東京高等裁判所 昭和42年(う)2080号 判決 1971年2月19日
本籍 新潟県新潟市天神尾三六〇番地
住居 同県同市旭町二番町五二三五番地
全国電気通信労働組合新潟県支部執行委員長 島名由松
大正一三年一一月九日生
<ほか二名>
右島名由松および大滝保に対する各公務執行妨害、八木信夫に対する公務執行妨害、傷害被告事件について、昭和四二年八月七日新潟地方裁判所長岡支部が言い渡した判決に対し、検察官ならびに各被告人および被告人ら三名の原審弁護人からそれぞれ控訴の申立があったので、当裁判所は、審理して次のとおり判決する。
主文
原判決中被告人らに対する各有罪部分ならびに被告人島名由松が昭和三六年三月一五日午後八時四〇分頃伝田今朝春および平野善徳の、被告人八木信夫が同年四月一四日午後八時一五分頃宮沢竹義の各公務の執行を妨害したとの点についての各無罪部分を破棄する。
被告人島名由松を懲役四月に、被告人八木信夫を懲役六月に、被告人大滝保を懲役三月に各処する。
ただし、被告人らに対しそれぞれこの裁判確定の日から二年間右各刑の執行を猶予する。
訴訟費用中原審証人田口光春および同本多末作に支給した分の三分の一ならびに同伝田今朝春(二回)、同平野善徳および当審証人伝田今朝春に支給した分は被告人島名由松の負担とし、原審証人田口光春に支給した分の三分の一、同浅田富夫(二回)、同小出策郎および同窪田太志知(二回)に支給した分ならびに同宮沢竹義に昭和三九年七月三日支給した分は被告人八木信夫の負担とし、原審証人田口光春および同本田末作に支給した分の三分の一ならびに同半田重雄および同清滝嘉策に支給した分は被告人大滝保の負担とする。
原判決中被告人島名由松および同八木信夫に関する第一項掲記以外の無罪部分に対する検察官の本件各控訴を棄却する。
理由
検察官の本件控訴の趣意は東京高等検察庁検察官検事丸物彰提出にかかる新潟地方検察庁長岡支部検察官検事宮沢源造作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、被告人ら三名の弁護人渡辺喜八、同伊達秋雄、同坂上富男、同小長井良浩、同葉山岳夫共同作成名義の答弁書(答弁書正誤表により訂正したもの)記載のとおりであり、また、被告人らの本件各控訴の趣意は、被告人ら三名の右弁護人渡辺喜八等五名共同作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事丸物彰作成名義の答弁書記載のとおりであるから、いずれもこれをここに引用し、これに対し次のとおり判断する。
検察官の控訴趣意第一点の一の1(事実誤認の主張)について。
所論は、要するに、原判決が、原判示罪となるべき事実第一の(一)ないし(三)において、昭和三六年三月一六日長岡電報電話局(以下、単に「長岡局」という。)前における被告人らの原判示各被害者に対する暴行の事実を認めながら、右暴行が右各被害者において違法にその職務を執行していた際行なわれたものとして、公務執行妨害罪の成立を否定したのは、証拠の取捨選択を誤り、右各被害者の職務の適法性を判断する前提となる事実を誤認したものである、というのである。
しかし、原判決挙示の各関係証拠を総合すれば、原判示各被害者の職務執行の適法性の判断の前提となる所論指摘の原判決説示の各事実を認めるに足り、所論に基づきさらに記録を精査しても、原判決には、所論のような事実の誤認があるものとは認められない。すなわち、所論は、原判示早朝の実力行使について、日本電信電話公社(以下、単に「公社」という。)側管理者の態度は、原判決の説示するように、高圧的であったことも、また、全国電気通信労働組合(以下、単に「組合」という。)の組合員のピケットラインに突入し、または、衝突を繰り返したりしたものではなく、あくまでも局内に入ろうとしたところを組合員に押し返されため、踏みとどまろうとした受動的なものであって、原判決の説示するように、「六〇名余の多衆の力を集中してピケラインを崩壊させて局内に入ろうと試みたもの」ではない、と主張するけれども、原判決挙示の各関係証拠および所論引用の各証拠によっても明らかなように、公社側管理者六〇名くらいは、組合員が張っていたピケットラインに接触し、なんとしてでも局内に入ろうとし、また、抵抗を受けてその目的を遂げえなかったにもかかわらず、さらに数度にわたり同様な行為に出たものであって、原判決がこれを「突入」と認め、「衝突をくりかえした」と認め、さらに「六〇余名の多衆の力を集中してピケラインを崩壊させて局内に入ろうと試みた」ものと認定したのは相当であって、その間事実の誤認は認められない。また、所論は、職場大会中の実力行使について、公社側管理者の態度は、原判決の説示するような「一気に押しまくって進んだ」とか「数回もみ合い」をするというような積極的なものではなく、一方的に守勢の立場にあったのであり、なんら実力行使はしていない、というけれども、原判決のこの点に関する表現には、やや誇大に過ぎるきらいがないでもないが、記録上公社側管理者の行動が一方的に守勢であったものとは認められず、この点においても原判決には、事実の誤認があるものとはいうことができないので、所論は採用することができない。論旨は理由がない。
同第一点の一の2(事実誤認の主張)について。
