大判例

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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)917号・昭42年(ネ)1553号 判決

次に明美の得べかりし利益について考えるに、前記甲第二号証の一によると、明美は昭和三三年一一月一一日生であることが認められるので、厚生省発表の生命表によれば、同女は統計上本件事故後なお六〇年余の余命年数を有するものといえるところ、学校または勤務先会社発行の証明文書として当裁判所が各成立の真正を認める甲第五号証及び同第六号証の一、二、原審における被控訴人早川郁之助及び同早川絹子の各本人尋問の結果によれば、明美は本件事故当時私立京浜学園附属小学校一年在学中であつたこと、被控訴人らには、明美のほか長女清美(昭和二七年四月八日生)、二女洋子(昭和三〇年一月一五日生)の二子女があり、被控訴人早川郁之助は、日本鋼管株式会社鶴見製鉄所に旋盤工として勤め、月収五万円余を得ているほかアパートを経営し、その収入が一ケ月一〇万円弱あり、被控訴人らとしては、明美を少くとも高等学校までは進学させたい希望を持つており、被控訴人らの資力及び明美の学力からみてそれが可能であつたことが認められ、厚生省大臣官房統計調査部の統計によると、神奈川県下における昭和三七年度の女子の平均初婚年令(挙式時のもの)は、二五年であり、成立に争いのない甲第八号証の一によれば、昭和四〇年四月におけるわが国全企業の女子労働者の平均年令は二八・一年、平均勤続年数は三・九年であることが認められるから、被控訴人らの前記家庭事情からして、明美は本件事故がなかつたならば、昭和五二年三月高等学校を卒業し、同年四月から前記平均初婚年令二五年に達する昭和五八年一一月まで就職し、結婚と同時に離職するものと認めるのが相当であり、成立に争いのない甲第八号証の二によれば、昭和四〇年四月におけるわが国全企業の女子労働者の一ケ月の平均給与は、一八年の者の初任給一万五、一〇〇円、勤続一年の一九年の者金一万六、四〇〇円、勤続二年の二〇年の者金一万七、九〇〇円、勤続三年、四年の二一年ないし二二年の者金一万八、七〇〇円、勤続五年、六年の二三年ないし二四年の者金一万九、四〇〇円であり、一方明美の必要経費の支出についてみるに、同女は結婚までは両親と生活を共にし、少くとも住居費及び光熱費等は負担しないと考えるのが相当であり、成立に争いのない甲第九号証によれば、昭和三九年度における全国平均一ケ月の消費支出は、四・二八人の世帯人員の場合食料費は一万八、一三九円、被服費は、金五、六八三円、雑費は金一万七、一三八円であることが認められるので、一人当りの右費用は金一万〇、四四三円となり、従つて明美は右の統計を基準にすると高等学校卒業後年齢二五年で結婚するまで別表記載の純益を得ることができたものと認むべく、この純益を同女の死亡時に一時に請求する場合、その額はホフマン方式により年五分の中間利息を控除して計算すると別表記載のとおり金三四万〇、七七二円(円位未満四捨五入)となり、これが、明美の本件事故により控訴会社に賠償を求め得る得べかりし利益の喪失であり、被控訴人らは明美の両親としてその半額金一七万〇、三八六円宛の損害賠償請求権を相続により取得したことになる。

(古山 川添万 右田)

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