東京高等裁判所 昭和42年(ネ)453号 判決 1968年7月31日
控訴人 萩原正之
右訴訟代理人弁護士 坂本英雄
坂本英一郎
被控訴人 吉井康三
右訴訟代理人弁護士 堀内清寿
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
本件につき当裁判所が昭和四二年三月一五日した強制執行停止決定はこれを取り消す。
前項にかぎり仮りに執行することができる。
事実
≪省略≫
理由
被控訴人から控訴人に対する債務名義として本件公正証書があり、これに、被控訴人が昭和三九年六月二日訴外雨宮秀夫に対し金一〇〇万円を弁済期同年九月九日、利息年一割五分の約で貸し付け、控訴人が右雨宮の負担する同債務について連帯保証をした旨の記載があることは当事者間に争いがない。
(一) そこで、まず、金銭消費貸借の成否について判断する。
この点については、次のとおり附加訂正するほか、原判決の理由(判決書八枚目表二行目から一〇枚目裏一行目まで)と同一の理由により本件消費貸借は有効に成立したものと判断するから、右理由を引用する。
被控訴人が本件公正証書記載の日時に前記訴外雨宮にあてて同記載の金銭を貸与する方法として金額一〇〇万円、満期同年七月一二日なる乙第三号証の約束手形一通を、受取人欄空白のままで振り出し、これを同訴外人に交付したことは、控訴人の認めて争わないところである(控訴代理人は、原審以来右手形交付の事実を認めていたが、昭和四三年七月一日の当審口頭弁論期日において該自白は真実に反しかつ錯誤に出たものであるからこれを取り消す旨主張し、被控訴代理人がただちにこれに対して異議をとどめたことは弁論の全趣旨に徴して明らかであるところ、該自白が真実に吻合しない点につき、これに副う原審並びに当審証人雨宮秀夫の証言はたやすく措信しがたく、他にこれを認めるに足る証拠がないので、該自白の取消しは、許すべからざるものとする)。
ところで、金銭の消費貸借にあたり、貸主が借主に対し金銭貸与の方法として手形を振り出し、その手形が後日全額支払われた場合には、借主は目的たる金銭の交付を受けたのと同一の経済的利益を得たこととなるので、右手形支払いのときに、手形金額に相当する額につき消費貸借が成立するものと解するのが相当であり、この理は、借主が手形の所持人として直接手形の支払いを受けたると、あるいはこれを第三者に譲渡し、当該第三者においてその支払いを受けたるとによって異なるところはない、というべきである。いま、本件についてこれをみるのに、≪証拠省略≫によれば、前記雨宮は乙第三号証の約束手形の交付を受けると即日これを訴外天野金好に引き渡し、天野が受取人欄を補充したうえでこれを訴外株式会社日東商事に裏書し、その後被控訴代理人の前記主張のごとき事情によって満期は経過したものの、右手形は、昭和三九年七月二三日までに甲府商工信用金庫北支店においてその所持人たる右訴外会社に全額支払われた事実を認めることができ、他に右認定の妨げとなる証拠はない。したがって、控訴代理人の主張するごとき右約束手形が不完全な既成手形であるかどうかとか右訴外天野が同手形上の権利者となった事実がないかどうか、また、前叙のごとき満期後の支払いが手形上の権利に対していかなる影響を与えるかというようなことを論究するまでもなく、右手形が全額支払われたことによって、その支払いのあった昭和三九年七月二三日右雨宮と被控訴人との間に手形金額に相当する金一〇〇万円につき消費貸借が有効に成立したもの、というべきである。
(二) つぎに、控訴人が右訴外雨宮の前記債務についてした連帯保証の効力について判断するのに、控訴代理人は、該契約は詐欺及び錯誤に基づく意思表示であって控訴人の取り消したことによりまたは法律上当然に無効であると主張するが、当裁判所も、左記判断を付加するほか、原判決と同様の理由によってこれを排斥すべきものと認めるので、原判決の説示理由(判決書一〇枚目裏二行目から一一枚目裏一一行目まで。)をここに引用する。
仮りに控訴代理人主張のごとく、控訴人が、債務者たる右雨宮に退職金三〇〇万円の受給資格がありその一部を前借りして弁済にあてるから絶対に迷惑はかけない旨の同人の言を誤信した結果、前記連帯保証をするにいたったとしても、元来、保証契約は保証人と債権者との間に成立する契約であるから、債務者に弁済の資力があるかどうかというようなことは、保証人と債務者との間の関係であって通常は保証契約をなす単なる縁由にすぎず、当然には債権者との間の保証契約の内容となるものではないと解すべきところ、本件の場合にあって、控訴人において右訴外人に弁済の資力があることを債権者たる被控訴人との間で連帯保証契約の内容とした等特段の事情についての主張・立証がないので、この点に関する控訴代理人の主張は、採用することができない。≪証拠判断省略≫
(三) なお、控訴代理人は、本件公正証書は事実に符合しないものであるから債務名義たり得ない、旨主張する。しかし、所論のごとく、金銭消費貸借の公正証書作成の日から相当期間経過後に目的たる金銭の授受があった場合においては、その金銭授受の日に消費貸借が成立し、したがって爾後公正証書の記載は事実に符合するにいたるものというべきであるから、該公正証書の執行力は、単に金銭の授受が証書作成の日におくれた一事をもって否定し得ないこと明らかであり、本件においても、これと別異に解すべき事情は認められない。
されば、本件公正証書正本の執行力の排除を求める控訴人の請求は、理由がないこと明らかであるから、これを棄却した原判決は正当であって本件控訴はその理由がないものと認め、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を、強制執行停止決定の取消し及びこれが仮執行の宣言につき同法五四八条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 浅沼武 裁判官 上野正秋 渡部吉隆)