所論は、原判決は、被告人島名由松が、昭和三六年三月一五日午後八時一五分頃伝田今朝春および平野善徳の公務の執行を妨害したとの本件公訴事実について、無罪の言渡しをしたが、右は、証拠の取捨選択を誤って事実を誤認したものである、というのである。
よって按ずるに、被告人島名由松ほか三名に対する昭和三六年一一月二一日付起訴状記載の公訴事実第一の(二)の所論指摘の被告人島名に対する公務執行妨害の事実について、原判決が所論の点につき無罪の言渡しをした理由は、本件における被告人島名由松の各所為は、伝田今朝春および平野善徳の各胸などを両平手をもって数回押し返しただけのものであるに過ぎないから、労働組合法第一条第二項にいう暴力の行使にはあたらず、同条項の正当行為として違法性が阻却される、というにある。
しかし、≪証拠省略≫を総合すれば、暴行の手段、態様の点をも含めて、前示公訴事実第一の(二)の事実を認めるに足り、右の点に関する原判決の説示に基づき、さらに記録を精査し、当審における事実取調べの結果を参酌しても、右の認定を左右するに足りる証左を見いだすことができない。なるほど、伝田の被告人島名の自己に対する行為に関する原審における証言が、本件数回の衝突のいずれの場合についても、ほとんど同一の内容のものであることは、原判決指摘のとおりであるけれども、右数回の衝突が同一の状況下に繰り返されたものであることは証拠上明らかであり、同被告人が同種の行為を重ねて行なうことも当然ありうる事態であるから、伝田の証言内容が極めて具体的であって、原判決の説示するように単なる抽象的なものでないことをも併せ考えると、その信用性に疑いがあるものとはなしがたく、また、証人が被害者であるからといって、原判決説示のように直ちに被害の状況について誇張した証言をするものとはいえず、さらに、被害者は身をもって直接被害を体験するものであり、本件当時のような混乱時において、「押す」と「突く」との微妙な相違については、むしろ直接の被害者のほうが、同じく混乱の中にあってこれに気を奪われながら、たまたま右被害者の被害の状況を目撃したに過ぎない者よりも、真相を把握しているのが通常であって、この点に関する当審証人平野善徳の「島名は最初いきなり伝田次長をつき飛ばすといった感じの強い突き方で四回位突いた。次に私に向い、高田の時はなんだ、この野郎、といいながら四回位突いた。その突き方は胸を折りたたんだというほどでもない位の状態にしたうえ、広げた両手を押し出して、下から突き上げるという感じで私の腹を突いた。」旨の供述および同伝田今朝春の「右手を腹だか胸だかこの辺に折って、それで私を島名さんが突いた。」旨の供述がいずれも信用性の認められるものであることをも併せ考えると同証人らの原審における右とほぼ同旨の供述もまた措信するに足りるものと認められるので、これらを総合すれば、本件当時における被告人島名の各行為は、原判決の説示するような単に押しとどめるといった程度の軽微なものではなく、極力前方ピケットラインの中に押し入ろうとしていた伝田および平野の両名が、武山証人の供述するように、それぞれ後方に押し返される程度に、これを手で強く突いたものであることが明らかであって、労働組合法第一条第二項の暴力の行使にあたるものと認めるのが相当である。結局原判決は、この点において、証拠の取捨選択を誤った結果事実を誤認したものであって、この誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、所論は理由があり、原判決は破棄を免れない。
同第一点の二の1(法令の適用の誤りの主張)について。
所論に基づき、昭和三六年三月一六日午前四時五〇分頃から午前九時三〇分頃までの被告人らの原判示各暴行の事実について公務執行妨害罪が成立しないものとした原判決に、法令の解釈適用の誤りがあるかどうかについて按ずるのに、まず、公社の職員が、公務執行妨害罪にいう暴行または脅迫の客体となりうるものであり、その遂行する職務が、公務執行妨害罪の規定により保護せられるものであること、また、被害者田口光春、本多末作、半田重雄および清滝嘉策が、当時いずれも公社の職員であって、当時長岡局の電話疎通等の業務に従事しようとしていたものであることは、原判決がその理由第四の一および二の(一)において証拠により適法に認定した事実に基づき説示しているとおりである。この点につき弁護人らは、日本電信電話公社法第三五条、第一八条は、公社の職員に公務員に対して要求されている廉直義務と同様の義務を認め、その違反に対しては公務員に対する罰則と同様の罰則を適用することを明らかにしたに過ぎないのであって、公社職員が公務執行妨害罪の客体となりうることを定めたものではない旨主張するけれども、この点に関する原判決引用の判例の趣旨に照し採用できない。ところで、原判決は、公務執行妨害罪の規定により保護される公務の執行は、適法なものであることを要するが、公社職員である本件被害者らが長岡局に入局するため組合側のピケットラインに突入した行為は、権限なくして実力行使に出た違法な職務行為として法律の保護に値しないものであるから、これを暴行または脅迫をもって妨害したとしても、公務執行妨害罪は成立しない旨説示しているので、この点について審究する。
