大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和41年(行ケ)121号 判決

(争いのない事実)

一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点がいずれも原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二 当裁判所は、本件審決は本願発明の効果(撓曲強度)についての認定を誤り、ひいて、引用例との対比において本願発明をもつて引用例から当業者が容易になしうる程度のものとの誤つた結論を導いたものであり、この点において違法として取り消されるべきである、と判断する。すなわち、前示本願発明の要旨並びに成立に争いのない甲第二号証、第四号証の三、第六、第十一号証の各二及び第十二号証の一、二(本願発明の明細書及び訂正書)を総合すると、本願発明はガラス繊維で強化された新規なプラスチツクあるいは樹脂型造用組成物に関するものであり、本願発明により得られる強化樹脂型造用組成物は優れた流動性を有し、これにより得られる成型硬化処理製品が非常な強さと均一性を有することを特徴とするところ、本願発明は、ガラス単繊維の直径、これに樹脂被覆した繊維状截片の円周及び長さ並びに被覆樹脂の全容積に占める割合及び被覆樹脂の型造温度加熱時の粘度等の各要件を、その特許請求の範囲に記載のとおりに限定することにより、型造用組成物に優れた流動性を有せしめ、これにより得られる成形生成物の曲げ、引張り及び圧縮の強さをきわめて大ならしめることを可能にしたものであり、ことに撓曲強度(曲げの強さ)はガラス単繊維の直径、樹脂被覆された繊維状截片の円周及び長さにより左右され、本願発明の実施例によれば、その撓曲強度は少なくとも五四、三〇〇P.S.i以上で平均強度において優れていることを認めることができる。

一方、引用例の記載内容が本件審決認定のとおりであることは原告の認めるところであるところ、両者を対比するに、引用例において、ガラス繊維の長さは<省略>~<省略>インチのものが使用され、この要件は本願発明の限定範囲内にあるけれども、使用ガラス繊維の直径及びそれに樹脂被覆した繊維状截片の円周については、本願発明とは異なり、格別の限定はなく、その生成物の撓曲強度は二〇、〇〇〇~四一、〇〇〇P.S.i平均二八、〇〇〇P.S.iであるから、前認定の本願発明の撓曲強度に比すると、両者間には顕著な差があるものというべく、ことに撓曲強度がガラス繊維の長さのほかに、その直径及び繊維状截片の円周に左右されるものであること前認定のとおりであり、本願発明がこの点を考慮してガラス繊維の直径及び樹脂被覆した繊維状截片の円周につき特別の限定を加えた点を合わせ考えると、本願発明をもつて、叙上の技術思想を欠く引用例から当業者が容易にできる程度のものとみることはできない。

被告は、本願発明による型造用組成物より得られた生成物についての原告主張の撓曲強度は単なる実施例の数値にすぎないし、また、撓曲強度はガラス繊維の種類、太さ、長さ及び表面処理方法並びに組成物中の樹脂含量及び樹脂の種類により変化するものであるところ、本願発明は樹脂の種類について全く限定がないから、本願発明の型造用組成物から常に原告主張のような強力な型造物が得られるとは限らない旨主張するが、前掲甲号各証によれば、本願発明の型造用組成物により得られた生成物の撓曲強度(平均強度)が優れているものというべきこと前説示のとおりであり、また、後段の主張中撓曲強度がガラス繊維の種類、太さ、長さ及び表面処理方法並びに組成物中の樹脂含量及び樹脂の種類により変化することは原告も認めるところであるが、このような一般的知見が存するとして、そのことから直ちに本願発明が具体的要件を限定し、これにより従来のものに比し顕著な効果を奏する事実を否定しがたく、さらに、本願発明において樹脂の種類について限定するところがないから、本願発明の型造用組成物により原告主張のような撓曲強度を有する型造物が得られるとは限らないとの点も、前掲甲号各証によると、本願発明は、樹脂につき、その特許請求の範囲記載のとおり、ガラス単繊維が粘着性がない樹脂にて被覆されること、及び型造温度加熱時の粘度を限定したほかには、使用されるべき樹脂の種類について格別限定するところはないが、本願出願当時本願発明の属する技術分野において通常使用される樹脂を予定し、効果もそれを前提としたものと認めるを相当とするから、その主張も理由のないものといわざるをえない。したがつて、被告の叙上の主張はいずれも採用するに由ない。

