大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和43年(ネ)1521号 判決 1971年12月18日

控訴人(附帯控訴人) 新妻薫

右訴訟代理人弁護士 犀川久平

被控訴人(附帯控訴人) 石川新太郎

<ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 平岩新吾

主文

本件控訴および附帯控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人の、附帯控訴費用は附帯控訴人三名の各負担とする。

事実

控訴人代理人は、「原判決中控訴人関係部分を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」旨の判決を求め、被控訴人(附帯控訴人)ら代理人は、控訴棄却の判決を求め、附帯控訴として、原判決主文第三項につき仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の事実上の主張ならびに証拠の提出、援用および認否は、次に、補充し、附加し、改めるほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  被控訴人ら代理人は、次のように述べた。

1  本件建物は、もと、原審第一回検証図面中一階中廊下の東側(コ)、(エ)、(ア)、(テ)、(コ)の各点を順次結んだ直線によって囲まれた範囲内が廊下になっており、これで新旧建物部分をつないでいたものであるが、控訴人が新建物部分を占有するようになると、右廊下は塞がれてしまったものである。

2  本件新旧両建物の間に距離約一三センチメートルの空間のあることは認めるが、たとえ旧建物が昭和二八年取り毀された際、その残存部分が独立の建物として使用できるものであったとしても、それに増築部分が附加されて一体となった以上、附合は成立するのであり、一旦附合によって増築後の本件建物が被控訴人らおよび石川信子四名の共有となった以上、その後控訴人がほしいままに増築部分と旧建物残存部分との通し廊下を遮断し各別に入口を設けても、これによってなんらの物権変動を生ずるものではなく、また、石川信子がほしいままに増築後の本件建物のうち増築部分につきこれに自己の単独登記を、また右建物全部につき表示更正登記を経由しても附合の効果にかわりはない。

3  被控訴人らは石川信子に対し同人が控訴人と抵当権設定契約を締結する当時またはそれ以前に当初の建物または本件建物につき抵当権を設定する代理権はもとよりいかなる代理権をも付与したことはない。被控訴人らにおいて石川信次の遺産相続に関する権限を放棄する旨の記載のある書面は、石川信子に懇願され増築資金を借り入れるために債権者たる藤牧長次郎に差し入れるものではなく単に見せるだけであって便宜的に作成したに過ぎない。

4  控訴人には、石川信子と抵当権設定契約を締結する当時、同女が被控訴人らを代理する権限を有すると信ずる正当な理由がなかった。すなわち、本件建物につき右信子の単独相続による所有権取得登記があったとしても、これにより信子に被控訴人らを代理する権限があったと信ずるのは軽卒である。また、控訴人は、信子が控訴人に対し覚書(乙第六号証)を持参して金融を懇請して来たので同人に代理権があると信じたと主張するが、右乙第六号証の日附は昭和三二年六月六日であるのに、控訴人のために抵当権設定登記のなされたのは、昭和三〇年一〇月一七日および同三一年九月七日であるから、右乙号証は設定当時控訴人がその主張のように信じた証左とはならない。しかも、藤牧長次郎は、昭和二九年五月二二日石川信子および被控訴人両名を被告として東京地方裁判所に訴を提起し、控訴人は、昭和三〇年一〇月二〇日の右事件の調停期日に利害関係人として呼び出しに応じ出頭しているので、それ以前に呼出状を受けているはずであるから、同月一七日に信子から抵当権の設定を受ける際には本件建物が係争中の物件であることを熟知していたと見るべきである。ところが、控訴人は、被控訴人らに照会したり裁判所の記録について事件の内容をみるなど信子の所有権とか代理権の有無の調査をしなかったのであるから、過失があり、したがって信子の代理権を信じたとしても信じたことに正当な事由があったとはいえない。なお、右の調停が昭和三一年三月二八日には成立しているのに、控訴人はその成り行きに注意することなく同年九月七日再度信子から抵当権設定を受けたのであるから、控訴人が信子の代理権を信じたことに正当な事由があったとはいえない。

