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東京高等裁判所 昭和41年(く)84号 決定 1966年6月30日

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告理由は、抗告申立人弁護人荒川昌彦、同塙悟連名提出の即時抗告申立の補充書に記載されたとおりであつて、その要旨は、昭和四十一年五月二十六日の公判廷において、原裁判所は、検察官請求に係る、被告人の司法警察員に対する各供述調書及び被告人に対するポリグラフ検査書二通を証拠として採用することにつき弁護人の意見を求め、これに対して主任弁護人は、

被告人に対するポリグラフ検査書二通は、検査を行うこと自体が被検者の供述拒否権を侵害するものであるから憲法第三十八条第一項の趣旨に反し、刑事訴訟法第百九十八条第二項に違反し、被検者の同意の有無如何に拘らず違法であり、またその検査書は刑事訴訟法第三百二十一条第四項の鑑定書に該当せず、証拠能力がないと思料するから、叙上各供述調書の任意性、ポリグラフ検査状況等に限定し、その点についてだけ被告人質問をさせて欲しく、そのうえで叙上各供述調書及び検査書の採否を決定されたい旨の意見を述べ、右被告人質問は同期日にこれを行う予定にしていたのに拘らず、原裁判所は主任弁護人の右要求を却けて右各書類を証拠として取り調べる旨決定し、右証拠決定に対する主任弁護人らの異議申立を棄却したものであり、右は原裁判所を構成する裁判官全員において検察官側の証拠調請求を容易に受け容れて捜査官の非を疵い不公平な裁判をする虞れがあるから、主任弁護人は右裁判官全員を忌避する旨申し立てたものであつて、訴訟を遅延させる目的は皆無であつたのに、原裁判所はこの申立を単に訴訟を遅延させる目的のみでなされたことが明らかな申立であるとしてこれを却下したから、茲に本件抗告に及ぶというにある。

そこでこれに対し次のとおり判断する。

一、当事者が証拠として取調を請求したものにつきその証拠能力の有無を判定し、これを証拠として取り調べるかどうかを決定することは事実審裁判所の健全な裁量に委ねられているから、裁判所が右裁量の限度を著しく逸脱して、法令の解釈適用を歪曲し又は経験則を無視して供述の任意性の有無を誤認し若しくは当事者の一方の証拠調請求のみを許容し他方のそれを理由なく却下する等し、以て当事者のいずれか一方を不当に不利益な立場に陥れたような特殊な事情でもある場合は格別、然らざる場合においては、たとい証拠調に関する決定が法令に違反し若しくは相当でないため、反射的に当事者のいずれか一方が不利益を被むる結果になろうとも、その一事を捉えて直ちに、当該裁判官が不公平な裁判をする虞れがあるとしてこれを忌避する理由があるとは即断し得ないものと解すべきである。

二  そこで被告人に対する頭書被告事件の本案記録に基づいて考察するに、

第二十一回公判期日における証人仁瓶康の供述によれば、ポリグラフ検査とは、一般に人間が意識的に真実を蔽い隠そうと努力する場合には、それに伴つて非常に微妙な精神的動揺が発生し、相伴つて人体の内部に生理的変化ないし身体的反応を惹起することに着眼し、そのうち比較的記録し易い呼吸波運動、皮膚電気反射(皮膚電気反応ともいう)及び血圧と脈搏の変化(心脈波という)をポリグラフ(同時記録器)を以て同時に記録する方法により、検査者は被検者に対して諸々の質問を発し、質問を受けた被検者の呼吸波運動、皮膚電気反射及び心脈波の記録を検討し、被検者が意識的に真実を蔽い隠そうと努力しているかどうかを検定する一種の心理検査若しくは心理鑑定であつて、被検者が検査者の質問に対して答弁をすることは検査上必要なことではなく、たとい答弁をした場合においても、これをそのまま該答内容の真実性を証明するための供述証拠として使用するのではなく、その際の心理検査の結果を非供述証拠として使用するに過ぎないものと認められるから、ポリグラフ検査を行うことそれ自体が直ちに被疑者たる被検者の供述拒否権を侵害し、憲法第三十八条第一項の趣旨に反し、刑事訴訟法第百九十八条第二項に違反するものとはにわかに断じ難く、

ポリグラフ検査書は、ポリグラフ検査を実施した者がその検査の経過及び結果を記載して作成した書面であつて、被検者の供述を録取した書面でないことは明白であるから、該検査書の証拠能力の有無を判定するに当つて、被検者とされた被告人に対し検査状況につき本人質問を行い、その供述の任意性の有無を確かめることは全く筋違いであり、むしろ当該検査がそれに使用された器具の性能、操作技術等の諸点からみて信頼度の高いものと認められること、当該検査者が検査に必要な技術と経験とを有する適格者であること、被検者が当該検査を受けることに同意したこと、当該検査書は検査者が自ら実施した検査の経過及び結果を忠実に記載して作成したものであること等の諸点を証拠によつて確かめたうえ、叙上の諸要件を備えていると認められたときは、刑事訴訟法第三百二十一条第四項に則りこれに証拠能力を付与しても敢えて違法ではないと解するところ、前顕証人仁瓶康の供述によれば、本件ポリグラフ検査書二通は叙上の諸要件を備えていないものとは必ずしも認め難い(なお、被告人が自ら同証人に対し検査状況その他の諸点につき縷々反対尋問を行つていることは記録上明白である)。

然らば、原裁判所が敢えて被告人質問によつてその供述を聴くまでもなく、叙上各証人尋問の結果等に基づいて被告人の司法警察員に対する各供述調書及び被告人に対するポリグラフ検査書二通にいずれも証拠能力があるものと認め、これらを証拠として取り調べる旨決定したことは、事実審裁判所に委ねられた健全な裁量の限度を何ら逸脱するものでなく、原裁判所の右措置自体を捉えて以て原裁判所を構成する裁判官全員が不公平な裁判をする虞れがあると非難するのは当らないばかりか、その他抗告人らが本件忌避申立の理由として彼此主張するところは、いずれも抗告人らの単なる主観的臆測の域を脱せず、一件記録を精査検討しても、本件においては、原裁判所を構成する裁判官全員が不公平な裁判をする虞れがあることを疑わせるに足りる事由を発見し難く、本件忌避の申立は、その申立をなすに至るまでの審理の全過程に徴すると、裁判の公正について独自の解釈臆断をなし、その申立によつて訴訟手続を混乱させ、その進行を妨害し、単に訴訟遅延の結果を招来する目的のみでなされたことが明白であると認められるから、該申立を簡易の手続によつて却下した原決定は正当であるというべく、本件抗告は理由がないと思料する。<後略>(坂間孝司 栗田正 有路不二男)

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