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東京高等裁判所 昭和43年(ネ)541号 判決 1969年12月25日

控訴人 岩佐作一

被控訴人 鈴木康之

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し、金一四万八、六〇〇円及びこれに対する昭和四二年一〇月二一日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は仮りに執行することができる。

事実

控訴代理人は、主文第一ないし第三項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張

控訴代理人は請求の原因として次のとおり述べた。

一  被控訴人は不動産取引業を営むものであつて、訴外埼玉銀行常盤台支店(以下、訴外銀行支店という)と当座勘定契約を締結し、当座預金口座を有していたものであるところ、同業者である訴外小山田健吾に対し、同人の営業上必要な手形取引に関して右当座預金口座を利用し、被控訴人名義をもつて、訴外銀行支店との当座預金取引、手形の振出等の行為をすることを許諾した。そこで小山田は、被控訴人名義をもつて訴外有限会社高山精機製作所宛に、(イ)、金額六万八、六〇〇円満期昭和四一年九月二〇日、振出地支払地とも東京都板橋区、振出日同年六月七日、(ロ)、金額八万円、満期同年一〇月二〇日、振出日同年九月二日振出地、支払地(イ)と同一の、いずれも支払場所を訴外銀行支店とする約束手形二通(以下、本件手形という)を振出し、有限会社高山精機製作所はこれを訴外高山正男に裏書譲渡し、さらに高山はこれを控訴人に裏書譲渡したので、控訴人はその所持人となつた。控訴人が本件手形を取得したのは、同手形が真に被控訴人によつて振出されたものと誤信したからである。そこで控訴人は、本件手形を各呈示期間内に支払場所に呈示したが支払を拒絶された。

二  以上のように、被控訴人は小山田に対し、同人の営業上必要な訴外銀行支店との当座預金取引、手形の振出等に関して自己の名義を使用することを許諾したものであるが、かような場合には、被控訴人は、小山田が右許諾に基づき被控訴人名義をもつて、支払場所を訴外銀行支店として振出した手形が善意の第三者の手に帰することあるべきことを当然予想して許諾したものとみるべきであるから本件手形について、それが被控訴人自身によつて振出されたものと誤信して取得した控訴人に対し、振出人としての手形上の義務を負担するものというべきである。

三  右の主張が認められないとしても、被控訴人は小山田の営業上必要な手形取引について、同人に自己の名義を使用することを許諾したものであるから商法第二三条によつて本件手形につき振出人としての責に任ずべきものである。

四  以上の理由によつて、控訴人は被控訴人に対し、本件手形金合計一四万八、六〇〇円及びこれに対する満期後である昭和四二年一〇月二一日から支払済に至るまで手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求める。

五  なお、被控訴人主張の事実中、訴外銀行支店に対して被控訴人名義の当座預金取引に使用する印鑑につき改印届がなされた事実は認めるが、右改印届は小山田との話合によつて被控訴人自らこれをなしたものである。

被控訴代理人は、答弁として次のとおり述べた。

一  控訴人主張の請求原因事実中、被控訴人が訴外銀行支店と当座勘定契約を締結し、当座預金口座を有していた点、被控訴人が小山田に対し、右当座預金口座を利用し、被控訴人名義をもつて手形を振出すことを許諾し、小山田がこれを利用していた点(その期間は昭和四一年三月から同年九月までである)はいずれも認めるが、小山田が本件手形を振出し、控訴人がその主張の経路で同手形を取得した上これを支払場所に呈示したことは不知、その余は支払拒絶の点を除いて否認する。

二  小山田が前記当座預金口座を利用するについては、小切手振出の都度被控訴人に告げてその承諾を得、振出人としての被控訴人の捺印を受けていたものである。尤も、その後小山田は、被控訴人に無断で被控訴人の姓である「鈴木」という文字を刻した印顆を作成せしめて訴外銀行支店に改印届をした上、前記当座預金口座を利用し、ほしいままに被控訴人名義の手形を振出していたものであつて、本件手形も同様にして振出されたものである。すなわち、本件手形は、小山田によつて被控訴人の許諾の趣旨に反して振出されたものであるから被控訴人においてその振出人としての責に任ずべきなんらの筋合もない。

