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東京高等裁判所 昭和42年(行ケ)13号 判決 1970年11月27日

原告 スミス・インダストリーズ・インターナショナル・インコーポレーテッド

被告 株式会社加藤製作所

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

この判決に対する上告の附加期間を三月とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告

「一 昭和四〇年審判第六、三九二号事件について、特許庁が昭和四一年一二月五日にした審決を取り消す。

二 訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決

被告

主文第一項同旨の判決

第二請求の原因

一  原告は、特許第三一六、七六八号発明「移動式鑽孔装置」の特許権者であつて、この発明は、昭和三五年二月一二日カルウエルド・インコーポレーテツドの出願にかかり、同三八年八月三〇日出願公告、同四〇年三月二〇日登録されたもので、原告は同年六月一八日会社合併によりこの特許権を取得し、同年八月三一日その旨の登録を経たものである。

二  この発明の要旨とするところは、「特許請求の範囲」として記載されたとおり、「自動車両と、車両に枢架され直立作動位置を有するブームと、このブームから回転自在に懸架されたケリーとを有する鑽孔装置において、自動車両の後端に装架されたロータリーと、ロータリーの回転運動がヨークおよびケリーに同様の回転を与えるごとくケリーに摺動自在に係合されこれ(ロータリー)と分離自在のキー連絡をなすヨークと、ケリーの下端に担持された中空の円筒形鑽孔バケツトとを包含することを特徴とする移動式鑽孔装置」である。

三  被告は、昭和四〇年九月三〇日特許庁に対し、右特許を無効とする審判を請求したところ(同年審判第六、三九二号事件)、特許庁は、同四一年一二月五日これを無効とする審決をし、その謄本は同四二年一月二一日原告に送達された。右審決の理由は、別紙のとおりである。

四  しかし、この審決はつぎのとおり判断を誤つた違法があるから、原告はその取消を求める。

(一)  審決は、引用刊行物記載の技術思想の認定を誤つた。

すなわち、

(1) 本件発明の特許請求の範囲に記載された構成のうち、

イ、「車両に枢架されたブーム」

ロ、「ブームから回転自在に懸架されたケリー」

ハ、「自動車両の後端に装架されたロータリー」

ニ、「これ(ロータリー)と分離自在のキー連絡をなすヨーク」

以上の四要件についてみると、引用刊行物である「ロツクプロダクト」一九五八年六月号には、「駆動ヨークがリングギヤの内径上の二つのキー溝を通して滑動する」との記載があるだけで、本件特許発明の右四要件を示す記載がない。

したがつて、右刊行物記載のバケツトドリルが本件発明の構成および作用効果のことごとくを具備しているという審決の判断は誤つている。

なお、被告が本件特許出願当時の技術水準ないし技術常識として主張する事実は、否認する。

(2) また審決は、引用刊行物記載のものにつき、

「(7)、リングギヤの内径上には回転のさいに駆動ヨークが滑り込む二つのキー溝があり」

と認定しているが、右刊行物には、前記のとおり、

「駆動ヨークがリングギヤの内径上の二つのキー溝を通して滑動する」

と記載されているだけで、「回転のさいに駆動ヨークが滑り込む」という記載はなく、添付の写真からもそのような機能は認められない。

この誤つた認定に基づいて審決は、「(4)ないし(9)の事項からみて、バケツトがリングギヤのリング内を通つて下降した掘削時には、ヨークはリングギヤの回転運転がヨークおよびケリー棒に同様の回転を与えるようにリングギヤとキー連絡するが、バケツトがリング内を通つて上昇した排土時には、ヨークはバケツトにより持ち上げられてリングギヤから分離するものと解される」と判断し、そこから本件特許発明の構成が引用刊行物記載のものと同一に帰すると結論した。

しかし、引用刊行物の前記のような記載から審決の右の判断をすることはできないから、この判断は誤りである。

(二)  引用刊行物の記事は、発明を容易に実施しうる程度に記載されたものではない。

そもそも機械工業の分野はきわめて広く、専門に細分されており、各分野における実際上の経験をもたなければ完全な機械の設計は殆ど不可能といつても過言ではない。機械工業の分野に属する通常の知識を有する技術者であつても、単に文献の記事だけによつて実用性ある機械を直ちに設計することは非常に困難である。

ところで、引用刊行物は、建築業界における大径の浅い穴を掘るための回転機械が、土壌・地質等の浅い地表下の探査に利用されうることを紹介した論文であつて、その穿孔装置の構造については簡単に文章で記述され、全体の外観写真が三枚付されているにすぎず、要部その他の構造の図解がまつたくなく、その作用効果の説明もない。バケツトドリルのように相対的運動部分の多い機械類は、構成要部および関係部分を図面で示すことによつて、はじめてその構造および作用を理解することができるのであり、まして、機械の実施すなわち設計製作には、図面またはこれに匹敵する写真を必須とする。

