大判例

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東京高等裁判所 昭和42年(行ケ)160号 判決

一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本件特許発明の要旨および本件審決理由の要点が、いずれも原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。また、各引用例が本件発明の特許出願前国内に頒布された刊行物であることは、原告の認めて争わないところである。

二 そこで、本件特許発明をもつて各引用例の記載から容易に推考しうるものとした本件審決の認定判断に、原告主張のような誤りがあるかどうかを検討する。

第一引用例に、鉄筋コンクリートの橋梁構築法に関し、「各区分における支持体を張出構造として、順次にその場所場所でコンクリート打設をして橋梁を構築して行く」点について、すなわち、いわゆる片持張出架設工法について記載があることは、原告の認めて争わないところである。

ところで、成立に争いのない甲第四号証の一から三までによると、第二引用例は、「鉄筋コンクリート桁橋の片持張出架設の可能性と利点に関する研究」という論文であるが、その一部に、「鉄筋コンクリート桁橋の片持張出架設の目的のためには、早強セメントを利用すべきであるが、さらに、加熱養生コンクリートまたは蒸気養生コンクリートあるいはフレシネーのいわゆるプレストレストコンクリートの利用が可能であろう。これらすべての方法は、区間ごとに前進する方式の作業を有効に達成させるであろう。」との趣旨の記載(五二頁左欄三八行から右欄三行まで)があり、片持張出架設工法にプレストレストコンクリートの技術を応用することの可能性を示唆したものであることを認めることができる。したがつて、これをもつて、単なる願望の表示にすぎないという原告の主張は正当ではないが、ひるがえつて、また本件審決が、第三引用例記載のフレシネーのプレストレストコンクリートの技術を参照すれば、「前に打設したコンクリート区分に後のコンクリート区分を打ちついで行く形式の橋梁の構築法において、コンクリートの硬化後にその中の縦動可能に配設された鋼材を緊張する」点について第二引用例にこれと同様の記載があるとした認定は、行き過ぎであろう。しかし、成立に争いのない甲第五号証によると、第三引用例は、「補強コンクリート製品の製造法」と称する特許発明の明細書であつて、いわゆるプレストレストコンクリートに関する技術を開示したものであるが、それは単にプレテンシヨン方式を説明したにとゞまらず、ポストテンシヨン方式についても言及しているのであつて、ポストテンシヨン方式に関しては、コンクリート製品の個々の単位部分を予めつくり、これを組立てて一体としたうえで補強部材に張力を加え、その全体に圧縮応力を与えて一つの製品とする方法が開示されていることを認めることができる。この場合後に張力を加えるべき補強部材は、コンクリート内部にあらかじめ縦動可能に配設すべきことは、当然考えられるところである。したがつて、このようなポストテンシヨン方式によるプレストレストコンクリート製品の製造技術を、区間ごとに前進する方式の鉄筋コンクリート桁橋の片持張出架設工法へ応用する可能性があることを示唆した文献がある以上、本件発明の要旨のうち、「コンクリートの硬化後にその中に縦動可能に配設された鋼材を緊張し」「後で打設されたコンクリート区分を前に打設されたコンクリート区分に鋼材の緊張によつて押圧する」という構成要件は、当業者において容易に着想実施することができる程度のものといわざるをえない。けだし、第三引用例の開示するポストテンシヨン方式によるプレストレストコンクリート製品の製造技術は、各コンクリート区分を組立てて一体としたうえで補強部材に一挙に張力を加え、全体に圧縮応力を与えて完成する方法ではあるけれども、これを橋梁の片持張出架設工法に応用するときは、前に打設したコンクリート区分に後のコンクリート区分を打ちついで行くつど、その内部に縦動可能に配設した補強部材(鋼材)を緊張して張力を加えることにより、前の区分に押圧し、順次これを繰り返して、圧縮応力を逐次全体に及ぼして行き、一体としての橋梁を完成するという工法に帰着することは、経験則に照らし当然の事理といわざるをえないからである。

なお、本件発明の要旨中、「突出した足場」を使用する点については、それがどのようなものであるかについて、本件発明の特許請求の範囲に何の限定もなく、原告の主張するところはその実施例の説明にすぎないことが、成立に争いのない甲第一号証によつて明らかである。また、橋梁の片持張出工法においては支保工を用いず、したがつて何らかの作業足場を突出させて施工すべきものであることが、成立に争いのない甲第三号証(第一引用例)の記載によつて明らかであるから、本件発明は「突出した足場」を用いる点においても進歩性がある旨の原告の主張は失当である。

