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東京高等裁判所 昭和43年(ネ)2746号 判決 1972年2月28日

控訴人(亡増田舛平訴訟承継人) 増田よし

<ほか六名>

補助参加人 甲木保

右控訴人らおよび補助参加人訴訟代理人弁護士 高野三次郎

被控訴人 大場武一

右訴訟代理人弁護士 牧野内武人

佐々木恭三

望月千世子

右訴訟復代理人弁護士 鈴木まゆ

渡辺千古

吉川孝三郎

小口恭道

主文

原判決を取消す。

被控訴人から控訴人らに対する東京地方裁判所昭和三七年(ユ)第一八〇号土地建物所有権移転登記抹消等宅地建物調停事件において昭和三八年二月一五日作成された調停調書第四項に基づく強制執行は、これを許さない。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

当裁判所が昭和四四年(ワ)第一二三号をもってした強制執行の停止決定は、これを認可する。

前項に限り仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、主文第一ないし第三項同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の関係は、次に附加するほか、原判決事実欄の記載と同一であるから、これを引用する(ただし、訴外大原とあるのは、いずれも訴外大畑の、原判決原本六枚目表一行目の「九、五〇〇万円」は「九五〇万円」の同末行の「九二五五号」は「九二二号」の各誤りにつき訂正する。)。

(控訴人ら)

一、原審原告増田舛平(以下、単に舛平と呼ぶ。)は、昭和四四年七月五日死亡し、控訴人らにおいて相続によりその権利義務の一切を承継したものである。原審における証人増田忠雄と控訴人増田忠男とは同一人物である。

二、本件調停の無効理由

(一)  岸永博弁護士は、本件調停について舛平を代理する権限を有していなかった。同弁護士の代理権は東京地方裁判所昭和三七年(ワ)第九二二号事件の訴訟行為一切であって、洋服代金二万円の支払請求を争うことだけである。本件調停で成立した舛平の被控訴人に対する金三〇〇万円の支払債務は、右訴訟事件と何ら関連性のないものであるから、当然特別の授権が必要であったのに、同弁護士は何ら右のような調停に応じる権限を与えられていなかった。当時、岸永弁護士の調停に対する関与は、補助参加人甲木および控訴人増田忠男の代理人として行われていたのであるが、同弁護士は、右の両名に対してすら何ら本件の調停の内容について説明を加えていない。本件において、調停成立の日である昭和三八年二月一五日舛平は調停の席に出頭していたけれども、調停委員会において代理権のない者を代理人として調停手続を進行させ、調停成立の日にたまたま本人がその席に出頭していたとしても、その調停は以下の理由で無効である。すなわち、調停事件も調停成立に向けた手続であり、当該手続は先行行為の有効なことを前提に進められるものである。代理人による手続の進行中にたまたま本人の行為が介入したとしても、それは関連した行為の一環として評価されるべきで独立の行為とみるべきではない。したがって、代理人の行為が無効であるとするならば、本人の行為もまた無効と解さざるをえないものである。相手方にとっては代理人の行為も本人の行為と同等の価値を有し、代理人に対する相手方の意思表示は本人に対し効力を生じるのであるが、代理行為が無効となれば当該代理人のした、また、当該代理人に対して相手方のした行為は、いずれも存在しなかったこととなり、相手方と本人の行為のみがそこに残ることになる。そして、この両行為の間に関連性はないから法律効果を生じるには由ないものである。このように本人の出頭をもって本人訴訟における本人中心に訴訟手続がされるのと同視することは許されないというべきである。本件調停において、岸永弁護士は当初から舛平、補助参加人甲木、控訴人増田忠男の代理人として調停に関与してきたけれども、同弁護士には前記のように舛平を代理する権限が欠けていたのであるから、同弁護士の本件調停において相手方にした意思表示は無効であり、したがって、最終的には舛平の行為のみ残ることとなり、本件調停は無効となるものである。

