東京高等裁判所 昭和43年(ネ)533号 判決 1969年12月26日
控訴人 株式会社東都ビジネス・センター
被控訴人 大和田大造
主文
原判決を次のとおり変更する。
控訴人は、訴外渋谷忠二郎から金一六〇万円の支払を受けるのと引換えに、被控訴人に対し、別紙目録を<省略>記載の建物について昭和四二年二月二日付売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
被控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じこれを三分しその二を控訴人のその余を被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、左記のほか原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
(控訴代理人の陳述補足)
一 控訴人は、訴外渋谷忠二郎に対する債権担保のため、訴外枝村皐子所有にかかる別紙目録記載の建物(以下本件建物という)につき有した抵当権の実行として、本件建物の任意競売を申立て、昭和四一年一〇月四日競落許可決定を受けて自ら競落人となり、昭和四二年三月一六日競落代金を支払つて、本件建物の所有権を取得した。
二 昭和四二年二月二日に成立した本件売買における売主は控訴人であり、買主は被控訴人であるから、被控訴人が控訴人に対し右売買代金六〇〇万円全額の支払義務を負うべきものであることは当然である。訴外渋谷忠二郎が右代金中一六〇万円につき支払義務を負担するというのは、被控訴人の六〇〇万円の代金債務中一六〇万円につき重畳的債務の引受をしたものであり、仮にそうでないとしたら、右金額につき履行の引受をしたものである。従つて、同訴外人が一六〇万円の支払義務を負担するからといつて、被控訴人の控訴人に対する代金債務額に消長を及す限りではない。
三 渋谷忠二郎が割賦金の支払を一回でも滞つたときは、期限の利益を喪失する旨の特約があつた。
四 控訴人は、本件売買契約成立の際、被控訴人から代金四四〇万円の支払を受けたから、両者間の約定により被控訴人に対し本件建物の所有権移転登記義務を履行すべきこととなり、右義務の履行は、被控訴人の前記残代金一六〇万円の支払義務に対する関係では、先履行の関係にあつた。ところが、控訴人の競落による本件建物の所有権取得につき、競売裁判所より控訴人名義に嘱託登記がなされた旨控訴人に通知があつたのは昭和四二年三月二七日であつたから、同日以前に控訴人が被控訴人に対して所有権移転登記をすることは事実上不可能であつた。これよりさき同年三月一六日頃、控訴人と被控訴人間において、右の嘱託登記が遅延することを予想して、控訴人の被控訴人に対する所有権移転登記手続は、同年四月三日にすることとされていた。他方、前記残代金一六〇万円の割賦金五万円の第一回履行期は同年三月末日であつたところ、被控訴人及び同訴外人は右履行期を徒過したから、その後は前記特約により期限の利益を喪失したため、控訴人の所有権移転登記義務は、被控訴人又は訴外渋谷忠二郎の残代金一六〇万円の支払義務と同時履行の関係に立つに至つた。従つて控訴人は一六〇万円の支払を受けるまでは本訴請求に応じ難い。
(被控訴人の陳述補足)
一 控訴人が、その主張の競落許可決定、代金支払を経て、本件建物の所有権を取得したことは認める。
二 控訴人は被控訴人が金四四〇万円を支払つたのと引換えに、本件建物の所有権移転登記義務を履行すべきこととなつたのであつて、訴外渋谷忠二郎が負担した金一六〇万円の支払義務の履行如何は、右所有権移転登記義務の履行と何ら関係あるものではない。また、同訴外人の金一六〇万円の支払義務は、被控訴人の代金支払義務の一部を、重畳的に引受けたり、その履行を引受けたりしたものでもない。従つて、控訴人の被控訴人に対する所有権移転登記義務は、同訴外人の残代金支払義務と同時履行の関係に立つものではなく、また右残代金支払義務の不履行を理由に、本件売買契約全体の解除が許されるべきものではない。
