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東京高等裁判所 昭和43年(う)2416号 判決 1969年7月31日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年六月に処する。

ただしこの裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

原審および当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人土井水市作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用し、これに対してつぎのとおり判断する。

第一、弁護人控訴趣意第一点の1(事実誤認)について。

<前略>

(1)  所論は、セントラル日産モーター株式会社(以下セントラル日産又は会社という)のコミッション・セールスマンである被告人の地位、身分は、原判決にいう、「会社の委託を受け、自動車の販売・代金の集金・保管等の業務に従事していたもの」ではなく、独立の個人的事業として、その営業を営んでいたものであるという。

しかしながら、被告人の会社における地位、身分に関して原判決が認定するところは、その証明十分である。以下、その主要な理由を列挙すれば、

(イ) セントラル日産には、自動車の販売外交員として、コミッション・セールスマンとハウス・セールスマンがあり前者は、販売第一課に、後者は、販売第二課に所属している。ハウス・セールスマンが、月給制であるのに対しコミッション・セールスマンが、歩合給であるという相違がある。被告人をふくむコミッション・セールスマンの収入は、販売補助費と販売手数料の二つであつて、会社から、毎月、「給料支給明細書」という表題で、この販売補助費と販売手数料が支給されている。(当裁判昭和四三年押六一六号の二六―六〇)

(ロ) セントラル日産と被告人との間の基本契約は、「業務の委託に関する契約書」である。その第三条には、

乙(被告人)は、本契約による受託事務の処理に当つては、甲(会社)に対し、所定の業務報告をなし、かつ、受け取つた金銭書類および物品等があるときは、遅滞なくこれを甲(会社)に引き渡すべきものとする

と規定されている。

(ハ) セントラル日産は、いわゆる代理店を原則として持たず、前記セールスマンとは別に、販売協力店というものを七〇社位おいていた。この販売協力店は、少くとも一つの店舗と認定工場を持つて、販売員を二名以上持つところという資格が要求され、販売協力店契約書(前同号の二四)が、取り交わされている。

これらの事実からいつて、被告人の会社における地位、身分は、原判決認定のとおりであるというべきである。

(2)  所論は、「①コミッション・セールスマンに対しては、退職金も、失業保険も認められていないし、②被告人は業務遂行にあたつて、私的な使用人を使つていた」ことを挙げているが、これらの事実があつたとしても、右の結論に変更は来たさない。

なお、所論指摘のとおり、会社当局が、コミッション・セールスマンである被告人らに対して、時として「君達は代理店である。」とか、「君達は、労働者ではなく、独立の企業者である。」とか言明した事実も、うかがわれないではないが、これらの言辞は、あくまでも、自動車の販売を促進させるための、コミッション・セールスマンに対するしつた激励の言葉として受け取るのが相当であつて、この事実があつたからといつて、右の結論が違つてくることはない。

なお所論は、「所得税についても、給与所得としてでなく、個人の事業所得として納税していた」というが、被告人の原審第一〇回公判期日における供述(記録二冊五六四丁以下)によれば、実は、そうではなく、「被告人は、所得税の確定申告をしていたのであり、個人事業税を納めていたのではない」ことが明らかである。

(3)  被告人は、原審公判廷で、

被告人は、代理店業務を、会社内で行つていたのである。被告人は、主として業者から注文を受け、セントラル日産から被告人が新車を買い取つて、これを右の業者に売つたのである。

被告人対右業者との取引条件と、被告人対セントラル日産との取引条件との間には、相違がある。つまり、セントラル日産との間の取引条件は、アレンジされている。

そして、対セントラル日産だけの取引条件により、自動車がセントラル日産から出庫されている。

被告人が、業者に販売して得た代金は、いつたん被告人の当座預金口座に入金され、セントラル日産との間では被告人振出の小切手で、月二回清算していた

旨供述している。

なるほど、本件自動車販売の実態を眺めるとき、セントラル日産では、被告人の差し出す注文書を、或は被告人を、信用して、自動車を出庫し、被告人の販売代金納入方法も、被告人の供述するとおりであつたことが認められないではない。

ことに、右注文書(前同号の七一、七二)たるや、被告人のいうとおり、いわゆる「アレンジ」されたものであり、かつ、注文者の氏名の押印のないものが多数あり、注文者の氏名も、被告人の使用人である谷地正成といつた、真実の注文者(買主)でない氏名が使われており、セントラル日産側でも、これらのことを十分承知していたことも、またうかがわれないでもない。

