東京高等裁判所 昭和42年(う)2514号 判決 1970年10月06日
控訴人 被告人
被告人 佐藤昭松
弁護人 雪入益見 他一名
検察官 石井春水
主文
本件控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は弁護人雪入益見、同田原俊雄連名提出の控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁の要旨は、東京高等検察庁検事石井春水提出の答弁書に記載されたとおりであるからここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。
控訴趣意第一章(第一点)(原判決には、憲法第二十八条及びILO第八十七号条約の解釈、適用を誤つた違法が有る旨の主張)に付て。
(一) 公共企業体等労働関係法(以下、公労法と言う)は、現業、非現業を問わず、総ての官公労働者及びその組合の争議権を全面的、一律的に剥奪しようとした曽てのアメリカ占領軍の不当な占領政策に基づき、超憲法的権力に依り制定された違憲立法である旨の主張(第一章三の(一))に付て。
官公労働者の労働基本権の制限を目的とする関係法令の制定改廃の経過を辿ると、昭和二十三年七月三十一日政令第二百一号が制定施行される迄は、国家公務員や地方公務員も、一定の職員を除いて、一般の勤労者と同様に、労働基本権に付て制限されることなく、争議行為も許されていたが、右政令の制定施行に依り、公務員は、国家公務員たると地方公務員たるとを問わず、何人も同盟罷業、怠業は勿論、国又は地方公共団体の業務の運営、能率を阻害する一切の争議行為を禁止され、之に違反した者は刑罰を科せられることと成り、次いで、同年十二月三日改正施行された国家公務員に於ては、国家公務員の一切の争議行為が禁止されたことは右政令と同様乍ら、之に違反した者に対する刑事制裁としては、争議行為を共謀し、唆し若しくは煽り又は之らの行為を企てた者丈が処罰され、単に争議行為に参加したに過ぎない者は処罰されることが無く成つて(昭和四十年法律第六十九号に依る改正前の国家公務員法第九十八条第五項、第百十条第一項第十七号、なお、地方公務員法第三十七条第一項、第六十一条第四号参照)、争議行為禁止違反に対する刑事制裁が緩和され、更に同年十二月二十日に公布され、翌二十四年六月一日から施行された公労法に於ては、日本国有鉄道(以下、国鉄と言う)及び日本専売公社は公共企業体等(以下、公企体と言う)と呼ばれ、公企体の職員及びその組合は、一切の争議行為を禁止されたけれども(同法第十七条第一項)、その違反に対しては刑事制裁に関する規定を缺き、同法に違反する行為をしたことそのことを理由として同法に依り刑事責任を問われることは全く無く成り、公企体の職員に関する限り、争議行為禁止違反に対する刑事制裁規定は撤去され、右第十七条第一項に依り禁止された争議行為を共謀し、唆し若しくは煽る行為をした者に限り解雇されることが有る旨規定する(同法第十八条)に止まるに至つたことが認められる。
右の経過に徴すると、曽ての連合国占領軍の占領政策が、凡そ官公労働者である限り、その職務及び業務の如何を問わず、又争議行為の種類、態様の如何に拘らず、その争議権を無差別的に剥奪しようとする如き不当なものであつたとは遽に断ぜられないから、公労法第十七条第一項が未だ猶占領下に於て制定施行された法令であること及びその規定内容が官公労働者の争議権を制限するものである限りに於ては前記政令第二百一号と軌を一にすることを捉えて以て直ちに、右条項を所論の如く違憲視することは失当である。
(二) 公労法第十七条第一項は、公企体の職員及びその組合の一切の争議行為を全面的、一律的に禁止する規定であるから、憲法第二十八条及びILO第八十七号条約に違反し無効である旨の主張(第一章三の(二))に付て。
公労法は、
(1) 公企体の職員の行う業務は、多かれ少なかれ、又直接と間接との相違は有つても、均しく国民生活全体の利益と密接な関連を有し、その業務の停廃が国民生活全体の利益を害し、国民生活に重大な障害を齎す虞が有る等、社会公共に及ぼす影響が極めて大きいから、当該職員及びその組合に対し争議行為を禁止したのであつて、該規定に依る争議権の制限には十分な合理的理由が存在し、