前記刊行物の記事は、本件特許発明の内容に関し若干の示唆を与えるであろうが、通常の機械知識があるからといつて、その記事のみで本件特許の公報中「発明の詳細なる説明」および「附記」にあるような本件鑽孔装置を実際に設計製作することは、不可能であるか少なくとも困難である。

このことは、引用刊行物が国立国会図書館に受け入れられた昭和三三年七月二八日から、被告が本件特許権に牴触する土木穿孔機「KATO、T&Kアースドリル」の製造販売を開始した同三五年一一月ごろまでの二年余の間、日本国内で本件発明と同一の機械が製造販売されなかつたことからみても明らかである。

(三)  したがつて、右刊行物を引用して、本件特許発明が旧特許法第四条第二号に該当するものとし、その新規性を否定した審決は誤りである。

第三被告の答弁

原告の請求の原因一ないし三の事実は認めるが、四の事実は争う。

(一)  本件特許出願当時の技術水準として、「捲上装置よりマストまたはブームを越えて垂れ下つた索具に、ケリーと称するドリルステム(錐回転軸)の上端を廻り接手(スイベル)を介して吊り下げ、ケリーをターンテーブルまたはリングギヤ中央の孔に摺動のみ自在に挿通係合し、ターンテーブルまたはリングギヤによりケリーを駆動回転するとともに、ケリーをその自重により下降させ、ケリー下端に直接あるいはドリルパイプを介して取り付けた掘さく具により鑽孔する機械」を意味するものとして、「ロータリー機械」あるいは「井戸鑽孔用道具と同じように作られた回転式機械」なるものが周知であつた。

(1)イ、そして、この種の機械でマストが著しく高い場合は、マスト基部を自動車両に枢架して油圧ピストンシリンダー装置によりマストを起倒自在とすることは当業者の技術常識であり、引用刊行物の写真によつても同刊行物記載のものが右と同様の構成を採用し、マスト(ブーム)が車両に枢架されている状態が示されている。

ロ、また、前記の技術水準によれば、ケリーがマストまたはブームから廻り接手を介して回転自在に懸架されることは、ロータリー機械における常識である。

ハ、引用刊行物には、リングギヤすなわちロータリーが自動車に取り付けられていること、およびマストが自動車後部に直立していることが示されているから、ロータリーはマストに鉛直に吊り下げたケリー棒の直下すなわち自動車の後端に装架されていることは明らかである。

ニ、また、ヨークがロータリーと分離自在のキー連絡をすることも後記(2)のとおり引用刊行物に示されている。

したがつて、以上の点で本件特許と引例との間に差異はない。

(2)  ヨーク(一種の天秤棒)が駆動用のもので、リングギヤの回転がヨークを介してケリー棒に伝達されること、バケツト内の土砂を排出するさいヨークもリングギヤから上方に抜き取られるようにせねばならぬことが、引用刊行物に示されているから、その「駆動ヨークがリングギヤの内径上の二つのキー溝を通して滑動する」との記載とあわせて、回転のさいに駆動ヨークがリングギヤのキー溝に滑り込むことは、明らかである。

なお、発明が旧特許法第四条第二号の規定に該当するか否かは、その特許請求の範囲中の一部の字句が刊行物に記載されているかどうかというようなことに拘泥して判断すべきものではなく、その技術思想の内容について判断すべきものである。

(二)  旧特許法第四条第二号の「容易ニ実施スルコトヲ得ベキ程度」における「実施」とは、その特許明細書に記載された実施例と同一のものを設計製作することをいうのではなく、旧特許法施行規則第三八条第五項の規定により特許請求の範囲に記載された当該技術思想の実施をいうのである。

前記(一)のような本件特許出願当時の技術水準を背景として引用刊行物をみれば、その記載により本件特許発明を実施することは容易である。

本件特許発明のアースドリルが昭和三五年まで国内で製造販売されなかつたのは、その必要性がなかつたからにすぎない。このようなアースドリルは昭和二四年ごろ米国で使用されており、そのことを示す雑誌類が昭和二七年末ごろから国内に頒布されていたから、これを輸入する必要があればいつでも輸入し得た筈である。それが輸入されなかつたのは必要性がなかつたことを示すものである。

第四証拠関係<省略>

理由

1  原告の請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。そこで、同四の、本件審決を違法であるとする事由について判断する。

