東京高等裁判所 昭和42年(う)2358号 判決
被告人 西村稲男
〔抄 録〕
控訴趣意第一点(事実誤認の主張)について。
所論に鑑み、一件記録を精査し、当審における事実取調の結果をも参酌して考察するに、
一、被告人は神奈川県藤沢市辻堂千九百十六番地砂井材木店に勤務し自動車運転の業務に従事しているものであるが、昭和四十一年八月二十五日午前七時五十分頃、右材木店の車庫より普通貨物自動車(相模四ろ八五九)を運転して発進し、同店北方の路地に入つて右自動車に木材を積載すべく同店前の道路に出て、道路左側寄りに駐車し、下車して同店事務所から伝票を受け取り、再び乗車して右斜め前方に向い発進しようとした折柄同路上を北方、旧東海道方面から進行して来た軽四輪自動車の運転手に道を尋ねられたため一米先で一旦停車しこれに答えた直後車に左折のための尾灯を点灯しただけで、自車の後方から来るべき車両との接触を避けるためその有無を確認する業務上の注意義務があるのにこれを怠つて発進しハンドルを右に切り時速約四粁で右斜め前方の道路中央部に進出した過失により、前田保信運転の第一種原動機付自転車が折柄自車後方より直進して来るのに気付かずその進路を妨げ同車に自車右後部を衝突させてこれを附近路上に転倒させ、よつて同人に対し加療約百日間を要する腓骨骨折等の傷害を負わせたこと、
二、右事故現場は前記砂井材木店前の市街地を南方国鉄東海道線辻堂駅前通りより北方旧東海道に向う市街地を南北に通ずる幅員約五米、歩車道の区別のない平坦なアスフアルト舗装道路で現場附近における見透しは極めて良好であること、
三、被害者前田保信は会社出勤の途上右原動機付自転車を運転して時速約三十五粁で前記道路を南より北に向けて直進し、被告人運転の右車両が前記の如く道路左側寄りに右斜め方向に停車中であることをその約五十ないし六十米手前の地点で発見し、被告人の車両とこれに対向する前記軽四輪自動車の双方が路上に停止して両車両の運転手が車窓から顔を出して会話中であることを現認しながら出勤を急いだためその約五ないし六米手前の地点で速度を五ないし十粁毎時に減速したのみで約一米そこそこの右車両車両の間隙を通り抜け得るものと軽信してその儘の進路で進行を継続したため被告人の車両が前記のように右斜め前方に即ち道路中央部に進出した際これと衝突したものであつて、被害者前田の右運行方法は些か無謀のそしりを免れないこと、
四、被告人は右材木店において木材積載等のため前記路地に車両を入れることは通常の事例であつたが、該路地は幅員約五米の本件現場道路と直角に近い角度で西方に入る状況にあり、その幅員は約四、一五米であるから右道路からこれに進入するためには一旦該道路を店と反対側にまで斜に横切る形状に車両を運行せざるを得ず、かような状況下に車長約四、六九米、車幅約一、六九米の本件貨物自動車を動かす場合は、本件貨物自動車の車体によつて道路上の他の車両の進行を前後両方向に亘つて大きく阻害することになるので被告人としてはこの場合単に左折のための尾灯を点灯するを以て足れりとせず、特に後方及び側方に対して安全確認の措置を講ずべき義務があり、本件が正に斯様な場合に当つていたこと、
五、被告人は前記衝突事故により右前田が路上に転倒し受傷したのを知りながら、同人が起上つて歩行するのを見てこれを呼び止めてその負傷の程度を確認しようともせず、前記路地に入り更に運転を継続して材木を積載し、右前田が附近の病院へ赴いた旨通行人から聞知しつつも敢えて病院に照会することなく、そのまま茅ケ崎市小和田の工事現場へ行つてしまい、斯くして、被害者の救護等法令に定める必要な措置を講ぜず、且つ前記事故の発生日時、場所等法令に定める必要な事項をもよりの警察署の警察官に報告しなかつたこと
が明らかであり、以上の各事実に徴すれば被告人に原判示第一、第二の罪責の存することは明白で原判決には所論のような事実の誤認の廉はない。論旨は理由がない。
(栗田 沼尻 近藤)