三  控訴人代理人は、次のように述べた。

1  新旧建物部分が廊下をもってつながれていたという被控訴人らの一1の主張事実を否認する。

2  新建物は、石川信子が昭和二八年に旧建物の一部を取り毀し、その跡に新築したので当初から右信子の単独所有であり、亡石川信次の遺産として相続により所有権を取得したものではない。これに反し、旧建物は右信次の遺産相続により一旦信子および被控訴人らの所有となったものであって、新旧両建物は経済的にそれぞれ独立しているものであり、その間には、距離約一三センチメートルの空間がある。右信子は、旧建物の一部を取り毀し、残存部分を独立の建物として使用できるよう施工したのであって、右取り毀し跡地は同所に新築するまで相当長期間空地であったのであり、新建物は旧建物との附合によって共有関係を生ずる余地はない。

石川信子は真実に反し、新旧建物を一棟の建物として昭和二四年六月二〇日相続により石川信次から取得した旨昭和二九年一一月一三日登記を経由し、同年同月同日増築登記を経由したが、その後増築部分につき自己の単独所有として建物表示登記手続を、本件建物につき錯誤による建物表示更正手続を了した。

被控訴人らが昭和三一年三月二八日藤牧長次郎に対する関係において石川信子が旧建物につき設定した抵当権を本登記することにつき異議のないことを承認したのは、旧建物につき各自の持分を放棄し、右信子の単独所有であることを承認したものである。

3  仮に、本件建物が被控訴人ら主張のように、石川信子および被控訴人らの共有であるとしても、被控訴人らは、右信子に対し昭和二八年九月下旬頃本件建物を担保に金借方を依頼し、一切の処分をする代理権を与え、右信子は、被控訴人らを代理して、同年同月二五日藤牧長次郎から二五万円を借り受け、右債務を担保するため本件建物に抵当権を設定して抵当権設定登記手続をし、次に、昭和二九年一一月一二日坂田二九三から四〇万円を借り受け、右債務を担保するため本件建物に抵当権を設定し同年同月一三日抵当権設定登記を経由したが、弁済により昭和三〇年一月三一日右登記の抹消登記手続をおわり、また、田辺礼二から金員を借り受けるにつき右債務を担保するため本件建物につき同年同月二九日売買予約をし、同年同月三一日所有権移転または所有権移転請求権保全の仮登記を経由した。ところが、右債務不履行により本件建物につき同年四月一五日右田辺礼二に所有権移転登記手続がなされたので、右信子はその買戻金および建築資金に充てるため控訴人に対し金員の借用を懇請し、控訴人は、石川信子から権限を証する乙第六号証の書面を示され、信子に被控訴人らを代理して金員を借り受け、その担保のため本件建物に抵当権を設定する権限があると信じて本件貸付および抵当権設定契約に応じたのであり、仮りに、本件借り受けおよび抵当権設定が信子の右代理権を超えてなされたとしても、従前の控訴人らと信子との代理関係に鑑み、控訴人には信子に代理権限があると信ずべき正当の理由があるものである。

三  ≪証拠関係省略≫

理由

一  当裁判所は、控訴人に対する被控訴人の請求を正当であるとするものであって、その事実認定およびこれを伴う判断は、次に、補正し、附加するほか、原判決がその理由中に説示したところ(原判決七枚目―記録一三三丁―裏二行目「被告新妻薫に対する請求につき判断する。」から原判決一一枚目―記録一三七丁―裏九行目まで)と同一であるから、これを引用する。

1  原判決七枚目―記録一三三丁―裏一〇行目「被告石川信子の供述(第三回)」から同一一行目「弁論の全趣旨」までを「原審における被告石川信子の供述(第三回)、検証の結果(第一、二回)、当審における被控訴人石川信太郎の供述および弁論の全趣旨」と改める。

2  原判決八枚目―記録一三四丁―裏四行目「原告等が」とある後に、「昭和二八年九月下旬頃、」を加え、原判決九枚目―記録一三五丁―裏六行目「各本人尋問の結果」とある後に、「前顕検甲第一号証の二の存在」を加える。