2  請求の原因四、(一)、(1)について

イ、成立に争いのない甲第三号証の一によれば、本件の引用刊行物中には、「マストは六〇フイートの長さである」旨の説明文、および、自動車両の後端近くに高く直立したマストが装架されており、その基部は車両上の一対の直柱(写真では、反対側の直柱は見えないが、当然一対をなすものと考えられる。)の間にはさまれ、その両直柱からマストを通して枢軸が貫通しており、さらに、車台から一対のテレスコープ式ピストンシリンダー装置が、伸長した状態で斜めにマストを右枢軸のやや上部において支持している状況を示す三枚の写真が掲載されていることが認められる。

したがつて、引用刊行物のバケツトドリルにおいても、起倒自在に「車両に枢架されたブーム(マスト)」の構成をもつことは、その記載により明らかである。

ロ、同号証によれば、引用刊行物には「ホイスト(捲上装置)からマストを超えてケーブルがバケツトの上昇および支持のため備えられる」旨のほか、「バケツトは円筒状の回転穿孔工具であつて、正方形のテレスコープ式ケリー棒の底端部に組付けられており、リング状ギヤはガソリンエンジンからの動力をケリー棒に伝達する」旨の説明文、および、マスト頂部のやや下方で、マスト頂部を超えたケーブルの自由端にケリー棒が懸架され、その下端にバケツトが組付けられている状況を示す写真(一〇七ページ下段の写真)が掲載されていることが認められる。

したがつて、同刊行物記載のバケツトドリルにおいても、ケーブルの自由端をケリーの上端に連結するにあたり、ケリーの回転がケーブルに伝わらないように(例えば回り接手を介して)回転自在に連結されているものと考えられるから、「ブームから回転自在に懸架されたケリー」の構成をもつことは、その記載により明らかである。

ハ、同号証中一〇七ページ上段の写真およびその写真説明によれば、ガソリンエンジンの動力をケリー棒に伝える水平リングギヤ(ロータリー)が自動車両の後端部に装架されており、このリングを通して、ケーブルに懸架されたケリー棒が殆ど地中一杯に伸びている作業中の状況が示されているから、引用刊行物のバケツトドリルにおいても「自動車両の後端に装架されたロータリー」の構成をもつことは、その記載上明らかである。

ニ、同号証によれば、引用刊行物のバケツトドリルにおいて、ガソリンエンジンの動力はリングギヤからケリー棒に伝えられ、ケリー棒の下端に組付けられたバケツトを回転させて鑽孔を行ない、バケツト中の土砂を排出するさい、バケツトはリングギヤのリングを通して上昇し、リング上方に離脱したのちバケツトおよびケリー棒は、孔の位置から外方へ揺り動かされ土砂を排出すること、断面正方形のケリー棒は駆動ヨーク内の正方形開口を通して滑動し、駆動ヨークはリングギヤの内径上にある二つのキー溝を通して滑動すること、したがつて、ガソリンエンジンからの動力は、リングギヤからその内径においてキー連絡する駆動ヨークに伝えられ、駆動ヨークからその正方形開口を貫通している断面正方形のケリー棒に伝達されるものであること、排土のためバケツトがリングより上方に離脱せしめられるとき、ケリー棒と右のように滑動自在に結合されているヨークは、ケリー下端のバケツトにより持ち上げられてリングギアのキー溝を上方に滑動しキー溝から離脱するものであることが、同刊行物の説明文および三枚の写真から理解される。

すなわち、このバケツトドリルも「ロータリーと分離自在のキー連絡をなすヨーク」という構成を具備するものであることが、引用刊行物の記載によつて明らかである。

以上、イ、ロ、ハ、ニの四点について、審決が引用刊行物記載の技術思想の認定を誤つたことを根拠とする原告の主張は失当である、

3  請求の原因四、(一)、(2)について

引用刊行物記載のバケツトドリルにおいて、リングギヤの内径上には二つのキー溝があることおよび駆動ヨークがこのキー溝を通して滑動するのであつて、駆動時には駆動ヨークがガソリンエンジンの動力により回転するリングギヤとこのキー溝によりキー連絡をして回転しケリー棒に同様の回転を与え、また、排土時には駆動ヨークが上方に持ち上げられてキー溝から離脱しケリー棒の駆動を止め、以下これを反覆するものであることは、前記認定により明らかである。

したがつて、その構成について、「リングギヤの内径上には、回転のさいに駆動ヨークが滑り込む二つのキー溝がある」として、結局そのバケツトドリルが本件発明の構成と同一に帰すると認定した審決には原告指摘のような誤りはなく、この点に関する原告の主張は採用できない。

4  請求の原因四、(二)について

甲第三号証の一の説明文および三枚の写真によれば、本件特許発明の要旨とする構成(請求の原因二に記載)は、すべて引用刊行物に記載されており、その記載は、本件特許出願当時における当業者がこの構成を具備する移動式鑽孔装置を実際に設計製作するに十分なほど詳細かつ具体的なものであると認めることができる。