(2) 右争議権の制限違反に伴う法律効果、即ち、違反者に対して課せられる不利益は、刑事制裁を含まず、該規定に依り禁止された争議行為を共謀し、唆し若しくは煽る行為をした者に限り之を解雇するに止める等、必要最小限度を超えない様に十分な配慮が為されており、
(3) 争議行為を禁止するに付ての必要な代償措置として、職員と公企体との紛争に関し、公共企業体等労働委員会(以下、公労委と言う)に依る斡旋、調停及び仲裁の制度(公労法第六章)を設け、殊に、公益委員会を以て構成される仲裁委員会のした仲裁々定は、労働協約と同一の効力を有し、当事者双方を拘束する(同法第三十五条)
から、同法第十七条第一項が憲法第二十八条に違反しないことは、昭和四十一年十月二十六日最高裁判所大法廷判決(最刑集二〇巻八号九〇一頁以下)、昭和四十五年九月十六日最高裁判所大法廷判決(裁判所時報五五四号二頁)の判示するところであり、又ILO第八十七号条約は争議権の保障を目的とするものではないから、公労法第十七条第一項が右条約に違反する旨の所論を採るを得ないことは、昭和四十四年四月二日最高裁判所大法廷判決(最刑集二三巻五号三〇五頁以下)の趣旨とするところであり、当裁判所は右各判例の見解を正当と認め、之らに従うべきものとするから、所論は採るを得ない。
(三) 国鉄の職員及びその組合に対する争議権の制限には十分な合理的理由が存在しない旨の主張(第一章三の(三))に付て。
(1) 国鉄の業務は、一般旅客及び貨物の輸送並びに之に関連する業務であつて、この限りに於ては民営鉄道(以下、私鉄と言う)の業務と何等異なるところは無いが、国鉄は、
(甲) 経営の実体に於て、資本金は、政府が之を全額出資し(国鉄法第五条)、毎事業年度の予算は国会の議決を経なければならず(同法第四章)、国務大臣の監督下に、国民生活全体の利益の為めに、営利を第一義としないで経営され、
(乙) 経営の規模に於て、単に量的に私鉄を凌駕する丈でなく、質的にも、路線は日本国内全土に縦横に交錯浸透し、基幹路線から末端路線に至る迄、総ての路線が相互に有機的に関連して一体を成しているから、所謂部分ストの如き一部の路線に於ける職員の業務の停廃に因る影響は、単に当該路線に止まらず忽ちにして全路線に波及し、国鉄全体の業務の運営、能率を阻害する結果を齎し、夫々が別個独立の企業体を成す多数の私鉄の職員が共同して業務を停廃した場合と比較して、社会公共に及ぼす影響は遥に甚大であり、
(丙) 交通市場占拠率に於ても、単に一地方的に見れば、当該地方に於ける主要私鉄の市場占拠率と大差は無いとしても、広く日本国内一般として見る時は、単一の企業体として全国的規模に於て国鉄が保有する市場占拠率は、爾余の諸交通企業体の追随を許さない程に独占的である
ことに思を致すと、国民大衆が国鉄に寄せる信頼と依存の程度は、私鉄に寄せるそれとは比すべくも無く絶大であり、国鉄の業務の斯る公共性、独占性、大規模性に徴すると、国鉄が国民生活全体の利益と関連する程度と私鉄のそれとは、質、量共に懸絶するから、国鉄職員の業務の停廃、延いては国鉄の業務の停廃は、国民生活全体の利益を害し、国民生活に重大な障害を齎す虞が有る等、社会公共に及ぼす影響が極めて大きく、国鉄の職員及びその組合に対する争議権の制限には十分な合理的理由が存在すると断じて誤でなく、之を彼の電気事業及び石炭鉱業に於ける争議行為の方法の規制と同日に論ずることは適切でない。
(2) 国鉄の職員に関する労働関係は、一般旅客及び貨物の輸送並びに之に関連する業務の為めの労働関係である限りに於ては、私鉄の職員に関する労働関係と何等異なるところは無いが、それにも拘らず、公労法第十七条第一項が、国鉄の職員及びその組合に対して争議権を制限した所以のものは、右(1) に述べた国鉄の営む社会的機能に備わる特質に由来するに他ならず、之を以て、国鉄が国務大臣の監督下に経営され、その存続に国家的保障が有る等、政府が使用者の地位に在るが為め、政府としての優越的権力関係を労働関係に導入したと見るのは誤である。
(四) 国鉄の職員及びその組合に対する争議権の制限は必要最小限度を超えている旨の主張(第一章三の(四))に付て。
