東京高等裁判所 昭和42年(ネ)2575号 判決
主文
原判決を取り消す。
被控訴人の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴人ら代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は各控訴の棄却を求めた。
当事者双方の事実上の陳述ならびに証拠関係は、左記に付加するほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
第一、被控訴代理人の主張
一、かりに被控訴人の従前の主張が認められないとしても、被控訴代理人はさらに次のとおり主張する。
控訴人岩田は、その経営にかかる無免許運送業用の貨物自動車駐車格納場として本件土地を使用しているが、右土地は東側に接する公道からの奥行が八・四六メートルであるのに対し右自動車の一、二台はその全長が九・四五メートルもあり、そして、右土地と控訴人岩田所有建物の敷地部分との境界線(原判決添付図面へハを結ぶ線)の北側約半分はトタン塀で仕切られ、他の半分には右建物の玄関部分があつて、自動車の先端をこれらの塀や建物部分に完全に密着させることは不可能であるから、駐車時には自動車の荷台後部が約一メートル右公道の歩道上にはみ出し、公衆の往来に危険を与え通行を著しく妨害している。このように、貸借人たる控訴人岩田が賃借土地の使用につき長期にわたつて公衆に迷惑をかけてなんらはばからない道徳感を欠いた態度を持続している事実も本件賃貸借契約の解除事由となるものであるから、被控訴人は控訴人岩田に対し当審における昭和四五年一月二三日午前一〇時の口頭弁論期日にこれを理由として本件土地についての賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
二、(後記控訴人ら代理人の主張第二の二に対し)控訴人岩田がその所有建物の南側部分を除去すれば自動車の後部が歩道上にはみ出さないように格納できることは争わないが(その部分が控訴人ら代理人の主張する除却予定部分と一致するかどうかは、現場の調査ができないので不明である。)、そのような除却工事は簡単にできることではない。また、控訴人ら代理人は控訴人岩田が所轄警察署に本件自動車の道路へのはみ出しのことについて話した結果黙認を得た旨主張するが、それは偽りであつて、被控訴人は本所警察署よりそのような事実がない旨昭和四五年四月二一日付報告を得ている。
第二、控訴人ら代理人の主張
一、被控訴代理人は、予備的に、用方違反を理由として昭和四二年八月八日の本件口頭弁論期日に本件土地賃貸借契約を解除した旨主張するが、控訴人岩田はその所有建物の敷地として被控訴人から賃借中の土地のうち空地部分に自動車を置いているものであり、右のような土地の使用は賃貸人たる被控訴人になんら不測の損害を与えるものではなく、土地賃貸借契約上の信義則に反するものではないから、被控訴代理人主張の契約解除はその効力なく、右主張は失当である。
二、被控訴代理人は、さらに予備的に、公衆の通行妨害の事実を理由として昭和四五年一月二三日の本件口頭弁論期日に本件土地賃貸借契約を解除した旨主張するが、本件土地の奥行は九メートルであるのに対して最も長い貨物自動車の全長でも九九・八メートルであるから、歩道へはみ出した部分の長さは〇・八メートルであつて、歩道の幅員の約三分の一にすぎず、しかも、常時自動車が置いてあるわけではないから、必ずしも通行の妨害となつてはいない。そのうえ、自動車の置いてある部分の突当り(前示図面へハを結ぶ線上)にはトタン塀が設置されており、これを取り外してその奥にある控訴人岩田所有建物の出窓と玄関部分を取り除けば、自動車をその内側に十分格納収容できる。控訴人岩田はこのことに関して所轄警察署に相談した結果、自動車の後尾が若干でも歩道上にはみ出していることは好ましいことではないが、近い将来において前示除却工事をして自動車を完全に収容できるようにするとのことであれば、あえて問責しない旨黙認を得た次第である。以上の事情からすれば、右自動車のはみ出しの事実をもつて、ただちに本件賃貸借における信頼関係を破壊するものとはいえないから、被控訴代理人主張の契約解除もその効力を生じない。
第三、証拠関係(省略)
理由
一、被控訴人がその所有にかかる原判決添付物件目録記載の土地四七七平方メートル中原判決添付図面イロハニホヘイの各点を結ぶ直線で囲まれた部分一九四平方メートルを昭和二三年一月頃控訴人岩田に普通建物所有の目的で賃貸し、同控訴人が右賃借土地中右図面イロハヘイの各点を結ぶ直線で囲まれた部分の上に建物を建築所有していることは、当事者間に争いがない。
二、被控訴人は、控訴人岩田が昭和四一年一月頃から前記賃借土地中の本件土地(前記図面ハニホヘハの各点を結ぶ直線で囲まれた部分九九・二八平方メートル)を控訴人錦織に対して同人の経営する自動車運送事業用の貨物自動車置場として転貸していると主張し、控訴人らはこれを争うので、この点について判断する。
