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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)1772号 判決 1970年1月30日

控訴人(原告) 日本光学労働組合

被控訴人(被告) 谷口光衛 外一八三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。控訴人に対し各被控訴人は、原判決添付請求債権目録各被控訴人名下記載の金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決をもとめ、被控訴人ら代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠の関係は、左記のほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(一)  控訴人の主張の追加。

(1)  原判決六丁表一〇行目「否認する。」の次に「仮りに被控訴人ら主張の慣行があつたとしても、右は『組合員は加入の日より所定の組合費を納入しなければならない。』と定める前示組合規約二六条に反するものであるから、右慣行によつて右規約条項に定める組合員の組合費等支払義務が変更されるいわれはない。」と付加する。

(2)  右六丁裏六行目に「脱退したものであるから」とあるのを「脱退したものであり、」と改め、その次に「しかも、被控訴人らの脱退によつて控訴人組合の団結は破壊され、組合員の大多数の意思と利益に反して右闘争は破綻せしめられる結果となつたものであるから、」と付加したうえ、同行目の「各被告の脱退の意思表示は」につづける。

(二)  被控訴人らの主張の訂正及び追加。

原判決三丁裏一〇行目に「組合員」とあるのを「組合費」と、同丁裏一一行目から四丁表一行目にかけて「原告主張のとおりであることは認めるが、その余は否認する。」とあるのを「原告主張のとおりであることは認める。」とそれぞれ改め、かつ、同丁表二行目から九行目までを「右総会において、組合費は組合員の同年二月分の理論月収の一〇〇分の一に五〇円を加算したものとすることが決定されたほか、特別積立金として各組合員から一カ月四〇〇円を徴収のうえ積立てることが決定されたが、右特別積立金は闘争の際における組合員の生活資金を補填する目的を以て運用さるべきものであるから(特別積立金規定一条、五条)、専ら組合の経費等に充てられるべき組合費とはその性質を異にするものである。なお、組合費は当時から毎月二五日(同日が日曜日のときは二四日)に支払うべき定めであつた。」と訂正する。

(三)  証拠<省略>

理由

一、被控訴人らのうち、原判決添付一覧表組合加入日欄に記載のある者が右記載の日に、同欄に記載のない者がいずれも昭和二一年二月一九日に、それぞれ控訴人組合に加入したこと、及び、被控訴人らが右一覧表脱退届提出日欄記載の日に、控訴人組合に対し脱退届を提出して、脱退の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

二、控訴人は、控訴人組合の組合規約(昭和二六年三月二六日施行のもの)一二条六号は、組合員は、代議員会並びに総会で脱退を認めたときに、組合員としての地位を喪うものと規定しているから、単に脱退届を提出したのみでは被控訴人らの脱退の意思表示は効力を生ずるに由なく、従つて、被控訴人らは控訴人組合の組合員としての地位を喪つていないと主張する。

控訴人組合の組合規約に控訴人主張のような条項の存することは当事者間に争いがない。しかし、労働組合は労働者の自由意思に基づく結合を要諦とするものであるから、労働者は一旦労働組合に加入した後においても、その自由意思によりこれから脱退することは自由であり、いわれなく組合脱退の自由を制約することは許されないものというべきである。ところで、右組合規約条項は、結局組合員の組合脱退の意思表示の効力の発生を、組合の意思決定機関の判断に委ねるものであるから、右に述べた労働組合の結合の本旨と矛盾するばかりではなく、原審における証人柳沢吉章の証言によると、控訴人組合が右条項を定めた所以は、組合員の脱退の意思表示だけで組合員の地位が一方的に消滅するのでは団結が維持できない虞があるから、組合の議決機関が団結を維持回復するために努力する余地がなければならないこと、及び、組合員に対する統制を全からしめるためには、確定した制裁の執行までに、被制裁者が脱退の意思表示をすることによつて制裁を免れることを容認すべきではないこと(因みに、組合規約(成立に争いのない甲第一号証)一一二条によると、除名は原則として年一回四月に開かれる定期総会の決議を経た後に執行すべきものとされている。)、にあることが窺われるから、右組合規約条項は組合員の前記組合脱退の自由を制約するものに外ならず、無効というべきである。控訴人の右主張は理由がなく採るを得ない。

控訴人は更に、被控訴人らは、控訴人組合が失効した労働協約の改訂をめぐつて訴外日本光学株式会社と鋭く対立し最も団結を必要とする時期に控訴人組合の闘争を敗北せしめる目的のみを以て脱退したものであるから、被控訴人らの脱退の意思表示は権利の濫用であつて無効であると主張する。

