提供者の押印を欠く等不完全なものであることは、原審証人磯崎登美江の供述(第一四回公判)によつてうかがわれるほか、もしいわゆる預担内貸付であるとすれば亀有信用金庫柴又支店が当然預金者から引き揚げていなければならない定期預金証書を引き揚げていないこと(原審第一二回公判における証人矢澤浩三の供述参照)、そのために期日(昭和三七年五月一五日)に相被告人浅岡重一、同李承魯の預金にかかる計金一五〇〇万円を種々交渉の末結局払戻の要求に応じなければならなかつなこと(原審第二五回公判における相被告人浅岡の供述、原審第一一回公判における証人李承和の供述、当審第四一回公判における相被告人李承魯の供述)は、これら預金が貸付の担保となつていなかつたことをうかがわしめるに足り、矢澤被告人はこのことを了知していたものと認めるほかはなく、この点に関する同被告人の、大島、木村に欺されてこれを知らなかつた旨の供述は措信し得べき限りでなく、これを有罪とした原判決の認定に、所論の誤りは存しない。論旨は理由がない。

同第四点は、原判決の判示第二被告人矢澤正英らに対する背任の点は、<イ>同人が相被告人大島英一、原審相被告人木村麿に欺罔されたものであつて右両名との共謀関係の成り立つ理由がなく、<ロ>右大島、木村について背任の目的につき判示するところがなく、<ハ>また財産上の損害がないのに背任罪の共同正犯を認めたのは理由齟齬、法令の適用の誤りがあるといい、同第六点及び控訴趣意書補充書並びに矢澤被告人の控訴趣意は背任罪につき被告人矢澤はその任務に背いたことはなく、背任罪に必要な利益を図る目的がなく、また損害の発生もなく原判決は事実を誤認したものであるというのである。

まず職権で刑法所定の背任罪と預金等不当契約取締法第五条の罪との関係について考えると、背任罪が財産罪の一つとして個人の法益に対する実害犯、少なくとも具体的危険犯とされており、これに対し預金等不当契約取締法第五条の罪は間接には預金者大衆の保護なる法益をも有するものではあるけれども、直接にはこれも金融機関の役、職員の所属するその金融機関の財産の保全を保護法益とし、これに対する抽象的危険を生ぜしめる行為を処罰の対象としているものと解すべきである。この関係は刑法所定の詐欺罪と補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(昭和三〇年法律第一七九号)第二九条第一項の「偽りその他不正の手段により補助金等の交付を受け、又は間接補助金等の交付若しくは融通を受けた者は、五年以下の懲役若しくは百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」としている罪の関係に類似し、法条競合中いわゆる択一関係にあるものと解するのを相当とする(最高裁判所第一小法廷昭和三六年(あ)第二七六四号同四一年二月三日決定参照)。即ちいわゆる導入預金の受入れと第三者への貸付が本人に財産上の損害を加える等の目的に出でてその任務に背き本人に具体的危険を生ぜしめて背任罪の構成要件を満たす場合には背任罪のみが成立して預金等不当契約取締法第五条の罪を構成しないことになり、これに反して自己または第三者の利益を図り、または本人に財産上の損害を加える目的を欠き、または冒険取引に近く社会通念上未だ直ちに任務に違背したとは認められない場合、及び任務違背の程度が重大でない場合若しくは本人に与える財産上の損害の発生の蓋然性が具体的でない等未だ直ちに背任罪の要件を備えていないという場合には預金等不当契約取締法第五条の罪を構成することがあるものと解すべきである。このことは預金等不当契約取締法制定の経緯が、金融機関の過当の競争により、導入預金を盛にし、その中には金融機関における特段の損害の発生に至らないで解決されたものもあるとはいえ、一部には大衆の預金を預る金融機関がその資産を危くし、一旦導入預金の好餌に釣られると、預金の引揚げを恐れて次々と深みにはまることも少なくないので抽象的危険犯とし、これに関連する預金者、預金媒介者をともに処罰することにしたということからも知ることができる。