(1) 国鉄の職員及びその組合の争議行為は、当該職員の業務の種類が、国鉄に於ける比較的中心的な業務であるか将又斯る中心的業務の円滑な遂行を補助する副次的若しくは末端的な業務であるかに依り、又当該職員の業務の停廃がその手段に於て、同盟罷業、怠業等であるか将又単なる休暇闘争、時間外労働拒否、遵法闘争等であるかに依り、更にその規模に於て、全国的、全面的であるか将又地域的、部分的であるかに依り、社会公共に及ぼす影響は、大は、他の人々の生命、身体に危険を及ぼし、その生存を脅かす虞の有る場合又は之に類する他の基本権と衝突する場合から、小は、公衆に些少の迷惑、不便を掛けるに過ぎない程度のものに至る迄、千差万別であるのに、公労法第十七条第一項が、一見、国鉄を含む総ての公企体の職員及びその組合の一切の争議行為を全面的、一律的に禁止し、当該職員の業務の種類、争議行為の種類、態様、規模等に触れていないのは、争議権の制限の仕方としては、必要最小限度を超えているものの如く思料される。
然し、公企体の職員及びその組合の具体的な行為が右条項に依る禁止の対象たる争議行為に該当するか否かは、斯る争議行為を禁止することに依つて保護しようとする法益と、右職員らの労働基本権を尊重し保護することに依つて実現しようとする法益との比較較量に依り、両者の要請を適切に調整する見地から判断することが必要であり、その結果、公企体の職員及びその組合の具体的な行為が、右条項の規定の表現上からは兎も角として、実質的には、右条項に依る禁止の対象たる争議行為に該当しないと判断すべき場合も有り得ることを承認しなければならないのである。
とすれば、公労法が公企体の職員及びその組合の争議行為を禁止するに当り、当該職員の業務の種類、争議行為の種類、態様、規模等に触れていないのは、争議行為の性質自体から言つて、それらの諸点を予め一々個別的、具体的に定型化して規定することが立法技術上至難、少なくとも不相当であるが為め、敢えてその挙に出でず、各事案毎に同法第十八条の適用に際し個別的に審査することに委ねたものと認めるのが相当であり、同法第十七条第一項に依る争議権の制限には、自ら合理的な限界が存在すると言つて誤ではない。
(2) 同法第十七条第一項に依る争議権の制限の違反に伴う法律効果、即ち、違反者に対して課せられる不利益は、固より刑事制裁を含まず、同法第十八条は、同法第十七条第一項の規定に違反して争議行為をした職員の総てを悉くは解雇の対象と為さず、同条項に依り禁止された争議行為を共謀し、唆し若しくは煽る行為をした者に限り之を解雇するに止め、而も、それらの者は単に「解雇されるものとする」旨規定し、当該具体的行為の態様に応じ、違法性が比較的微弱な場合には、国鉄の内部規程に依り停職、減給、戒告の制裁を受けるに止まり、必ずしも公労法第十八条の解雇処分が発動されるとは限らないのである。
而して、同法第十七条第一項の規定に違反し、違法な争議行為を共謀し、唆し若しくは煽る行為をした職員は、先に(三)の(1) に述べた国鉄の営む社会的機能に備わる特質に鑑み、国鉄の存立と相容れず、場合に依つては之を危殆に陥れる存在であるから、斯る職員を解雇して国鉄の組織から排除することとしても、それは、企業の防衛、延いては国民生活全体の利益を保全する為め、必要已むを得ない合理的な最小限の措置として是認し得るところである。
(五) 公労委の仲裁々定の制度は、国鉄の職員及びその組合に対して争議権を制限するに付ての完全且十分な代償措置には該当しない旨の主張(第一章三の(五))に付て。
争議行為は、その種類、態様、規模、経過等に於て如何様にもあれ、所詮は、勤労者が賃金その他種々の労働条件に関し自己に有利な解決を獲得することを目的とするもので、公労委の仲裁々定の制度が正に右究極の目的の実現に寄与し、公企体の職員及びその組合に対する争議権の制限に見合う代償措置と見られるべきことは、前掲昭和四十一年十月二十六日の最高裁判所大法廷判決の判示するところである。
固より、公労法第十六条、第三十五条に依れば、公企体の予算上又は資金上不可能な資金の支出を内容とする裁定は政府を拘束しない旨の制約が存するが、右大法廷判決は、斯る制約の存することを踏まえたうえ猶且、原判決が縷々説示している如く、公労委の仲裁々定が法的に十分尊重されていることを勘案して上記の如く判示した趣旨に解せられ、輓近政府が、公企体の予算上又は資金上、一応は不可能な資金の支出を内容とする裁定と雖も、内閣又は大蔵大臣の裁量に依り、予算の移用、流用、予備費の使用等、予算上能う限りの措置を講じ、以て公労委の仲裁々定に基づく債務の完全履行を果そうとする態度に出ている実情、殊に、弁護人らがその当審弁論要旨、その三、第一の三の三の(四)に於て認めている如く、昭和三十五年以降公労委の仲裁々定が額面通り実施されていることに鑑みると、当裁判所は右判例の見解に左袒せざるを得ない。
