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東京高等裁判所 昭和43年(ネ)1446号 判決 1970年10月29日

控訴人 加藤勝之進

右訴訟代理人弁護士 斎藤浩二

同 葉山水樹

被控訴人 河野清子

右訴訟代理人弁護士 大西保

同 今泉政信

同 佐藤敦史

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

<全部省略>

理由

一、1、被控訴人が原判決添付物件目録第二の土地(以下「本件土地」という)を所有しその登記を経由していること、控訴人が本件土地をもと所有者の訴外石本真から賃借し地上に原判決添付目録第一の建物を建築所有していることは、当事者間に争いがない。

2、<証拠>によれば、控訴人は石本真から昭和二四年四月二四日に本件土地を賃借したのであるが、この賃借に際し、控訴人は当時の本件土地賃貸人である石本に対し、本件土地上の建物を増築するときには予め賃貸人の承諾を受ける旨特約し、この特約に違反し賃貸人に無断で増築をしたときには賃貸人から即時に賃貸借を解除されても異論はない旨約束したことが認められる。

3、<証拠>によれば、控訴人は、昭和三二年六月頃、本件土地上の建物の道路に面した表側に、約五・八二四m2の増築をし洋裁作業場として使用したが、この増築に対しては、当時の本件土地所有者(賃貸人)の代理人である訴外秋草光子からは特に異議は出なかった。

4、<証拠>によれば、控訴人は昭和三九年五月頃に本件土地上の建物二一・一四八四m2の裏側に子供部屋を増築したが、この増築部分の広さは縦一・六七m横三・六四mの板の間(六・〇七八八m2)および縦〇・七m横一・八二mの板の間(一・二七四m2)の合計七・三五二八m2であって、これは増築前にあった押入の一部と物置(畳一枚分の広さのもの)を取り壊しその跡に建てられたものであること、増築部分の建築材料としては米栂(柱)、ベニヤ合板(壁)、南京下見張(外側)等を使用しており、既存建物の建築材料と比較してそれ程差異は認められないこと、控訴人は当時ワイシャツのカラーを作って売っていたが、それを縫う動力ミシンの音が大きく人の出入も多くて、長男が落ち付いて勉強する場所がなかったので、勉強部屋として使用する目的で前記の物置等を取り壊し増築をしたこと、以上の事実を認めることができる。

5、控訴人は前記4の子供部屋の増築はもとより、3の洋裁作業場の増築についても賃貸人の承諾を得たと主張し、当審および原審における証人加藤美代の各証言、同控訴本人加藤勝之進尋問の各結果には前記主張にそう供述がある。しかし、この供述を当審および原審における証人秋草光子の証言と対比して考察すると、前記の供述によって控訴人主張の承諾の事実を認めることはできないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

よって、控訴人は賃貸人の承諾を受けることなく前記4の増築をしたものと認める。

二、しかしながら、建物所有を目的とする土地の賃貸借中に、賃借人が賃貸人の承諾を得ないで借地内の建物の増築をするときは、賃貸人は賃貸借を解除することができる旨の特約があるにかかわらず、賃借人が賃貸人の承諾を得ないで増築をした場合においても、増築が借地人の土地の通常の利用上相当であり、土地賃貸人に著しい影響を及ぼさないため、賃貸人に対する信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りないときは、賃貸人は、前記特約に基づき、解除権を行使することは許されないと解するのが相当である。

これを本件についてみると、被控訴人が解除原因として主張する子供部屋の増築は前記一4で認定したとおりであって、増築の規模、態様、および目的等を考慮すれば、本件土地の通常の利用上相当であるというべきであり、いまだ賃貸人である被控訴人の地位に著しい影響を及ぼすものとは認めることができない。このことに前記一3で認定した事実をも考慮すれば、被控訴人が本件賃貸借の期間満了をまって本件土地の明渡を受けることを期待していたこと(このことは原審における証人秋草光子の証言により認めることができる)を考慮に入れても、なお、本件の無断増築においては賃貸借契約における信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りない事由が存在するというべきであるから、無断増築禁止の特約違反を理由とする被控訴人の解除権の行使はその効力がないと解すべきである。

以上のとおりであるから、解除が有効であることを前提とする被控訴人の本訴請求は、その余の判断をするまでもなく、失当として棄却を免れない。

三、よって、これと結論を異にする原判決を取り消し、被控訴人の請求を棄却する。<以下省略>。

(裁判長裁判官 久利馨 裁判官 三和田大士 栗山忍)

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