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東京高等裁判所 昭和43年(ネ)2702号 判決 1970年5月28日

控訴人 福田隆宜

右訴訟代理人弁護士 太田常雄

斉藤治

二宮忠

佐々木務

安沢昭二郎

被控訴人 株式会社城建設

右代表者代表取締役 城俊一

右訴訟代理人弁護士 中村源造

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金一九六万七、一三〇円およびこれに対する昭和四二年一月三一日から支払いずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに金員支払を命ずる部分につき仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の事実上および法律上の主張ならびに証拠の提出、援用および認否は、次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

控訴代理人は、次のとおり述べた。

本件における被控訴人の損害賠償責任の有無を判断するについては、次の事情を考慮すべきである。

(一)、本件建物建築の注文者である須磨礼子は、建築に関して素人であり、そのすべてを被控訴人に委せていたこと、

(二)、被控訴人が本件建物の建築に着手したのは昭和三八年一月中旬頃であったが、昭和三八年一月一八日建設省告示七四号は同年二月七日から施行されており、したがって、被控訴人が本件建物の設計変更による確認申請をした同年同月二一日には右告示を熟知しており、右変更された設計によって工事を進めえたにもかかわらず、敢えて原設計に従って工事を進めたこと、

(三)、控訴人は、もし本件建物が木造平家建であったならば午後二時頃まで日照を享受しえたものであるところ、都市再開発の要請に伴う建物の高層化により高度一〇メートルの高層建築が許されるようになってからは、日照が午前一一時三〇分頃まで遮断されることを余儀なくされ、日照時間が一日のうち僅か二時間三〇分程になってしまったのであるが、被控訴人が一〇メートルをこえる本件建物を建築したことによって、右日照時間二時間三〇分のうちさらに一時間が奪われたことになり、もはや控訴人が人間生活を営むうえに耐えがたいものとなっていること、

以上の事実を考慮し、さらに本件建物建築が特に社会的に有用なものとはいえないこと、本件建物建築による日照の減少が控訴人の長男の死亡の原因となり控訴人の転地を余儀なくせしめたこと等を総合斟酌すれば、被控訴人の本件建物建築による日照の侵害は、控訴人の受忍すべき限度をこえ、違法性を有するものというべく、被控訴人は控訴人に対する損害賠償の義務を負うことが明らかである。

理由

一、当裁判所も、被控訴人が本件建物の建築工事により不法行為を理由とする損害賠償責任を負うものではないと判断するものであって、その理由は、次のとおり付加するほか、原判決がその理由中に説示したところと同一であるから、その記載を引用する。

(一)、本件において控訴人の求める損害賠償は、その主張によれば、控訴人の所有建物(原判決にいわゆる原告建物。以下控訴人建物と略称する。)の敷地のほぼ東側に建築された本件建物によって控訴人がその享受しうべき日照が妨げられたことを理由とするものであり、したがって、その賠償の責は、本件建物を右箇所に所有し存置せしめている須磨礼子においてこれを負うべきものというべく、同人との請負契約に基づく義務の履行として同人のため本件建物を建築した請負人たるにすぎない被控訴人は、原則としてその責を負うべきものではない。しかし、請負人であっても、みずからまたは注文者と意思相通し、他人の享受しうべき日照を妨害する目的をもって建物を建築完成した場合、または、当該建物が建築基準法に違反し、右違反のため他人の享受しうべき日照を妨害するにいたるべきことを知りながら、もしくはこれを知りえたのにもかかわらず過失によりこれを知らないで、建物を建築完成し、よって日照享受利益を侵害した場合などは、右侵害について不法行為が成立し請負人において損害賠償義務を負うことのあるのはもちろんである。

(二)、本件について、これを見るに、被控訴人が控訴人の享受しうべき日照を妨害する目的をもって本件建物を建築し、またはこれを存置せしめたことを認めるに足りる証拠は存在しない。しかし、本件建物の設計が建築基準法およびこれに基づく建設省告示の定める高度制限に違反していたこと、所轄行政庁が本件建物の設計変更を命じ、これによって一部変更された設計書に基づいて建築確認がなされたことおよび被控訴人は右確認のなされる以前にすでに原設計に従って本件建物の建築工事に着手していたものの、右確認のなされた当時にはいまだ工事期間の半ばを経過していなかったことは、前記認定(原判決理由二の(三)および(四))のとおりであり、右認定事実によれば、被控訴人は右変更された設計に従って本件建物の建築工事をなすべきであったとともに、右変更された設計に従って工事を完成しえたであろうことが推認されなくもない。してみれば、被控訴人は、本件建物の建築について右のような建築基準法等に違反する点があることを知りながら、あえてこれを建築完成させたものということができる。もっとも、被控訴人が本件建物の完成後、渋谷区役所吏員の違法是正の勧告に応じて屋上パラペットの囲障を鉄格子の囲障に代え、これにより右吏員の諒承を得たことは、前述したとおりであるが、地上から屋上床までの高さ一一・六メートルがこれにより減じたわけではないから、右違法が是正されたものとすることはできない。しかし、本件建物がこのように建築基準法に基づく高度制限に違反しそのため控訴人への日照が妨げられたからといって、これにより控訴人に生じた損害について直ちに被控訴人の側における不法行為が成立するものとはいえないのであり、不法行為が成立するためには、控訴人の日照享受利益に対する侵害が社会生活上通常受忍すべき限度をこえていることを要するものというべきである。

(三)、そこで、次に、控訴人の日照享受利益に対する侵害が社会生活上通常受忍すべき限度をこえているかどうかについて考える。原審における控訴本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、本件建物は控訴人建物の南側ではなく、幾分南寄りの東側にあたる位置に存在し、かつ、春分の頃における控訴人建物への日照の状態についてみるに、本件建物が右高度制限の範囲内である一〇メートルの高さであったとしても、午前一一時三〇分頃までは殆んど控訴人建物の東側に日照がない一面、本件建物が前記高度制限に違反している現状のもとにおいても、午後〇時三〇分頃以降はほぼ完全に日照を享受しうるのであり、したがって、本件建物が右高度制限に違反したため控訴人建物が日照を妨げられる時間は、春分の頃において午前一一時三〇分頃から午後〇時三〇分頃までの約一時間にすぎないばかりか控訴人建物の南側部分は、前記高度制限違反の有無にかかわらず、春分の頃において午前一〇時三〇分頃以降終日日照を享受しうるものであることが認められる。右事実に合わせて、本件建物および控訴人建物の所在地域、右地域における土地の高度利用の社会的要請の存在等の事情を考慮すれば、被控訴人の高度制限違反の建築によって生ずる右の程度の日照享受利益の侵害は、いまだ社会生活上通常受忍すべき限度をこえたものではないと認めるのが相当である。

二、以上の次第であるから、控訴人は被控訴人に対し、本件建物建築により日照享受利益を侵害されたことを理由として不法行為による損害賠償の責を負わせることはできないものといわなければならない。よって、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は正当であって、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条一項に従い、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき、同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 室伏壮一郎 裁判官 園部秀信 森綱郎)

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