以上(一)乃至(五)に説示したところに徴すると、公労法第十七条第一項(及び第十八条)の規定は、国鉄の業務に付て言えば、前掲昭和四十一年十月二十六日の最高裁判所大法廷判決が示した、公企体の職員の労働基本権を制限することが合憲とされるに付ての諸基準に適合し、憲法第二十八条に違反しないと解せられるから、之と同旨に出た原判決の判断に所論の違法は存せず、論旨は理由が無い。
同第四章(第四点)(原判決には、本件争議行為の正当性の限界を判断する前提事実に付て誤認が有る旨の主張)に付て。
原判決挙示の証拠を綜合すれば、原判決摘示の事実関係を優に認定することができ、記録を精査検討し、当審に於ける事実取調の結果を参酌しても、所論指摘の諸点に付て、原判決に事実誤認の廉は存せず、原判決がその認定に係る事実関係を前提として、本件争議行為の正当性の限界を論定したことに誤は無い。
以下、所論の諸点に付て考察を加える。
その一(石橋益雄及び柳田昭司に対する被告人等の事前の説得行為が極めて不十分なものであつた旨の認定に過誤が有る旨の主張)に付て。
原判決挙示の証拠を綜合すれば、
(一) 国鉄動力車労働組合(以下、動労と言う)東京地方本部(以下、動労東京地本と言う)は、昭和三十八年十二月五日付の動労中央本部発、傘下各地方本部宛の原判示闘争指令に基づき、同年同月十三日午後七時を基準とする二時間の勤務時間内職場集会実施時間帯(以下、闘争時間帯と言う)に属する関係列車の運行表及びその乗務員の乗務当番表等を調査し、尾久地区に於ては、
(1) 闘争時間帯内に尾久機関区を出区して始発駅に向う各列車中、動労東京地本尾久支部所属組合員が乗務する列車の出区に際し、同機関区に於て、その乗務員に対し、右職場集会に参加すべき旨説得し、
(2) 闘争時間帯以前に同機関区を出区する列車であつても、右尾久支部所属組合員が乗務する各列車に付ては、始発の上野駅に於て及び上野駅発車後尾久駅停車の際尾久駅に於て、その乗務員に対し右の説得を為す旨決定したこと、
(二) 本件第五二五列車(以下、本件列車と言う)は、右尾久支部所属組合員である機関士石橋益雄及び機関助士柳田昭司が之に乗務し、午後六時五分同機関区の機関庫を出庫した機関車に尾久駅操車場に於て客車を連結して午後七時十分同機関区を出区し、午後七時二十分始発の上野駅に入線し、午後七時五十三分上野駅を発車し、午後八時頃尾久駅に三十秒停車後黒磯駅に向う運行予定に成つていたから、右決定に依れば、闘争時間帯内に尾久機関区を出区して始発駅に向う動労組合員の乗務する列車に該当し、先ず以て同機関区の出区に際し、同機関区に於て、その乗務員石橋及び柳田に対し右の説得を為す手筈に成つていたこと、
(三) 然るに、動労東京地本は、同年同月十三日午後三時過頃から午後四時過頃迄被告人佐藤を交えた現地戦術会議に於て、突如、尾久地区に付て闘争時間帯を始期、終期共各三十分繰り下げ、同日午後七時三十分を基準とする二時間に変更し、その結果、本件列車の乗務員石橋及び柳田に対しては、その就労時、即ち同列車の尾久機関区出区の際には同機関区に於て右の説得を為さず、運行表通り同機関区を出区させ、上野駅を定時発車後尾久駅停車の際尾久駅プラツト・フオームに於て右の説得を為すことに戦術を変更したこと、
(四) ところで、動労東京地本は、
(1) 之より先同年同月十二日午後九時頃以降、本件列車に乗務すべき右石橋及び柳田の身柄を確保し、同人らを国鉄上野駅付近の旅館栃木屋に収容し、同旅館には、之に収容した斯る乗務当番者の氏名及び勤務関係等を確認する他、同人らに対する説得を担当する責任者(オルグ)として同地本特別執行委員車田守を配置してあつたに拘らず、右車田をして右石橋及び柳田に対し、本件職場集会に参加乃至協力すべき旨説得させた事跡は認められず、
(2) 前叙闘争時間帯繰下に伴う説得場所変更の件に付ては、右車田には之を連絡し乍ら、同人を介して右石橋及び柳田に之を連絡する措置を講ぜず、却つて、石橋の栃木屋からの電話に依る就労可否の照会に対し、同地本執行委員橋爪君雄に於て、従前の決定通り、午後七時から職場集会を実施する旨回答して同人らの出勤を促し、以て石橋及び柳田が尾久機関区に出勤すべく同年同月十三日午後五時頃前記栃木屋旅館を立ち去る侭に任せ、
