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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)1214号 判決 1971年4月28日

控訴人 松浦四郎 外二四名

被控訴人 粕谷知枝 外一名

主文

一、原判決を取消す。

二、各控訴人に対し、被控訴人粕谷知枝は別紙目録<省略>(二)記載の物件につき東京法務局世田谷出張所昭和四〇年一月六日受付第九七号をもつてした所有権移転登記の抹消登記手続を、被控訴人株式会社光和は前項の物件につき同法務局同出張所同年同月同日受付第九六号をもつてした所有権保存登記及び同出張所昭和三九年一二月九日付の表示登記の各抹消登記手続を、それぞれせよ。

三、訴訟費用は一、二審を通じて被控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は主文一、二項同旨の、被控訴人粕谷代理人は控訴棄却の判決を求めた。被控訴人株式会社光和は控訴の趣旨に対する答弁をしない。

当事者双方の事実上の主張は左に掲げるほか、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

控訴代理人において次のとおり述べた。

一、仮に別紙目録記載(二)の(イ)、(ロ)の各建物部分(以下本件建物部分(イ)、同(ロ)、もしくは(イ)の部分、(ロ)の部分と略称する)が、建物の区分所有等に関する法律(以下単に法と称する。)第一条の区分所有権の目的となり得る建物部分であつたとしても、右部分は規約により、法にいう「共用部分」となつたものである。

即ち、別紙目録(一)記載の建物(以下本件建物という)の区分所有者は、被控訴人粕谷を含めて全員、昭和三九年八月七日右粕谷宅に集り、本件建物の管理等について上野毛マンシヨン管理規約を作成したが、右規約第二条3で本件建物部分(イ)(ロ)は「共用部分」とする旨定められた。

仮に、被控訴人粕谷が右規約の作成に同意していなかつたとしても、右規約の作成は、本件建物の各区分所有者が右各区分を被控訴人株式会社光和(以下単に光和と略称する)より譲受けた際に、承認した上野毛マンシヨン共同住宅管理規約の規約の改正にほかならないが、右改正をするには出席区分所有者の三分の二以上の同意で足り、また前記規約の作成が右管理規約にいう「共用部分の変更」に当るとしても、区分所有者の四分の三以上の合意があれば足りるのであるところ、被控訴人粕谷以外の全区分所有者の同意があるから前記規約は有効である。

二、仮に、右一の主張が認められないとしても、被控訴人光和は、本件建物のうち、法にいう「専有部分」である各区分につき、昭和三九年三月頃より区分所有権の保存登記をするとともに、これを順次控訴人らに分譲し、同年七月頃分譲を終えたが、その時には本件建物部分(イ)(ロ)については右のような区分所有権の登記をしていなかつた。しかるに被控訴人光和はその後同年暮錯誤を理由に右建物部分につき、区分所有権を表示する登記をし所有権保存登記をするとともに被控訴人粕谷のため所有権移転登記をしたのである。控訴人らが本件建物の各区分の分譲を受けた時には、本件建物部分(イ)(ロ)については右のようになんら区分所有権の登記がなかつたので控訴人らは右部分を「共用部分」と信じ各区分に附従するものとして買受けたものであり、その後になつて右部分を「専有部分」であるとして区分所有権の登記をしても、その区分所有権をもつて控訴人らに対抗できない。

被控訴人粕谷代理人は、控訴人の右一、二の主張を争うと述べた。

証拠関係<省略>

理由

控訴人らがいずれも本件建物の区分所有者であること、右建物は被控訴人光和が建設したものであること、光和は、本件建物中前記(イ)、(ロ)の部分につき、昭和三九年一二月九日別紙目録(二)のごとく「専有部分」の建物及び附属建物の表示手続をし、次いで同出張所同四〇年一月六日受付第九六号をもつて所有権保存登記手続をし、更に同出張所同日受付第九七号をもつて被控訴人粕谷のため売買を原因とする所有権移転登記手続をしたことは当事者間に争いがない。

一、右(イ)の建物部分について

1  被控訴人らは、右建物部分は区分所有権の対象となると主張し、控訴人らはこれを争うので判断する。

(一)  右(イ)の部分の写真であることに争いのない甲第四号証の二ないし五、いずれも控訴人と被控訴会社間では成立に争いなく、控訴人と被控訴人粕谷との間では弁論の全趣旨と当審における控訴人小野田忠信本人の供述により真正に成立したと認められる甲第五、六号証、原審ならびに当審における検証の結果、原審証人松浦元の証言、原審における控訴人仲一夫、被控訴人粕谷知枝、被控訴会社代表者小笠原健治の各本人尋問の結果によると次の事実が認められる。