(証拠関係)<省略>
理由
一 控訴人が、本件建物に対する任意競売事件において、昭和四一年一〇月四日競落許可決定を受けて競落人となり、昭和四二年三月一六日競落代金を支払つて本件建物の所有権を取得し、同年三月一八日競売裁判所の嘱託により控訴人名義に所有権移転登記が経由されたこと、これよりさき、同年二月二日控訴人は被控訴人に対し本件建物を代金六〇〇万円で売渡す旨の契約を締結し、被控訴人が同日控訴人に対し右代金の内金四四〇万円を支払つたことは、当事者間に争いがない。
成立に争いがない甲第一、二号証、原審証人枝村皐子、当審証人渋谷忠二郎の各証言、原審及び当審における控訴会社代表者尋問の結果(後記措信しない部分を除く)並びに本件口頭弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
控訴人は、かねて訴外渋谷忠二郎、同渋谷忠一に対し金四〇〇万円を貸付け、右債権担保のため、当時渋谷忠一所有の本件建物につき抵当権の設定を受けた。その後本件建物は訴外枝村皐子に譲渡されたところ、渋谷忠二郎らが右債務を支払わなかつたため、控訴人は右抵当権に基づき本件建物の競売を申立て、前記のように自らその競落人となつた。そこで渋谷忠二郎及び枝村皐子は、控訴人から本件建物を再取得しようとしたが、その資金がないため、被控訴人に懇請して、差当り被控訴人に本件建物を買受けて貰い、将来渋谷忠二郎らが被控訴人からこれを買戻すことの了解を得た。
そこで昭和四二年二月二日冒頭掲記の本件建物の売買契約がなされたのであるが、右契約においては、控訴人と被控訴人及び渋谷忠二郎との間において本件建物の売買代金を六〇〇万円と定め、被控訴人は同日右代金のうち四四〇万円を支払い、これと引換えに控訴人は被控訴人名義に本件建物の所有権移転登記手続をする旨及び残代金一六〇万円は渋谷忠二郎が同年三月以降毎月末日限り金五万円宛分割して支払い(但し、右分割金の支払が遅滞したときは期限の利益を失う)、右残代金の支払について被控訴人は何ら責任を負わない旨の合意がなされた。さらに、その際、渋谷忠二郎の右一六〇万円の債務については、渋谷忠一、枝村皐子、松沢義雄が連帯保証人となり、右連帯保証人らは、同人らが右保証債務を履行した場合にも、被控訴人に対して求償権の行使等何らの請求もしないことを被控訴人に対して約束した。しかるに、渋谷忠二郎は、右約定にかかる割賦金の第一回の支払期日である同年三月末日を徒過した。以上のように認められ、右認定に反する原審証人村上頼子の証言、原審及び当審における控訴会社代表者の供述部分は、前掲その余の証拠に照らし措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
二 右の当事者間に争いない事実及び認定の事実に基づいて当事者の各主張につき順次判断する。
(一) まず、被控訴人が本件売買契約成立と同時に金四四〇万円を支払つたことにより、控訴人は約旨により被控訴人に対し本件建物の所有権移転登記義務を負うに至つたが、控訴人の本件建物の所有権取得は競落によるものであつたから、右登記義務は控訴人が競売裁判所の嘱託により同年三月一八日自己名義に所有権移転登記を経たことにより、履行可能となつたものといわねばならない。
(二) 控訴人は、同年八月一八日又は一九日に、被控訴人又は渋谷忠二郎の残代金一六〇万円の支払義務不履行を理由に本件売買契約を解除したから、控訴人の右所有権移転登記義務は消滅したと主張する。
右主張のうち、被控訴人に残代金一六〇万円の支払義務があることを前提としてその不履行に基づく解除をいう部分は、前記認定したところから明らかなように、右残代金の支払義務は、専ら渋谷忠二郎にあるのであつて、被控訴人にあると認めることはできないから、失当たるを免れない。