このように、セントラル日産の、コミッション・セールスマンとしての被告人に対する取扱は、極めてルーズな、従つてまた、ある意味では、被告人を信頼した取扱がなされて来たために、コミッション・セールスマンとしての被告人に、独立の個人事業的色彩が若干出て来たまでであるとみるべきである。この色彩の故をもつて、被告人の会社に対する立場の基本的性格が変つて来ているものと解するにはほど遠いのであつて、コミッション・セールスマンとしての被告人が、独立の代理店業務を営んでいたものと解することはとうていできない。論旨は理由がない。

第二、同控訴趣意第一点の2、3(事実誤認)について。

所論は、「被告人が集金した新車販売代金は、原判決にいうように、会社の所有に属する金員ではない」という。

(1)、被告人と会社との間の契約内容は、売買ではなく、販売の委託とみるべきことは、前段に詳しく述べたとおりである。本件の場合、被告人は集金した新車販売代金を、被告人の金子智一名義の芝信用金庫当座口座にいつたん入金し、会社に対しては、被告人振出の小切手で支払つていること、および、右販売代金は、本来遅滞なく会社に引き渡すべきもので、その性質上、当該事務処理の目的の場合を除いては、他に流用することは許されない種類の金員であることが、右証拠上明らかである。

そこで、問題は、被告人名義の当座預金口座に入金された、右販売代金の帰属如何にある。

本件の場合、当座預金口座への入金および会社に対する支払等について、具体的事情を検討してみる必要がある。

(2)、原判決が、その判断過程の中で掲げる証拠によると、

(イ)  被告人が、原判示六か月間に、右当座預金口座に入金した金員ならびに、合計額に対する比率を表にして示せば、

①売掛金(新車販売代金)二六五一万円余、          五二%

②中古車(会社と関係ないものも含まれている)………………二八〇万円余

③他車種  一一二二万円余

⑥雑     一二五万円余

⑦合計   五〇八三万円余

であり、

(ロ)  被告人の供述することによれば、この期間に、被告人が、現実に新車を販売し、かつ集金しながら、実際には会社に納入しなかつた金額は、一二〇〇万円の多額に上るのである。ちなみに、被害届によるときには、被告人の会社に対する未納代金は、一四三一万円余になつている。

(ハ)  被告人が、当座預金口座を利用していたのは、それなりの必要があつたからである。すなわち、被告人は、自動車販売店を対象とする、いわゆる「業販」という方法で、自動車を販売しており、月々の販売台数も多く、立替金のこともあつたり、被告人のやりくりもあり、その他の理由もあつて、当座預金口座を利用していたのであり、会社側も、被告人振出小切手による自動車販売代金の決済を認めて来た。

この点、原判決が、「販売代金の保管方法の一として、これ(当座預金口座の利用、被告人振出小切手による会社への納金)を認めていたに過ぎないと認められる」とするのは、所論指摘のとおり、ことの真相を把握したものとは、いい難い。

(ニ)  会社への販売代金納入は、月二回、被告人振出小切手で、清算していたことが明らかである。

(3)、およそ、委託者である会社から新車販売という一定の事務の委託を受け、その事務処理の過程において、委託者のために集金した新車販売代金は、原則として、受領すると同時に、委託者の所有に帰し、受託者は、これを引き渡すまでは委託者のために占有するという関係に立つものであつて、これを、会社に無断で或は正当の理由なく、自己の預金に振り込むときは、そのこと自体によつて、すでに業務上横領罪が成立する筋合のものであると解すべきである。ところが、本件の場合には、前項に説示のとおり、集金した自動車販売代金を被告人の当座預金口座に入金すること、および会社に対するその引渡は、右口座を利用して被告人振出の小切手によることを、引き続き、会社が黙認してきたという特殊な事情が認められるのである。しかも、前記のとおり、原判示の六カ月の間に、被告人の右当座預金口座に入金された合計金額のうち、会社のための新車販売代金の占める割合は五二%にすぎない(第二(2)(イ)①)。全く会社に関係のないものが少くとも四二%(同③ないし⑥)にも及ぶのである。

(4)、なお原判決は、弁護人の主張に対する判断の項において

「被告人の当座預金口座には、①会社の金員、②会社とは関係のない取引に関する金員、③被告人の借入金等が入金されているのであるから、被告人が支払わせて原判示小切手金は、保管中の会社の金員から支出されたのか、被告人の金員から支出されたのか、分明でない。結局横領の証明がないことに帰する」という弁護人の主張に対して、