本件は、原判決が証拠により適法に認定しているように、組合側が長岡局正面玄関前に局舎を背にしてスクラムを組み、その背後の正面玄関の扉の内外に支援組合員等が位置してピケットラインを敷いていた前面に、公社側の小泉課長らが赴き、「局に入るからピケットを解いてあけろ。」と要求し、組合側の被告人八木からこれを拒絶せられたため、二三ことばのやりとりをした後、右小泉の合図で六〇名余の公社側管理者がスクラムを組んだまま、なんとしてでも入局しようとして、右ピケットラインにいっせいに押して行ったものであって、この公社側管理者の行為が一種の実力の行使であることは、原判決の説示するとおりである。原判決は、この点につき、法令に強制力の行使を認めた根拠規定のない本件公社職員のかかる実力行使は違法なものであり、公務執行妨害罪の規定により保護されるべきものではない旨説示している。思うに、日本電信電話公社法に公社職員が強制力を行使することを許容した規定のないことは、原判決のいうとおりであるが、前示のような状況のもとにおいて、いかなる意味においても公社側管理者において前示のような有形力を行使することが許されないものであるかどうかについて考究すると、およそ、刑法第九五条第一項にいう職務の執行が適法とされるためには、当該職務の執行行為が、同条による保護の対象となりうる実体を備えていること、すなわち、公務員の職務の執行行為により達成しようとする社会公共の秩序の維持という公の利益と右の執行行為により自由を侵害される国民の個人的不利益との画面を対比し、公共の秩序の存しないところに国民個個の真の意味の自由はありえず、個人の権利自由は、公共の秩序維持の努力を阻害しない範囲で最大に尊重されるべきであることをも顧慮して考察し、個人的利益を犠牲にしてもなお公の利益を保護すべきものと認められる場合であることを要するものと解するのを相当とする。ところで、本件において、原判決が証拠により適法に認定したところによれば、公社側管理者が、前示のような挙に出るに至った経緯として、公社と組合との団体交渉は、本件の前日である昭和三六年三月一五日公社側の打切り声明により決裂するに至ったが、これより先長岡局においては、組合側は、中央団体交渉の物わかれは必至と見て、各地から動員された組合員を既定の計画に基づき同局の正門、通用門、電話交換室等に分散させて、ピケットラインを張りうる態勢のもとに待機させ、公社側管理者の動きを注視するとともに、中央交渉の経過にも注目しており、これに対し、公社側は、組合側の同盟罷業中は、自らの手で必要最小限度の電話疎通業務を確保することとして、一方において最小限度必要な電話回線を残して他を停止するとともに、他方組合側が局舎内外にピケットラインを敷いた場合は、管理者多数を派遣してこれによる妨害を排除しても入局したうえ、電話疎通業務を確保しようと決意を固めていた情況が見られるのであって、この決意に基づき、新潟電気通信部次長伝田今朝春の指揮のもとに公社側管理者が前記ピケットラインによる組合側の妨害を排除して入局しようとした際本件が発生するに至ったことが明らかである。元来、公社は、公衆電気通信事業の合理的、能率的な経営の体制を確立し、公衆電気通信設備の整備等を促進すると同時に、電気通信による国民の利便をも確保することによって、公共の福祉を増進すべき使命を有するものであって、その公共性にかんがみ公共職員は、一面罰則の適用に関し公務員とみなされているとともに、他面全力を挙げてその遂行に専念すべきこととされているのであるから、公社職員は、その操業を渋滞させることなく持続すべき責務を負い、これを阻害するなんらかの事態が生じた場合は、あたう限りこれが障害を除去するため必要な措置を講ずることを要するものといわねばならない。ところで、証拠によれば、本件同盟罷業によって長岡局における電話疎通業務が阻害される状況には、所論指摘のように甚だしいものがあることが明らかであるから、電話疎通業務の確保のため長岡局に入局しようとしてなされた公社側管理者の前示行為は、まことにやむを得ないところというべきである。そして、労働争議において労働者側がその主張を貫徹する手段として採る同盟罷業の本質は、労働者が労働契約上負担する労務供給義務の不履行にあり、その手段方法は、労働者が団結してその持つ労働力を使用者に利用させないことにあるのであって、これに対する対抗手段の一種として、使用者側が自ら業務の遂行行為にあたろうとしている際、組合側の者が使用者側の者に対して暴行、脅迫等を加えてこれを妨害することは許されないものといわなければならない。したがって、同盟罷業に伴なってこれを効果ならしめる一手段として採られるいわゆるピケッティングについても、それが組合員のスト破りを防止し、これをストに協力させ、ストを成功に導いて組合の団結力を強める範囲内においては、正当な争議行為として許されるものであるとしても、本件における相手方は、使用者の立場にある公社に属する管理者であって、しかも、当時の状況は、原判決も認めているように、組合側においては、当初から長岡局所属の管理者を除くすべての公社側管理者の局内立入りを阻止してその業務の遂行を妨げることを目的としてピケットラインを敷いていたものであり、もとよりその間組合側が右ピケットラインを排して入局しようとする公社側管理者を説得してその電話疎通業務の確保を思いとどまらせる余地は存しなかったのであるから、右のような場合公社側管理者の入局をスクラムを組んで実力をもって阻止し、その業務の遂行を妨害した本件ピケッティングは、右諸般の事情より見て平和的ピケッティングの正当な範囲を逸脱した不当なものといわなければならない。