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東京高等裁判所 昭和41年(行ケ)58号 判決

(争いのない事実)

一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明及び先願発明の各要旨並びに本件審決理由の要点がいずれも原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二 本件審決は、本願発明と先願発明とは、少なくとも、「水の存在下において」という構成要件において差異のあることを看過し(その点に関する判断をすら示すことなく)、両者を同一発明であるとした点において、判断を誤つたものといわざるをえない。すなわち、当事者間に争いのない本願発明の要旨と成立に争いのない甲第一号証の一から三及び同第六号証の一、二とを総合すると、本願発明は、原告主張のとおりの知見に基づき、化学石膏に、水の存在下において、消石灰を混合し、かつ、同じく水の存在下においてこれを焙焼することをその要旨とするものと認められるところ(被告は、本願発明においては、水分は混合時において存在するをもつて足り、焙焼時における水分の存在は何も限定されていない旨抗争するが、この主張は、叙上認定に供した各証拠に照らし、とうてい採用しえないところというべきである。)、先願発明においては、水の存在を構成要件とするものでないことは、成立に争いのない甲第八号証(先願の特許公報)に徴し、容易に理解しうるところであるから、両者は、少なくとも、この点においてその構成要件を異にし、したがつて、これを同一発明とみることはできない。もつとも、先願発明の明細書の「発明の詳細なる説明」の項には、「実施例1」として、水の使用例が記載されていることは前顕甲第八号証により明らかであるが、この場合においては、水を加えて混合した石膏を濾別したのち、これを乾燥するものであることが同じく甲第八号証の記載により明らかであるから、仮に右「実施例1」に示されたところをもつて先願発明の技術内容に包含されるものであるとする見解を是認するとしても、もとよりこれをもつて、本願発明において、水の存在下で混合し、かつ、焙焼する技術手段と同一技術思想とみるをえないことは、多くの説明を用いるまでもなく明白なところというべきである。

(むすび)

三 叙上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由があるものということができる。よつて、これを認容する。

〔編註〕 本件における請求原因は左のとおりである。

一 特許庁における手続の経緯

原告は、昭和三十三年七月九日、「化学石膏の処理方法」につき特許出願をしたところ、昭和三十六年一月三十日、拒絶査定を受けたので、同年三月三日、これに対する抗告審判を請求し、同年抗告審判第五四八号事件として審理されたが、昭和四十一年三月十一日、「本件抗告審判の請求は、成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は、同年三月二十六日、原告に送達された。

二 本願発明の要旨

湿式燐酸製造の際副生される化学石膏に水の存在において焼成後の石膏のPHを五~七未満となすに必要な量の消石灰を混合し、一三〇~二五〇℃で焙焼することを特徴とする化学石膏の処理方法。

