東京高等裁判所 昭和42年(ツ)69号 判決
家屋の賃貸人が、その賃貸借契約の更新拒絶又は解約申入について、借家法第一条ノ二によつて具有すべきものとされている正当の事由とは、賃貸借双方の当事者に存する当該家屋利用の必要度、当該家屋を利用できないことによる損失その他諸般の事情を比較考量して、今日の社会通念に照らして、賃貸人が当該家屋の明渡を求むるも已むなしと認められるような事由を総括指称するものであるが、今日の社会通念にあつては、賃貸人側にのみ要件を加重して、「賃貸人側の当該家屋使用の必要度は賃借人側のそれに著しく超過する緊切なもので、解約が認められないときには、賃貸人の所有権が否定されるに等しい場合」に限つて、はじめて賃貸人の明渡要求を已むなしと認められていると解することはできない。けだし、個人生活は賃貸人についても、賃借人についても全く同等の社会的意義を帯有するものであつて、現に当該家屋を使用できないでいるため、その使用の必要に迫られている賃貸人の生活権と、現に当該家屋を使用していて、その使用の継続を求める賃借人の生活権との両者が社会的公共的看点から保護を享受する必要およびその度合には(特段の事由がないかぎり)、毫も差等がつけられるいわれはないからである。
本件において、原審認定の事実によれば、「上告人の収入状態は被上告人のそれに優つていること、上告人はその職業等の観点からしても、強いて本件家屋に居住する必要をみない事情にあるのに対し、被上告人は妻子三人とその老母を扶養して、現にアパートの六畳一間に居住している事情から本件家屋に居住する必要の度合が、上告人のそれに比べてより強いこと、上告人はその家屋構成、経済状態などから転居先を求めるについて容易な状況にある。」というのであるから、客観的にみて、被上告人の本件家屋使用の必要度は上告人のそれに優つているものであることを認めるに充分である。
(毛利野 石田哲 矢ケ崎)