原判決は、なお本件公社職員については、他人または他人の物に対して強制力を行使することを許した法令の規定の存しないことを前提として、公社職員は、その職務の遂行を困難とする事態が生じたとしても、他人の意思に反して自ら右の事態を排除することはできないものであるとして、公社側管理者が長岡局に入局しようとしてなした前示行為を違法としているのであるが、公社職員に強制力を行使しうる場合の規定が存しないからといって、直ちに公社職員は本件のようにピケットラインを張って入局を阻止され、その職務の遂行を妨害された場合においても、警察、裁判所等による法の認めた措置を求めるほかには、自らはなんらの有形力の使用をも許されないものと断定することは相当でない。労働争議において、組合側に対しては、その目的を達成するため、相手方の意思に反せずかつ平和的説得の範囲内にとどまる限りにおいて、いわゆるピケッティングが許されているにしても、このことは、使用者側においてその業務を遂行することを実力をもって窮極的に阻害することを許容するものではなく、使用者側において、その業務遂行のため右ピケッティングの効果を除去する措置を採ることが、その手段方法、態様、必要性等に照らし社会通念上許される場合もまた存するものと解すべきである。これを本件について見るのに、公社側管理者が、ピケットラインを敷いている組合員に対し、「局に入るからあけろ。」と要求し、組合側がこれに応じなかったため、両者の間に衝突が生ずるに至り、多数の組合員が互に腕ん組んでピケットラインを張っているのに対し、公社側管理者もまた腕を組んで右ピケットラインを突破して局内に立ち入ろうとしたものであって、公社側管理者にそれ以上にわたってピクットラインを張っている組合員の引抜き等の積極的行動に出た事実は証拠上認められず、また、当時公社側にとって長岡局の電話疎通業務の確保が極めて緊急な必要に迫られていたことは、すでに説示したところにより明らかであるから、かかる事情のもとにおいては、右公社側管理者の行為は、社会通念上許されたものとして公務執行妨害罪の規定により保護される実体を有するものと認めるのを相当とし、これと異なる見解に出た原判決には、法律の解釈適用を誤った違法があり、この誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、所論は理由があり、原判決は破棄を免れない。
同第一点の二の2(法令の適用の誤りの主張)について。
所論は、原判決は、本件公訴事実中、昭和三六年三月一五日午後八時四〇分頃の長岡電報電話局電話交換室廊下入口付近における被告人島名由松の公務執行妨害の事実につき、同被告人の各所為が他人の身体に対する有形力の行使であることは明らかであるとしても、労働組合法第一条第二項の暴力の行使にはあたらず、同条項にいう正当行為として違法性が阻却されるとの理由で無罪の言渡しをしたが、右は、法令の解釈適用を誤ったものである、というのであるが、本件については、先に説示したように、原判決に事実の誤認があって、すでにこの点においてその破棄を免れないので、所論についての判断はこれを省略することとする。
同第二点(法令の適用の誤りの主張)について。
所論は、要するに、三条電報電話局(以下、単に「三条局」という。)関係の本件公訴事実につき原判決が傷害の事実を認めながら、公務執行妨害罪の成立を認めなかったのは、法律の解釈適用を誤ったものであり、右の誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない、というのである。
よって、按ずるのに、原判決が、本件において公務執行妨害罪が成立するためには、原判示注意書の交付行為が適法であることを要するが、右交付行為の前提となった新規の諸休暇取得手続は、労働協約、労働基準法に違反した遵守することを要しないものであるから、右新規の手続の違反者に対し雇傭関係上の措置としてなされた本件注意書の交付行為は違法であって公務執行妨害罪の規定による保護に値するものではない、として本件公務執行妨害罪の成立を否定したことは、所論のとおりである。そして、公務執行妨害罪の規定により保護される公務執行行為は適法なものであることを要し、したがってまた、本件注意書の交付は、新規の諸休暇取得手続に違背した者に対して注意を与えるものであったのであるから、右交付行為の適法性を判断するにあたっては、その前提となっている右新規の手続そのものが適法であるかどうかを吟味することを必要とすることは、原判決指摘のとおりである。よって次に、順次右新規の諸休暇取得手続が原判決の説示するように労働協約、労働基準法に違反したものであるかどうかを検討することとする。
一、年次休暇の取得手続について。