(二)  舛平と訴外大畑和夫との間には、本件調停に関し何らの私法上の和解契約も存在しない。舛平は、原判決添付調停調書中の物件目録記載の各物件(以下、本件物件という。)の所有者であるところ、訴外大畑和夫にその登記名義をとられたため、登記が移った以上、同人が本件物件の所有者であると誤信していた。そのため、本件調停において、舛平は、本件物件に対する訴外大畑の所有権を何ら争っていない。したがって、訴外大畑は舛平に対し何らの譲歩もしていないから、このようなものを和解ということはできない。

(三)  本件調停は、本件物件の所有権が訴外大畑にあることを前提に成立したものであるところ、同人が調停成立時に本件物件について所有権を有していなかったことは前記のとおりである。舛平は、本件物件の所有権が登記名義人となっている訴外大畑に移転し、これを争えないものと誤信し、本件調停に応じたものであるが、もし、本件物件の所有権が訴外大畑になく、舛平においてこれを争うことができることを知っていたならば、決して、本件のような調停の成立に同意するはずはなかったものである。したがって、本件調停には、その内容をなす法律行為に要素の錯誤があり、無効であるといわなければならない。

(四)  仮に、控訴人らの以上の主張が理由がないとしても、舛平は本件調停調書第四項について錯誤があり、同条項は無効である。すなわち、右調停条項には「被告増田舛平は第一項の代金のうち金三〇〇万円を負担する意味において原告に対し昭和三八年八月三一日限り金三〇〇万円を支払うこと」と記載されている。ここで金三〇〇万円を負担するというのは、舛平において、この金額を提供することにより訴外大畑から本件物件の所有権を取得できるものと解したがためにほかならない。舛平としては、被控訴人に対し何らの対価なくして金三〇〇万円を支払わなければならない実質的理由は何もなかったものである。本件物件は、被控訴人がその建築費のための借入金の支払をしなかったために昭和三六年七月二四日代物弁済により訴外杉浦商事株式会社に所有権が移転したのであるが、被控訴人は、この物件の取戻のため舛平宅にしばしば足を運んで借金の申込をした。舛平は被控訴人に同情し、取引銀行である静岡相互銀行東京支店に融資の申込をし、金二〇〇万円の貸出を受けることになったところ、舛平の代理人として同銀行支店に赴いた被控訴人が舛平に無断で金一〇〇万円の水増をして借入を申出たために、銀行側から被控訴人に対する不信と危惧の念を抱かれ、貸出が取りやめとなった。そこで被控訴人は舛平に対し、同人において訴外杉浦商事株式会社から本件物件を買受け、被控訴人に対しこれを月賦で売渡してもらいたい旨懇願した。そのため舛平は本件物件を訴外杉浦商事株式会社から金二〇〇万円をもって買受けたが、訴外山本泉の詐欺により登記関係書類を奪われ、訴外大畑和夫名義に所有権移転登記が経由された。この一連の事実は被控訴人において十分知悉していたものである。当時舛平は、訴外大畑との間で本件物件を金六〇〇万円で買戻す旨の約束をしており、内金三一〇万円を山本泉を介して訴外大畑に支払ってあったため、残金三〇〇万円程度を提供すれば本件物件が自己の所有になるものと信じ、本件調停において金三〇〇万円の支払をする旨の合意をしたものである。したがって、舛平は、本件調停条項第四項の成立について要素に錯誤があるというべきであるから、同条項は無効である。

(五)  本件調停条項第四項に要素の錯誤がないとしても、これは後記のように、舛平の無知、無思慮に乗じ、同人に不当に不利益を与える目的で作られたもので、公序良俗に違反し無効のものである。