三 本件審決理由の要点

本願発明の要旨は、前項掲記のとおりと認められるところ、本願発明は、先願である特許第二六六一四五号の発明(昭和三十三年五月二十八日出願。以下「先願発明」という。)と同一発明に帰する。すなわち、先願発明は、「酸性領域で化学反応により製造した結晶石膏(化学石膏)を焼成した場合、その水浸液のPHが七以上となるよう炭酸カルシウムあるいは水酸化カルシウム(消石灰)などのアルカリ性物質を焼成前(後)に添加する化学石膏の品質改善法」をその要旨とするものであるところ、両者を比較すると、問題点として、(一)原料として、本願発明においては、「湿式燐酸製造の際副生される化学石膏」と特定しているに対し、先願発明においては、「酸性領域で化学反応により製造した結晶石膏」と表現している点、(二)PHについては、本願発明においては、「五~七未満」であるに対し、先願発明においては「七以上」である点及び(三)焼成温度につき、本願発明においては、「一三〇~二五〇℃」と明示されているが、先願発明はこれに触れていない点を指摘しうるが、「焼成後の石膏の水浸液が特定PH値を示すように化学石膏(天然産石膏に対する)に消石灰を加え焼成して、天然石膏を原料とする焼石膏に性能の劣らないものを化学石膏から得る方法」という点において、両者は、実質上一致する。よつて、まず、前記(一)についてみるに、請求人(原告)は、先願発明の原料は、硫酸アルミニウムと炭酸カルシウムとの反応によつて得られる化学石膏であり、本願発明のそれは、湿式燐酸製造の副生石膏であるから、所含不純物質が甚だ相違し、したがつて、原料が別異である旨主張するが、先願発明の要旨にいう「酸性領域で化学反応により製造した結晶石膏」には、燐鉱石を硫酸で分解(酸性領域の化学反応)して生ずる副生石膏が当然含まれるものと認めざるをえないから、両者の原料が相違するとはいえない。次に(二)についてみるに、文言的に、あるいは算数的に、本願発明の上限「七未満」は七を含まず、先願発明の「七以上」は七を含むということで一見区別しうるようにもとれるが、七は、要するに、巾のない直線上の一点にすぎず、実施にあたつての不可避的誤差範囲を考慮に入れるならば、両者のPH値の領域に明確な一線を画することは至難である。さらに、本願発明のPH値につき、その出願当初の明細書第四頁第二、三行に「五~八程度」とあり、訂正明細書第五頁第四、五行に「………焼成後の石膏のPHが七以下好ましくは五~七程度」とあつて、とくに、要旨として「PH限値が七未満」と限定されるべき事由について、技術的に首肯できる説明は発見することができない。してみれば両発明のPH値につき、先願発明はアルカリ側、本願発明は酸性側という大体の傾向は窺えても、なお画然と区別しえないものであり、両者は、ひつきよう中性点附近で実質上重複を免れないものと認めざるをえない。(三)についてみるに、下限一三〇℃より低温でも長時間の焙焼で所期の目的を達成できること、上限の二五〇℃を超えると、焼殺石膏となるゆえ不可であること(本願明細書第六頁参照)にかんがみると、(三)の点は、結局、造形性を保持する焼石膏を得る慣用の焙焼温度を、本願発明は明示しているに対し、先願発明では、周知のこととして、あえて明示していないだけの差異に止まるものと認められる。

以上説示のとおり、本願発明は、その先願に当たる第二六六一四五号特許発明と同一と認められるから、旧特許法(大正十年法律第九十六号)第八条の規定により特許することはできない。

四 本件審決を取り消すべき事由

本願発明及び先願発明の各要旨が本件審決認定のとおりであることは争わないが、本件審決は、両者を同一発明であるとした点において判断を誤つたものであり、違法として、取り消されるべきである。本願発明は、両者の要旨から明らかなように、先願発明と同一発明ではない。すなわち、本願発明は、本件審決の指摘する三点のほか、水の存在下で、焙焼し、化学反応を起こさせる点において、先願発明と相違するところ、本件審決はこれを看過誤認したものであり、もとより、同一発明とみるべきものではない。もつとも、先願発明の明細書中の「実施例1」には、被告主張のように、水の存在下で攪拌することが記載されているが、右は実施例ではなく、比較例にすぎないから、これをもつて、先願発明の技術内容とみることはできない。のみならず、右「実施例1」における水は、混合時にのみ存在するものであり、本願発明におけるように、焙焼時において存在することを要するものではないから、本願発明の場合と全くその技術的思想を異にする。本願発明は、湿潤状態を形成する程度の水の存在において、焼石膏水浸液のPHが五~七未満となるような条件下で燐酸副生石膏―消石灰混合物の焙焼を行うと、少なくとも天然石膏から得られる焼石膏の抗張力にほぼ匹敵する抗張力を有する焼石膏が得られ、ことに前記PHの値が五・二~六・七となるような条件を選択すると天然石膏から得られる焼石膏の有する抗張力よりはるかに大きい抗張力を示す焼石膏が得られるという知見に基づき、水の存在下において、化学石膏に焼成後の石膏のPHが五~七未満となるに必要な量の消石灰を添加して一三〇~二五〇℃で焙焼することをその要旨としたものであるところ、先願発明においては、水の存在が許容されない。先願発明においては、品質の改善された焼石膏(半水石膏)を得るため、炭酸カルシウム、水酸化カルシウムなどのアルカリ性物質は、結晶石膏の焼成前又は焼成後のいずれの時期に添加してもよいこととされているが、焼成後、アルカリ性物質を水溶液又は懸濁液などの水の共存する状態で焼石膏に添加すると、焼石膏は水と反応して、水の存在量に応じて部分的に、あるいは、その全部が二水石膏に変化し、硬化してしまうので、もはや焼石膏自体を目的物として得ることはできず、したがつて、焼成後にアルカリ性物質を添加する場合、焼石膏を得ることを目的とする限り、そこに水の存在を許容する余地はなく、焼成前にアルカリ性物質を添加する場合においても同様である。

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