証拠によれば、三条局における年次休暇(以下、単に「年休」という。)の取得手続に関する従前の取扱いの基準をなすものは、昭和三一年七月三一日付の確認書であり、その後変更があったとされている取扱いの基準をなすものは、公社側が出した昭和三六年三月四日付および同月九日付の各「職員各位」と題する書面であることが明らかである。そして、右確認書によると、「(一)電話運用課における年休請求は年休予約簿をもって行い、予約簿に記入し提出することにより請求の意思表示とみなし、年給請求を確認する。(二)前項に基いて年休附与の諾否は、電話運用課長(不在の時は主任)が請求者に通知する。(三)第一項の予約簿によらないで、直接口頭若しくは電話、依頼等による請求でもよい。(四)年休の請求はなるべく二日前までに予約簿に記入するように努める。ただし止むを得ない場合は、当日請求してもよい。(五)年休予約簿は、組合員のみやすい所定の場所に置き気軽に記入できるようにする。」こととされているのである。これに対し、前示三月四日付の「職員各位」には、「年次休暇を受けたい方は年次休暇付与簿該当欄に請求事由を記入し、押印の上所属課長に提出し、その承諾を得て下さい。電話運用課の方で年次休暇を受けたい方は職員数の多い関係もありますので一先ず年次休暇予約簿により請求し、所属課長(所属課長不在の時は副課長)の内諾を得た上年次休暇付与簿に請求事由を記入し、押印の上所属課長に提出しその承諾を得て下さい。」との記載があり、また、同月九日付「職員各位」には、「年次休暇等諸休暇の取り扱いについては先に三月四日付で職員の皆さんに御通知しましたが今回の措置は全電通労働組合と公社との間に結ばれている中央協約及び就業規則等の規定どおり実施しようとするものであり、職員の皆さんを圧迫しようとか、組合を弾圧しようとかするものでは毛頭ありません。この際年次休暇等諸休暇の性格等につき若干説明し、皆さん方の御理解を得ると共に併せて公社の意とするところを充分汲んでいただき、良識ある行動をとられるよう切望します。御承知のとおり中央協約及び就業規則等では年次休暇の請求について無条件に、また無制限に附与することをきめているものではありません。先ず年次休暇について見ますと特定の日或は特定の時間に多数の休暇が集中することもあり、たとえ適正な要員配置がなされていたとしても、サービスの低下を防ぐことは不可能であります。従いまして自ら休暇の確保と正常な業務の運営との調和が図られなければなりません。中央協約において請求の時季に付与できない場合は他の時季に振りかえることができると規定されているのはまさにこの意味であります。」との記載がなされているのである。したがって、従来の労働協約の基礎になっているものは、昭和三一年七月三一日付の確認書であるが、この確認書は、その形式、文言および各条項の位置からすれば、三条局の電話運用課における年休請求の基本的な取扱い方法として、請求は予約簿をもって行ない、課長等がこれに基づき年休請求のあったことを確認して諾否の通知をすることによって、その承諾権ないしは時季変更権の適正な行使を図ることを約したものであって、同確認書の三項および四項但書は、その位置、文言よりして、特殊例外的な場合につき規定したものと認められるのであって、これに前記「職員各位」の文言を対比して見ればその基本の点においてはなんら差異の存しないことが明らかである。原判決は、付与簿そのものは前からなかったわけではないが、現実には三条局電話運用課の課内経理担当者が後に予約簿から移記していたに過ぎないと説示し、証拠によれば右事実を認めえないではないけれども、右が前記確認書の内容を変更する慣行とまでなっていたものとは認められないし、また、従来の口頭、電話、依頼による請求を明文をもって認めていた(確認書三項)のにかかわらず、「職員各位」中では右の点の明文を置いていないことは、原判決の説示するとおりであるけれども、確認書による口頭、電話、依頼、当日請求による年休請求は、その性質上特殊例外的なものであって、この特殊例外的な事柄について「職員各位」に明記されていないからといって、直ちに新規の手続においてこの例外的事項を絶対的にまたは事実上禁止したものとは断定できない。元来、「職員各位」が公社側によって出された経緯は、所論が証拠に基づき指摘しているとおり、三条局における休暇取得の実体が、甚だしく乱脈に走ったため、これを是正する必要があったことによるものであるから、その内容も、その取扱いの基本に重点を置いて出されたものと認めるのが相当であって、いかなる場合においても右特殊例外的な場合を認めない趣旨のものとはとうてい解せられないから、この点において新規の手続が従来の手続に比して労働者側に不利益を与えるものとする原判決の判断は、失当というべきである。
なお、原判決は、新規の手続が課長の内諾あるいは承認を要求している点をとらえて、労働基準法違反であるとするけれども、同法第三九条第一ないし第三項の文言とこれが違反を罰する同法第一一九条とを併せ考えると、右有給休暇請求権は、いわゆる形成権ではなくして、使用者の時季変更権を行使するかどうかを考慮した上での許諾にかかる請求権と見るべきものであり、前記確認者における課長の許否、「職員各位」中における「承認」もまた右意味において理解するのが相当であって、この点においても新規の手続には、従来の手続を労働者の不利益に変更した点も労働基準法に違反した違法も認められない。したがって、新規の手続をもって従来の手続を労働者の不利益に変更した違法なものであるとする原判決の判断には、事実を誤認したか法令の解釈を誤った違法があるものといわねばならない。
二 病気休暇の取得手続について。