本件建物(イ)の部分(別紙添付略図(1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (1) の各点を順次結ぶ直線をもつて囲まれた部分に該当する個所)は、本件建物の設計の段階では、本件建物東北部玄関より、一階西側の店舗部分に右略図(1) -(2) 線上に設けるドアーによつて通ずる通路の予定になつており、建設途中の一時期においても右(1) -(2) 線上の一部が通り抜けられるように開かれていたが、現在においては、(1) -(2) 、(2) -(4) 、(4)-(5) 、(5) -(6) の各線上にコンクリート壁の、また、(6) -(7) 、(7) -(8) 線上は板の各間仕切りが設けられており、「手前の部分」((5) (6) (7) (8) (9) (5) を結ぶ直線で囲まれた部分該当個所)と、「奥の部分」((1) (2) (3) (4) (5) (9) (1) の各点を結ぶ直線で囲まれた部分該当個所)とは(5) -(9) 線上に設けられた出入口によつて通ずる二個の部屋のような形状となつている。

「奥の部分」は、一部土間、一部畳敷であるが、「手前の部分」は、本件建物建設当時、奥の部分の外側通路に右部分の外壁((9) -(5) -(6) の線)と手前の階段の手すり部分とをつなぐ(略図点線個所)高さ約一メートルのコンクリート製カウンターを設けて仕切られた一区画(右区画には、カウンターの下のくぐり戸で出入りするようになつていた。)があつたのを、昭和三九年一一月頃控訴人らにおいてカウンターを取除き(6) -(7) 、(7) -(8) 線上に、天井に達する板の仕切りを設けてこれを拡張し、一個の部屋状にしたものである。

現在、「手前の部分」、「奥の部分」とも、控訴人らが委嘱した管理人が管理事務室ないし居室として使用している。

右(8) -(9) 線上の西側には、屋外水道管より本件建物の各部屋に給水するための水槽および屋上の水槽に揚水するためのポンプ等の機械、装置等が設置、格納されているが、「奥の部分」の(4) -(5) 線上の壁には火災報知機(略図bの個所)、換気調節装置の配電板(同c)が取付けられており、更に(1) -(9) 線上の壁の一部から右室内の一部に突き出て予備水槽、これに連なる給水管の制水用バルブがとりつけられている。右「奥の部分」にある機械、装置はいずれも本件建物全体のために供用さるべきものであり、本件建物の区分所有者全員の居住、生活のため必要不可欠のものというべく、また、これらの機器の操作等のためには本件(イ)の建物部分に立入る必要があり、右各機械、装置を現在本件建物の他の個所に移転することは非常に困難であつて、特に右予備水槽やこれに伴う装置の移転は不可能に近いものである。

前記被控訴人粕谷、被控訴会社代表者小笠原、当審における被控訴人粕谷の各本人の供述中右認定に牴触する部分は信用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  次に(イ)の建物部分の建築、登記の経緯をしらべてみるに、本件建物(イ)(ロ)の部分の登記にかんする前記当事者間に争いのない事実、成立に争いない甲第一号証の一ないし二八、同第二号証、前記被控訴会社代表者本人の供述、原審ならびに当審における被控訴人粕谷本人の供述、控訴人らと被控訴人粕谷間で成立に争いなく、被控訴人光和もその成立につき明かには争わない甲第一〇、一一号証および弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。

被控訴人粕谷は、もと本件建物の敷地を所有していたが、昭和三八年中被控訴人光和の代表者小笠原健治にすすめられて、右土地を光和に提供し、光和において高層分譲住宅を建築分譲することになつたが、その際、右粕谷と光和との間で、右建物完成後は、その二階三四九・六七三平方メートルのうち、専有部分である六室全部を粕谷の所有とし、また各分譲部分所有者の支払うべき地代は土地所有者である粕谷が収受することに約定されていた。本件建物は昭和三九年五月頃竣工し控訴人らに分譲され、粕谷も二階六室中四室と五階一室の所有権を取得した。しかしその頃光和が事実上倒産し、本件建物の敷地は光和の債務のため担保に供されていたので、同年秋頃粕谷は結局右敷地所有権を失うに至り、予定していた地代収入を得られなくなつたのみならず、当初、粕谷は、本件建物中に前記各室のほか、物置等をも所有し得る旨光和より話されそのつもりでいたところ、本件建物が建築されてみるとそのような場所もなくなつていたため、光和の代表者前記小笠原にその違約をやかましくせめた。そこで光和代表者小笠原健治は、粕谷の怒りをいくらかでも柔げる目的をもつて、本件(イ)、(ロ)の建物部分は、もともと本件建物竣工のときは、「専有部分」として特に登記されていなかつたに拘らず、同年一二月九日錯誤を理由として右部分につき専有部分としての表示登記をすると共に、昭和四〇年一月六日光和のための所有権保存登記をし、即日粕谷に移転登記をした。

