東京高等裁判所 昭和43年(お)2号 決定 1969年7月19日
主文
本件再審請求を棄却する。
理由
<前略>
請求人の再審請求理由は、帝銀事件の犯人が、請求人平沢貞通でないことは、すでに明らかな証拠によつて証明されているのに、原判決は、堕罪のための堕落的審決を急ぎ、請求人の申し立てた非犯人の証拠の調査をおろそかにしたものである。しかも原判決は、憲法第三八条に違反し、請求人の自白を断罪の唯一の証拠としているが、検事に対する請求人の第三九回以後の自白調書は、全部偽造であることの証拠が明確になつたので、これは新証拠である。なお裁判官が、右検事調書の偽造であることを知りながら、その記載からなした不正の新事実の演繹、あるいは請求人が帝銀事件の犯行現場に到達することが不能であつたことを明らかにした同職裁判官の実地検証事実を無視して、請求人の現場到達がありえたとした不正の新事実の演繹も新証拠となるものであり、裁判官が検事に欺誑されて隠滅されている指紋、すなわち森下岩男が採取した帝録事件の犯人が手に持つて薬を飲んで見せた茶碗の指紋は、請求人の指紋でないことも、新審査で判明した新証拠であつて、請求人の主張の正しさが証明されたものであるというにある。
請求人である被告人平沢貞通に対し、昭和二三年九月三日私文書偽造、同行使、詐欺、同未遂の罪名で東京地方裁判所に公訴提起があり、次いで同年一〇月一二日強盗殺人、同未遂、殺人強盗予備の罪名で同地方裁判所に公訴提起され、同地方裁判所は、審理の末右公訴事実全部を有罪と認め、昭和二五年七月二四日死刑の判決を言い渡し、この判決に対し被告人ならびに弁護人山田義夫らから控訴の申立があつたが、当裁判所は、昭和二六年九月二九日第一審判決を維持し、死刑の判決を言い渡したこと、およびこの第二審判決に対し、被告人ならびに弁護人山田義夫らから上告の申立があつたが、昭和三〇年四月六日最高裁判所において上告棄却の判決があつて、当裁判所の第二審判決が確定したことは、請求人である被告人平沢貞通に対する右強盗殺人等被告事件記録に徴し明らかである。従つて請求人に対する前記被告事件は、刑事訴訟法施行法第二条により旧刑事訴訟法(大正一一年法律第七五号。以下同じ)が適用されるべき事件であるから、請求人のなす右確定判決に対する再審の請求は、旧刑事訴訟法第四八五条各号に定められた事由がある場合に限られ、かつ同法第四九七条に定める手続により請求しなければならないものであるところ、請求人の本件再審請求理由には、原判決(前記第二審確定判決をいう。以下同じ)の証拠となつた所論の請求人に対する検事聴取書が、偽造であつたことが確定判決によつて証明されたとの主張はなく、そのような確定判決があつたことを認めるべき資料は請求書に添付されず、同法第四八九条によりそのような確定判決を得ることのできない事実の証明もなされていないものであり、また所論の新証拠とは、いかなる証拠であるか、その証拠により請求人に対しいかにして無罪を言い渡すべきことが明確であるのか、その理由およびこれを明らかにするなんらの資料も請求書に添付されていないものである。しかも、前記記録を調査すると、所論の請求人に対する昭和二三年九月二五日付第三九回以後の検事聴取書は、いずれも適法に作成され、適式な取調を経た証拠であることが認められるのであつて、右各聴取書が偽造のものであるとか、これらの聴取書中の被疑者平沢貞通の署名が偽造のものであることは、到底認めることができない。また原判決が判示第一の三の事実について挙示している請求人に対する検事聴取書とその余の証拠によると、請求人が判示の時刻ごろに帝銀事件犯行現場に現われたことを認めるに十分であり、請求人が当日午後丸の内船舶運営会に立ち寄つたとしても、原判決が右事実の認定に援用している所論の第二審検証調書とその余の証拠を照合すれば、請求人が船舶運営会を立ち去つたと推認される時刻ごろから判示の時刻ころに犯行現場に至ることが不可能であるとは認められないのである。さらに前記記録によると、帝銀事件直後帝国銀行椎名町支店にあつた金庫二個のうち右側金庫右扉内部上辺と、同支店台所流し脇左側棚に載せてあつた湯呑茶碗とからそれぞれ指紋が発見されたが、それらの指紋が請求人の指紋と合致しないことが認められるのであるが、同支店内の支店長代理吉田武次郎の席にあつた茶碗のように、犯人がそれに手を触れたかもしれないものであれば格別、これと全く別の場所にあつた茶碗とか、金庫内部から所論のような指紋が検出されたとしても、それらの指紋は、いつ何人が触れて生じたものであるか明らかでなく、それが犯人の指紋であるとはいえないのである。そしてこの指紋検出に関する書類は、前記記録中に存在していたもので、請求人に対する強盗殺人等被告事件の資料とされ、それをも検討したうえで原判決がなされたものと認められるのである。されば請求人の本件再審請求事由は、旧刑事訴訟法第四八五条第一号および第六号に定める場合に該当するものとは認められないし、その他同条所定のいずれの場合にも該当しないことが明白である。
つぎに弁護人磯部常治、同梅沢和雄、同佐々木秀典、同高橋利明、同竹沢哲夫、同千葉憲雄、同畑山実は、本件再審請求理由として、当裁判所が昭和四一年三月一一日なした再審請求棄却決定に対する特別抗告事件について最高裁判所に提出した抗告理由書の内容を援用し、右抗告理由書の内容は、本来再審請求理由を総括整理したものであるから、ここにあらたに再審請求理由書として提出するというものである。
よつて案ずるに、弁護人磯部常治らの再審請求理由は、当裁判所が昭和四〇年三月一一日(弁護人らの再審請求理由書に、昭和四一年三月一一日とあるのは、昭和四〇年三月一一日の誤記と認める。)なした再審請求棄却決定に対する特別抗告事件について最高裁判所に提出した抗告理由書の内容を援用するものであり、右抗告理由書は、請求人が昭和三七年七月二一日、同月三〇日、同年一〇月二九日なした再審請求理由および弁護人らの右再審請求理由の補充理由に対し当裁判所がそれらの理由は旧刑事訴訟法第四八五条所定のいずれの事由にも該当しないものとして再審請求を棄却した決定に対する不服申立理由書であることは、当裁判所に存する昭和三七年(お)第七号、第八号、第一〇号再審請求事件記録に徴し明らかであつて、この抗告理由書の内容と、右昭和三七年七月二一日、同月三〇日、同年一〇月二九日の再審請求理由およびその補充理由とを、つぶさに対照検討すると、この抗告理由書の内容を本件再審請求理由に援用することは、すでに当裁判所が旧刑事訴訟法第四八五条所定のいずれの事由にも該当しないものとして再審請求を棄却した決定において判断された、前記昭和三七年七月二一日、同月三〇日、同年一〇月二九日の再審請求理由およびその補充理由と同一の原由により再審を請求するに帰着するものと認められるので、このような再審の請求は、旧刑事訴訟法第五〇五条第二項にいう同一原由による再審の請求に該当し、これをなし得ないものとしなければならない。
よつて、請求人の本件再審請求は、理由がないから、旧刑事訴訟法第五〇五条第一項によりこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。
(吉田作穂 目黒太郎 中久喜俊世)