東京高等裁判所 昭和42年(う)1975号 判決 1967年12月26日
被告人 生田輝明
主文
原判決中有罪部分を破棄する。
本件を東京地方裁判所に差し戻す。
理由
本件控訴の趣意は弁護人室山智保提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるからここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。
控訴趣意第一について
所論は原判決には原判示第一事実の(一)及び(二)に関し事実誤認があるといい、原判示永代産業株式会社の実体は寺田統一郎の個人企業であり、被告人は右寺田から代表取締役に就任するよう指示を受けたので、右指示に基づき原判示第一の各所為に及んだものであるから、被告人の右各所為が私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載、同行使等の犯罪を構成するいわれはない旨主張する。よつて案ずるに、原判示永代産業株式会社は寺田統一郎が実質上これを主宰しており、ただ同人は右会社の役員として表面に名を出すことを避け、その腹心である高橋威実を代表取締役に、女婿の山田洋夫及び自宅において自動車運転手として雇傭していた被告人を夫々平取締役に据え、同社の主たる営業目的である有料駐車場業に関しては被告人を現場責任者に任命して日常の営業に関する事務を掌理させていたもので、右会社の経営、人事等の実権は右寺田が握つており、前記高橋をはじめ同社の役員は事実上右寺田の意向に逆らうことのできない立場にあつたことは記録上認め得るものの、原判決が第一事実(一)及び(二)に対応して挙示している証拠を綜合すれば、被告人は、自己の経営する貸自動車業の径営資金に窮し、負債に追われていたため、原判示永代産業株式会社の借用名義を冒用し、且つ同社所有の不動産を無断で担保に供して金員を調達しようと企て、それには自己が名目上右会社の代表取締役となつている方が万事好都合であると考えた結果、同社内部の関係者には秘密裡に原判示第一、(一)の犯行に及んだこと、その後前記寺田が右会社のため資金を出して鎌倉方面に土地を購入し、同社に所有権移転登記をすることとなつたので、登記申請書及びその添附書類等を右寺田に見られれば自己の前示犯行が露見する虞れがあるとして、右犯行によつて為された不実の登記を急遽原状に回復したところ、たまたま、さきに自己が代表取締役と僣称して同社所有の不動産を担保に提供した債権者から、有効期間経過を理由として、会社代表者の印鑑証明書、会社登記簿謄本等の差し換え方の請求を受けたため、自己が同社の代表取締役となつていないと手続上困ると考え、再び原判示第一、(二)の犯行を敢行したものであること、右各犯行に際し、被告人が予め前記寺田から同社の代表取締役に就任するよう指示を受けた事実は存しなかつたことを夫々認めることができ、被告人の原審公判廷における供述及び司法警察員に対する昭和四十一年十一月六日附供述調書の記載中右認定に反する部分は措信できず、他に記録を精査しても右認定を覆えすに足りる資料はない。従つて所論主張はその前提を欠くに帰し、これを採用するに由なく、被告人の原判示第一、(一)及び(二)の各所為を私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載、同行使の罪に問擬した原判決は正当であつて、右各事実に関する限り原判決に事実誤認の廉はない。
論旨は理由がない。
ところで、職権によつて原判示第三事実(一)ないし(三)に関する原判決の事実認定の当否につき調査するに、原判決は、罪となるべき事実の冒頭において、被告人は永代産業株式会社の取締役として営業の一切を担当するとともに同会社財産の保管出納等の業務に従事していたものであるが、自己の債務の支払いに窮した末、ほしいままに同会社所有の不動産等を処分して右債務の返済等に充当しようと企てた旨認定した上、判示第三、(一)において、昭和四十年五月十一日頃、東京都中央区銀座西五丁目四番地安全信用組合において、同組合より金三百万円を借り受けるにあたり、ほしいままに同組合に対し業務上保管にかかる同会社所有の同都新宿区坂町五番十九所在の宅地十三坪六合一勺及び同地上の二階建共同住宅一棟建坪十坪六合をその抵当物件として提供し、同月十七日同区柏木一丁目百十八番地七号東京法務局新宿出張所においてその旨の登記をなし、もつてこれを横領した旨、同(二)において、昭和四十一年四月二十五日頃、同都中野区野方一丁目三十四番一号東京法務局中野出張所構内の長坂是隆司法