東京高等裁判所 昭和42年(ネ)1551号 判決
右認定の事実によれば本件交差点にさしかかつた際東の見た対面信号が青色であつたとすれば、その進路と交差する道路の信号は当然赤色であつたはずであり(この時の小池車の対面信号が赤色であつたことは前認定のとおり)、従つて小池車のごとく右交差道路を直進する車両等は道路交通法規上交差点の直前において必ず停止しなければならないものである(道路交通法第四条、同法施行令第二条参照)。――そして車両等の運転者は自己が交通法規を守らなければならないことはもちろんであるが、他の交通関与者も交通法規を遵守して行動するであろうことを信頼して運転すれば足り、他の交通関与者が交通法規を無視した行動に出るであろうことを予想して運転する必要のないことは道路交通法規を設けた趣旨に照らし当然のことといえよう(もし運転者としてかような交通法規無視者のあることを予想して運転しなければならないとすれば、道路における交通の安全と円滑をはかるため道路交通法規を設けた意味の大半が失われる)。従つて本件の場合本件車の対面信号が青色である以上、東としては本件車から見た前記左方道路方面から車両等が信号を無視して直進(本件車から見れば横断)して来ることはあり得ないことを信頼して運転すれば足るのであるから、車両等の運転者である東に対しこの場合小池車のごとき車両等に関する限り(相手方が警笛を鳴らして進行する緊急自動車であるとか、なんらかの事由で車両等が暴走して来ることがあきらかに予見し得るような特別の事情のある場合は別問題である)、左方道路上に対する注視を怠らず、場合によつては減速ないし速度の調節をすべきことを期待することはできない、換言すればこのような注視義務を認めることはできないというべきである(従つて当審における被控訴人本人尋問の結果により被控訴人主張のような写真であることが認められる甲第一三号証の一ないし七と右被控訴人本人尋問の結果によれば、本件事故発生の直前において東からは小池車が前記左方道路((港橋))上を交差点に向け進行して来る状況がその前照灯ライトによつて見ることができたことがうかがえ、また後記認定のごとく東は小池車の右進行を見知つていたとしても、前記のような特別の事情の認められない本件の場合においては、そのこと自体ここでは問題とならない)。
被控訴人はさらに本件事故現場の状況などからみて、たとえ本件車の対面信号が青色であつたとしても、東としては小池車の動向を注視し、自車の速度を減速、調節して進行すべきはもちろん、その場の諸般の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転すべき業務上の注意義務があると主張するが、東の場合小池車の動向につき注視を怠らないことを期待することができないことは前説示のとおりであるし、また安全運転の義務についても前記認定事実によれば、東としてはこの付近道路における最高制限速度時速四〇粁で本件交差点にさしかかり、対面信号が青色であることを確認したので、そのままの速度で直進、本件交差点に進入したところ、左方道路方面から直進して来ることのあり得ない小池車が左側から本件交差点に突入して来たため本件事故が発生したのであるが、一方前記甲第七号証、乙第一一・第一二号証と原審における被告東本人尋問の結果によれば、この場合東は本件交差点の手前二〇米くらいの所で、小池車が交差点の左側(北側)にかかつている港橋の上を進行して来るのをそのライトによつて見知つており、なお交差点に入る直前にも小池車を見たが、右手の信号(進路と交差する道路の信号)が赤色であつたので、小池車が交差点に進入して来るはずはないと考えて(この考えが車両等の運転者としてもつともであることは前説示のとおりである)、そのまま(道路交通法第四二条、第四三条によればこの場合東は徐行することも一時停止することも要求されていない)交差点から四、五米の地点まで直進したところ、左方斜め前方七・一〇米の地点において赤信号にもかかわらず交差点内に進入して来る小池車を認め、急拠制動機を踏んで停車処置を講じたが間に合わず、小池車と衝突し(本件事故)、さらにその反動で五米ほど右側にはねとばされ、右衝突地点の右方斜め前方八、九米の地点で反対方向から進行して来た小口武彦運転の乗用車と衝突して、そこで停車したこと、なお、本件交差点において交差する右二つの道路の有効幅員は本件車の進行道路において約一五米、小池車の進行道路において約五・五米ないし一一米であることが認められ、右認定を動かすに足る証拠はない。右認定のような情況のもとにおいては、対小池車に関する限りこの場合東としては精一ぱいの措置をとつたもので、安全運転の義務に欠けるものはなかつたとみるのが相当である(前記乙第一一号証の記載中には東の供述として「私もできれば交差点ですから速度を四〇キロメートルより落して進行すればよかつたと思います」と述べている部分があるが、この場合少くとも対小池車に関する限り東は減速の措置にでる必要も義務もなかつたのであるから、右はたんに本件事件直後における被害運転者としてとつさの感想を述べたに過ぎないものであつて、本件事故に対する自己の過失を認めたものとはとうてい解しがたい)。これを要するに本件事故について東にはなんら過失がなかつたものと認めざるを得ない。なお本件事故につき控訴人に過失のないことは弁論の全趣旨から明らかである。
(三) 本件車には構造上の欠陥も、機能上の障害もなかつたと主張する点については原審における被告東本人尋問の結果からこれを推認することができ、この認定を動かすべき証拠はない。
そうすると控訴人の免責の抗弁はすべて理由があることとなるから、控訴人は本件事故による損害賠償の責任を免れるものというべきである。
(浅沼 上野正 渡部)