ところで原判決の認定した背任の事実は、被告人矢澤が亀有信用金庫柴又支店長として「金庫資産の運用特に貸付事務の処理に際し、信用金庫法、定款、業務方法書、貸付事務取扱規定等とその精神に従い、借受人の資産、信用、業況等を充分調査し、貸付金の額または弁済期に応じ適当な保証人を立てさせ、充分でかつ確実な担保を徴求すべきこと、昭和三七年二、三月当時大蔵省銀行局長通達により同一会員に対する融資総額の最高限度は一、〇〇〇万円を超えないよう指導されていたこともあつて、同一会員に対する融資総額は、金庫の出資金及び準備金の合計額の一〇〇分の二〇を超えないこと、手形貸付の場合裸金一〇万円を超えるときは、金額に応じ理事長または専務理事の決裁を得て貸付を実行すべきこと、金庫への預金を担保として貸付を行なう場合は、預金証書および担保差入証を徴求し、所定の手続を了すべきことに意を用い、貸付金の回収が不能ないし著しく困難に陥らないよう万全の注意を払い、金庫のため誠実にその職務を遂行すべき任務を負うものである」ところ、被告人は原審相被告人木村、相被告人大島の依頼を入れ、同人らの斡旋する預金が大島土地開発株式会社に対する融資の担保とならないことを察知しながら同人らと共謀の上「右斡旋預金を担保とすることなく、これに見合う資金を同会社に融資した場合には、後日回収することが著しく困難に陥ることはもとより、回収不能の危険さえもあつて、亀信に対し財産上の損害を生ぜしめるおそれが極めて強いことを認識しながら、大島土地の利益を図る目的で、亀信柴又支店長としての任務に背き、大島土地の資産、事業、内容などを充分調査することなく、本店の禀議決済も得ることなく、亀信の貸付基準を無視し、他に相当な物的担保や定期性預金担保を徴求することもしないで合計七二〇〇万円を貸し付け、亀有信用金庫にこの貸付金の回収不能の危険を生じさせ、もつて同金庫に対し財産上の損害を加えた」というのであるところ、被告人矢澤の任務違背と認むべき行為としては本店への禀議を経ず、貸付限度等の内部規定に違反したなどのことも若干あるけれども、被告人矢澤が本店の理事者と同族関係にあることを考えるとこの違反はさして重視するに当らず、また同金庫の業績からみると大蔵省の指導も必ずしも強いものでなかつたと考えられるので、その任務違背の中核をなすものは充分な担保を徴することなく、多額の融資を行なつたということに尽き、任務違背の主たるものがこれであるとすれば、その所為は預金等不当契約取締法第五条の罪を構成するものと認められる(背任の点は後記)。そしてこのような特別法が制定されていなければ、本件の場合には従来判例が背任罪を構成するものと認めてきた、不良貸付、不当貸付の範囲に属するともいえるものではあるが、前記のようにこれと択一関係に立つ預金等不当契約取締法第五条の罪が設けられた以上背任罪の成立を認めるためには或いは主観的意図において貸付によつて第三者に特別の金銭上の利益を得させるに止まらず、それ以上に何等かの利益を自己または第三者に得させるとか、任務違背が重大であるとか、損害発生の蓋然性が著しく高度であると認められる場合でなければならないと解するのが預金等不当契約取締法第五条の法意であると考えられる。そこで検討すると記録及び当審における事実取調の結果によつても、被告人矢澤が大島土地開発株式会社に融資したのはその経営者たる大島英一の弁護士としての、また事業家としての手腕力倆を高く評価し、その信用力に信頼して与えた利益であつて、それ以外に特段の利得を同会社に与えるとか、或いは自己の手中に収めたとかいうことはなかつたものであり、況んや亀有信用金庫柴又支店に損害を生じさせる意図があつたとは認められない。またその任務違背もいわゆる導入預金の受入と貸付の点を除けば、未だ背任罪を構成するに足りるほどの社会通念上許されない任務の違背があつたものとは認められないし、更に損害発生の蓋然性も本件に森脇将光一味の高利貸資本が介入し、東急不動産との取引も不確実であればこそ危険に高度のものがあるけれども被告人はこのことを知らなかつたものと認められ、被告人の損害発生の蓋然性に対する認識はせいぜい預金等不当契約取締法の予想する損害発生の抽象的危険の程度に止まり、その限度を超えて具体的損害発生の蓋然性の認識があつたものとまで認めるには十分でない。それ故本件においては預金等不当契約取締法第五条の予想するものを超えて背任罪を構成することについてはその犯罪の証明がなく、預金等不当契約取締法第五条の罰則のみが適用されると解するのを相当とする。