書士事務所において、平岡礼子に対し、ほしいままに業務上保管にかかる同会社所有の同区富士見町十九番十六、十六番の五十八ないし六十所在の宅地合計二十坪七合八勺及び同地上の二階建居宅兼共同住宅一棟建坪十三坪四合七勺を金四百七十五万円で売却し、同月二十六日右東京法務局中野出張所においてその旨の登記をなし、もつてこれを横領した旨、同(三)において、同年五月二十五日頃、同都新宿区市ケ谷砂土原町三丁目二番地宝生産業株式会社において、同会社より金百万円を借り受けるにあたり、ほしいままに同会社に対し業務上保管にかかる前記会社所有の同都中野区富士見町十九番の十七所在の宅地十八坪及び同地上の二階建居宅兼共同住宅一棟建坪十三坪四合七勺を根抵当物件として提供し、同日前記東京法務局新宿出張所においてその旨の登記をなし、もつてこれを横領した旨、夫々刑法二百五十三条の業務上横領罪に該る事実を認定している。そこで、被告人が右会社所有の各不動産の占有者であつたか否かについて検討すると、原判決が右各業務上横領の犯罪事実に対応して挙示している証拠を綜合すれば、被告人の右会社における地位は対外的に会社を代表する権限のない一介の平取締役であつて、同社の営業に関し有料駐車場業部門の現場責任者として日常の業務を掌理していたにすぎず、同社の所有財産一般についてその管理等につき包括的な権限を与えられていた事跡はなく、ただ前示業務に関連する限度においてこれを有していたに止まること、原判示第三事実(一)ないし(三)掲記の同社所有に係る各不動産は、建売住宅ないし賃貸用アパート及びその敷地であつて、同社の有料駐車場営業用の財産ではなく、右各不動産は同社の実質上の主宰者である寺田統一郎が管理しており、被告人は右寺田の命を受けて同社のための所有権移転ないし保存登記の申請手続、賃貸アパートの入居者の募集不動産業者に対する建売住宅の売却斡旋依頼等の事務に従事したことはあるが、それらはいずれも同人の手足としてなしたものにすぎず、右各不動産そのものに対しては何等実力支配を有していなかつたこと、以上の事実を認めることができる。およそ法人所有の不動産については、これを事実上管理支配する者のほか、法人の代表者又は法人財産の管理処分に関し包括的代理権を有する者もまた刑法上の占有者であるが、前示認定事実によつてみれば、被告人は右のいずれの者にも該当しないのであるから、前記会社所有に係る右各不動産の占有者にあたらないことは明白といわねばならない。もつとも、被告人が右各不動産を原判示第三、(一)ないし(三)の如くほしいままに処分した当時、登記簿上は被告人が同社の代表取締役となつていたことは記録上明らかであるが、被告人の右代表取締役就任登記は被告人において勝手になした不実の登記であつて、真実被告人が同会社の代表取締役に選任された事実の存在しないことは原判決が判示第一において認定しているとおりであるから、その登記は法律上何等の効力をも有せず、従つて被告人が右登記により前記各不動産の法律上の占有者となつたものと解すべきいわれはない。してみれば原判決が被告人において右各不動産を前記会社のため業務上保管していたものと認定したのは失当であり、自己の債務の返済資金を得る意図をもつてほしいままに右会社所有の不動産を担保として他から金員を借り受け(なお、関係証拠によれば、その借用名義人はいずれも右会社であつたことが認められる)、あるいは前同様の意図をもつてほしいままに右会社所有の不動産を他に売却した被告人の原判示第三の各所為は、いずれも同社の代表権限を有するかのように装い右担保付貸借又は売買が有効に成立するものの如く相手方を欺罔し、よつて金員を自己に交付せしめた点において詐欺罪を構成するは格別、業務上横領罪を構成すべき筋合いのものではない。それゆえ、原判決には原判示第三事実(一)ないし(三)に関し判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があり、原判決は右各犯罪事実を爾余の犯罪事実と刑法第四十五条前段の併合罪として処断しているため、量刑不当の控訴趣意に対し判断をもちいるまでもなく、原判決中有罪部分は全部破棄を免がれない。
よつて、刑事訴訟法第三百九十七条第一項、第三百八十二条により原判決を破棄し、前叙破棄の原因となつた犯罪事実に関しては、第一審において訴因変更の手続を経た上あらためて審判する必要があると認め、同法第四百条本文に則り本件を原裁判所たる東京地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。
(裁判官 栗田正 沼尻芳孝 近藤浩武)