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東京高等裁判所 昭和42年(う)1557号 判決 1968年1月25日

主文

1、原判決を破棄する。

2、被告人を罰金七、〇〇〇円に処する。

3、右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

4、原審ならびに当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

〔原審は禁錮六月・二年間執行猶予訴訟費用負担〕

理由

<前略>

論旨第二点(事実誤認)について。

所論は、被害者は本件自動車に接触して受傷したものでなく、自ら顛倒してはげしく庭石に頭を打ちつけて受傷した可能性があると主張するが、原判決中「弁護人の主張に対する判断」の欄で原審が説示しているとおり、被害者が被告人の車に接触した結果顛倒して受傷したものであることを十分窺うことができるので、所論は採用し得ない。論旨は理由がない。

論旨第一点(事実誤認および法令適用の誤り)について。

所論は、原判決は、被告人が本件自動車を後退させるについて、「助手席に同乗していた後藤明を下車させ、進路上に障害のないことを確認させたうえ、誘導させながら後退すべき業務上の注意義務がある云々」と判示しているが、この判断は誤りであつて、被告人にはかような義務を科することはできない、したがつて原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があると主張する。

そこで考察するに、<証拠>を総合すれば、

一、原判示私道はやや南北に走る市道からやや西方に向つて、市道とほぼ直角に通ずるもので、入口の幅員は約五米であるが、約一一米進んだ個所で、ほぼ並行して二又に別れており、その西側を通ずるものは幅員が約三米で、先が行き止まりになつており、沿道には人家が数軒しかないこと、

一、右私道の右分岐点から西側を通ずる私道の南側には、市道から約二〇米の個所に原判示の広沢広市方作業場があり、その東南角には「はさ木」が数十本本位立て掛けてあり、またその東方には、右私道の南沿いに高さ一・〇五米ないし〇・五米、幅一・四米ないし〇・八米位の庭石が六個殆んど密着して置かれており、なお右庭石の東方には、右私道の南沿いに「はさ木」が数十本横に積み重ねてあつたこと

一、右私道の北側は一面畑であり、また右庭石や「はさ木」の南側も一面畑であること

一、右私道はもち論、前記市道も車両や人の往来が極めて少ないこと

一、被告人が後退進行を開始した前記作業場前からは、右作業場の東南角等が邪魔になつて、右私道の南側の西寄りの一部は見通せないが、その他は殆んど視界を遮るものがなく、見通しが十分であること

がいずれも明らかであるが、このような場所的条件のもとにおいて、自動車を後退進行させる場合においても、できれば、原判示のように、助手を下車させて、道路上に障害のないことを確認させたうえ、誘導させることが望ましいことは論をまたないと思われるものの、右のような場所的条件を考慮すれば、本件においては、被告人に対して、原判示のように、助手を下車させ、道路上の障害のないことを確認させたうえ、誘導させるべき業務上の注意義務があつたことまで認定するのは酷を強いるものというべきであり、被告人にこのような注意義務を認めた原判決の事実認定には、事実の誤認があり、ひいては法律の解釈適用の誤りがあり、これらの誤りは、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。

もつとも、検察官から訴因変更の請求があつたので考察するに、自動車を後退進行させるに当つては、前進進行する場合とは違つて、その進路の安全の確認が極めて困難であるから、特段の注意を払つて、車両の周囲の状況を十分に注視してその進路の安全を確認しながら運転すべき業務上の注意義務があるものというべきところ、<証拠>を総合すれば

一、被告人は、乗車直前に、助手後藤明と共に荷合の後端でロープを片付けながら後方を見たが、人影が見えなかつたので、通行人等はないものと信じ、かつ左後方は、助手席に同乗した右後藤がその安全を確認してくれるものと軽信して、運転台に乗るや、直ちに左バックミラーで左後方を瞥見した後、運転席の右窓から右後方の安全を確認しただけで、時速約四キロの速度で後退進行を開始し、約四米進行した地点で、本件事故をひき起したこと、

一、右後藤は助手席に乗り、本件車の発進後間もなく助手席の左窓から顔を出して、左後方の安全を確認していたが、主として市道の交通の安全を確認していたものであつて、私道の南側には十分の注意を払つておらず、なお本件事故発生まで被害者の存在に全く気付いていないこと、

一、右私道の南側の畑には、右私道の南沿いに置いてあつた前記庭石の西側から第一番目と第二番目の中間の少し南寄りに、被害者のものと思われる小さな足跡があること

一、被害者は赤い洋服を着た生後一年六月の幼児であり、おそらくよちよち歩きながら右庭石の西側から第一番目と第二番目の間のを通り抜けて、私道に出て来たものと思われること

を総合すれば、被告人が左バックミラーで左後方を瞥見するに止めず、十分に左後方の安全を確認するかまたは助手の後藤が乗車後直ちに助手席の左窓から左後方の安全を十分確認していたならば、被害者が前記のようによちよち歩きながら庭石の間を通り抜けて私道に出て来るのを発見し得たものと思われる。しかるに、被告人は左後方の安全は右後藤が確認してくれるものと軽信し、自分は左バックミラーで左後方を瞥見しただけで、左後方の安全を十分に確認しないまま後退進行したのであるから、この点において被告人には前記の業務上の注意義務を怠つた過失があるというほかはない。

よつて、本件控訴は理由があるから、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八二条、第三八〇条により、原判決を破棄した上、(主文Ⅰ)同法第四〇〇条但書の規定に従い、さらに、自ら、次のように判決をする。

(罪となるべき事実)

被告人は、自動車運転の業務に従事する者であるが、昭和四一年一〇月七日午前九時四五分頃、新潟市小新二、〇八五番地広沢広市方作業場前の私道上において、同作業場入口付近に駐車しておいた普通貨物自動車を約二〇メートル後方(東方)の市道に後退させるに際し、自動車運転者たるものは、常に自車の進路の安全を確認し、もつて事故の発生を未然に回避すべき注意義務があるのに拘わらず、これを怠たり、乗車直前に助手後藤明と共に荷台のロープを整理しながら後方を見たが、人影が見えなかつたところから通行人等はないものと軽信し、かつ左後方は助手席に同乗した後藤明がその安全を確認してくれるものと軽信し、被告人は左バックミラーを瞥見した後、直ちに運転席の右窓から右後方の安全を確認しただけで、左後方の安全を確認しないまま、時速約四キロメートルの速度で後退した過失により、折柄、保苅春美(生後一年六月)が左側道路端に並べておかれてあつた庭石の間を通り抜けて、自車の進路に進入して来るのに気付かなかつたため、約四メートル後退した地点において、自動車後部を同児に衝突させて、路上に転倒させ、よつて同人に対し、頭部打撲、頭蓋底骨折の疑いのある傷害を与え、同日午前一〇時半ごろ、新潟大学付属病院において、該傷害にもとづく出血により、窒息死させたものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法第二一一条前段、罰金等臨時措置法第二条、第三条に該当するところ、所定刑中罰金刑を選択し、その金額の範囲内において被告人を罰金七、〇〇〇円に処し(主文2)、右罰金を完納することができないときは、刑法第一八条により金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し(主文3)、なお、原審及び当審の訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文に従い、全部被告人に負担させることとして(主文4)主文のように判決する。

(河本文夫 東 徹 藤野英一)

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