然らば預金等不当契約取締法第五条の罪とともに背任罪をも認定し、これを刑法第四五条前段の併合罪として処断した原判決は事実を誤認し、法令の適用を誤つたものであつて、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点に関するその余の論旨につき判断を与えるまでもたく原判決は破棄を免れたい。論旨はこの点において理由があることに帰する。

被告人大島英一の弁護人大竹武七郎の控訴趣意並びに弁護人藤本猛、同竹原茂雄連名の控訴趣意について

論旨各第一点は原判決が被告人大島の本件所為を預金等不当契約取締法第四条第一号、第二条第二項に該当するものとして処断しているが、同被告人は相被告人坂内ミノブと共謀関係はなく、坂内が一時所在をくらました昭和三七年五月一五日以降やむを得ず同人のため裏利支払の資金を工面してやつたことはあるが、それまでは同人に導入預金をやめるよう忠告していたのであつて、終始共謀して犯したとする原判決には事実誤認、法令の解釈適用の誤りがあるというのである。

しかし、被告人大島が、相被告人坂内、原審相被告人木村らと意思を相通じて預金等不当契約取締法第四条第一号、第二条第二項の罪を犯したことは、原判決挙示の証拠(就中大島被告人の昭和三七年七月一九日付、同年七月二五日付各検察官に対する供述調書、原審相被告人木村麿の昭和三七年七月二三日付検察官に対する供述調書、相被告人坂内ミノブの同年七月二六日、二八日付の検察官に対する供述調書)により優にこ、れを認めることができ、記録並びに当審における事実取調の結果によつても右認定を左右することはできない。即ち相被告人矢澤が支店長であつた亀有信用金庫柴又支店と当初取引関係を有していたのは木村麿であり、次いで同人を通じて被告人大島が取引をはじめ、相互に利用し利用される関係にあつたところ、当時被告人大島が顧問弁護士として相被告人坂内ミノブの資産の建直しをはかつてやつていたことから、坂内は大島、木村らの信用を利用して亀有信用金庫柴又支店から融資を受けこれを資金として不動産の売買により利益を得ようと企てるとともに、坂内がそれまで原審相被告人松隈孝雄らから借り入れていた高利の借用金をも決済しようとし、大島らと相謀つて亀有信用金庫柴又支店に定期預金の預入れを斡旋するとともに、それを担保とすることなく、資金借入の便宜上設立した大島土地開発株式会社を通じて坂内に融資させ、坂内が裏利を工面して支払つたものであることを認めることができ、被告人大島が導入預金をやめるよう坂内に忠告した旨の供述部分は措信することができない。このような事実関係の下に被告人大島が木村、坂内らと共謀して原判示所為に出たものと認めた原判決には事実の誤認及び法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。

同各第二点は、原判決は、被告人大島につき背任罪を認定しているが、相被告人矢澤には背任罪に必要とされる目的がなく、また被告人大島は亀有信用金庫の内部規定につき知るところはなく、更に融資を受ける者(大島土地開発株式会社の取締役被告人大島)が融資をする者(矢澤)の犯行に加担する意思はないから共同正犯として処断したのは事実を誤認し、法令の解釈適用を誤つたものであるというのである。

しかしながら既に矢澤被告人に対する預金等不当契約取締法第五条の罪と背任罪との関係について説示したように、本件においては矢澤被告人については預金等不当契約取締法第五条第二項の罪のみが成立しこれと別個に背任罪を構成しないと解すべきであり、矢澤に背任罪が成立しない以上金融機関の役、職員としての身分を有せず、矢澤被告人の取引上の相手方として亀有信用金庫柴又支店から融資を受ける立場にある被告人大島がその背任の共犯となることもまたあり得ないことであつて被告人大島の所為は相被告人矢澤の必要的共犯としての預金等不当契約取締法第二条第二項、第四条第一号の罪のみに該当すると解すべきである。されば被告人大島に対し背任罪の共同正犯を認めた原判決は事実を誤認し、法令の解釈適用を誤つたものであり、この誤りは判決に影響することが明らかであるから、その余の論旨につき判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。論旨はこの点において理由があることに帰する。