3  原判決一〇枚目―記録一三六丁―裏四ないし五行目「藤牧長次郎のための抵当権設定行為をなす権限を黙示的に授与した」とあるのを「藤牧長次郎のため抵当権設定行為をすることに事後に同意した」と改め、同六行目「遂に」を削り、同六ないし七行目「できない。」の後に次のとおり加える。

「控訴人は、被控訴人らが昭和三一年三月二八日藤牧長次郎に対し、石川信子が旧建物につき設定した抵当権を本登記手続することにつき異議のないことを承認したのは、旧建物につき各自の持分を放棄し、右信子の単独所有であることを承認したものであると主張し、成立に争いのない甲第五号証の一五には、被控訴人らが控訴人主張の日、藤牧長次郎に対する限り控訴人主張の抵当権の本登記につき一切異議のないことを承諾した旨記載されている。しかし、被控訴人らが昭和三一年三月二八日東京地方裁判所昭和二九年(ノ)第一、二六八号調停事件において石川信子が本件建物についてした処分行為につき特に藤牧長次郎のためにした抵当権設定行為のみを追認していることは、前示のとおりであるので、右≪証拠省略≫をもってしても旧建物につき各自の持分を放棄し、右信子の単独所有を承認したものと認めることはできないから、右主張もまた採用の限りではない。

次に、控訴人の超権代理の主張について判断する。

民法一一〇条にいわゆる「権限」とされる基本代理権には無権代理行為が追認された場合の無権代理人の資格をも包含するものと解しえられないではない。そこで本件を検討してみるのに、被控訴人らが石川信子に対し藤牧長次郎のため抵当権設定をなすことに事後同意したものと解すべき余地のあることは前叙のとおりであるが、それは事後に代理権を授与したのではなく無権代理行為の追認と認めるべきである。そして、≪証拠省略≫によれば、本件建物につき昭和三一年八月一八日藤牧長次郎のため競売法による競売手続の開始されたことが認められるところ、≪証拠省略≫中には同人は石川信子が藤牧から金を借りていることを藤牧による競売の申立があってはじめて知ったというのであるが、その信憑性を考えてみよう。≪証拠省略≫によれば信子は藤牧から本件建物に抵当権を設定する約定で二五万円を借り受けながら抵当権設定登記手続をしないという理由で同手続を訴求され、昭和二九年七月二一日の口頭弁論期日において右借用の事実を自白していること、その後昭和三〇年一〇月二〇日の右事件調停期日に控訴人が利害関係人として出頭していることが認められるので、控訴人はその当時既に信子の借金を知っていたと推認される。≪証拠判断省略≫そして、これに加えて≪証拠省略≫によれば、被控訴人らおよび石川信子は昭和二九年七月二一日の口頭弁論期日において本件建物が右信子の単独所有であることを否認したことが認められるし、≪証拠省略≫によれば控訴人が同事件の調停手続において調停期日の一六日前には期日の呼出状を受領していることが認められるので、これ等の事実を併せ考えると、控訴人は、同年一〇月一七日の抵当権設定登記手続前既に同月二〇日藤牧と右信子らとの間の事件の調停期日に利害関係人として出頭すべきことを知り、本件建物が右信子の単独所有に属するか否かが争われていることを知りまたは知り得べき状態に置かれていたことを推認することができる。そして、調停成立により右信子の単独所有に属することが認められたわけでないことは、さきに認定したところから明らかである。ところが、控訴人が右信子について本件建物の所有権またはその処分につき他の相続人らを代理する権限を有するか否かを尋ねることは容易であったのにかかわらず、その調査をしなかったのは過失があるというべきである。それ故、控訴人が信子に右代理権のないことを知らなかったとしても、知らなかったことにつき正当な理由があるとはいえないわけであるから、控訴人の表見代理の主張も採用することができない。」

二  よって、以上と趣旨を同じくする原判決は相当であって、これに対する本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条一項に従いこれを棄却すべく、原判決主文第三項に仮執行の宣言を付することは相当でないので、本件附帯控訴は理由がないから、同条項に従いこれを棄却すべく、控訴費用の負担につき同法八九条、九五条を、附帯控訴費用の負担につき同法八九条、九三条一項本文、九五条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西川美数 裁判官 園部秀信 森綱郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例