大判例

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東京高等裁判所 昭和43年(う)2544号 判決

被告人 清水澄男

〔抄 録〕

論旨は要するに、原判決は被告人が手拳をもつて堀口弘の右眼瞼部を一回殴打し(よつて右下眼瞼皮下出血の傷害を与え)たため、当時同人が罹患していた右前、中(および後)大脳動脈血栓症を悪化させた結果同人をして急性脳腫脹により死亡させたとの事実を認定しているが、被告人は同人の右下眼瞼部を殴打したことはなく、したがつて右傷害を与えたこともなく、また、仮りに被告人が右暴行を加えたとしても、これと堀口の死亡との間に因果関係は認められないから、本件を傷害致死罪をもつて処断した原判決には事実誤認等の違法があるというに帰着する。

そこで記録を調査して考察すると、原判決認定事実中、被告人の堀口弘に対する原判示暴行の事実および同人が原判示日時場所において原判示急性脳腫脹により死亡した事実は肯認できるが、右暴行と死亡との因果関係については、これを確認できる証拠はないから、これを肯定した原判決は事実を誤認したものと認められる。すなわち

一、原判決挙示の証拠中証人小林二郎(一、二回)同志村弘道、同工藤達之、同上野正吉の各供述、医師志村弘道作成の死体検案書、鑑定人小林二郎、同上野正吉各作成の鑑定書を除くその余の各証拠によれば、

被告人は昭和三五年六月以来茨城県技手として水戸市北三の丸一一九番地所在の同県庁本館三階にある企画開発部統計課庶務係に配属されて自動車運転手をしていたものであるが、昭和四〇年一二月二八日午前一一時四〇分過頃、右統計課において同課全職員による年末恒例の反省会が催された際、酔余右反省会の幹事をしていた堀口弘(当時四三年)と些細のことから喧嘩口論となり、同人から顔面を手拳で殴打されたことに憤慨し、直ちにその場で手拳をもつて同人の右眼瞼部を一回殴打し、さらに靴ばきのままその下腿部を二回位足蹴りにする暴行を加えた事実が認められ、各所論は、被告人が堀口の右眼瞼部を殴打した事実を否認し、右暴行そのものを目撃した者はいないが、犯行現場に居合せた横田正弘、植田仁、木村みつい、大内春枝、山中光は、いずれも原審証人として、また植田仁は検察官に対してそれぞれ間接的に被告人の右暴行の事実を裏付ける供述をしており、堀口栄子は原審証人として同日午後三時頃帰宅した夫(堀口弘)の顔をみると、右目の下付近がはれたようになつていたのを認めた旨の供述をしているのであつて、これを被告人の司法警察員に対する各供述調書(自白)(論旨はその任意性、信用性を非難するが、被告人を取り調べた証人清原和夫、同渡辺晃および被告人の原審各供述によりその任意性が認められるのみならず、他の関係証拠と対比しその信用性を肯定できる。)を綜合すれば、被告人の前記右眼瞼部殴打の事実を肯認できるから、所論は採用できない。

二、また、原判決は、判決理由中「被告人の前判示暴行と被害者堀口の死との因果関係について」と題する項において、被告人が堀口の右眼瞼部を手拳で殴打したことにより同人に対し右下眼瞼皮下出血の傷害を与えた旨判示し、これをうかがわせるような証拠もないではないが、右傷害は本件の訴因中に明示されていないばかりでなく、その程度を確認できる証拠も存しないから、本件につき傷害の事実を肯定することはできない。

三、次に原判決挙示の証拠中、前記除外証拠によれば、堀口は同四一年一月四日午後八時四〇分頃水戸市細谷本郷町二三〇番地の自宅において急性脳腫脹のため死亡した事実が認められ、本件起訴状記載の公訴事実(本位的訴因)は、同人の死因を外傷性脳浮腫を原因とする脳圧迫症とするが、これにそう医師志村弘道の死体検案書は、上野正吉の鑑定書などにてらし信用し難く、他にこれを肯認できる証拠はない。