(3) 前叙闘争時間帯繰下に伴う説得場所変更に依り、本件列車の乗務員石橋及び柳田に対しては、該列車が上野駅を定時発車後尾久駅に停車の際尾久駅プラツト・フオームに於て右の説得を為すこととしたとはいえ、僅か三十秒の停車時間内に且一般乗客の乗降するプラツト・フオームに於ては、十分な説得を為し得ないことは明白であるから、時間及び場所の許す限り、前以て十分に説得手段を尽すべきであつたに拘らず、右石橋及び柳田が尾久機関区に出勤すべく同年同月十三日午後五時頃前記栃木屋旅館を立ち去つて同日午後五時過頃同機関区に出勤する迄の途中に於ては勿論のこと、同人らが同日午後五時過頃同機関区に出勤後、午後六時頃同機関区の機関庫から本件列車の機関車を出庫し、所定の検査を実施し、尾久駅操車場に於て客車を連結して午後七時十分同機関区を出区し、午後七時二十分始発の上野駅に入線する迄の二時間余の間に於ても、既に当日午後六時四十分頃には同機関区構内の動労東京地本尾久支部事務所周辺に被告人佐藤が掌握指揮する三百数十名の動労組合員が集結し、石橋及び柳田に対し説得を試みる機会は十分に有つたのに敢へてその挙に出でず、以て同人らが本件列車を運行表通りに同機関区から出区させる侭に任せ、
(4) 右上野駅には、既に当日午後六時三十分頃には動労中央本部副委員長白水久を最高責任者とする数十名の動労組合員を配置してあつたが、同人らの任務は寧ろ乗客対策に在つて、同駅構内に於ては乗務員に対する説得を決定的に為さしめる意図は無かつた為め、重点を尾久駅プラツト・フオームに於ける説得工作に指向し午後七時過頃には全員を上野駅から撤収して尾久駅に向わせ、以て上野駅に於ける説得工作を放棄し、石橋及び柳田が午後七時五十三分本件列車を上野駅から定時発車させる侭に任せ
たこと、
(五) 石橋及び柳田は、前叙闘争時間帯繰下に伴う説得場所変更の件を知らない為め、本件列車が尾久機関区を出区する際に動労組合員から本件職場集会に参加乃至協力すべき旨説得を受けて運行を妨害されるかも知れないとは危惧していたのに、案に相違してその事が無く、運行表通りに同機関区から出区して上野駅に入線することができ、上野駅を発車する際にも同様定時発車することができたし、そのうえ、従前の闘争に於ては、列車が機関区を出区する際に組合員に依り機関車が取り囲まれて運行を妨害された事例は少なからず体験しているが、既に乗客が乗車して定時に運行を開始している列車が途中の停車駅に於て闘争の為め運行を妨害された事例は無いので、よもや本件列車が尾久駅停車の際、同駅に於て闘争の為め運行を妨害される事態には立ち到らないものと安心し、固より本件職場集会に参加の意思は無く、宇都宮駅迄の所定乗務区間を正規に乗務する意図を以て、該列車の運行に従事し、午後八時頃尾久駅に停車したところ、予想に反し本件事態に遭遇して困惑したこと
が認められる。
してみれば、石橋益雄及び柳田昭司に対する被告人等の事前の説得行為が、被告人等に於て当然尽すべきを殊更尽さなかつた極めて不十分なものであつたことは誠に明白であり、本件列車が尾久駅下り線プラツト・フオームに到着した際、現に該列車の運転業務に従事中の右石橋及び柳田を職場集会に参加させる態勢に持ち込んだ被告人等の本件所為は、予め計画した不意打行為と認めるのが相当であつて、原判決の事実認定に過誤は無い。
その二(石橋益雄及び柳田昭司が自由意思を制圧された状態で本件列車から降りた旨の認定に過誤が有る旨の主張)に付て。
原判決挙示の証拠を仔細に検討すれば、右石橋及び柳田が何れもその自由意思を制圧された状態に於て本件列車から降りたものと認むべきであるとした原判示は、誠に相当であり、所論がその供述の信用性の情況的保障が無い旨主張する右両名の検察官に対する各供述調書の証明力に付ての原判示も亦十分に首肯するに足りる。
なお、右後段の点に付ては、
(一) 石橋がその昭和三十八年十二月十八日付検察官に対する供述調書第五項中に於て、動労組合員に依り力づくで本件列車から降された旨の司法警察員に対する供述を変更し、検察官の取調に際しては、必ずしも司法警察員に対する供述をその侭に繰り返している訳ではないこと、
(二) 同人は、その右同日付及び同年同月二十七日付検察官に対する各供述調書(前者は第五項、後者は第四項)中に於て、自己に対する行政処分が怎う成るか判らないが、その心配が有るからと言つて殊更事実を曲げて供述しているのではない旨特に断わつていること、