(むすび)

三 叙上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由があるものということができる。よつて、これを認容する。

〔編註〕 本件における請求原因は左のとおりである。

一 特許庁における手続の経緯

原告は、バートン・エー・ベンソン(原告は一九五九年一月二十八日、同人から本件特許を受ける権利の譲渡を受けた。)が、一九五八年二月十二日及び一九五九年一月二十二日、アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和三十四年二月十二日、名称を「成形組成物」とする発明(後に名称を「型造用組成物」と訂正)につき特許出願をしたところ、昭和三十六年十一月十一日、拒絶査定を受けたので、昭和三十七年三月二十二日、これに対する抗告審判を請求し、同年抗告審判第四七五号事件として審理されたが、「昭和四十一年四月九日、「本件抗告審判の請求は、成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は、同年四月二十日、原告に送達(出訴期間は同年八月二十日まで延長)された。

二 本願発明の要旨

弛緩せる繊維状截片の集団から成り、その各截片は、多数の大体平行せる直径〇・〇〇〇二~〇・〇〇〇六インチ(〇・〇〇五~〇・〇一六mm)のガラス単繊維から成り、これら繊維は、樹脂を受容するように表面処理を施されて粘着性なき樹脂をもつて被覆され、この樹脂被覆ガラスが短片に截断されて成る型造用組成物において、各繊維状截片の周囲は、平均〇・〇五インチ(〇・一二七cm)を超えず、かつ、その全容積の約三五~六〇%が樹脂であり、この樹脂は始めに型造温度に加熱された時約五〇、〇〇〇~五、〇〇〇、〇〇〇センチポイズの粘度を有するものであつて、上記繊維状截片の長さは約<省略>~二インチ(〇・三二~五・〇八cm)であることを特徴とする樹脂ガラス型造用組成物。

三 本件審決理由の要点

本願発明の要旨は、前項掲記のとおりと認められるところ、モダンプラスチツクス一九五四年四月号の一二一~一三〇頁及び一三五頁(以下「引用例」という。)には、ポリエステルガラス成形組成物について、樹脂については、その粘度が重要で、一〇〇~一、〇〇〇、〇〇〇C.P.Sのものを使用すること、また、ストロータイプ組成物は、樹脂の被覆した弛緩せる無秩序に切断した繊維と充てん剤であつて、比較的高ガラス含量(三〇~六〇%)で特徴づけられており、十分に乾燥した非粘着性で一般に高粘度もしくは結晶タイプの樹脂を用いて製造されること、さらに、ガラス繊維としては<省略>インチと<省略>インチのものが使用されることが記載されており、本願発明と引用例の記載とを対比すると、両者は、ともに、ガラス繊維を樹脂で被覆した組成物に関するものであり、本願発明の樹脂の粘度、組成物中の樹脂含量及びガラス繊維截片の長さ等は、いずれも引用例記載のものにおいて示されているそれらの数値の範囲内に属するものであり、ただ、繊維の直径及び各繊維截片の周囲についての具体的な値が引用例に記載されていない点において差異があるが、本願発明で使用する繊維は、通常この種強化プラスチツクの補強剤として用いられるガラス繊維に他ならないものと認められ、また、このような繊維を樹脂で被覆したものは、当然本願発明において規定する繊維截片の周囲の値を有するものと認められるから、繊維の直径及び各繊維截片の周囲についての本願発明における上記の規定は、引用例のそれを包含していることは明らかである。なお、請求人(原告)は、本願発明の樹脂ガラス型造用組成物は引用例に記載されたストロータイプ組成物の範囲内にあるとしても、前記組成物より型造された型造物は、約二〇、〇〇〇~四一、〇〇〇P.S.i平均二八、〇〇〇P.S.iの撓曲強度を有するに対し、本願発明の組成物より得られる型造物は、二〇、〇〇〇~一一〇、〇〇〇P.S.i撓曲強度を持たせうるもので、本願発明は、このような非常に強力な型造物を得るに適し、かつ、注入型造のできる樹脂ガラス型造用組成物は、如何なる特殊条件を具備すべきかを具体的に明確ならしめたところの改良発明に関するものである旨主張するが、本願発明において規定する各条件は、前示のとおり、いずれも引用例記載の範囲内に包含されるもので、何ら特殊な要件とは認められない。また、この種組成物より製造される物品の撓曲強度は、ガラス繊維及び組成物中の樹脂含量のほか、樹脂の種類との関連によつて変化するものと認められるところ、本願発明においては、その樹脂の種類についても何ら限定していないから、本願の特許請求の範囲に規定した要件のみを充足することにより、それがすべて引用例のものに比して非常に強力な型造物を提供するものとはいえない。したがつて、本願発明は引用例の記載から当業者の容易になしうる程度のものというべく、旧特許法(大正十年法律第九十六号)第一条の発明を構成しない。