してみると、本件審決理由は、その措辞必ずしも適切ではないが、本件発明の各構成要件は第一ないし第三引用例から当業者の容易に推考しうる技術事項の範囲内のものであり、ひつきよう、本件発明は、各引用例を総合して当業者の容易に着想しうるところであるから、旧特許法第一条にいわゆる発明を構成しないとした結論において正当であるといわなければならない。

なお、橋梁の片持張出架設工法においてポストテンシヨン方式によるプレストレストコンクリートの工法を採用するについては、この基本的技術思想に加えて、なお解決されるべき技術上の問題点が多々あるであろうことは、容易に推測できるところであるが、本件発明がこれらの問題点を解明したものでないことは、その要旨および甲第一号証の記載に徴して明らかであるから、その点にまで立ち入つてせんさくすることは、無用のことである。

三 よつて、本件審決を違法としてその取消を求める原告の本訴請求は、失当であるから棄却する。

〔編註〕 本件における請求原因は左のとおりである。

一 特許庁における手続の経緯

原告は特許第二二四三〇六号「鋼骨コンクリート製橋梁製作法」の特許権者である。この特許権は、原告が、一九四八年四月二二日フランス国で、一九五〇年七月六日ドイツ国で、それぞれした特許出願に基づき日独工業所有権協定第一条の規定による優先権を主張して、昭和二九年一〇月二六日特許出願をし、昭和三一年四月二七日出願公告され、同年七月三一日設定登録されたものである。被告は、昭和三六年七月三一日この特許の無効審判の請求をし、同年審判第四一一号事件として審理されたが、昭和四二年一〇月一八日「本件特許はこれを無効とする」旨の審決があり、その謄本は同年一一月二二日原告に送達された。

二 本件特許発明の要旨

鋼骨コンクリートより成る橋梁の製作法において、橋梁の各区分における密実壁性あるいはフレーム状主支持体を片持張出構造として、突出した足場によつて順次にその場所場所でコンクリート打設をして固め、この区分のコンクリートの硬化後に、その中に縦動可能に配設された鋼材を緊張し、これによつてこの区分を前に作られた区分に押圧することを特徴とする橋梁製作法(別紙図面(〔編注〕省略)参照)

三 本件審決理由の要点

(一) 本件特許発明の要旨は、その明細書および図面の記載からみて、前項記載のとおりのものと認める。

(二) 一方、本件発明の特許出願前日本国内に頒布された次の各刊行物がある。

(1) 「エンジニアリング・ニユーズレコード」(Engineering News Record)(以下「第一引用例」という。)

(2) 「ベトン・ウント・アイゼン」(Beton und Eisen)(以下「第二引用例」という。)

(3) 特許第九六二五四号明細書(以下「第三引用例」という。)

(三) そこで、本件発明とこれらの引用例とを比較検討すると、「各区分における支持体を張出構造として、突出した足場によつて順次にその場所場所でコンクリート打設をして橋梁を構築して行く」点については、第一引用例にこれと同様のことが記載されており、「前に打設したコンクリート区分に、後のコンクリート区分を打ちついで行く形式の橋梁の構築法において、コンクリートの硬化後にその中に縦動可能に配設された鋼材を緊張する」点については、フレシネーの鋼弦コンクリートについてその内容が明らかにされている第三引用例の記載をも参照して、第二引用例にそれと同様のことが記載されており、また、「後で打設されたコンクリート区分を、前に打設されたコンクリート区分に鋼材の緊張によつて押圧する」点については、第二引用例の前記のような記載および第三引用例の「コンクリート製品の各別の単位を張力を加えた補強部材で互いに接触させて圧縮するいわゆるプレストレスト工法」についての記載から、当業者が容易に推考できることと認められる。

本件特許発明は、以上の各点の結合からなるものであるが、これらの点がいずれも引用例に記載されたものか、あるいはそれらから容易に推考できるものであり、しかもこれらの引用例はコンクリート橋梁の構築法およびフレシネーの鋼弦コンクリートに関するものであつて、互いに関連の深い技術分野に属するものであるから、これらの技術を結合するようなことは当業者が格別発明力を要しないで容易に想到できることと認められる。したがつて、本件特許発明は旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第一条の発明を構成せず、本件特許は無効とすべきものである。