ひるがえって考えるに、舛平は本案訴訟において敗訴しても、たかだか金二万円の支払義務を負担するにすぎない立場にあったから、右のような莫大な債務負担の合意をするについては調停委員会において本人に特別の注意を与えるべきは当然であるのに、調停委員会は舛平に対し何らの注意、説明をしていないし、また、代理権の有無は職権調査事項であるのに、岸永博弁護士について訴訟委任状のみで調停の代理権を認めている。これらは、調停委員会の重大な手落というべきである。加えて、岸永弁護士は、訴訟事件の全面敗訴よりもはなはだしく巨額の債務を負担する調停に合意し、依頼者に対し著しい不信行為をなしたうえ、本件において証人として裁判所の再三の呼出にもかかわらず、無断で不出頭を続けている。全く遺憾であるというべきであり、その態度は本件のような調停について善意とは解されないものである。

三、執行力の消滅

(一)  以上の控訴人らの主張がすべて理由がないとしても、本件調停条項第四項に基づく舛平の被控訴人に対する金三〇〇万円の支払義務はすでに消滅し、同条項による強制執行は許されないといわなければならない。

舛平が本件調停調書第四項において金三〇〇万円を負担する意味は、被控訴人の訴外大畑に対する本件物件の買受代金のうち金三〇〇万円を舛平が負担することにより、同人が本件物件に対し、その割合の権利を主張できる趣旨である。舛平は、当時、被控訴人から金二万円の洋服代の支払請求をされていたほか、同人に対し何らの債務を負担していなかったのであるから、金三〇〇万円という莫大な金額を被控訴人に支払うとしたのは、同人が訴外大畑から本件物件を買戻すについて資金援助の意味で、これを昭和三八年八月三一日までに調達する旨の約束にすぎない。したがって、同条項は、右金額を舛平が被控訴人に対して提供するにおいては、本件物件に対し、その割合で権利を主張できる趣旨を含むものと解すべきである。このように解しないと、舛平は単に一方的に債務を負担するだけであり、何らの利益もえられないこととなり、調停の内容である私法上の和解の要件である互譲を欠くことになるからである。右のように、舛平の金三〇〇万円の支払債務は、被控訴人の本件物件の取得を容易にするためのものであり、舛平にその負担に対する対価として右のような権利を認めた趣旨のものであるから、すでに被控訴人が自力で本件物件を買戻し、他に転売してしまった現在、舛平、すなわち、その承継人である控訴人らは被控訴人に対し、右調停条項の金額の支払義務はないとともに、その権利を被控訴人に主張できないというべきである。

(二)  本件調停条項第四項の金三〇〇万円の支払の性質は右のようなものであるから、仮に、被控訴人が舛平に対する金三〇〇万円の請求を控訴人らに主張するとすれば、控訴人らは、舛平の本件物件に対する権利として被控訴人が本件物件を他に転売してえた金九五〇万円の六五〇分の三〇〇、金四三八万円をもってこれと対当額で相殺する。

四、本件調停条項第四項に基づく被控訴人の控訴人らに対する金三〇〇万円の請求は、公序良俗に反し、権利の濫用として許されない。

もし、本件調停調書第四項が有効とすれば、その内容はあまりにも舛平の無知無思慮に乗じてなされたもので、舛平にのみ過重な不利益を与え、被控訴人にのみ利益をもたらすことを目的として合意されたものといわなければならないことは前記のとおりである。仮に、条項自体が無効でないとしても、このような条項に基づく被控訴人の権利の主張は、公序良俗に反し権利の濫用となるものと考える。すなわち、舛平は、本件物件を訴外杉浦商事株式会社から金二〇〇万円をもって買取り、これを騙取されたため、さらに訴外山本泉を通じ訴外大畑に対し金三一〇万円を支払い、合計金五一〇万円の支出をしているのに、このうえ何らの対価なしに金三〇〇万円を支払うことは金八一〇万円の支出をすることとなる。そして、これに対して得るものは何もないのである。ところが被控訴人は、代物弁済により本件物件の所有権を完全に喪失していながら、舛平が訴外杉浦商事株式会社からこれを買受けたことにより、終局的には本件調停により本件物件を取戻すことができ、転売のうえ金三〇〇万円の利得をしている。これに加え、控訴人らに金三〇〇万円の請求をすれば莫大な利益を収めることになる。このような不合理な結果を生じるような権利の行使は、たとえ、それが調停調書に基づくとはいえ到底許されるべきではない。