四 本件審決を取り消すべき事由

本願発明の要旨及び引用例の記載内容が本件審決認定のとおりであることは争わないが、本件審決は、次の点において事実を誤認し、これを前提として、本願発明をもつて引用例の記載から当業者の容易にできる程度のものであるとした点において判断を誤つたものであり、違法として取り消されるべきである。すなわち、

(一) 本件審決は、本願発明の構成要件の一である組成物の樹脂含量は、引用例記載のものに示されている樹脂含量の数値の範囲内にあるとしているが、この認定は誤つている。たしかに、本願発明における樹脂含量と引用例記載のもののそれとの間には重複する部分は存在する。すなわち、引用例のものにおいては、下限の値が五八%(容積比)であり、本願発明においては、上限の値が六〇%(容積比)であり、その間わずかに二%の同じ値が共通する。しかし、引用例のものの五八%は下限値であり、本願発明の六〇%は上限値である。換言すれば、引用例記載のものにおいては五八%以上の樹脂量を加えるものであり、本願発明においては、六〇%以下のそれを加えるもので、このわずかの重複部分より樹脂量を少なくすることをその根本思想としている本願発明と、この重複部分より樹脂量を多く加えることを示した引用例記載のものの技術とは、その樹脂量添加の目的を異にし、一部分に重複があるとしても、その重複する値がきわめて少量である以上、両者は別異の技術思想とみるを至当とする(この重複部分については、本願発明の要旨を明瞭ならしめるため、原明細書を訂正して重複部分を除く用意がある。)。また、この樹脂含量についての限定は、本願発明の要件の一であり、全部ではないから、このわずかの重複をもつて、発明として同一視すべき理由はない。

(二) 本件審決は、本願発明の組成物より得られる型造物は、「二〇、〇〇〇~一一〇、〇〇〇P.S.i」の撓曲強度を持たせうるものであると認定しているが、この認定は明らかに誤りであり、本願発明の組成物より得られる型造物の撓曲強度は、その明細書に記載してあるとおり、「六一、〇〇〇~一一〇、〇〇〇P.S.i」である。この誤つた認定による撓曲強度の範囲内に引用例のものの撓曲強度の範囲の全部が包含されるものである以上、この誤りは少なくとも間接には主文に影響するものであり、権威をもつた審決書中の記載事項であるから、それが事実と相違すれば、事実誤認として取り扱われるべきものである。なお、撓曲強度がガラス繊維の種類、太さ、長さ及び表面処理方法並びに組成物中の樹脂含量及び樹脂の種類により変化することは、認める。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!