四 本件審決を取り消すべき事由

本件審決理由のうち、本件特許発明の要旨の認定、各引用例が本件発明の特許出願前国内に頒布された刊行物であること、第一引用例に審決認定のような技術事項(ただし、「突出した足場」の点を除く)の記載があることは、いずれも争わないが、その余の引用例に審決認定のような記載があり、またこれから当業者が容易に推考しうるとする技術事項の認定は争う。本件審決はこれら引用例記載の技術事項の認定を誤り、したがつて、その進歩性の判断を誤つたもので、違法である。

本件特許発明の特徴は、その要旨に徴しても明らかなように、橋梁の構築にプレストレストコンクリートの技術を導入して、橋梁の施工区分を分けて順次にその場所場所でコンクリート打設をし、その際コンクリート内部に鋼材を縦動可能に配設しておき、ある区分のコンクリート硬化後に鋼材を緊張して当該施工区分をその前の区分に押圧し、このように順次圧縮力を付与し、橋梁全体に圧縮応力がかかるようにした橋梁の構築法である。これによつて従前六八米程度とされていた径間長の限界を突破して、長大な橋梁の建設を可能にしたものである。

ところで、第一引用例記載の橋梁構築法は、区間ごとの片持張出架設工法であることは審決のいうとおりであるが、それは普通鉄筋を用いたコンクリート橋に関するものであつて、プレストレストコンクリートの技術を用いることを示唆するものではなく、また、これに本件発明における突出した足場を用いることも開示されていないものである。

第二引用例記載の論文の趣旨は、片持張出工法による橋梁建設においては一般に径間長が増大するにつれて自重が急増して行くため、径間長をなるべく大にするにはどうすればよいかというものであつて、そのなかで単に、将来技術的問題点が解決されればプレストレストコンクリートの技術を片持張出工法に適用することができるかもしれないという願望を表わし、プレストレストコンクリートと橋梁構築との関連について単に課題を設定したものにすぎず、そのための技術的解決手段を示唆するものは何もない。したがつて、本件審決が、第二引用例に、片持張出工法においてコンクリートの硬化後にその中に縦動可能に配設された鋼材を緊張する点について、それと同様のことが記載されていると認定したことは誤りである。

第三引用例は、プレストレストコンクリートに関する古い基本的発明であるが、この基本的技術を特定の技術分野に応用するにはそれぞれの創意工夫を要するものである。しかも、それは主としてプレテンシヨン方式に関する技術を開示しているのであつて、本件発明のようなポストテンシヨン方式に関する説明は、柱、枕木等の比較的短小なコンクリート製品の製造法に限られ、本件発明のように大きな応力に耐えるべき長大構築物に応用して、経時的に区分ごとに緊張を加え順次全体を完成するような技術思想は全く見ることができない。それは単に、製品を予め部分に分けてつくつておいて、後に全体を組立てて緊張を与えて圧縮し、一個の製品を完成するという方式を開示しているに止まる。

各引用例の開示している技術内容は以上のようなものにすぎないから、これらをどのように総合検討してみても、本件特許発明のようなコンクリート区分ごとに鋼材を緊張して前の区分へ順次押圧するというポストテンシヨン方式による橋梁構築法を容易に着想実施することはできないといわざるをえない。これを示唆する引用例は何もないからである。

そればかりではなく、前に述べたように、本件発明で用いる突出した足場を示唆する引用例もない。本件発明の突出した足場とは、明細書の発明の詳細な説明の項および図面の記載によつて明らかなように、平行した鋼鉄支持体を何本か有する可動の物体を、建設中の片持梁の既に完成した区分の上におき、約一区分の巾だけ完成部分の端部から突出させ、そこにコンクリート打ちのための型枠足場を吊す構造のものである。そして、これを各施工区分が完成するつど前方に移動して行くのであり、橋梁の構築にこのような足場が用いられた例はなかつたものである。本件発明は、片持張出工法をこのような足場との組合わせによつて行なう点においても進歩性があるものであつて、本件審決はこの点についても事実を誤認し、進歩性の判断を誤つたものである。

以上のとおり、本件審決は、各引用例記載の技術事項の認定を誤り、ひいて本件特許発明の進歩性の判断を誤つたものであつて、違法である。

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