被告人坂内ミノブの弁護人守屋典郎の控訴趣意について

論旨第一点は結局事実誤認の主張であつて、大島土地開発株式会社は、相被告人大島英一が自己の資金繰りのために設立したものであり、本件導入預金は大島、木村が相被告人矢澤正英を欺罔して融資を受けたものであつて、亀有信用金庫柴又支店から金融の利益を得たのは大島と木村である。坂内被告人は預金の周旋をしたに過ぎない。当時資金に困つていたのは坂内でなく原審相被告人松隈孝雄、相被告人小池淑雄であり、坂内は裏利を支払つたこともなく、同人らとは共謀関係がないというのである。

しかし、本件の預金等不当契約取締法違反の事実は千葉銀行事件によつて正規の金融機関から借入れが許されなくなつていた被告人坂内が松隈孝雄らから借り入れていた高利の借入金を返済するとともに、不動産の売買によつて利益を得るために資金の工面をしたものであり、坂内が裏利の支払をしたものであることは原判決挙示の証拠(就中相被告人大島の前記七月一九日、二五日付検察官に対する各供述調書、原審相被告人木村の前記検察官に対する七月二三日付供述調書、坂内の前記検察官に対する七月二六日、二八日付供述調書のほか、相被告人小池淑雄の検察官に対する昭和三七年七月二八日付供述調書、原審相被告人松隈孝雄の同年七月二六日付、二七日付検察官に対する各供述調書)により優にこれを認めることができ、記録及び当審における事実取調の結果によつても右認定を左右することはできない。被告人坂内は所論のように相被告人大島のために融資の斡旋をしたに過ぎない旨供述しているところであるが、他の関係者のこれに反する供述並びに坂内の供述のとおり大島のため融資の斡旋をしたに止まるものであつなとすれば自ら巨額の裏利を支払つて益々深みにはまつた経過を到底説明できないことに照し、坂内のこの部分の供述は措信することができない。そして被告人坂内が自ら工面して裏利を支払つていたことは、同人の前記検察官に対する供述調書で自認するところであり、かつ原審第一九回公判における証人滝上秀道の供述等により明らかに認めることができる。それ故被告人坂内が相被告人大島、小池、原審相被告人木村、松隈らと共謀の上預金等不当契約取締法第二条第二項、第四条第一号の媒介行為に出たことを認定した原判決には事実の誤認はない。論旨は理由がない。

同第二点は量刑不当の主張である。しかし記録及び当審における事実取調の結果に現われた諸事情、被告人坂内が本件犯行において同大島と並んで重要な役割りを演じたこと、それによつて亀有信用金庫の資産に抽象的危険を及ぼしたことを考慮すると、被告人坂内が本件一連の取引において自己の不動産を失う等多大の損害を受けていること、健康状態その他所論の事情を参酌しても原判決の科刑(懲役一年二月、三年間執行猶予、罰金二〇万円)はやむを得ないものと認められる。論旨は理由がない。

被告人小池淑雄の弁護人長田喜一の控訴趣意について

論旨第一点(所論一、二)は、事実誤認、同第二点(所論三)は法令違反の主張であつて、被告人小池淑雄は本件預金が預金等不当契約取締法の禁止するいわゆる導入預金であることを知らず、また被告人大島、坂内、李、原審相被告人松隈と共謀したものではないのにこれを共謀による同法第四条第一号の罪であるとした原判決は事実を誤認し、法令の適用を誤つたものであるというのである。

しかし、原判示事実は、右導入預金であることの認識及び共謀の点を含め原判決挙示の証拠(就中、被告人小池淑雄の検察官に対する昭和三七年七月二八日付供述調書、原審相被告人松隈孝雄の検察官に対する同年七月二七日付供述調書)により優にこれを認めることができ、記録並びに当審における事実取調の結果によつても右認定を左右することはできない。即ち被告人小池は原審相被告人松隈とともに相被告人坂内に対する貸金を回収しようとし、当時不動産取引の資金を必要としていた坂内を通じて相被告人大島、原審被告人木村をして亀有信用金庫柴又支店に導入預金をさせるに至つたものであつて、原判決には所論の事実誤認はない。論旨は理由がない。