結論として、被告人は、保管中の会社の金員より原判示小切手金を支出したものと認めるべきであるから、横領罪を構成する

と判示しているが、その判断過程において掲げる証拠と、原判決添付の別紙犯罪一覧表とをし細に照らし合わせて検討すると、必ずしもそうとはいえない。例えば、別紙犯罪一覧表番号54、69に関する当座口座の出し入れと別紙犯罪一覧表の該当番号欄とを、かみ合わせてみると右番号54、69については、「被告人は、保管中の会社の金員から原判示小切手金を支出したものでない」ことが、明白である。

(5)、以上詳記したような事情の認められる本件にあつては、被告人が集金した自動車の販売代金自体は、会社の所有に帰するが、それが一旦被告人名義の当座預金に入金された暁には、その預金債権は被告人のものとなり、最早会社の所有に属するものではないと解するのが、相当である。そうしてみると、原判決が、被告人において販売代金を集金して金子智一名義で芝信用金庫に預金した当座預金をも被告人の占有する会社の所有物であると判示したのは、事実を誤認したのか、法律の解釈適用を誤つたか、そのいずれかであり、この誤りが、判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は、破棄を免れない。論旨は、理由がある。

第三、破棄自判

以上のとおり、本件控訴は、理由があるから、刑訴法三九七条一項、三八二条、三八〇条により原判決を破棄した上、同法四〇〇条但書に従い、当裁判所は、ただちに自判する。

本位的訴因である業務上横領の犯罪事実については、これを認めることができないことは、前記説示のとおりである。

当裁判所の認める罪となるべき事実は、当審においてなされた訴因の予備的追加に基く、つぎのとおりの事実である。

一、罪となるべき事実

被告人は、昭和四一年三月一日から東京都港区芝二丁目五番一〇号所在セントラル日産モーター株式会社の販売外交員として、同会社の委託を受け、同会社のために自動車の販売、代金の集金等の事務を処理していたものであつて、顧客から受領した自動車販売代金を同都港区芝公園五号地の二芝信用金庫に金子智一名義で一時当座預金していたのであるが、前記会社との契約により右販売代金を遅滞なく、同会社に納入すべき任務を有していたものであるところ、これを自己の飲食代金支払等に充てるときには、被告人の当時のひつばくした金のやりくりからみて、右集金済の販売代金の納入に支障を来たして、同会社に損害が生ずることを認識しながら、昭和四一年三月一日頃から同年九月七日頃までの間、別紙一覧表記載のとおり、前後九三回にわたり、いずれも同都内において、自己の飲食代金支払等被告人の利を図る目的をもつて、右任務に背き、川合正一郎、ほか一四名にあてて小切手合計九三通(額面合計二二六万〇六三〇円)を振り出して同人らに交付し、同年三月四日頃から同年九月一六日頃までの間その都度前記信用金庫の当座預金から小切手金の払渡を受けさせ、その小切手金の金額だけ会社に対するその納入を不能ならしめ、もつて前記会社に対し合計金二二六万〇六三〇円相当の損害を加えたものである。

証拠の標目<省略>

三、法令の適用

判示所為。    刑法二四七条、懲役刑選択

刑の執行猶予。   〃二五条一項

原審・当審の訴訟費用負担。  刑訴法一八一条一項本文。

(江里口清雄 上野敏 横地正義)

原審判決の主文ならびに理由

主文

被告人を懲役二年に処する。

但し、本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四一年三月一日から東京都港区芝二丁目五番一〇号所在モントラル日産モーター株式会社の販売外交員として、同会社の依託を受け、自動車の販売、代金の集金、保管等の業務に従事していたものであるが、顧客から受領した自動車販売代金を同都港区芝公園五号地の二芝信用金庫に金子智一名義で一時当座預金として、これを同会社のため業務上預り保管中、犯意を継続して別紙一覧表記載のとおり、同日頃から同年九月七日頃迄の間、前後九三回にわたり、いずれも同都内において、ほしいままに飲食代金の支払等自己の用途にあてるため、同都港区芝二丁目一六番四号川合正一郎外一四名にあてて小切手合計九三通(額面合計二、二六〇、六三〇円)を振出し交付し、同年三月四日頃から同年九月一六日頃迄の間その都度前記当座預金から右小切手金の払渡を受けさせて合計金二、二六〇、六三〇円を横領したものである。証拠の標目<省略>

(弁護人の主張について)