しかし、当裁判所も、被控訴人らの前示脱退の意思表示は、控訴人が右に主張する目的でなされたものとは認め難いと判断する。その理由は、「成立に争いのない甲第二四号証、その体裁と内容により真正に成立したものと認むべき同第六八号証、当審における控訴人代表者の尋問の結果によりいずれも真正に成立したと認める同第二五ないし第六七号証、第六九号証及び右代表者尋問の結果によるも、右説定及び判断を左右するに足りない。」と付加するほか、原判決理由(原判決一一丁裏七行目から、二〇丁裏九行目まで)と同一であるから、これを引用する。控訴人のこの主張もまた理由がなく、採るを得ない。

してみれば、被控訴人らのした前示脱退の意思表示はいずれも有効であつて、被控訴人らのうち昭和四〇年一月二九日脱退届を提出した者は同月三〇日以降において、その余の被控訴人らは同月二〇日までに脱退の意思を表示しているからおそくとも同月二一日以降において、いずれも控訴人組合の組合員たる地位を喪つたものというべきである。

三、ところで、控訴人組合の昭和三九年度(昭和三九年四月一日から昭和四〇年三月三一日まで)における、各組合員の一か月分の組合費及び特別積立金(以下両者を合して単に組合費等という)の総額が、昭和三九年四月一六日開催の定期総会において、同年二月の理論月収の一〇〇分の一に四五〇円を加算したものと定められたこと、及び、組合費等の計算期間が前月二一日から当月二〇日までであること(なお、その支払期日については争いがあるがこの点は措く)は当事者間に争いがないが、被控訴人らのうち右認定のように右計算期間の半ばにおいて組合を脱退した者は、果していくばくの組合費等を納入すべきかについて、控訴人組合の規約等において特段の規定ないし決定の存することは、本件に現われたすべての証拠によるも認められないから、結局控訴人組合と組合員との間に存する慣行によつてこれを律する外はない。控訴人組合の組合規約二六条が「組合員は加入の日より所定の組合費を納入しなければならない。」と規定することは当事者間に争いがないが、右は組合員の一般的義務を抽象的に宣言したに止まるものであることは、右規約(前顕甲第一号証)全体を通覧すれば明らかであるから、右規定は当面の場合を律する具体的基準とはならない。

ところで控訴人は、控訴人組合と組合員との間には、前月二一日に組合員であつた者は、該日以降当月二〇日までの間に組合員たる地位を喪つても、前示計算期間一か月分の組合費等を納入すべきものとする慣行が存すると主張するが、控訴人の全立証によるもこれを認めるに足らない。

かえつて、原審における証人高橋喜一、同宇都宮欽哉、同芝崎長三、同山口尚の各証言を綜合すると、控訴人組合の組合費等は、毎月二五日の賃金支払日に前示計算期間による一か月分を、いわゆる「チエツクオフ」の方法により徴収されるものであつたところ、右「チエツクオフ」は、前月二一日から当月五日までの間に組合員であつた者についてのみなされ、それ以外の者についてはなされないというのが、昭和四〇年一、二月当時を含む従来の慣行であつたことが認められる。前示証人柳沢の証言中右認定に反する部分は措信しない。一般に「チエツクオフ」は会社の組合に対する協約ないし協定上の義務の履行としてなされるものであるが、組合が会社からチエツクオフにかかる組合費相当額を受領し得る根拠は、各組合員が組合に対し、各自の組合費を代理して受領することを授権していることによるものと解するのを相当とする。従つて、訴外会社と控訴人組合との間に、組合費等のチエツクオフについて右認定のような慣行が存することは、とりもなおさず右組合と組合員との間に、組合は右認定の者からのみ当該一か月分の組合費等を徴収し、それ以外の者からはこれをしないという慣行が存することを示すものというべきである。

四、叙上認定のとおりであつてみれば、被控訴人らのうち、昭和四〇年一月二〇日までに脱退の意思表示をして、同月二一日以降控訴人組合の組合員たる地位を喪つた者は、同年二月分の組合費等の計算期間において既に組合員ではないことにより、また、同年一月二九日脱退の意思表示をして同月三〇日以降組合員たる地位を喪つた者は、前示慣行に基づく事実たる慣習により、いずれも同年二月分の組合費等の支払義務を負わないものというべきであるから、これが支払を求める控訴人の請求は更に立入つて判断する迄もなく、既にこの点において理由がない。

五、してみれば右と同趣旨に出て、控訴人の請求を排斥した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべく、控訴費用は敗訴の控訴人の負担として、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡部行男 川上泉 大石忠生)

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