同第三点(所論四)は量刑不当の主張である。

しかし、記録及び当審における事実取調の結果に現われた諸事情、被告人が原審相被告人松隈とともに、相被告人坂内と金融業者李承魯の間に介在し、本件の導入預金を可能にし中間において利益を得たことを考えると、所論の諸事情を参酌しても原判決の科刑(懲役六月、二年間執行猶予、罰金一〇万円)はやむを得ないものであつて、不当に重いということはできない。論旨は理由がない。

被告人李承魯の弁護人鬼倉典正の控訴趣意について

論旨第一点は、理由不備、理由におけるくいちがいの主張であつて、すなわち、1、原判決は被告人李が本件預金に関し預金をする者に特別の金銭上の利益を得させる目的を抱いていたこと及び特定の第三者を通じ当該金融機関を相手方として当該預金に係る債権を担保として提供することなく当該金融機関がその者の指定する特定の第三者に対し資金を融通することを認識していたことを認定しながら、これに対する証拠の標目を示していないから、判決に理由を附しない違法があるというのであるが、原判決は被告人李の罪となるべき事実につき、証拠の標目を挙示していること判文に徴し明らかであるから、論旨はその理由がなく、2、また相被告人大島、矢澤、原審相被告人木村間の融資に関する判示には所論の理由のくいちがいはないし、3、被告人李が相被告人小池から依頼された預金がいわゆる導入預金であることを察知しながらその所為に出でた旨判示しながら、右小池らと共謀した旨認定し、事実を確知していたはずの相被告人矢澤についても「察知」したものと認定し、また被告人李が「察知」して原審相被告人佐藤清一郎に預金を依頼したとしながら右佐藤はこの間の事情を「知つて」いた旨認定したのは違法であるというのであるが原判決が「察知」したと認定したのは片面的幇助に近いような単に消極的、受身の理解を意昧するのでなく、互いに意を通じた意味に用いていることは原判文全体の趣旨から明らかであつて、法律上共謀に当る場合を「察知」と表現したに過ぎないものと解し得られるから、所論の違法はない。論旨は理由がない。

同第二点は事実誤認の主張であつて、被告人李は相被告人坂内、同大島、原審相被告人木村、同松隈を知らないのだからこれらの者と順次意を通じ共謀することは不可能である。またいわゆる導入預金には預金等不当契約取締法第二条、第三条の禁ずるものと、金融機関がその資金最を豊富にするため高金利を支払うことを約して預金を受け入れるいわゆる特利預金とあり、後者は預金等不当契約取締法に触れないのであつて、被告人李は本件をこの特利預金と信じていたのにこれを預金等不当契約取締法の禁ずる導入預金の故意があると認定したのは事実の誤認であり、この故意があるかのように供述した関係者の供述は信用性がない。更に本件は相被告人矢澤が原審公判廷で供述するようにいわゆる「預担内貸付」であつて「不当貸付」ではないというのである。

しかしながら同被告人に対する原判示犯罪事実は所論の共謀、導入預金の認識、不当契約の存在を含め、すべて原判決拳示の証拠により優にこれを認めることができ、記録並びに当審における事実取調の結果によつても右認定を左右することができない。即ち順次共謀が成立する場合には共謀者全員の間に面識のあることを必要とせず、互いに一体となり、それぞれ他人を利用して自己の犯意を実現することを要し、且つそれで足りるのであるから、被告人李が相被告人小池以外の被告人と面識がなかつたからといつて共謀による共同正犯の成立を否定することはできない。相被告人小池は原審第二九回公判で自分が坂内ミノブの話を被告人李にしかけたら、同人は「聞かない方がよい」といつて社長室に入つてしまつた旨述べており、これらの事情を総合すれば同被告人について預金等不当契約取締法第四条第一号の罪の共謀を認めた原判決に事実の誤認があるとはいえない。また本件が預金等不当契約取締法の禁ずる導入預金であることは、相被告人小池淑雄の検察官に対する昭和三七年七月二八日付供述調書、斎純子の検察官に対する同年七月二五日付供述調書、岡本栄次の検察官に対する同年七月二〇日付供述調書、小林敏郎の検察官に対する同年七月一六日付供述調書、山崎富之助の検察官に対する同年七月一七日付供述調書、海宝米子の検察官に対する同年七月一九日付供述調書、原審第八回公判における証人高木茂之の供述、同じく証人太田富士男の供述によつて明らかに認めることができ、金融業者たる被告人李承魯がその認識がなかつたとは到底肯かれない。そして大蔵省の厳重な監督下にある正規の金融機関は、その預金に対する利子、貸付に対する利子を一定の枠内に抑えられており、市中の金融業者のように利益を貪ることはできないのであるから、いかに預金の多額を誇りたいからといつて本件のような高金利を自ら支払うことは、それ自身が倒産の危機に瀕して破綻の到来を延引させるためやむを得ず行なうか、或いは監督官庁の眼を逃れて違法な貸付を行なうかする場合のほかは考えられないことであつて、本件がその何れの場合にも当らないこと明らかである。本件が所論の特利預金であるとは到底いえない。また本件が預担内貸付でなかつたことは矢澤被告人の控訴趣意について既に説明したところである。原判決には事実の誤認はなく、論旨は理由がない。

