東京高等裁判所 昭和41年(行ケ)29号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕本件実用新案の要旨は、原告主張の右公報中の「登録請求の範囲」の項に記載されたとおりですなわち、
(一) ホーンの主体(1)の裏面中心部に任意の深さの入音穴を掘設しこれから外方に向けて渦巻状にした音響溝(2)を設け、その外端を右渦巻状の延長方向に沿つてらつぱ状に拡開した放音口とすること
(二) 右音響溝(2)の周壁の端面へ乾燥して介在体となる合成樹脂性接着液(3)を塗着してこれに扁平の座版(4)を貼着したうえ、この座版(4)と主体(1)とを螺釘(5)で結着せしめること、
右各要件を組み合わせたホーンにおける音響変成器の構造にあるのであつて、その目的とするところは、従来のホーン(渦巻溝を半分ずつ別個に形成した部材を合着する構成のもの)では両方の部材に渦巻溝を掘設する点で手数を要するばかりでなく両方の渦巻溝を合わせたとき、往々にしてその側壁部の厚薄により食い違いの段部ができ、音響の流れ方を悪くするといつたような欠点があつたので、これを改良しようとするもので、効果としては、主体(1)にだけ渦巻状の音響溝(2)を掘設し、これに座版(4)を添着させるのであるから、工作上の手数が省け、主体(1)と座版(4)とを合成樹脂性接着液で貼着し螺釘をねじこむことにより、容易に両者の緊密な結合が得られ、また、接着剤の乾燥後は、これが薄層を形成してパッキングの作用を兼ねるという点にある。
以上のように認めることができる。
3 ところで、<証拠>によれば、審決が引用する英国特許第六〇九、五四八号明細書抜粋(第一引例)中に、「内側に入音穴を有し、これから外方に向けて渦巻状となし、それの外端を拡開してらっぱ状に形成した放音口を有する音響溝を掘設した主体の表面において、その音響溝の周壁の端面へ扁平の座版を結着したホーンの音響変成器」が記載されていることが認められ、この明細書抜粋が昭和二六年五月一四日特許庁資料館に受け入れられたものであることは、当事者間に争いがない。
つぎに、<証拠>によれば、審決が引用する昭和三一年実用新案出願公告第一三、四一五号公報(第二引例)中に、「渦巻形導音孔の内側入音穴を主体裏面部の中心部に掘設したホーンの音響変成器」が図示されていることが認められる。
また、<証拠>によれば、審決が引用する昭和三〇年実用新案出願公告第一八、四一一号公報(第三引例)中に、「渦巻状音道を形成する二部材を強力な接着剤で貼着したホーンの音響変成器」の記載があることが認められる。
4 これら三つの引例に記載された音響変成器の構造は、いずれも本件実用新案の出願前に公知であつたというべきであり、したがって、さきに認定した本件実用新案の要旨のうち、「乾燥して介在体となる合成樹脂性接着液を塗着する。」という点および「接着の上に螺釘による結着を行なう。」という点を除いてその他の点に、すべて前記各引例に示された公知技術を組み合わせたものにすぎないことが明らかである。
なお、この点で原告は、第三引例における接着は板状物の扁平面と扁平面とを接着するものであり、本願のように、一方が扁平面で他方が線状の切断端面である場合の接着とは、技術内容が異なつている、と主張するけれども、本願の実用新案における「音響溝の周壁」は、その端面の厚さについてなんら限定がないばかりでなく、線状の切断面というのも扁平面というのも、程度の差にとどまり、これを合成樹脂等の接着剤をもつて他の扁平面に接着しうる点で差異はないのであるから、この両者において技術内容を異にするという原告の主張は採用できない。
5 つぎに、合成樹脂性接着液は、接着剤として本件実用新案の出願前に周知慣用のものであつて、第三引例に記載の「接着剤」のうちにも包含されることは明らかであり、また、接着剤が乾燥後パッキングの作用をもつ介在体となることも、本件の出願前周知のことである。