証拠によれば、三条局における病気休暇(以下、単に「病休」という。)の取得手続に関する従来の基準をなすものは、昭和三四年一一月三〇日付の確認書であって、これによると「(一)二日以内の病気休暇については診断書の提出が困難な場合があるので、この場合診断書は不要とし、事務処理上その理由書を提出する。(二)前項の日数は組合側の主張する基本的考え方を尊重し今後更に努力する。」こととされているのであり、これに対し、新規の手続の基本をなす昭和三六年三月四日付「職員各位」には、「疾病のため病気休暇を受けたい方は病気休暇願(用紙は各課庶務係にあります。)に必要事項を記入し、押印の上医師の診断書を添付して所属課長に提出しその承認を得て下さい。」との記載があり、また、同月九日付「職員各位」には、「病気休暇につきましては二日以内の病休であっても医師の証明書を添付することが原則でありますが、医師の証明書を添付することが困難な場合については、個々の場合について困難であるかどうかを所属課長が認定するものであります。」との記載があるが、これらを団交記録書第一〇号中の、公社側は、「病休についても、すべての場合診断書の提出を求めているのではなく、現場の確認どおりやり度いということである。すなわち現場の確認書でも(診断書の提出が困難な場合があるので、この場合診断書にかえて云々……)とあり、そういう場合は、課長が前後の事情を判断して客観的にも提出が困難であると認めたときは診断書にかえて理由書の提出を求めているものである。」との記載とも対比して考究すれば、前記各「職員各位」の趣旨を十分窺い知ることができるのである。そして、以上説示したところによって病休請求の新旧手続の相違を見るのに、従来の手続にあっては、二日以内の病気休暇については、診断書の提出が困難な場合は、その提出を不要とし、理由書の提出をもってこれに替えることが許されているのに対し、新規の手続にあっては、二日以内であっても、原則として診断書の提出を必要とし、所属課長がこれを困難と認めたときはじめてその提出を要しないこととされている点において、従来の手続よりも労働者の不利益に変更されているようにも認められないではないが、元来病休は病気という特別の事由の存する場合に限って付与されるものであって、これを請求するについては、その特別の理由の存することを明らかにしなければならないのは当然の事理である。そして、休暇を付与するに値する程度の病気であるかどうかの判断は、通例の場合医者の診断書によるのが最も適切であるから、従来の手続においても、原則としてこれを必要としたのであるが、二日以内の短期の病休については、諸般の事情から医者の診断書を得て提出することが客観的に困難な場合でもあるので、かような場合は、病気休暇願に診断書を替えて理由書を添付して提出すれば、正規の病気休暇願として取り扱うこととされていたのである。ただこれは、あくまでも病気休暇願に添付して提出する理由書の記載事由が真実であることと診断書の提出が諸般の事情から客観的にも困難であることを当然の前提としたものであることは、病休の性質上明らかであって、新規の手続について定めた前記各「職員各位」も、これを通じて見れば、診断書の提出を困難とする事情の存否を所属課長の客観的判断にゆだね、診断書の提出が困難と認められる場合は、理由書の添付があれば病気休暇願を正規のものとして取り扱うことを明らかにしたものであって、その趣旨において確認書と異なるところはないものと解するのを相当とし、原判決の説示するように、新規の手続は、一切の病休について診断書の添付を要求しているものとは解されないから、このことを前提として新規の手続を違法とする原判決の判断は失当といわねばならない。
三 生理休暇の取得手続について。
所論は、この点に関し原判決は、従来の手続については、昭和三四年八月二七日付の第二四回団体交渉記録により明らかなように、電話交換業務が女子年少者労働基準規則第一一条第一項第二号、第三号に該当することについて労使間に意見の一致があった旨説示しているが、右記録によっても、原判決の説示するような意見の一致があったものとはいうことができず、原判決はその判断を誤ったものである、というのである。なるほど、右団体交渉記録によれば、電話交換作業関係のあらゆる業務を同規則第一一条第一項第二号、第三号にあたるものとして取り扱うことについて、労使間の見解が一致したものとはいうことができないけれども、電話交換作業に直接従事する者の生理休暇(以下、単に「生休」という。)の関係においては、右の作業を同条項の右各号に該当するものとして取り扱うことの諒解が成立していたことを認めることができる。ところで、生休の請求に関して公社側が一方的に決めた新規の手続の定めによれば、「生理休暇については、生理のため就業が著しく困難であって生休を受けたい者は特別休暇願に記入、押印の上所属課長に提出してその承諾を得ること」とされており、右の定めは、組合側の同意を得ないで、生休請求の要件を従前の手続より明らかに労働者の不利益に変更したものと認められるから、この点において、前記諒解に違反する不当なものといわなければならないのみならず、労働基準法第六七条は、生理日の就業が著しく困難な女子または生理に有害な業務に従事する女子が生理休暇を請求したときは、その者を就業させてはならない旨規定し、女子年少者労働基準規則第一一条第一項は、右の生理に有害な業務の範囲を明示しているので、同条項の掲げる生理に有害な業務に従事する女子が生休を請求したときは、生理日の就業が著しく困難である場合ではなくても、生休を与えなければならないものといわねばならない。