同第三点は被告人李、相被告人澤、原審相被告人佐藤の各検察官に対する供述は任意性がなく、これらを証拠とした原判決は違憲であるというのである。

記録によると被告人李承魯は原審第二八回公判において同人の検察官に対する供述調書は検察官が勝手に書いたものであると述べ、相被告人澤鶴若は原審第二七回公判において同被告人の検察官に対する供述中、「導入預金」云々と述べているのは検察官が教えてくれたものであるといい、原審相被告人佐藤清一郎も同公判期日において検事に対し導入預金と述べたのは真意でない旨供述しているのであるが、被告人李の取調にあたつた検察官野村幸雄、被告人澤の取調に当つた検察官岸田正平はそれぞれ原審第五九回公判において供述が任意になされ、誘導されたものでない旨証言し、原審相被告人佐藤の取調に当つた検察官兼村頼政も原審第六二回公判において同趣旨の供述をしているところであり、これらの者の検察官に対する供述が任意性を欠いているとは認められない。違憲の論旨はその前提を欠き、論旨は理由がない。

同第四点は、法令適用の誤りの主張であつて被告人李は大島土地開発株式会社が特定の第三者であるとの認識を有しなかつたのに、預金等不当契約取締法第二条第二項を適用したのは法令の適用を誤つたものであるというのである。

しかし、預金等不当契約取締法の法意が導入預金により金融機関の資産の保全が危うくされ、間接には預金に対する一般の信頼を危くすることを防止するために設けられたものであるから、同法第二条第一項の預金者及び第二項の預金媒介者全員においてその預金に見合う貸付が具体的に何人に対してなされるものであるかを、常に認識しなければならないとすれば、到底取締の目的を達成することができないことは明らかである。この点につき前記相被告人小池の原審第二九回公判期日における供述によれば、被告人李はことさらに特定の第三者を知ることを拒否していたことをうかがうことができ、「特定の第三者」が何人であるかを具体的には認識しなくてもそれが特定の第三者への貸付となることの認識を有していたと認められれば十分である。原判決には法令適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

被告人浅岡重一の弁護人内山弘の控訴趣意について

論旨第一点は、原判決は法令の解釈適用を誤つたものであるといい、まず被告人浅岡は処罰の対象とならない特利預金をしたものであり、仮りに然らずとするも預金等不当契約取締法第二条第一項の預金者であるのに、預金媒介者の規定である同条第二項を適用した違法があり、同法第二条第二項に該当するためには預金当時に特定の第三者がいなければならないのに被告人浅岡が預金した昭和三七年二月一五日には大島土地開発株式会社は未だ存在していないから同法の適用はないというのである。

しかしながら被告人浅岡は、李から亀有信用金庫柴又支店に対する預金の斡旋方を依頼され、導入預金であることを知りながら預金者斎純子、漆原栄三をして、同金庫に合計金九〇〇万円の定期預金をさせて媒介し、李から受けた金で右両名に裏利を払い、自らも媒介料を利得したものであることは、原判決挙示の証拠(就中、被告人浅岡の検察官に対する昭和三七年七月一八日付供述調書、証人斎純子の原審第六回公判供述、同漆原栄三の原審第八回公判供述)によつて優に認めることができ、被告人浅岡を預金媒介者と認めるに十分であるから、原判決には法令適用の誤りはなく、更に被告人浅岡の媒介により預金契約の成立した時点においては未だ大島土地開発株式会社の登記はされていなかつたが、右預金はその代表者たるべき相被告人大島英一らが貸付を受けるためにすることは当時定まつており、同人を代表者とする会社組織の計画もあつたのであるから、預金等不当契約取締法のいう「第三者」として特定していたものということができる。原判決には法令の適用の誤りは存しないので論旨は理由がない。

