大判例

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東京高等裁判所 昭和42年(う)1416号 判決

被告人 塙文男

〔抄 録〕

刑法にいわゆる心神喪失者とは精神の障害により事理の是非善悪を弁識する能力又はその弁識に従つて行動する能力を欠く者をいい、同じく心神粍弱者とは精神の障害により叙上の能力の一方又は双方が著るしく減弱した者をいうのであつて、精神薄弱者すなわち知能の発達が常人より劣つている者は、多くは知能ばかりでなくそれと平行して感情や意思を含めた人格全体の障害があるけれども、その障害の程度によつては、事理の弁識能力又はその弁識に従つて行動する能力が正常人と異ならない場合もあれば、その減弱の程度が顕著重篤なものでない場合もあるのであるから、精神薄弱者であるとの一事をもつて直ちに心神喪失者ないし心神粍弱者であると論断することはできない。本件において、証人飯岡甲子男の原審公判廷における供述によれば、被告人の知能程度は田中式測定法によりIQ五十七であつて、心理学的には魯鈍の最下限の域にあり、精神医学的には遅鈍型の精神薄弱と認められるが、神経学的所見では何等異常は認められない、というのであり、井川馨作成の卒業成績証明書によれば、中学三年当時の被告人の学科成績の評点は1ないし2であるが、その性格、行動に対しては自主性、責任感、正義感等の面でB(中等位)の評定がなされていて、これらの面については目立つた人格的欠陥はなかつたこと、本件犯行後被告人に対しポリグラフ検査を実施した証人小室裕の原審第五回及び第六回公判期日における各供述によれば、被告人には虚偽の意識に基づく精神的緊張による反応が検査結果上に明らかに現われており、被告人には是非善悪、利害得失の判断に著るしい欠陥のあることを疑わせる徴候がなかつたことが窺われ、その他記録を精査しても、既往の日常生活において被告人に取り立てて精神障害に基因するような異常な行動があつた事実は認められず、またその社会適応性において常人より著るしく劣るところがあつたことを窺わしめる事跡も見当らない。叙上の諸事情に被告人が本件各犯行当時及びその前後の行動につき正確に記憶し、捜査官の取調に対し詳細な供述をしていることを綜合して考察すれば、被告人は知能低劣であるとしても、その精神障害の程度は左程高度なものではなく、本件各犯行当時事理の是非善悪を弁識する能力又はその弁識に従つて行動する能力を欠如していたと認められないのは勿論、右能力が著るしく減弱した状態にあつたものとも認められない。これと同旨に出て、原審において弁護人のなした心神喪失ないし心神粍弱の主張を排斥した原判決の判断は正当であり、原判決は精神薄弱者という観念でないことを理由として原審における弁護人の前記主張を却けたものでないことは、原判文を通読すれば自から明らかである。そして、精神衛生法、精神薄弱者福祉法にいわゆる精神薄弱者とは、医学的、心理学的に精神薄弱者(知能低格者)と認められる者を指称するのであつて、心神喪失者又は心神粍弱者と意義範囲を同じくするものでないことは前段説明のとおりであるから、被告人が本件犯行後所轄行政機関から精神薄弱者福祉法にいう精神薄弱者であるとの認定を受け、同法第十六条第二号前段の規定により精神薄弱者救護施設である茨城県立愛友学園に入所させられたとの所論主張事実は、本件犯行当時における被告人の責任能力の有無に関する原判決の判断を左右するものではない。また、精神薄弱者福祉法は、精神薄弱者が社会的適応性が劣り、兎角社会の生存競争の落伍者となり勝ちであることにかんがみ、その更生を援助するとともに、必要な保護を行ない、もつて精神薄弱者の福祉を図ることを目的として制定されたもので、同法に定める精神薄弱者に対する援助及び保護の実施機関は都道府県知事又は市町村長とされ、これに要する地方公共団体と国とが分担するものとされていることから考えれば、同法第二条が国及び地方公共団体の責務として、精神薄弱者に対する更生の援助と必要な保護の実施につとめなければならない旨を規定しているのは、国及び地方公共団体に対し精神薄弱者の福祉を図るため必要な予算措置、行政措置を講ずべきことを命じているものにほかならず、同条は罪を犯した精神薄弱者に対する司法処分とは直接関係のある規定ではないのであるから、原判決が同法所定の精神薄弱者である被告人に対し刑の減軽を施さなかつたからといつて、何等同法に違反するものではない。

(栗田 沼尻 近藤浩)

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