(三) 被告人佐藤自らもその同年同月二十日付検察官に対する供述調書中に於て、原判決引用の趣旨の他、石橋は「乗務の途中であるから」と言い、降車したくない様に思われ、簡単に降りないから同人をデツキ迄引き出した、同人に或程度の抵抗は有つた様であるし、同人は自ら進んで降車する意思は無かつた様に思われる旨供述し、石橋の検察官に対する各供述調書中、同人の降車がその自由意思に基づくものではない旨の供述が満更虚構のものではないと認められること
に留意すべきである。
その三(動労が本件闘争に突入する迄の状況-所謂諸般の事情-に付ての認定に過誤が有る旨の主張)に付て。
原判決挙示の証拠に依れば、動労組合員たる乗務当番者の身柄の確保に関し、動労又は国鉄当局の何れが先手を打つたにせよ、昭和三十八年十二月十一日夕刻頃から動労と国鉄当局との間に於て、乗務を終了して尾久及び田端各機関区に戻つて来た動労所属の機関車乗務員の身柄の取合が行われ、結局同月十三日朝迄に、国鉄当局が相当数の機関士及び機関助士の身柄を確保することに成功し、右十三日に乗務すべき機関車乗務員が原判示闘争指令に従い、同日午後七時を基準とする二時間の勤務時間内職場集会に参加しても、国鉄当局が身柄を確保した乗務員をその交替要員として乗務させることに依り列車の運行に支障を来さないことが予測される状況と成つた為め、動労が、右十三日に乗務すべき動労所属の機関車乗務員をして右職場集会参加の為め就労を拒否させることに依り、列車、殊に旅客列車の運行に支障を来させて国鉄当局に打撃を与え、以て国鉄当局との間に現に行われつつある団体交渉の結果を動労に有利に導こうとする当初の企図が粗方意義を失うことを憂慮せざるを得ない事態に立ち到つたことは明白であるから、動労所属の乗務当番者の身柄の確保に関し、動労又は国鉄当局の何れが先手を打つたかの如きは、窮極的に動労が本件闘争に突入し、本件列車の乗務員石橋益雄及び柳田昭司を職場集会に参加させる態勢に持ち込んだ被告人等の本件所為の当否を判断するに付ての直接且重要な因子とは成らず、その点に付て原判決の認定の過誤を云為することは失当である。
以上の次第で、論旨は理由が無い。
同第二章(第二点)(原判決には、本件争議行為の正当性の限界を判断するに付て、労働組合法第一条第二項、刑法第三十五条、第二百三十四条の解釈、適用を誤つた違法が有る旨の主張)に付て。
(一) 争議行為、特にピケツテイングが、労働者と使用者とが対立する流動的な争議の場に於て行われ、労働組合は、ピケツテイングを必要とする切迫した諸般の事情が存在する場合に於て之を行うものであり、現に、動労が本件闘争に突入する迄の状況-所謂諸般の事情-として、動労所属の乗務当番者の身柄の確保に関し、動労又は国鉄当局の何れが先手を打つたにせよ、動労が本件闘争に突入した昭和三十八年十二月十三日の朝迄には、国鉄当局が相当数の機関士及び機関助士の身柄を確保することに成功し、右十三日に乗務すべき機関車乗務員が原判示闘争指令に従い、同日午後七時を基準とする二時間の勤務時間内職場集会に参加しても、国鉄当局が身柄を確保した乗務員をその交替要員として乗務させることに依り列車の運行に支障を来さないことが予測される状況と成つた為め、動労が、右十三日に乗務すべき動労所属の機関車乗務員をして右職場集会参加の為め就労を拒否させることに依り、列車、殊に旅客列車の運行に支障を来させて国鉄当局に打撃を与え、以つて国鉄当局との間に現に行われつつある団体交渉の結果を動労に有利に導こうとする当初の企図が粗方意義を失うことを憂慮せざるを得ない極めて切迫した事態に立ち到つたことは明白であり、然ればこそ、動労は本件闘争に突入した訳である。
然し、動労東京地本は、原判決認定の如く、右事態を動労に有利に展開する為め、右十三日午後の現地戦術会議に於て、突如、尾久地区に付て闘争時間帯を繰り下げ、本件列車の乗務員石橋及び柳田に対しては、その就労時、即ち同列車の尾久機関区出区の際には同機関区に於て、右職場集会に参加すべき旨の説得を為さず、運行表通り同機関区を出区させ、上野駅を定時発車後尾久駅停車の際尾久駅プラツト・フオームに於て右の説得を為すこととし乍ら、右闘争時間帯繰下に伴う説得場所変更の件を同人らに連絡することなく、同人らが動労に依りその身柄を確保され収容されていた旅館栃本屋を立ち去つて尾久機関区に出勤し、本件列車を同機関区から出区させ、上野駅を定時に発車し、尾久駅下り線プラツト・フオームに到着する迄、同人らに対し何等の説得手段をも講じないで之を放置し、本件列車が尾久駅下り線プラツト・フオームに到着した際、事情の変更を知らず、宇都宮駅迄の所定乗務区間を正規に乗務する意図を以て現に該列車の運転業務に従事し、本件職場集会に参加する意思の無かつた同人らを不意打的に右集会に参加させる態勢に持ち込み、以て該列車の運行に支障を来させて闘争の効果を挙げる作戦に出たのである。