原告は、引用刊行物の記事にもとづき本件特許の公報中「発明の詳細なる説明」および「附記」の項にあるような鑽孔装置を設計製作することが容易でないとして、審決の判断を攻撃しているが、旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第四条第二号(特許法施行法第二五条第一項適用)の適用上問題になる発明の実施とは、当該発明の要旨たる技術思想そのものの実施であつて、「発明の詳細なる説明」や「附記」の項に記載された単なる実施例についての実施ではないから、原告のこの主張は、単なる実施例を問題とするかぎり、その前提において失当である。

また、引用刊行物の国内頒布の日から、同刊行物記載の技術が実際に国内で実施されるまでに二年余を経たという事実があつたとしても、そのことからただちに、その刊行物の記載が「容易に実施しうる程度の記載」でないという結論を導きえないことはいうまでもないことである。

以上のとおり、審決の判断の誤りをいう原告の主張はすべて採用できず、審決には原告主張の違法はないから、その取消を求める原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担等につき民事訴訟法第八九条、第一五八条第二項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅正雄 杉山克彦 楠賢二)

別紙

本件特許第三一六七六八号発明は、昭和三五年二月一二日出願、同四〇年三月二〇日特許のもので、その要旨は、その明細書と図面の記載からみて、「自動車両と、車両に枢架され直立作動位置を有するブームと、このブームから回転自在に懸架されたケリーとを有する鑽孔装置に於て、自動車両の後端に装架されたロータリーと、ロータリーの回転運動がヨーク及びケリーに同様の回転を与える如くケリーに摺動自在に係合されこれと分離自在のキー連絡をなすヨークと、ケリーの下端に担持された中空の円筒形鑽孔バケツトとを包含することを特徴とする移動式鑽孔装置」にあるものと認める。

一方、甲第三号証の証明書により本件特許発明の出願前に国内に頒布された刊行物であることが認められる、甲第二号証の米国雑誌“Rock Product”一九五八年六月号の第一〇三頁、第一〇四頁、第一〇七頁、第一二〇頁、および第一二二頁には、次のようなバケットドリルが示されているものと認める。

「(1)大径の浅い穴を掘るロータリー機械で、(2)自動車の後部に直立したマストには一対のテレスコープ式ピストンシリンダ装置が付属し、(3)バケツトの吊上げおよび保持を計る二本のケーブルは複胴式巻き胴からマストを越えて延び、(4)カツターブレードと掘削土砂が入る長孔とを有する中空円筒形のバケツトはケリー棒の下端に取付けられ、(5)ケリー棒は駆動用ヨークの四角な孔に摺動自在に係合し、(6)ガソリンエンジンからの動力をケリー棒に伝達するリングギヤは自動車の後端から突出して水平に設けられ、(7)リングギヤの内径上には回転の際に駆動ヨークが滑り込む二つのキー溝があり、(8)リングギヤの内径はリング内を通つてバケツトが昇降できるようにバケツトの径より僅かに大きく、(9)バケツトから土砂を排出するためにバケツトおよびケリー棒を穴から離れた外方に横振れさせる横ブームおよび軽ケーブルを具えている。」

そして、(2)におけるマストにテレスコープ式のピストンシリンダ装置が付属することからみて、このマストは、従来の周知例(例えば甲第四号証および甲第五号証の米国特許明細書参照)におけると同様に、その基部が自動車に枢架されていて起倒自在になつているものと認められるし、また、この種ドリル機械における従来の技術常識(例えば、前掲の米国特許明細書参照)からみて、(3)におけるケーブルの自由端は、ケリー棒の上端に回り接手を介して連絡されていると解するのが妥当であると認められるし、さらに、(4)ないし(9)の事項からみて、バケツトがリングギヤのリング内を通つて下降した掘削時には、ヨークはリングギヤの回転運動がヨークおよびケリー棒に同様の回転を与えるようにリングとキー連絡するが、バケツトがリング内を通つて上昇した排土時には、ヨークはバケツトにより持ち上げられてリングギヤから分離するものと解される。

そこで、これら両者を対比するに、甲第二号証刊行物に示されたバケツトドリルは本件特許発明の要旨とする構成およびその作用効果の悉くを明らかに具備していると認められるから、本件特許発明は旧特許法第四条第二号に該当するものと認める。

すなわち、本件特許発明の特許は、旧特許法第一条の規定に違背して与えられたものと認められるから、特許法施行法第二五条第一項の規定によりなおその効力を有する旧特許法第五七条第一項第一号の規定により、無効と為すべきものとする。

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