次に、渋谷忠二郎の支払義務不履行を理由とする契約解除の主張について検討すると、渋谷忠二郎はその最初の割賦金の履行期である同年三月末日を徒過したのであるが、(一)記載のように、当時既に控訴人の被控訴人に対する所有権移転登記義務は履行可能の状態にあつたもので後述するように、同年三月末日を経過後は、渋谷忠二郎の右割賦金債務と控訴人の右移転登記義務とは互いに同時履行の関係が存在するに至つたと解せられる。従つて渋谷忠二郎としては、控訴人の被控訴人に対する登記義務の履行ないし履行の提供がない限り(右の提供がなされたことを認めるべき証拠はない。)、履行期が到来した割賦金債務について遅滞の責を負うものではない(従つて、さきに認定した割賦金の支払遅延による期限の利益喪失約定の働く余地もない。)。よつて、渋谷忠二郎の一六〇万円の債務不履行を理由とする控訴人の本件売買契約解除の主張は理由がない。
(三) 次に、控訴人の同時履行の抗弁について判断する。
一般に、双務契約において、互いに対価関係に立つ各債務の履行期に先後がある場合、先履行義務者は原則として履行拒絶機能をもたないのであるが、先履行義務者がその債務を履行しない間に、相手方の債務が弁済期に達した場合には、先履行義務の履行があつて始めて相手方の債務の履行が可能となる等特段の事情がない限り、相手方の請求に対して、先履行義務者も同時履行の抗弁権を主張し得るものと解するのが相当である。これを本件についてみると、控訴人の被控訴人に対する本件建物の所有権移転登記義務と渋谷忠二郎の控訴人に対する一六〇万円の代金支払義務とは、本件売買契約において互いに対価関係にあるというべきところ、先履行義務である控訴人の債務が履行されないうちに渋谷忠二郎の債務履行期が到来したのであり、かつ、右の特段の事情、すなわち控訴人が被控訴人に本件建物の所有権移転登記をすることによつて始めて渋谷忠二郎の割賦金の支払が可能となる等、控訴人の債務の先履行を維持するのを相当とすべき事情は証拠上認めることができないから、昭和四四年一〇月末日を以てその全ての割賦金債務について履行期が到来した渋谷忠二郎の一六〇万円の代金債務の履行の提供があるまで、控訴人は被控訴人に対する本件建物の所有権移転登記義務の履行を拒むことができるといわねばならない。よつて、この点についての控訴人の主張は理由がある。
(四) なお、被控訴人は、控訴人の所有権移転登記義務の不履行により、本件建物の賃料額相当の損害を蒙つたと主張するが、叙上のように、渋谷忠二郎の割賦金債務の最初の履行期である同年三月末日以後は、控訴人の債務と渋谷忠二郎の履行期到来した割賦金債務とは同時履行の関係に立つから、控訴人はその債務につき遅滞の責を負うものではなく、また、控訴人の本件建物の所有権取得が競落によるものであつて、同年三月一八日漸く控訴人名義に所有権移転登記がなされた点、控訴人はその後間もなく右登記の通知を受けたが、数日後に控えた渋谷忠二郎の残代金支払が危ぶまれたので、暫時様子をみているうちに同年三月末日に至つた点(当審における控訴人本人尋問の結果及び本件口頭弁論の全趣旨により認める。)に鑑みれば、右の同時履行関係が生じるまでの間の被控訴人に対する所有権移転登記履行の遅延は、控訴人の責に帰すべからざる事由によるものと認めるのが相当であるから、被控訴人の右損害金請求は理由がない。
三 以上のとおりであるから、被控訴人の本訴請求は、訴外渋谷忠二郎が控訴人に対し金一六〇万円を支払うのと引換えに、控訴人に対し本件建物の所有権移転登記手続を求める限度で認容すべきであり、その余の請求は棄却すべきである。よつて、右と異なる原判決に対する本件控訴は一部理由があるから、原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担については民訴法九六条、九二条により、主文のとおり判決する。
(裁判官 岡部行男 川上泉 大石忠生)