そして、本件手動式電話交換業務は、一定の執務時間中一定の範囲の電話回線を担当して、加入者等からの通話申込に対し即座に応答し、申込に応ずる電話疎通業務を行ない、市内、市外の電話番号の案内その他の調査回答を行なうなど不特定多数の需要に刻刻に応じなければならないのであって、流れ作業における一部分担行為と同じく、同規則第一一条第一項第三号にいう任意に作業を中断することができない業務に該当するものと解するのを相当とする。この点に関し所論は、手動局においては、相当数の座席監督要員が配置されているから、生理日の女子交換手でも適時業務を中断し、座席監督要員と交替して休養し、適宜の症状措置を講ずることができるから、任意に作業を中断することができない業務に該当しない、というけれども、その業務が任意に作業を中断できる業務であるかどうかは業務の性質自体によって判断すべきものであって、座席監督要員の配置があるからといって、手動式電話交換業務を任意に作業を中断することができない業務にはあたらないものとすることはできない。したがって、公社側の定めた生休に関する新規の手続は、労働基準法にも違反する違法なものといわなければならない。
以上説示したように、本件注意書交付行為の対象となっている新規の諸休暇取得手続のうち、年休取得手続と病休取得手続はいずれも適法であるから、これに関する注意書交付の行為もその適法性において欠くるところはないものと認められるが、生休取得手続は違法であるので、これに関する注意書交付の行為がはたして公務執行妨害罪の規定により保護するに値しないものであるかどうかの点について進んで考究すると、原判決が証拠により正当に認定しているように、被害者宮沢竹義は、当時公社職員として三条局次長の職にあり、竹村同局局長の命を受けて、同局長の権限に属する所属職員に対する注意処分を行なうため本件注意書の交付をしようとしていたものであり、もとよりその行為は、右宮沢の抽象的職務権限に属すると共に、右注意書の交付については、同人において適法な職務の執行行為と信じて行なおうとしていたものであり、かつ、右注意書を交付する行為を適法な職務の執行行為と信ずることが著しく常規を逸したものとは認められないので、本件注意書の交付行為は、一応適法な職務の執行行為と認めるのが相当であって、以上と異なる見解のもとに、本件において公務執行妨害罪の成立を認めなかった原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があるものというべく、この誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるので、所論は理由があり、原判決はこの点においても破棄を免れない。
弁護人らの控訴趣意第一点(訴訟手続の法令違反の主張)について。≪省略≫
同第二点(事実誤認の主張)について。≪省略≫
同第三点(事実誤認の主張)について。≪省略≫
同第四点(事実誤認の主張)について。≪省略≫
同第五点(法令の適用の誤りの主張)について。≪省略≫
よって、原判決中被告人ら三名に対する各有罪部分ならびに被告人島名が昭和三六年三月一五日午後八時四〇分頃伝田今朝春および平野善徳の、被告人八木が同年四月一四日午後八時一五分頃宮沢竹義の各公務の執行を妨害したとの点についての各無罪部分に関しては、検察官の本件各控訴は理由があるから、刑事訴訟法第三八二条、第三八〇条、第三九七条第一項によりいずれもこれを破棄し、同法第四〇〇条但書に従い、当裁判所において、さらに次のとおり判決し、原判決中被告人島名および同八木に関するその余の無罪部分に対する検察官の本件各控訴は、検察官提出の控訴趣意書に控訴の理由の記載がなく、その理由があるものとは認められないので、同法第三九六条に則りいずれもこれを棄却するととこする。
第一本件に至るまでの経緯等
当裁判所が認めた事実のうち、本件に至るまでの経緯、長岡局事件における各被害者の職務権限および三条局事件における被害者宮沢竹義の職務権限は、原判決各該当部分に記載されているところと同一であり、また、これを認めた証拠も、原判決各該当部分に挙示されている証拠と同一であるから、これらをここに引用する。
第二罪となるべき事実
一 被告人島名由松、同八木信夫および同大滝保は、昭和三六年三月一六日早朝から新潟県長岡市観光院町甲九一二番地長岡電報電話局正面玄関前において、同日始業時から午前一〇時まで同局で同局勤務組合員によって開催される職場大会に対処して入局することあるべき公社側管理者を阻止するため、同局前にピケットラインを張っている組合員らを指揮しまたはこれに加わっていたものであるが、
(一) 同日午前五時頃電話疎通業務に従事するため同局内に立ち入ろうとして五列縦隊となり、腕を組み合わせて右ピケットラインに向って来た公社側管理者の一群の中に、先頃まで組合に所属してその十日町分会長を勤めたことのある村松電報電話局業務課長田口光春の姿を認めてその非を問詰するうち、被告人八木は、「お前だけは勘弁ならん、出て来い。」と言いながら、右田口のオーバーの襟をつかんで引っ張り、その背後の雪壁に押しつける暴行を、被告人島名も、その場で、「田口野郎出て来い。」と言いながら、同様同人のオーバーの右襟を引っ張る暴行を、また、被告人大滝は、「管理者の犬は叩き出せ、なんだこの野郎。」と言いながら、同様にして田口のオーバーの襟をつかんで引っ張る暴行を加え、よって、それぞれ右田口の公務の執行を妨害し、