証拠関係<省略>……と述べたほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

理由

一  原審証人小山田健吾の証言により、表面(基本手形部分)の記載は訴外小山田健吾が作成したものであることが認められる甲第一、二号証の各一、成立に争いのない同号証の各二、右証人小山田の証言及び当審における控訴本人尋問の結果を綜合すると、本件手形は、小山田健吾が被控訴人名義を用いて振出したものである事実及び本件手形には控訴人主張の裏書(但し、白地式)の連続があり、控訴人は訴外高山正男から裏書譲渡を受けて本件手形の所持人となつたのでこれを各満期に支払場所に呈示したところ、いずれもその支払を拒絶された事実が認められ、右認定を妨げる資料はない。

二  よつて、被控訴人に本件手形につき振出人としての支払義務があるかどうかを検討する。

被控訴人が、訴外銀行支店と当座勘定契約を締結して当座預金口座を有していたところ、小山田に対し、右当座預金口座を利用し、被控訴人名義をもつて手形を振出すことを許諾し、小山田が右許諾に基づき昭和四一年三月から同年九月までの間これを利用していた事実は当事者間に争いがない。しかして、前記各証拠と、原本の存在及び成立に争いのない甲第三、第五、六号証、原本の存在に争いのない同第四号証の一、二、第七ないし第一一号証の各存在、当審における控訴本人尋問の結果により成立を認める同第一二号証、原審証人小山田健吾の証言により成立を認める乙第一ないし第三号証、当審における証人奥墨善宜の証言及び被控訴本人尋問の結果(後記採用しない部分を除く)を綜合すれば、被控訴人は不動産取引業を営むもので、前記訴外銀行支店の当座預金口座は休眠状態でいわゆる整理口となつていたところ、同業者である小山田の申出により同人においてこれを業務に伴う手形取引に利用することを許諾したが、訴外銀行側では右整理口の預金口座を復活するには被控訴人の印鑑証明書と新たな取引約定書を差入れしめる方針であつたので、昭和四一年三月一四日自己の印鑑証明書と取引約定書を訴外銀行支店に差入れ、かつ、実印をもつて当座預金取引用の印鑑届を了し、当座預金通帖は小山田に保管せしめたこと、右当座預金口座復活後暫くの間、小切手の振出は、その都度、小山田からの申出によつて、被控訴人が、訴外銀行支店からの当座預金残高通知に基づいて預金残高を確認した上自ら振出人としての記名捺印をして小山田に交付する方法を採つていたが、その方法が煩瑣であつたのと、小山田を信頼していた関係から、話合の結果、被控訴人の姓である「鈴木」の文字を刻した印顆を小山田が作らせた上、同月三〇日訴外銀行支店に改印届を了し、以後同印顆は当座預金通帖とともに小山田が保管し、小山田において必要の都度、一々被控訴人に告知することなく右印顆を使用して被控訴人名義の小切手を作成して振出していたこと、その後、訴外銀行支店から所定の約束手形用紙が交付されてからは、小山田が右用紙及び印顆を用いて支払場所を訴外銀行支店とする被控訴人名義の約束手形をも数百通振出しており、そのうちの本件手形を含む数通が控訴人に譲渡されていること、なお、当座預金が小山田振出の手形の決済によつて減額したときは小山田自身において預金し、当座預金口座については被控訴人は全く関与しなかつたこと及び控訴人は貸金業者であつて、本件手形を取得する以前にも、小山田が被控訴人名義で振出した前記約束手形三通を高山から裏書譲渡を受けたことがあるが、初めの二通を取得した際、控訴人は取引先の訴外池袋信用組合板橋支店を通じて被控訴人の訴外銀行支店における信用を調査したところ、信用できる旨の回答があり、右三通の手形がいずれも無事決済されたことや、本件手形用紙が訴外銀行所定のものであることなどから、本件手形も真実被控訴人の振出にかかるものと信じて取得したものであること等の事実が認められる。当審における被控訴本人尋問の結果中以上の認定に牴触する供述部分はにわかに採用できず、他に以上の認定を左右するに足りる証拠はない。