(被控訴人)

一、控訴人ら主張の前記一、の事実は全部認める。

二、控訴人らの、本件調停において岸永弁護士が舛平を代理する権限を有しなかった旨の主張は不当である。舛平は本件調停成立の日に調停の席に出頭しているばかりでなく、当時舛平と被控訴人、訴外大畑との間において本件物件の所有権の帰属について紛争があり、舛平および控訴人増田忠男は昭和三六年一二月二九日本件物件をめぐって被控訴人から告訴されていたような事情すらある。このような状況下で岸永弁護士に代理権がなかったなどということはいえないことが明らかである。

三、控訴人らは、本件調停成立当時舛平が本件物件の所有権の帰属について錯誤があった旨主張するけれども、調停に代理人が出席している以上、意思表示の瑕疵は代理人のそれについていうべきで、本人について瑕疵をうんぬんするのは誤りである。仮に、本人について錯誤の主張が許されるとしても、控訴人ら主張の舛平の錯誤は単に動機の錯誤にすぎないもので法律行為の効力に何ら影響を及ぼさないというべきである。そればかりではなく、舛平に右のような錯誤もなかったものである。すなわち、本件調停においては、訴外大畑名義となっていた本件物件の所有権が誰にあるかが争点であり、このことは舛平も十分了解していたものである。本件物件の所有名義が訴外大畑に移転したのは、舛平、控訴人増田忠男の両名の不手際によるものであり、訴外大畑に名義を移転させた訴外山本泉は舛平が会長をし、取引を通じて密接な関係にあった東商事の社長である。

四、舛平は本件調停条項第四項により金三〇〇万円を負担する実質的理由があった。すなわち、控訴人増田忠男は、本件物件のうち建物の建築工事に最初から関与し、被控訴人との交渉にあたっていたし、本件物件に関する紛争の原因となった訴外杉浦商事株式会社に対する担保の差入等にも関与している。そして、その後の事件処理にも関与し、被控訴人のために本件物件を舛平名義とする旨約束をしたにもかかわらず、その約束に反し、舛平が会長をしている東商事の社長山本泉の介入により本件物件の所有名義は訴外大畑に移転してしまった。被控訴人は、舛平および控訴人増田忠男に訴外大畑から本件物件の所有名義を取戻すよう要求したが結局解決されず、本件調停の基礎となった訴訟となったものである。舛平および控訴人増田忠男が被控訴人との約束を実行していたならば被控訴人は訴外杉浦商事株式会社に対し金三五〇万円を支払うことにより本件物件の所有名義を取戻すことができたのに、訴外大畑にその名義が移転してしまった結果、被控訴人は金六五〇万円を支払うことを余義なくされた。この価格の増加分と、当時舛平および控訴人増田忠男の負担していた被控訴人に対する債務金三四万三、〇〇〇円を含め、本件調停条項第四項において舛平が被控訴人に対し金三〇〇万円を支払う旨の合意が成立したのである。

五、控訴人らは、本件調停条項第四項が公序良俗に反し、この条項に基づく請求も権利の濫用に当る旨主張するが、その理由のないことは、右に述べたとおりである。

証拠関係≪省略≫

理由

一、被控訴人と舛平ら間の東京地方裁判所昭和三七年(ユ)第一八〇号土地建物所有権移転登記抹消等宅地建物調停事件において、昭和三八年二月一五日当事者間に原判決添付調書のとおりの調停が成立したことおよび舛平が昭和四四年七月五日死亡し、控訴人らが相続によりその権利義務の一切を承継したことは、当事者間に争いがない。

