東京高等裁判所 昭和42年(う)1940号 判決
被告人 吉越忠正
〔抄 録〕
所論は、要するに被告人は原審において起訴状謄本の送達をうけないのに裁判がなされたものであるから、原判決には訴訟手続の法令違反がある旨の主張に帰する。
そこで、記録について検討するに、郵便送達報告書によれば、被告人に対する起訴状謄本は、弁護人選任に関する通知書と共に、昭和四二年五月二四日原審墨田簡易裁判所から当時被告人が勾留されていた警視庁本所警察署長宛に郵便送達の方法により発送され、翌二五日同署勤務員黒沢久江がそれを受領していることが明らかであるから、被告人に対する起訴状謄本の送達として法律上欠くるところは認められない。唯被告人は現実にそれを受取つていない旨主張するので、同署内において起訴状謄本が現実に被告人に対して交付されたかどうかが一応問題となるので、更に当審における事実取調の結果に徴し検討するに、同署においては、留置人(被告人を含めて)に送達されて来た文書は留置場の房内勤務員を通じてこれを留置人に交付するが、その場合は留置人別に作成された「留置人名簿」票の裏面に記載された文書の交付欄に、交付の月日、文書の種別等を記入して受領者の印(指印)を押させ且つ取扱者の印を押すのが通常であるが、被告人の「留置人名簿」票の文書交付欄には、起訴状謄本及び弁護人選任に関する通知書の交付について何等の記入もされていないから、この限りにおいては右各文書が被告人に交付されたかどうかは明らかでない。しかしながら、被告人は起訴状謄本と同時に、同じ方法により同署に送達された昭和四二年五月二四日付の弁護人選任に関する通知書を、翌二五日同署留置場において、当時の房内勤務員司法巡査山口保を通じ現実に交付をうけている(それにより、その場において同日付の弁護人の選任に関する回答書を作成している)ことが明らかであるが、右弁護人の選任に関する通知書の交付についても、被告人の「留置人名簿」票の文書交付欄には何等の記入もなされていない(また右通知書の交付に当つた当審証人山口保も右通知書(起訴状謄本をも含めて)を交付したことを記憶していない)ことに徴すれば、右「留置人名簿」票の文書交付欄に、起訴状謄本交付の記入がなされない、(また右山口保が起訴状謄本の交付について記憶がない)からといつて、そのことだけで直ちに起訴状謄本が被告人に交付された事実がないと速断することは許されない。のみならず、却つて被告人の「留置人名簿」票の文書交付欄に弁護人選任に関する通知書について記入を欠くにも拘らず、現実には右通知書が被告人に交付されていると同様に、起訴状謄本についても、「留置人名簿」票の文書交付欄にその記入を欠くとしても、右通知書と同時に現実に被告人に交付されたものとみるのが最も自然且つ合理的であるといわなければならない。しかも被告人は、同年五月二三日看守から本件起訴の事実を知らされ(そして同月二五日弁護人選任に関する通知書を受領し)たので、その後数回同署の担当看守山口保外数名の者に対し起訴状謄本の未送達について問い合わせた旨供述するけれども、当審証人紺野義昌、同山口保は当時被告人よりかかる問い合せをうけた事実は全然なかつた旨を供述しており、もし被告人が担当看守に対し右問い合わせをしておれば、当然その頃同署において右送達の有無等が問題化したものと考えられるのに、かかる事跡は全く認められない。しかも被告人は原審において起訴状謄本の不送達について何等主張することなく、原判決後東京拘置所に移監されてから右主張をし始めたことをも綜合すれば、結局被告人に対する起訴状謄本は、前示のとおり昭和四二年五月二四日右弁護人選任に関する通知書と同時に、現実に被告人に対し交付されたことが認められる。従つて起訴状謄本の不送達を前提とする所論はその前提を欠くので、論旨は理由がない。
(飯田 吉川 酒井)