(二) その直後同所において右田口と同様電話疎通業務に従事するため同局内に立ち入ろうとしていた新潟通信部長岡駐在所機械工事課長本多末作に対し、被告人島名は、「なんだ組合のじゃまをするのか、生意気だ。」などと言ってその左肩をつかんで引っ張り、さらに、胸部を押してその背後の雪壁に押しつける暴行を、被告人大滝は、「早くうせろ。」と言って同人の肩を突く暴行を加え、よって、それぞれ右本多の公務の執行を妨害し、
(三) 被告人大滝は、同日午前九時三〇分頃電話疎通業務に従事するため同局内に立ち入ろうとして五列縦隊となり腕を組み合わせて前記ピケットラインに向って来た公社管理者の一群を他の組合員らとともに同局通用門付近道路上の雪壁まで押し返した際、右一群の中にいた新潟電気通信部計画課長半田重雄の咽喉部を腕で押して雪壁に押しつける暴行を加え、また、同様右一群の中にいた村上電報電話局電話運用副課長清滝嘉策の首に腕を巻きつけ、足を両腕で引っ張るなどの暴行を加え、よって、右半田および清滝の各公務の執行を妨害し、
(四) 被告人島名は、同年同月一五日午後八時四〇分頃右長岡電報電話局交換室前廊下入口付近において、新潟電気通信部次長伝田今朝春および新潟電報電話局第一運用課長平野善徳が、電話疎通業務に敬事するため、前記交換室に入室しようとするのを阻止するため、その前面に斎藤忠栄ほか氏名不詳者約四、五〇名とともに立ち塞がった際、右伝田および平野に対し、それぞれ手で同人らの各胸部、腹部を突く暴行を加え、もって、右両名の各公務の執行を妨害し、
二 被告人八木は、同年四月一四日同県三条市一の町三〇七番地三条電報電話局において、同局局長が所属職員に与えた諸休暇の付与手続に関する指示の撤回を要求する闘争の指導にあたっていたものであるが、同日午後八時一五分頃同局電話運用課において、同局次長宮沢竹義が、同局局長の命により、右指示に従わなかった休暇請求手続違反該当者に注意書を交付していた際、右交付の措置をとりやめさせようとして、同人に対して、その非をなじってこれと押し問答をするとともに、その着席していた机上に交付のため置かれていた注意書数枚を宮沢の手を払いのけて取り上げ、これを丸めて同人の手元に投げつけて右交付をそのまま続行させないようにし、さらに、機を見て右交付を続けるため一時局長室に赴こうとした宮沢が、「これ以上話をしてもしかたがない。」と立ち上ったところ、あくまで右交付の措置をとりやめさせる意図のもとに、「貴様逃げる気か。」と叫びながら、同人の襟元をつかんで強く押して暴行を加え、もって、その公務の執行を妨害し、その際右暴行により同人の胸部を椅子の肘に強圧させ、よって同人に対し治療約二週間を要する左胸部挫傷の傷害を負わせ
たものである。
第三証拠の標目≪省略≫
第四当事者の主張に対する判断
(一) 検察官は、公共企業体の職員は、公共企業体等労働関係法第一七条により全面的に争議行為を禁止されており、組合側に正当な争議行為というものはありえないところであるから、労働組合法第一条第二項による刑事免責を受ける根拠はない旨主張するが、これに対する判断は、原判決理由第六の一(一)の4に説示されているところと同一であるから、これをここに引用する。
(二) 被告人らおよび原審弁護人らは、被告人らの判示各所為は、労働組合法第一条第二項にいう正当行為である旨主張するが、原判決理由第六の一(三)に説示されているところと同趣旨の理由により採用しがたく、また、原審弁護人らは、判示各所為について正当防衛の主張をするが、被告人八木については、弁護人らの控訴趣意第五点に関しすでに説示したところと同一の、また、その余の被告人らについては、右と同趣旨の各理由により採用することができないので、いずれもこれを引用する。
第五法律の適用
被告人らの判示一の各所為はいずれも刑法第九五条第一項に、被告人八木信夫の判示二の所為中公務執行妨害の点は同法同条項に、傷害の点は同法第二〇四条、罰金等臨時措置法第二条、第三条にそれぞれ該当するが、判示二の公務執行妨害と傷害は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五四条第一章前段、第一〇条により重い傷害の罪の刑に従い、被告人らの以上の各所為はそれぞれ同法第四五条前段の併合罪であるから、右傷害の罪の所定刑中懲役刑を選択し、同法第四七条本文、第一〇条に則り、被告人八木信夫に対しては同法第四七条但書の制限内で、それぞれ法定の加重をした各刑期の範囲内で、被告人島名由松を懲役四月に、被告人八木信夫を懲役六月に、被告人大滝保を懲役三月に各処し、情状刑の執行を猶予するのを相当と認め、同法第二五条第一項により被告人らに対しそれぞれこの裁判確定の日から二年間右各刑の執行を猶予し、訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項を適用して主文第四項掲記のとおり各被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。
検察官、石井春水、同古谷菊次出席
(判事 山崎茂 裁判長判事石井文治は退官のため、判事山田鷹之助は転任のためそれぞれ署名押印することができない。判事 山崎茂)