二、≪証拠省略≫を総合すると、前記本件調停の成立に至る経緯として次の事実を認めることができる。

被控訴人は東京都港区浜松町二丁目五番の二宅地九・九坪(本件物件のうちの土地、以下本件土地という。)を所有していたところ、昭和三五年頃訴外城南建設会社の土田某のすすめにより、隣地の同番の三宅地九・九坪を妻名義で所有していた訴外雨宮義雄と共同して、右両地上に共同ビル(その二分の一は本件物件のうちの建物、以下、この部分を本件建物という。)を建築することとなり、右会社とその旨の請負契約を締結した。しかしながら、城南建設会社は工事を請負ったものの基礎の抗打を除いてビルの建築に全く手をつけなかったため、被控訴人と雨宮は、右会社の依頼によって基礎工事をしていた訴外甲木建設に対し右共同ビルの建築を続行してくれるよう依頼し、昭和三五年一二月一八日、被控訴人および雨宮と訴外甲木建設の間で、城南建設のしたビルの建築工事を続行するための請負契約を締結した。当時、被控訴人・雨宮とも建築資金がなく、ビルの貸室の保証金と金融機関からの借入金をもってこれに当てる予定をしていたので、被控訴人および雨宮において甲木建設に対し各所有の前記各土地を担保に供する旨の承諾書を差入れ、同建設を介し訴外常盤相互銀行に建築資金の融資を申込んだけれども、貸付を受けることができなかったため、町の金融業者から借入れをすることとした。そこで、甲木建設において訴外杉浦商事株式会社からビルの建築資金を順次借出し、これを被控訴人と雨宮に貸付ける方式をとり、両名が甲木建設に対し、ビルの敷地である被控訴人の本件土地と雨宮の前記土地を担保に供し、甲木の有するこの担保付債権を、甲木がさらに杉浦商事に担保に供することとし、かつ、杉浦商事に対する借入金の利息月五分を甲木建設、被控訴人および雨宮のそれぞれが三分の一宛負担する旨約束して建築工事を続行した。昭和三六年四月になり共同ビルの完成も間近くなってきたところ、被控訴人および雨宮は杉浦商事から貸付金元利合計金八〇九万九、三三九円の請求を受けたが、いずれも支払が出来なかったので、同月一〇日被控訴人と雨宮は右金額の債務について、共同ビルとその敷地に右会社のため抵当権を設定し、かつ、停止条件付代物弁済契約を締結して、それぞれその旨の登記を経由した。同年七月一七日に至り雨宮は自己の負担部分の債務合計四〇〇万円余を杉浦商事に支払って、同人の区分所有部分のビルおよびその敷地に対する右抵当権設定登記と停止条件付代物弁済に基づく仮登記の抹消登記手続をしたが、被控訴人は資金繰りが全然つかないまま同年七月二四日代物弁済により本件建物の所有権を杉浦商事に取得され、翌二五日その旨の登記が経由された。このような状況にあわてた被控訴人は、甲木建設の現場監督をしていた控訴人増田忠男のすすめにより下田に居住していた同人の実父原審原告増田舛平のもとに融資の依頼に出向いた。舛平は当初は被控訴人の申出を断っていたが、再三にわたる懇請にまけて、取引銀行である静岡相互銀行下田支店を通じ同銀行東京支店から金二〇〇万円の貸出を受けられるよう交渉し、代理人として被控訴人を同支店に出向かせたところ、被控訴人は舛平に無断で貸付申込額を金三〇〇万円として金一〇〇万円を水増したため、銀行側の不信を買い、結局、貸付を受けられなくなった。被控訴人はやむなく再び舛平に懇請して、杉浦商事から本件物件を取戻すべく資金の貸出を求めたので、舛平も被控訴人に同情し、その頃舛平所有の土地を売却しその代金を東商事こと訴外山本泉から受取る当てがあったため、この金員をもって杉浦商事から舛平名義で本件物件の取戻をし、被控訴人から順次この弁済を受け、最終的には同人にその所有権を移転するよう企て、まず、山本と交渉し、同人から金二〇〇万円の支払を受けられるようにするとともに、杉浦商事にも交渉して、右金員に、同会社の本件建物の賃借人から受領した保証金を含め、金三五〇万円をもって本件物件の所有権を舛平名義に移転する旨の同意をえた。