そして、二つの物体の確実な結着方法として、接着剤による接着のうえ、さらに釘または螺釘による釘着を加算併用することはこれまた本件の出願前に周知慣用の方法であつて、このことは<証拠>によっても明らかである。そうすると、さきに本件実用新案の要旨として認定した構成要件は、すべて公知または周知慣用の事項に属するというべきである。
6 原告は、各引例の構成各部の有機的結合関係を解き、そのうち必要なもののみを取り出し、これを新たに有機的に結合させて本件実用新案を構成することは、決して各引例から容易に実施しうるものではない旨主張するけれども、右のような公知事項の組み合わせが考案性を取得するためには、その組み合わせを採用することにより、各公知事項が本来有した作用効果の総和を越えて別個の作用効果を発揮するにいたつた場合でなければならないのであつて、この点について審決は、「本願の実用新案は、その作用効果とするところにおいても、その上記公知、周知の事項がそれぞれ個別に当然有するもの以外に、それらの結合による格別なものは何等認めえない」旨の判断を示していることが<証拠>により認められ、本件実用新案が右のような格別の作用効果を有するものでないことは、前に本件実用新案の作用効果について述べたところからみて明らかであり、他にかかる格別の作用効果の存在を推認せしめるに足る資料もないから、審決の右の判断は正当である。
また、原告は、三つの引例のものにみられる構造が、それぞれ本願のものの構造と異なつていることを挙げ、その結果として、各引例のものがそれぞれを有している作用効果と、本願のものの作用効果が相違していると述べ、このことから本願の構造が引例にない格別の作用効果を有することを主張するけれども、本願のものが新規な作用効果を有するかどうかの点は、その構成要件である公知、周知事項が当然随伴する作用効果との比較において判断されるべきことがらであつて、本願のもつ作用効果を、各引例ごとにその有する作用効果と比較して論じてみても、意味がないことである。
7 請求原因四の(三)の原告主張のうち、「考案性の評価は、構成要素が有機的に結合された全体を一つとみて行なわれるべきである。」とする部分はその限りにおいて正当であるが、審決が付随的構成要素のみを分離して周知慣用の技術であると判断したことを違法であると非難する部分は失当である。なぜならば、審決は、原告のいう付随的構成要素が周知技術であるということだけで、全体の考案性を否定したのではなく、本願の構成要素がすべて公知、周知の事項から成ること、そしてそこに格別新規な作用効果もないことを認定したうえ、考案性を否定したものであることが、……文面上明白であるとともに、その審決の判断じたい正当であることは、さきに認定したとおりであるからである。
また、原告は、「周知の技術であつても、それが他の新規な要素と合体して考案が構成される場合には……」という前提に立つて論議しているが、このような「他の新規な要素」が本願には含まれていないこと前記のとおりである。「接着剤により接着したうえ螺釘で結着せしめる。」という点についても、原告はこの二つの方法を併用した点に重要な意味があるというけれども<証拠>によれば、審決は、二部材の容易、確実な結着手段として接着、釘(螺)着の併用が本願出願前周知慣用の方法であつたこと、そして本願考案の作用効果としても、これを構成する右の公知、周知事項が当然有するものの範囲を出ないことを認定判断していることが明瞭である。原告が指摘する「導音孔周壁の密閉を完全にして器の音響効果を良好ならしめる」効果も、結局は確実な接着ということに帰する。そして、さきに認定したところから明らかなように、右審決の判断は正当である。審決は前記二つの結着手段を併用した点を等閑に付しているとする原告の主張は、審決を誤解するもので採用に値いしない。
8 以上のとおり、本願の考案は、審決が認定しているように、引用の各刊行物に記載されている公知の技術事項と慣用周知の技術事項から、容易にこれを組み合わせてなしうる程度のものにすぎず、その組み合せの点に考案力の存在を認めうるほどのものということはできないのであり、したがってこれと同趣旨の本件審決に違法はなく、その取消を求める原告の請求は失当である。(多田貞治 杉山克彦 楠賢二)