四、そこで被告人の暴行と堀口の死亡との因果関係につき考察すると、原判決は、その挙示する鑑定人小林二郎、同上野正吉作成の各鑑定書中、特に上野正吉の鑑定書を有力な根拠として、堀口の死因とみられる急性脳腫脹は、被告人の右眼瞼部殴打の暴行により同人が当時たまたま罹患していた右前、中(および後)大脳動脈血栓症を悪化させた結果惹起されたものであると認めて、両者の因果関係を肯定したものであることは、判文上明らかであるが、上野正吉の鑑定書は、「本件被害者堀口弘の死因は急性脳腫脹であり、その原因は不詳であるが、最大の可能性は右前、中(および後)大脳動脈血栓症であろう。」といい、被告人の本件暴行と本件死因となつた急性脳腫脹との間には「直接的因果関係の存しないことは略明らかであるとしても、間接的因果関係までも否定しうるものではない」としながら、他方「本件では軟化巣の組織学的検査でグリヤ細胞の増殖が認められているところから、血栓症的病症が本件以前から存在していたものと認められ、本件外力(一二月二八日)のあつた数日後から頭痛、悪心等の症状を発してきたことからすれば、外力の関与を考えせしめるに近いものであるが、かかることが現実に発生したとするには、これを裏付る解剖学的の証拠があまりにも貧弱であることも事実である。これは本症が外力と無関係に病症の自然的経過により悪化の途を辿つたという可能性も同様に存在しうるということになる。結局本件外力と死との因果関係の存在は否定できないが、さればといつてこれを積極的に肯定する根拠にも乏しいということである。」としているのであつて、これを全体としてみれば、右上野正吉の鑑定書は被告人の暴行と被害者の死亡との因果関係を肯定するに十分な資料とはなしえない疑いを容れる余地があり、また小林二郎の鑑定書は、「本屍の死因となつた右大脳のヘルニエーシヨンと右眼瞼部打撲との因果関係が問題となつてくる。……外力が効果的に大小脳境介部に作用し、脳幹部を小脳天幕により軽度に捻挫し、ために同所が腫脹し血液の循環障害をきたし、右側大脳は腫脹増大し、逆に脳幹部の腫脹を更に激しくしたのみでなく、小脳天幕孔より脳幹部の脱出、ヘルニヤを起し、脳幹より右大脳の軟化をみたと思われる。……しかしこれを外力とするには余り他に出血などの所見が少く、外に脳腫瘍なども考えられるので組織検査を行つたが、同所には皮質実質とも全く壊疽状の組織にして、その周囲組織にも腫瘍細胞(神経腫、癌など)は認められない。……よつて稀有の症例ではあるが、外力を考える外に原因はないと思われる。」としているが、このような見解にも、上野正吉の鑑定書が指摘するところに照らして疑問があるものというべく、却つて原審の取り調べた工藤達之の鑑定書は、「顔面打撲と広汎な右大脳浮腫の……関係をみとめ難い。かりに顔面に打撲が加えられ、このような重大な脳傷害をひきおこしたとすれば、受傷後ひきつづき意識障害がなければならないからである。五日間の潜時をもつて脳浮腫を起しうるのは大きい頭蓋内血腫の発生した場合を除き考えられない。本症例には血腫は全く認められないので、本症例の外力→外傷→脳浮腫の関係は否定される。……本件の死因は右内頸動脈閉塞症であると推定される。したがつて本件の死因は外傷とは無関係であると断ずるのを妥当とする。」として両者の因果関係を否定しているのである。

以上のように、原判決が根拠に挙げた上野正吉の鑑定書及び小林二郎の鑑定書は、いずれも被告人の暴行と堀口の死亡との因果関係を肯定するに十分ではない疑があり、その他記録を精査し、当審における事実取調の結果に徴しても、この疑問を解消して因果関係の存在を確認するに足りる証拠は存しない。されば、本件につき傷害致死罪の成立を肯定した原決判は、証拠の価値判断を誤り、ひいて事実を誤認したものというべく、右誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れない。論旨は結局理由がある。

(遠藤 青柳 菅間)

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