舛平は昭和三六年八月八日東京法務局芝出張所に控訴人増田忠男を出向かせ、同所において、山本から右金員を受領したうえこれを杉浦商事の使用人に交付し、右のような所有権移転登記の手続をとらせようとした。ところが、右山本は舛平に支払うべき代金の用意ができなかったので、訴外大畑和夫を通じて金融をえようと考え、同人に対し、本件物件を二月以内に金四九五万円をもって買戻すことができる旨の約定のもとに金四五〇万円で売渡し、控訴人増田忠男に対しては、右の訴外大畑に一時本件物件を担保する旨の事情を告げ了解を求め、大畑から受領した金員のうち金二〇〇万円を右出張所において交付した。同控訴人は、これをその場に来合わせていた杉浦商事の使用人に手渡し、金三五〇万円の領収書と本件物件に関する登記関係書類の一切を受領したが、山本の要求のままに領収書を除いてこれを同人に交付したので、同人は、同控訴人に秘匿し、そのまま訴外大畑のために本件物件について所有権移転登記を経由した。一方、山本の右のような処置について何らの疑念を抱かなかった控訴人増田忠男は、本件物件の所有権は舛平に移転したものと誤信し、被控訴人に対し本件建物の爾後の賃料を舛平の被控訴人に対する金二〇〇万円の貸付金(忠男は貸付金になるものと考えていた。)の内金に充当するため、舛平に送付するよう求めたので、被控訴人は、その後本件建物の賃料を領収して舛平に送付していた。二、三ヵ月経過後、賃借人から被控訴人が本件建物の所有者でないことを理由に賃料の支払を拒まれ、同時に本件物件の所有名義が訴外大畑に移転していることを知った被控訴人は、直ちに、控訴人増田忠男に右の事実を訴え善処するよう要求した。同控訴人は、人を介し本件物件の登記簿を閲覧し、被控訴人の述べた事実を確認したので、舛平に対しこの事実を告げ、同人から山本に右の事情の説明を求めるとともに、すぐにも本件物件の所有名義を大畑から舛平に戻すよう要求し、同年一〇月一七日に下田において訴外柴田某を通じて山本に対し金三一〇万円を本件建物の所有名義を取戻す費用として交付した。しかし、山本は右現金を受取った後も言を左右にして何らの処置も講じなかったので、この事実の経過について著しく不信をもった被控訴人は、遂に、弁護士を代理人として依頼し、同年一二月警視庁愛宕警察署に宛て、控訴人増田忠男と舛平を詐欺・背任の容疑をもって告訴するに至った。続いて翌昭和三七年二月には右両名に加え、訴外甲木保、同大畑和夫、同杉浦商事株式会社をいずれも被告として東京地方裁判所に訴を提起し(同裁判所昭和三七年(ワ)第九二二号)、舛平に対しては、融資を懇請する過程で同人に贈与した洋服代金二万円の、控訴人増田忠男に対しては貸付金と、本件建物の賃料のうち舛平宛に送付した金員の不当利得、ほか洋服代金二万円合計金三二万円余の、甲木に対しては貸付金一三万円と債務不履行に基づく損害賠償金三万円合計金一六万円の各支払請求と、大畑および杉浦商事に対しては本件物件についてした前記各登記の抹消登記手続請求をした。この事件は第一回口頭弁論期日において、直ちに調停に付され、爾後、調停期日が何回か開かれたが舛平、控訴人増田忠男、甲木保の代理人としては岸永博弁護士が終始出頭し、手続に関与した。もとより、被控訴人と訴外大畑との間においては、もっぱら本件物件の取戻の点が主たる問題点で、数回の調停期日が開かれたが、この過程で、本件物件の所有権が訴外大畑に移転するまでの前記のような経過が各関係者に明らかとなり、結局、大畑は本件物件をめぐって支出した各費用を加え、金六五〇万円ならばこれを被控訴人に売戻すことを承諾するに至ったけれども、被控訴人は金三五〇万円を超えては買戻代金の手当ができないことから、容易に合意に達しない状況となった。そこで昭和三八年二月一五日の調停期日において、出頭していた舛平が従来の行きがかりから不足分の金三〇〇万円を被控訴人のために支出することを同意するに至り、岸永弁護士もこれに同意し、なお、その支出について控訴人増田忠男、訴外甲木保も連帯保証をすることとして、原判決添付調書のとおりの調停が成立した。