成立に争いのない甲第三号証の一、乙第六号証、当審証人岩田とみ(第一回)の証言により成立を認める乙第一号証の一ないし四、同第二号証、同第三号証の一、二、同第四、第五号証、同第七、第八号証、当審における控訴人錦織信輝本人尋問の結果により成立を認める乙第九、第一〇号証、原審証人平山久治、同高久万砂雄、同岩田啓之輔、当審証人岩田とみ(第一回)の各証言ならびに原審における控訴人岩田清市、原審および当審における控訴人錦織信輝の各本人尋問の結果を総合すると、控訴人岩田の息子である岩田啓之輔と控訴人錦織とがともにもと訴外佐藤運送店に雇われていたことがあつた関係で控訴人らは互に識り合い、いずれも運送事業を個人経営ではじめることを話し合つた結果、自動車運送事業に使用する貨物自動車が三台以上ないと営業免許がとれないので、控訴人岩田所有の貨物自動車一台と控訴人錦織所有の貨物自動車二台を合せて合計三台とし、「大輝運輸」という商号で、主たる事務所、営業所および車庫の所在地をいずれも「東京都墨田区大平町一丁目三番地」(本件土地の所在地)とし、事業者として控訴人錦織信輝の名義をもつて免許を申請し、昭和三九年二月四日その免許が与えられたこと、それまでの事業計画における経営方針がどうなつていたかはさておき、右免許が与えられた当初から内部的には控訴人両名が共同経営をしたことは全然なく、各自それぞれの所有する自動車を使用して全く別の場所で(控訴人岩田は本件土地の所在地で、控訴人錦織は他の場所で)各自独立の個人運送事業を経営し、ただ、控訴人岩田から控訴人錦織に対して名義使用料として月額金一万五千円ずつを支払うことにしていただけであり、しかも、その使用料の支払も昭和四一年一月以降は殆んどされていないことが認められ、原審証人酒井貞雄および原審における被控訴人本人の各供述をもつてしても右認定を動かすに足りないし、また、前示甲第三号証の一中の「免許后における主たる事務所の変更」および「免許後における営業所および車庫の変更」の各欄の記載によると、控訴人錦織がこれらの変更届を昭和四二年一二月以降にはじめて提出していることが認められるが、そのことだけでは、前示各証拠と対比して右認定の妨げとなるものとはいえないし、他に右認定を左右しうべき証拠はない。
右認定の事実関係からすれば、控訴人錦織が本件土地を占有使用している事実はなく、控訴人岩田が控訴人錦織に本件土地を転貸したものとは到底認められないから、右転貸を前提とする被控訴人の本件土地賃貸借契約解除の主張は理由がないこと明らかである。
三、次に、被控訴人は、控訴人岩田が本件土地をその経営する自動車運送事業の車庫として使用することは本件賃貸借契約で定められた用方に違反すると主張する。
なるほど、本件賃貸借契約が普通建物所有を目的とするものであることは、前示のとおり当事者間に争いがないが、本件土地が所在する場所的環境(この点は公知の事実である。)および前記認定の事実関係からすれば、他に特段の事情の認められない本件においては、賃借人たる控訴人岩田が賃借地に建物を建築所有して空地部分を自己の経営にかかる運送事業用貨物自動車の置場として使用しても、そのことがとくに地主たる被控訴人に不測の損害を与えるものとは認めがたいので、これをもつてただちに賃貸借契約の用法に違反するものと解するのは相当でないから、被控訴人の右主張も理由がなく、したがつて、用方違反を前提とする賃貸借契約解除の主張も採用できない。
四、さらに、被控訴人は、控訴人岩田の右運送事業の経営は道路運送法第四条第一項および第三六条に違反するから、土地賃貸借契約上の信義則に違反すると主張する。前記認定の事実からすれば、控訴人岩田が右各法条に違反して運送事業を営んでいることは明らかであり、右行為が処罰の対象(同法第一二八条参照)となつていることはいうまでもないが、そうであるからといつて、土地賃貸人に対する関係において、ただちに賃貸借契約の解除原因となるほどの信頼関係を破壊するものであるとは断じがたいから、右信義則違反を前提とする被控訴人の本件賃貸借契約解除の主張は採用しがたい。
五、被控訴人は、控訴人岩田が経営する運送事業用貨物自動車が歩道にはみ出して公衆の通行を妨害していることを理由に本件賃貸借契約を解除した旨主張する。
控訴人岩田の自動車が歩道にはみ出していることは当事者間に争いがなく、そのはみ出した部分の長さについては争いのあるところであるが、かりに被控訴人主張のように約一メートル歩道にはみ出しているとしても、当審証人岩田とみの証言(第二回)によれば、歩道にはみ出している自動車は現在二台あるが、本件自動車置場の突当りのトタン塀およびその奥にある控訴人岩田所有の建物の洋間の出窓等を取り除けば現在の置場より奥行が一メートルほど広くなるので自動車をはみ出させるようなことなく完全に格納できること(右建物の一部を除去すればはみ出さないように格納できるという限度において当事者間に争いがない。)、右取除工事は比較的容易にできるし、控訴人岩田は右取除工事を実施する計画であるが、本件が係属中のため差し控えているにすぎないこと、控訴人岩田は歩道上に自動車がはみ出していることについて今日までとくにとがめを受けたことはなく、また、歩行者や近隣から苦情をいわれたこともないこと等が認められ(右認定に反する証拠はない。)、これらの事実を併せて考えれば、右のようなはみ出しの事実が道路関係の取締規定に違反することにより行政上の取締ないし罰則の適用を受けることは格別、右事実をもつてただちに本件賃貸借契約における当事者間の信頼関係を破壊するものとして規約解除の原因となるものとは到底認めることができない(右はみ出しの事実と前記無免許運送営業の事実とを併せてみても、本件賃貸借契約の当事者間において右契約の解除原因とされるほどに信頼関係を破壊する行為に該当するということはできない。)。したがつて、被控訴人の右主張も理由がない。
六、控訴人錦織は、前記認定のとおり、本件土地を占有していないのであるから、同控訴人に対する被控訴人の請求も失当というほかはない。
七、以上のとおりであるから、控訴人らに対する被控訴人の本件各請求はいずれも理由がないので、これと異なる判断のもとに被控訴人の各請求を認容した原判決は不当であつて取消を免れず、本件各控訴は理由があることに帰する。
よつて、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条、第九六条を適用して主文のとおり判決する。