同第二点は、斎純子、漆原栄三、渡辺市郎、海宝米子ら単純な預金者は起訴されていないから、同様の立場にある被告人浅岡に対する公訴を受理したのは、公平を欠き失当であるから公訴は棄却さるべきであるのに不当に公訴を受理して審判した違法があるというのである。

しかし、第一点において説明したように被告人浅岡は単なる預金者でなく預金媒介者であるから所論はその前提を欠くばかりでなく、仮に被告人浅岡が斎、漆原らと同様の立場にあるとしても、その所為の違法性、年令、職業その他責任の強弱に影響する種々の事情を考慮して起訴と否とを決することは特段の事情のない限り起訴便宜主義として検察官の裁量の範囲であり(刑事訴訟法第二四八条)、被告人浅岡の公訴を不適法ならしめるものではない。論旨は理由がない。

同第三点は事実誤認審理不尽の主張であつて被告人浅岡は単に預金者であり、また相被告人坂内、同大島、同小池、同李、原審相被告人木村、同松隈と順次共謀したことはないというのである。

被告人浅岡が預金媒介者と認められることは、既に弁護人の論旨第一点で説明したとおりであり、また順次共謀の点は、同被告人が直接には相被告人李承魯と共謀し、同人を通じて相被告人小池、原審相被告人松隈、相被告人坂内、同大島、原審相被告人木村と意思を相い通じて共謀したものであつてこのことは原判決挙示の証拠(就中、被告人浅岡の検察官に対する昭和三七年七月一八日付供述調書のほか前記の者らの前記の検察官に対する各供述調書)によつて優にこれを認めることができ、記録及び当審における事実収調の結果によつても右認定を左右することはできない。原判決には事実の誤認、審理不尽の違法はなく、論旨は理由がない。

同第四点は、被告人浅岡、同李の検察官に対する各供述調書は任意性がなく、これを証拠にした原判決は憲法第三八条第一項、第二項に違反するというのである。

しかしながら被告人李の供述が任意にされたものであることは鬼倉弁護人の論旨第三点において説明したところであり、被告人浅岡の供述調書も、その任意にされたものであることは原審第六二回公判における証人兼村頼政の供述するところであつて、原審第二五回公判における被告人浅岡の、検察官に対する供述調書はその内容を先方から教わつた旨の供述は措信できない。従つてこれらを証拠にした原判決には憲法第三八条第一項、第二項の違反は存しない。論旨は理由がない。

被告人澤鶴若の弁護人田中浩二の控訴趣意について

論旨は事実誤認の主張であつて、被告人澤は導入預金の認識がなく、順次共謀したこともなく、また同人の検察官に対する供述は任意性がないのに原判決はこれを証拠として事実を誤認したものであるというのである。

しかし、原判決認定の事実は被告人澤の導入預金の認識、順次共謀の点を含めて、その挙示する証拠によつて優にこれを認めることができる。すなわち被告人澤の検察官に対する供述が任意にされたものであることは、取調に当つた検察官岸田正平が原審第五九回公判で証言しており、その供述内容の具体性、及び他の関係証拠と符合することに徴して任意性、信用性を認めるに足り、澤被告人の原審第二七回公判における、導入預金と知つていた旨の供述調書は自ら進んで述べたのでない旨の供述は措信できないので、同人の検察官に対する昭和三七年七月一五日付供述調書と、順次共謀した者らの前記検察官に対する各供述調書とを総合すれば、同被告人の原判示犯罪事実を認定するに足り、所論の点に事実誤認があるとは認められない。論旨は理由がない。

よつて、被告人矢澤正英、同大島英一の各控訴は理由があるので刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八〇条、第三八二条により、原判決中被告人矢澤正英に関する有罪部分、同大島英一に関する部分をそれぞれ破棄し、同法第四〇〇条但書により被告事件につき更に判決することとし、その余の本件各控訴は理由がないので同法第三九六条によりこれを棄却することとし、原審及び当審における訴訟費用の負担については、同法第一八一条第一項本文第一八二条により各自の関係部分につき主文第六項のとおりそれぞれ負担させることとする。