以上のような事実を認定することができ(る)。≪証拠判断省略≫

三、控訴人らは、右調停事件において舛平の代理人として行動した岸永博弁護士には、前記被控訴人から提起された東京地方裁判所昭和三七年(ワ)第九二二号土地建物所有権移転登記抹消等請求事件の代理権のほかに、調停手続に関与して調停をする代理権がなかった旨主張するけれども、本件調停事件は右訴訟事件から回付されたものであり、前記、甲第一四号証の三(右訴訟事件の委任状)の記載によると岸永博が調停の権限を有していたことは明らかであるばかりでなく、前記認定のとおり本件調停成立について舛平は期日に出頭して同意しているのであるから、右の点の控訴人らの主張は採用の限りでない。また、岸永博に舛平を代理する権限がなかったことを前提とする控訴人らのその余の主張も理由がないといわなければならない。なお、その他の控訴人ら主張の本件調停を無効とする事由も、本件調停条項第四項を後記のような趣旨と解する限りすべて理由のないものである。

四、ところで、本件調停条項第四項の「舛平は第一項の代金のうち金三〇〇万円を負担する意味において原告に対して昭和三八年八月三一日限り金三〇〇万円を支払うこと」とする条項をもって、舛平が前記認定のように被控訴人に金三〇〇万円を支出することとした趣旨は、前記認定の事実関係、とくに、本件物件が訴外杉浦商事株式会社のため代物弁済として取得された後に、舛平および控訴人増田忠男が、不成功に終ったとはいえ被控訴人のためにその取戻に努力し、その間において訴外山本泉に金三一〇万円をもち去られるような被害を受けている事実、舛平や同控訴人について、被控訴人から本件物件をめぐって金三〇〇万円というような莫大な賠償請求をされるような債務不履行ないし不法行為その他特段の法律的原因事実が見当らないこと、舛平が被控訴人から提起された本件調停の基礎となった訴訟事件は、舛平が敗訴してもたかだか金二万円の洋服代金債務の履行請求にかかるものにすぎないこと等を考え合わせると、被控訴人が調停において本件物件を訴外大畑から買戻すについての代金の不足を援助すること、いわば融資の趣旨にすぎず、強制執行によりその履行を確保することまで所期したものではないと解するのを相当とする。この点に関する被控訴人の主張は前記認定の事実関係に照し、当裁判所の採用することのできないものである。

しかも、本件物件について、被控訴人がすでにその買受代金を支払い、これを他に転売していることの争いのない本件において、前記本件調停条項第四項に基づく舛平、したがって、その承継人である控訴人らの金三〇〇万円の支出債務は消滅したというべきであり、本件調書第四項に基づく控訴人らに対する強制執行は許されないものといわなければならない。

よって、本件調停調書第四項に基づく執行力の排除を求める控訴人らの本訴請求は正当であり、これを棄却した原判決は不当であるから取消し、控訴人らの請求を認容することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法九六条、八九条に、強制執行停止決定の認可および仮執行の宣言については同法五四八条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 桑原正憲 裁判官 大和勇美 濱秀和)

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