大判例

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東京高等裁判所 昭和41年(ネ)1163号 判決

つぎに、控訴人溝口の権利濫用の抗弁について案ずるに、前認定の事実によれば、溝口は昭和八年当時から本件土地(二)を賃借し、地上に家屋を所有していたものであるが、被控訴人は終戦後にその五米西隣りの土地を同じ地主から借り受け同じ借地人として、また近隣者としての交際を通じ、溝口が本件土地(二)を賃借し、本件建物(二)を所有していたことを知悉していたものである。のみならず、被控訴人は前地主のおじに当るところ、被控訴人は借地権が付加していても著しく低廉といえる金五〇万円で本件土地を買入れたものであり、被控訴人が賃貸人の地位を承継しないとして溝口に明渡を求めれば、溝口は、右譲渡により賃借権を喪失したとして債務不履行を理由に少なからざる賠償金を賃貸人たる児島に請求する余地が生じるが、このようなことは、著しく低廉な代金で土地を手離した元地主としては全く予期しないところであつて、右売買代金、譲渡人、譲受人の身分関係からすれば右譲渡は賃貸借の承継を前提としていたことを容易に推測しうるのである。前掲被控訴人本人の供述によれば、その経営する自動車整備事業のためには現在使用している(被控訴人の従前の賃借土地)二二・五坪では狭隘で監督官庁の認証基準にも合致しないから本件土地(二)が必要である(本件土地(一)についてももちろんである。)といい、被控訴人方の写真であることに争いのない甲八号証の一ないし四によれば、たしかに現在その必要性が認められないではないが、被控訴人方の東隣の本件土地(一)については、前叙のとおり、控訴人宇田川三郎らとの賃貸借の承継を認めざるをえない以上、弁論の全趣旨に徴してみれば、さしあたつてこれの明渡を期待することは困難といわざるをえないから、本件土地(二)の明渡を受けても被控訴人が現在使用している前記土地と一体として利用できず、したがつて、被控訴人にとつて本件土地(二)だけの利用価値は著しく減殺されざるをえないし、もともと被控訴人は本件土地が必要だからというより、地主側が一括購入を希望し、また、地価が有利であつたため買入れたのであつて、被控訴人の主張に徴しても、事業を始めたのは本訴提起(昭和三七年六月二九日)後である昭和三八年一一月であつて、買入当時かかる必要性が存在していた訳のものではなく、むしろ、現に溝口によつて従前どおり使用され、訴訟においても応訴されているその土地を当てにして事業を始めたのであるから、溝口に対しその土地の必要性を殊更に主張することの当否については疑問なきをえないのである。一方、前掲控訴人溝口正一の供述によれば、溝口は、昭和八年以来本件土地(二)上の家屋に居住し、同所が荒川放水路に近い場所にあることを利用して釣具販売および釣舟業を営み、顧客も少くなく、年間売上は千二、三百万円に達していて、同所から立退を命ぜられるにおいては、居住の場所たる本件建物(二)を失うに止まらず、その営業の基盤を失うという莫大な損失をこうむることになることが明らかであり、被控訴人は本件土地(二)を取得するに当つてこれらの事情をも知悉していたことは、前述したところから明らかであるといえるのである。また、溝口は、前地主から買取方を要求された時これに応じなかつたが、それは、前叙のごとく、他の賃借人の借地をも含めた一括買取を求めた地主側の条件と自らの賃借土地だけの買取を望んだ溝口側の条件が一致するに至らなかつたためで、その間にとくに溝口側に責めるべきところがあるとはいえず、また、溝口が所有権取得後の被控訴人の前記金員交付要求を過大な要求としてこれに応じなかつたことも、それが土地の買取を求める代金であつたとしても、申出られた価格と被控訴人の取得した価格とを対比し、かつ、本件において当時被控訴人が本件土地(二)を手離して対価を取得しなければならない事情があつた形跡が見当らないことを考慮すれば、溝口がそのような態度に出たことをとくに責めることもできないといわなければならない。

これを要するに、被控訴人は、本件土地(二)取得にあたり譲渡当事者間においては賃貸借の承継が期待されており、地上には賃借人たる溝口が多年にわたり家屋を所有しこれに居住し営業していることを知つて借地権付の価格としても著しく低廉な価格で土地を取得しながら、右賃借権に対抗力がないことを奇貨として、溝口の生活上および営業上の多大の損失を意に介さず、溝口に対し建物収去土地明渡を請求しているものであり、これが是認されるにおいては溝口が莫大な損失をうけることになる反面、被控訴人は更地を取得するという思いがけない利益を収めることになつて、その不当なこと明らかで、被控訴人の本件権利行使は右不均衡をあえて招来し、不当な利益を収めようとするものにほかならず、被控訴人側の土地の必要度を考慮に入れても、溝口側の必要性と彼此対比するときは、被控訴人の本件請求の不当性を阻却するとはいえず、その他右に述べた諸事情を総合すれば、被控訴人の本件請求は、権利の濫用として許されないといわなければならない。

(注) 地上建物に登記がないため対抗力がないとされたものである。

(小川 小林 川口)

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