してみれば、動労が前述「極めて切迫した事態」に追い込まれたという事実は、動労が、既に旅客が乗車して定時に運行を開始し、有機的な運転管制に服して線区に入つている列車の運行を途中駅に於て阻害するという、交通機関の労働争議としては相当性を欠く行き過ぎた非常手段に出た動機とは成り得ても、直ちにそれを正当化する事由とは成り得ないものと言わなければならない。
(二) 原判決は、ピケツテイングが、労働者と使用者とが対立する流動的な争議の場に於て行われることに鑑み、その正当性の限界として、本件に付て言えば、本件列車の乗務員石橋及び柳田に対する説得の為め執り得る行動には、その時期、場所、方法、態様等に於て制約を受けるものが有るとしても、平和的説得の範囲を逸脱した物理的な力の行使であれば、その程度の如何を問わず、些細な実力的行動に至る迄悉く之を暴力と解し違法視するのではなく、団結に依る示威の域を超えた物理的な力の行使は許されない旨判示しているのであつて、労働組合法(以下、労組法と言う)第一条第二項、刑法第三十五条の解釈に誤は無く、理由に食違も存しない。
而して、原判決が、動労組合員に於て本件列車の乗務員石橋及び柳田に対し、動労中央本部の原判示闘争指令に基づき実施される本件職場集会に参加すべき旨要求乃至説得する為め執り得る行動の時期、場所、方法、態様等に於ける制約として判示しているところは、先に控訴趣意第一章(第一点)に対する判断の項に於て説明した、国鉄の営む社会的機能に備わる特質及び公労法第十七条第一項、第十八条の律意に照らし、又原判決が適法に認定した事実関係の下に於ては、誠に正当であると言うべく、右目的の為めに為された被告人等の本件所為が正当なピケツテイングの限界を超えたもので、労組法第一条第二項所定の正当な組合活動に該当しないとした原判決の判断は之亦原判示事実関係に徴し正当として首肯するに足りる。
なお、所論が援用する、交通機関の進路上に立ち塞がつてその進行を阻止する行為が正当なピケツテイングの限界内に在るとされた一、二の判例に言及するに、
(1) 所謂三友炭坑事件に付ての昭和三十一年十二月十一日最高裁判所第三小法廷判決(最刑集一〇巻一二号一六〇五頁以下)は、被告人の所為は言わば組合内部の出来事であり、而も既に多数組合員が就業組合員の炭車運転行為を阻止している際、あとから之に参加して、貯炭場から最寄駅迄の炭車の運転を妨害したに止まると言う具体的情況に即したものであり、
(2) 所謂札幌市労連事件に付ての昭和四十五年六月二十三日最高裁判所第三小法廷決定(裁判所時報五四九号二頁以下)は、被告人等の所為は、実質的に私企業と余り変りのない市電の車庫内で且乗客の居ない電車の出庫を阻止したに止まる等の諸事情をも勘案したものであつて、
何れも事情を異にする本件争議行為の正当性の限界を論定するに付て適切を缺くものと言わざるを得ない。
(三) 所論が引用する昭和四十一年十月二十六日の最高裁判所大法廷判決が、(前略)「若し、争議行為が労組法第一条第一項の目的の為めではなくして、政治的目的の為めに行われた様な場合であるとか、暴力を伴う場合であるとか、社会の通念に照らして不当に長期に及ぶ時の様に国民生活に重大な障害を齎す場合には、憲法第二十八条に保障された争議行為としての正当性の限界を超えるもので、刑事制裁を免れないと言わなければならない」旨判示する、その「争議行為が社会の通念に照らし不当に長期に及ぶ時」とは、当該争議行為が国民生活に重大な障害を齎す場合の例示に他ならず、当該争議行為が全国一斉若しくは之と同じ規模に於て行われる時、或は広範囲に亘り且長期に及ぶ(必ずしも不当に長期に及ばない時を含む)時或は国民生活の一部に私生活上取返の付かない様な深刻な障害を与える時等を意味し、更に、国政、地方行政、重要な国際若しくは国内の経済取引等に対する障害も、時に依つては之に該当するものと解すべきであり(昭和四十二年九月六日東京高等裁判所判決、高刑集二〇巻四号五二六頁以下参照)、要は、当該争議行為に因る業務の停廃が国民生活に重大な障害を齎す虞が有るか否かは、必ずしもその業務の停廃が社会の通念に照らして不当に長期に及ぶ時に限らず、具体的な争議行為並びにその対象たる個々の公企体の業務の内容及びそれが営む社会的機能に備わる特質に応じ、叙上の見地から判断するのが相当である。
