大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和41年(う)2270号 判決

被告人 松下陽松

〔抄 録〕

原判示第四の強盗未遂の事実中、被告人が田辺恒雄方家人から金員を脅し取る目的で原判示の如き脅迫行為に及んだことは、原判決挙示の関係証拠に照らし明白である。しかして、財物を交付せしめる手段として被害者に対し脅迫を加えた場合、その脅迫が社会通念上一般に被害者の反抗を抑圧するに足りる程度のものであれば、現実に被害者が反抗を抑圧されたか否かを問わず、右脅迫は強盗罪の実行行為に該当するとともに右脅迫により反抗を抑圧された被害者が財物を差し出すのは、もはや任意交付の観念をもつて律すべき限りでなく、犯人がこれを受領するのは、すなわち財物の奪取にほかならないから、仮令犯人において被害者の手を経ず直接財物を奪い取るの意図なく、被害者の提供をまつてはじめてこれを受領する意図であつたとしても、その目的を達する手段として被害者の反抗を抑圧するに足りる脅迫を用いたものである以上、犯人に強盗の犯意がなかつたとはいえない。原判挙示の関係証拠によれば、本件被害者田辺恒雄方家屋は県道下の田甫の中の一軒家であつて、最寄りの民家とは約百メートルも離れており、右家屋内には本件当夜田辺恒雄夫婦と十五才の長女を頭とする四人の子供が就寝していたところ、被告人は、原判示の如く真夜中に同人方の電話線を切断し、出入口を戸外から釘付けにしたり板で塞いだりして外部との連絡及び交通を遮断した上、玄関のガラス戸を石で割り、起き出して来た右田辺の妻に対し「これを読んでみろ」といいながらガラスの割れ目から「俺達は今新潟で殺して来た五人組の殺し屋だ、強盗で稼ごうとゆうことになつて此の家に決つた、押し込めば必ず皆殺しか半殺しにしなければならない、家のまわりは皆かためた、大声挙げても駄目、人が来るまでに綺麗に片付けてしまう、こつちはピストル二丁猟銃一丁日本刀三本だ観念しろ、五分待つ有金全部出せ、出さなければ蹴破つて踏み込むぞ」等と平仮名で記載した脅迫文を玄関内に投げ込み、同人夫婦にこれを閲読させて脅迫し、電話線を切断して屋内の灯りを消し、玄関先に降りて来た同人方の十三才になる長男に対しガラスの割れ目から短刀を突き出して「これが見えないか」と見せつけ、なおも石を投げつけて玄関及びその脇の店舗の窓ガラスを割つた上、「早くしないか」と恕号して金員の差出方を迫り、最後には玄関のガラスの割れ目から玄関内の土間に藁の小束を一六把も投げ入れ、「火をつけるぞ」と怒鳴りながら点火したマツチ数本を玄関内に投げ込み、今にも同人方家屋に放火しかねないような気勢を示して同人方家人を脅迫したものであり、なお、当時戸外は相当強い風が吹いていたため、万一右家屋に放火されたならば忽ち燃え広がり一家焼死の運命に立ち至るべき情況にあつたことすら窺われるのであるから、被告人が田辺方家人に対して加えた叙上脅迫は当時の諸般の状況の下においては一般的客観的に見て同人方家人の反抗を抑圧するに足りる程度のものであつたと認めるのが相当である。従つて、被告人の本件所為が客観的に強盗罪の実行行為に該当するのは勿論、所論のように被告人において屋内に押し入つて金員を強奪する意思はなく、家人が金員を屋外に投げ出してくれるなら持ち帰るつもりであつたとしても、被告人に強盗の犯意がなかつたものといえないことは、既に説示したところに照らし明瞭といわなければならない。してみれば、原判決が被告人の本件所為を強盗未遂と認定したのは洵に正当であつて、記録を精査検討しても原判決の右事実認定に誤りがあるとは認められない。論旨は理由がない。

(坂間 沼尻 近藤)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!