前記粕谷、小笠原各本人の供述中以上の認定に牴触する部分は信用し難く他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(三)  以上認定の事実によると、本件(イ)の建物部分は板及びコンクリート壁により本件建物中他の部分より一応間仕切られて独立しており、しかも管理人室として他の部分とは別に使用されることが可能でもあり、現にそのように使用されている。

しかし法が「構造上区分所有者の全員又はその一部の共用に供されるべき建物の部分」につき「区分所有権」の成立を認めない(法三条一項)趣旨は、かかる建物部分を「専有部分」として特定の者の所有に帰属させうるとすると、他の建物部分の所有者、使用者の建物の使用、生活等に重大な支障を生ずるおそれがあるからであると解されるところ、右(イ)の建物部分には本件建物の区分所有者全員のために使用されているあるいは使用されるべき重要な前述の各機械、装置が固定的に設置されているのであり、その操作にも右(イ)の部分の使用は不可欠であるから、たとえ前述のごとく右部分が一応建物として他より独立でき、管理人室として他の部分とは別に使用されていても、同部分は法三条一項の「構造上区分所有者の全員の共用に供されるべき建物の部分」というべきである。

なお、前記被控訴人粕谷知枝、被控訴会社代表者小笠原健治各本人の供述、検証の結果によると、前記「奥の部分」に突出している予備水槽は、給水状態に異常のない限り操作の必要のないことは認められるが、いつ異常事態が発生するかもわからないのであるから、これをもつて右判断を左右することはできない。更に、法三条二項には、構造上の「専有部分」も規約により「共用部分」とできる旨規定されているが、被控訴人粕谷主張のごとくこのことから逆に構造上の「共用部分」を厳格に解すべきであるということのできないことは論をまたないから右主張も採用できない。

2  以上のとおり、右(イ)の部分は区分所有権の対象となりえないところ、右部分の前記保存および移転の各登記は、右部分を区分所有権の対象となるものとしてしたものであるから、その余の判断をまつまでもなくいずれも無効として抹消されるべきである。

二、(ロ)の建物部分について

(ロ)の建物が(イ)の部分の付属建物として登記されていることは当事者間に争いなく、(イ)の部分の登記が抹消されるべきであること前述のとおりであるから(ロ)にかんする付属登記もこれに伴つて抹消されるべきである。ただ、(ロ)の部分が本来独立の建物あるいは建物部分として登記すべき物件である場合には右登記を更正して独立の登記となす余地があるので以下この余地の有無につき判断する。原審ならびに当審における検証の結果、前出甲第五、六号証、同粕谷、小笠原各本人の供述によると、右部分は本件建物外側東北角部に設けられた一階から二階への階段下を、階段を天井とし一階の床を床とし、板をもつて玄関ホールと仕切つた二・七六平方メートル(約〇・八坪)の場所であつて、現に粕谷が物置として使用しているが、同部分は本件建物建設のとき元来そのような物置とする予定とはなつていなかつたところ、光和が粕谷との約束に反し、本件建物中に粕谷のため十分な物置を設けなかつたため、その後粕谷の申入れにより窮余の策として階段下を利用して物置場としているにすぎず、独立した建物あるいは建物部分とはいえず、このため登記手続に際しても(イ)の部分の付属建物として登記したものであることが認められる。右粕谷の供述中右認定に牴触する部分は信用し難く他に反証はない。したがつて(ロ)の部分につき前述の更正登記の余地もない。

三、以上のとおりであるから、控訴人らに対し被控訴人光和は前述の所有権保存登記および表示登記の、同粕谷は前記所有権移転登記の各抹消登記手続をすべき義務があるものというべく、控訴人らの本訴請求はいずれも認容すべきである。

よつてこれと結論を異にする原判決を取消し、被控訴人らに右各登記手続を命じ、訴訟費用につき民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川添利起 荒木大任 田尾桃二)

略図<省略>

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