然りとすれば、先に控訴趣意第一章(第一点)に対する判断の項(三)に於て述べた如く、国鉄の業務がその公共性、独占性及び大規模性の故に、国民生活全体の利益と関連する程度が絶大であり、殊にその路線が日本国内全土に縦横に交錯浸透し、基幹路線から末端路線に至る迄、総ての路線が相互に有機的に関連して一体を成しているが為め、一部路線に於ける職員の業務の停廃に因る影響が、単に当該路線に止まらず忽ちにして全路線に波及し、国鉄全体の業務の運営、能率を阻害する結果を齎す虞が有ること並びに国民大衆が国鉄列車の運行の正確性と安全性とに寄せる信頼と依存の程度が絶大であることに鑑み、具体的には、本件列車の如く、既に旅客が乗車して始発駅を定時に発車し、運行を開始し有機的な運転管制に服して線区に入つている列車の運行が途中駅に於て突然阻害されることは、それが僅か瞬時のことでなく、十数分間から四十数分間に及ぶ場合には、単に当該列車に乗車して旅行を開始した多数の乗客にその旅行目的及び旅行計画に応じ種々様々の不安焦燥の念を抱かせ、その乗客自身は勿論のこと、その到着を期待している家族、知人その他の関係者らの公私の生活に支障を来させ、場合に依つては取返の付かない深刻な障害を齎すことが有る許りでなく、爾余の諸列車の運行計画を紊すことに因り、叙上の見地よりして国民生活全体に重大な障害を惹起する虞が有ることに思を致すと、被告人等の本件所為が正当なピケツテイングの限界を超えた不当性を伴うものであるとした原判決の判断は、前記大法廷判決の趣旨と相容れないものではなく、労組法第一条第二項の解釈、適用に誤は無い。
(四) 被告人等の本件所為が正当なピケツテイングの限界を超えた不当性を伴うものであることは、以上(一)乃至(三)に説明した通りであり、原判示事実関係に依れば、被告人等は、成程暴力を行使して原判示石橋及び柳田を本件列車から拉致した訳ではないが、少なくとも同人らの自由意思を制圧する様な団体の勢力-些細な実力的行動と言うべきものではなく、団結に依る示威の域を超えた物理的な力-を用いて、同人らが自ら進んで降車する意思の無いことを知り乍ら、同人らをその自由意思に反して本件列車から降車するの已むなきに至らせ、以て該列車の運行を不能に致し、国鉄の列車に依る輸送業務を妨害したのであるから、原判決が被告人等の本件所為を刑法第二百三十四条の威力業務妨害罪に問擬したことは、誠に相当であり、同法条の解釈、適用に誤は無い(昭和三十三年五月二十八日最高裁判所大法廷判決、最刑集一二巻八号一六九四頁以下、同年六月二十日最高裁判所第二小法廷判決、最刑集一二巻一〇号二二五〇頁以下各参照)。
論旨は総て理由が無い。
同第三章(第三点)(被告人等の本件所為は、正当な組合活動に属し、違法性を阻却する旨の主張)に付て。
被告人等の本件所為が、労組法第一条第一項の目的を達成する為めのものであつたことは、正に所論指摘の通りであり、その目的に関する限り、正当性を具有することは之を承認しなければならない。
然し、被告人等が右目的を実現する為めに執つた手段たる本件所為が、その時期、場所、方法、態様等に於て並びに該所為に因り侵害された法益の点に於て正当な争議行為の限界を超えたもので、右条項の目的を達成する為めにした「正当なもの」に該当しないことは、既に控訴趣意第二章(第二点)に対する判断の項に於て説明した通りであるから、右所為に付ては刑法第三十五条の規定の適用は無く、被告人等は、目的の正当性如何に拘らず、その行為が該当する犯罪構成要件に応じ刑事制裁を免れないと言わなければならない。
論旨は理由がない。
よつて、刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は同法第百八十一条第一項本文によりその全部を被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 栗田正 判事 沼尻芳孝 判事 中村憲一郎)