一弁護人は、被告人は販売外交員ではあるが、セントラル日産モーター株式会社(以下単に会社という。)のいわゆる社員ないし従業員ではなく、独立の販売代理店であるから、被告人が販売した自動車の代金は被告人の所有に属し、被告人は会社に対し、会社との間に取り決めた金員を支払う債務を負うに過ぎず、従つて、他人の金員を保管していたものではないから、たといこれをほしいままに費消したとしても横領罪は構成しないと主張する。しかしながら、被告人が会社の社員であると否とを問わず、被告人と会社との間の自動車の取引に関する関係は前掲各証拠殊に業務の委託に関する契約書によれば、会社が被告人に対し自動車の販売を委託しているものと認められ、殊に右契約第三条によれば販売代金を集金したときは遅滞なく会社に引渡すべきものとされているととから、集金された販売代金は集金と同時に委託者たる会社の所有に帰すると見るべきである。弁護人の右主張は理由がない。

なお、弁護人は、会社では仕切制度なるものがとられていたので、被告人と会社との間の自動車の取引関係は、売買とみるべきであると主張するかの如くであるが、証人黒沢正義等の供述によれば弁護人の主張する仕切制なるものも特異な手数料計算の一方法に過ぎず、これをもつて両者間の取引関係を売買とみることは到底出来ないから、右主張も理由がない。

更に、弁護人は集金した金員は、被告人名義の当座預金に振込まれ、会社に対しては被告人振出の小切手で支払うことを認められていたのであり、又右当座預金には被告人個人の金員等も振込まれていて右と混同しているから、右当座預金に振込まれた販売代金は被告人の所有であると主張する。たしかに弁護人主張の如く、被告人は集金した販売代金を被告人の金子智一名義の当座預金に振込み、会社への支払については被告人振出の小切手を振出していたことが認められる。しかしながら、証人黒沢正義、下赤恒雄等の供述によれば会社としては飽くまで集金した販売代金をそのまま納入すべきことを定めていたのであるが、販売競争の激化に基づく資金繰りの窮迫等のため、当座預金口座の利用を便宜とする販売外交員の要求に押され、やむなく同人等振出の小切手を受け取つていただけに過ぎず、販売代金の保管方法の一としてこれを認めていたに過ぎないと認められるから、この事実をもつて集金した販売代金は会社の所有に属するとの前記認定を覆すことはできない。又被告人の金員との混同によつても金銭の特性からして会社の金員である性質は失われないと解すべきであるから、弁護人のこの点に関する主張も採用できない。