〔被告人矢澤正英、同大島英一に関する罪となるべき事実〕

原判決中右両名に関する冒頭事実(原判決第四丁裏以下)、右両名に関する犯行経過及び関連事情(同第一一丁表以下)、犯罪事実中第一の(一)(同第二八丁表以下)、(五)(同第三四丁表以下)と同一であるから、これを引用する。

(証拠の標目)省略

(法令の適用)

被告人矢澤正英の判示預金等不当契約取締法違反の所為は、同法第三条、第五条第一項第一号、第二項本文に該当するところこれらは刑法第四五条前段の併合罪であるので所定刑中罰金刑を選択し、同法第四八条第二項の合算額の範囲内において処断することとし、被告人大島英一の判示預金等不当契約取締法違反の所為は、同法第二条第二項、第四条第一号、刑法第六〇条に該当するので、所定の懲役と罰金との併科刑を選択し、これらは刑法第四五条前段の併合罪であるので、懲役刑については同法第四七条本文、第一〇条により犯情の重い、判示二月二六日の貸付の約定の罪に併合罪の加重をなし、罰金刑については同法第四八条第二項の合算額の範囲内において処断することとし、被告人矢澤正英を罰金三〇万円に、同大島英一を懲役八月及び罰金二〇万円にそれぞれ処し、被告人らにおいて右罰金を完納することができないときは刑法第一八条第一項により金一、〇〇〇円を一日に換算した期間各被告人を労役場に留置することとし、被告人大島については情状懲役刑の執行を猶予するのを相当と認め、刑法第二五条第一項により、この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予し原審及び当審における訴訟費用の負担については、刑事訴訟法第一八一条第一項本文第一八二条に則り各自の関係部分につき、それぞれ主文第六項のとおりこれを負担させることとする。

(無罪部分の判断)

背任についての公訴事実の要旨は「被告人矢澤正英は昭和三四年四月一日から同三七年五月三一日まで亀有信用金庫柴又支店長として在任し、且つ昭和三五年五月一一日より同三七年五月九日まで同金庫支配人として在任し、その間同金庫の右支店における貸出等の業務を総括していた者、被告人大島英一は弁護人として且つ東京都中央区西八丁堀三丁目一〇番地所在の大島土地開発株式会社の代表取締役であつた者であるが、右両名は株式会社東京美術画廊の代表取締役木村麿と共謀の上、矢澤正英が貸付に当つて信用金庫法、定款、業務方法書及び大蔵省銀行局長通達等によつて業務地域外の会社に対しては貸付を行なつてはならないこと、融資を行なうには確実な担保を徴しなければならないこと、一定額以上の融資は本店の禀議を経て実施すべきこと、同一人に対する信用供与限度は一、〇〇〇万円以内であること等の規定を守つて誠実にその職務を遂行する任務を有するのに、その任務に背くものであることを知りながら、木村麿の定期預金五〇〇万円二口のみを担保とし、他は担保に供しない預金を斡旋する条件の下に、昭和三七年二月二一日創立されたばかりの資本金二〇〇万円であり、且つ融資の一部は被告人大島英一及び木村麿の負債の弁済に充当されるものであること等から、回収不能の虞のあることを予見しながら敢えて右大島土地開発株式会社の利益を図る目的で、同会社に対し同年二月二六日四、〇〇〇万円、同年三月一四日二、〇〇〇万円、同月一六日二、二〇〇万円の各手形融資をなし、もつて右金庫に八、二〇〇万円相当の損害を加えたものである。」

というのであるが、既に説明したように、被告人矢澤については預金等不当契約取締法第五条の罪を超えて背任罪を構成する証拠がなく、従つて択一関係にある預金等不当契約取締法第五条第一項第一号第二項の罪のみに当ると解すべきであり、また被告人大島については、被告人矢澤の背任罪が成立しないのでその共同正犯ともなることなく、背任罪と択一関係にある預金等不当契約取締法第二条第二項、第四条第一号、刑法第六〇条のみに当ると解すべきであるから、刑事訴訟法第三三六条前段により右被告人両名に対し各無罪の言渡をすることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 遠藤吉彦 判事 青柳文雄 判事 菅間英男)

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