二、次に、弁護人は、被告人金子の当座預金には会社の金員のみならず、被告人の会社とは関係のない取引に関する金員、被告人の借入金等も入金されているのであるから、被告人が払渡させた判示小切手金は被告人の金員から支出されたのか、保管中の会社の金員から支出されたのか分明でない。結局横領の証明がないことに帰すると主張する。しかしながら、被告人の供述するところによれば被告人作成の当座預金入金明細中のセントラル日産売掛金欄掲上の金額は金銭出納帳より会社の新車の販売代金の集金したものを抽出したものであるというのであるから、当然右金額は前述したところにより会社の金員であると認められる。(被告人の供述によれば右入金明細中の中古車代金欄記載の金額中には会社に納入すべきものが含まれているが、同欄中には会社とは関係のない中古車の取引に関するもの等も含まれていると認められるので、このなかから会社に納入すべき金額を明確に区分し難いから全額会社の金員でないものとして計算するより外はない。)従つて、前記当座預金入金明細、金銭出納帳及び被告人の当座預金口座台帳写を個々的に対照すれば、被告人の当座予金口座台帳の入金欄に掲上の金員中の会社の金員を認定することができる。(例えば、三月一日入金の二〇〇、〇〇〇円は会社の金員、三月三日入金の四八五、〇〇〇円中一六〇、〇〇〇円は会社の金員、残額三二五、〇〇〇円は会社に関係のない金員、三月五日入金の三〇〇、〇〇〇円及び一二、一三〇円は会社の金員、三月七日入金二三五、八七五円及び一六〇、〇〇〇円三月一二日入金の二四〇、〇〇〇円、及び一二、九〇〇円はいずれも会社に関係のない金員、三月一五日入金の六四一、七二〇円は会社の金員、五、〇〇〇円は会社に関係ない金員、同じく三月一五日入金の一〇〇、〇〇〇円、二五、〇〇〇円、三〇、〇〇〇円、三月一六日入金の五〇、〇〇〇円はいずれも会社に関係ない金員、三月一九日入金の三九〇、〇〇〇円と二七〇、一六〇円の合計額中五一一、七二〇円は会社の金員、残額一四八、二八〇円は会社に関係ない金員等)又、被告人の供述、被告人の司法警察員に対する昭和四一年一二月一二日付供述調書及び押収の小切手帳を綜合すれば、被告人の当座預金よりの支出金中会社に入金されたもの又は会社のために支出されたもの(使途不明のものは会社に入金されたものとして計算する外はない。)と、被告人の個人的用途等会社に関係ない用途又は会社の承認しない用途等で会社に関係ない収入より支出すべきもの(以下単に会社に関係ない支出と総称する。)とに分類し得る。(例えば三月一五日迄の支出中三月八日支出の一四三、〇〇〇円、同月一二日の五、〇八〇円、同月一五日支出の二二、〇〇〇円は会社への入金、三月三日支出の二〇、〇〇〇円は使途不明故会社への入金として計算し、その他はすべて会社に関係のない支出と認められる。)以上認定の収入支出を綜合すれば、(別紙収入、支出一覧表参照)本件係争の各支出が会社の金員より支出されたものか否かを認定することができる。即ち、三月四日支出のクラブストックヘの七、〇〇〇円(別紙犯罪一覧表番号(1))については支出の直前迄の会社に関係のない支出の合計は九四八、七七九円である。而してこの時迄の会社に関係ない収入金の合計は二月二八日より繰越残高三六六、二四〇円を含め六九一、二四〇円であるから、到底右支出金を賄い切れないのであつて、右支出は会社へ納入するため保管中の会社の金員三六〇、〇〇〇円を費消して漸く支払い得たものである。従つて番号(1)の金員は会社の金員で支払つたものと認むべきである。番号(2)以下についても同様に、右金員が支出される直前迄に支払われた会社に関係のない支出の合計は、その時点迄の会社に関係ない収入金を超えていることは計算上明らかであり、従つて、判示小切手金の支出は保管中の会社の金員を使用することなくしては支払い得なかつたのであり、従つて、被告人は保管中の会社の金員より右金員を支出したものと認めるべきであるから、横領罪を構成する。(なお、この点小切手払渡の時点ばかりでなく、小切手払出の時点をとつても同様である。ただ三月一日のクラブストックヘ振出した分については、小切手振出の時点においては会社に関係ない収入と認められる三六六、二四〇円の繰越残高があつたので右金員より支出し得た如くであるが、二月二八日以前に振出した小切手の合計金額は九六五、七七九円あり、右残高を遙かに超過していたのであるから、三月三日に入金となつた会社に関係ない収入三二五、〇〇〇円を予定していたにしても、三月一日入金になつた会社の金員二〇〇、〇〇〇円及び三月三日入金の会社の金員一六〇、〇〇〇円を予定しての支出と認めざるを得ない、従つて、この分も横領罪成立の範囲から除かれるべきではない。)

(法令の適用)

刑法第二五三条、第二五条第一項、刑事訴訟法第一八一条第一項本文。

(量刑の事情)

被告人の横領金額は多額にのぼるが、被告人は販売外交員として会社の業績をあげるため努力したと認められ、その販売実績は同会社の販売外交員中常に一、二位を下らなかつたこと、本件横領行為により費消した金員中には会社の承諾を得ていないとはいえ、販売拡張のための接待費も含まれ、被告人自身の遊興のためだけとは認められないこと、本件横領が発生するに至つた原因について当時自動車の販売競争が激甚であつた状勢下においてセントラン日産モーター株式会社が販売実績を挙げることのみに腐心し、販売の管理について欠けるところがあつたと認められること(例えば、販売外交員が集金した販売代金を販売外交員の当座預金に預け入れ、セントラル日産モーター株式会社に対する納金は販売外交員振出の小切手でしていることを知りらがら適切な監督ないし監査をしていなかつたと認められること、顧客に対する販売契約の内容は会社に対する報告と異なるものであることを十分窺知していたと認められるのにこれに対し何等の措置も採つていなかつたと認められること、販売代金集金後の納金の管理が十分でなかつたこと、自動車の販売について殆ど必然的に随伴する中古車の引取、販売等の管理が十分でなかつたこと等)等の事情は被告人の刑責を考えるに当つて十分斟酌すべきものと認められる。よつて、本件被告については現在民事訴訟係属中であり、未だ被害回復の措置はとられていないけれども、右諸事情を考慮して執行を猶予するのを相当と認め主文のとおり量刑する。(昭和四三年九月二四日 東京地方裁判所刑事第二〇部第三係)

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