三  ところで、自己の当座預金口座を利用して自己名義で手形を振り出すことを他人に許諾した者が、その他人が自己名義で振り出した手形につき責を負うべきかは、一個の問題である。これを手形行為自体として考えれば、それが営業の内容でない点において商法第二三条の適用がないことは一応当然である(最高裁昭和四二年六月六日判決参照)。しかし、他人に対して自己名義で営業を営むことを許諾した場合には、その営業のために他人が自己名義で振り出した手形につき、同条によりその責を負うべきことも当然としなければならない(最高裁昭和四二年二月九日判決参照)。手形行為の本質から右の場合にも同条の適用がないとするのは皮相な見解ではないかと考える。なる程、手形上の債務は手形上に署名した者のみがこれを負い手形署名者と手形外の者との間に手形債務につき連帯債務の関係が成立する場合はない。しかし、商法第二三条はいわゆる名板貸人に対し、名板借人の営業上の債務につき、名板貸人の営業上の債務と全く同様の責任を負わせる点に主眼があるのであるから、これを営業上の手形行為についてみれば、その手形行為は名板貸人のした手形行為と同視し、名板貸人はこれにもとづく手形上の責任を負うものと解するを至当とするのである。この場合、名板借人が手形上の署名でなく、したがつて、手形上の責任を負うことのないことは当然であるけれども、名板借人といえども手形偽造者または無権代理人として少なくとも実質上手形上の債務と同一の責任を負担するのであるから、商法第二三条の関係においては、手形に関する限り、名板貸人の手形上の責任と名板借人の手形上または手形外の責任とが民法上の連帯責任の関係にあるものとこれを修正して解すべきものと考える。そうでないと、名板貸人が同条により名板借人の営業上の債務につき一切の責任を負担すべきものとされながら、営業のために振り出された手形についてだけはその責を免れる不当の結果を容認することとなるからである。

しからば、たんに他人の営業のため自己の当座預金口座を利用して手形を振り出すことを許諾した者の責任はどうかこれを商法第二三条の文字どおりにみるかぎり、その適用のないことは、上に述べたとおりこれを当然としなければならない。しかし、そもそも、商法第二三条はその根源を禁反言の法理に発し、自己の名義の使用を他人に許諾した者は、その使用によつて生ずべき結果を甘受しなければならないとするにあるから、その趣旨は、自己名義の貸与がたとい直接に営業に関しない場合すなわち、本件のごとくたんに預金口座名義の貸与の場合にも拡大して類推さるべき可能性を含むものといわなければならない。

大体当座預金口座は多く営業のために利用されるものであつて、その名義を貸与することは、外観上営業名義を貸与することと大差がない。そして、その口座を利用してその名義を用いて振り出された手形は、第三者において当然に真正に振り出されたものとみるべく、第三者がかく信ずるにいたるのは、口座名義人がその利用を他人に許したためである。とすれば、かかる口座の名義貸人につき、右の法条を類推すべきは、あまりにも明白であると信ずるのである。

かりに、これを不可としても、ひとしく禁反言の法理に渕源する民法第一〇九条の趣旨を推して名義貸人の責任を肯定するか、直接に右の法理を援用してその責任を認むべく、いずれにせよ、名義貸人の責任を否定することは許されないものと考える。

控訴人の主張は商法第二三条を根拠とするほか、その主張の法律的根拠を明らかにしていないが、前認定の事実によるときは、被控訴人において当然に本件手形上の債務につきその責に任ずべきは、右に屡述した理由から明らかであろう。

四  しからば、被控訴人は控訴人に対し、本件手形金合計一四万八、六〇〇円及びこれに対する満期後の昭和四二年一〇月二一日以降完済に至るまで手形法所定の年六分の割合による利息を支払う義務があるから、控訴人の本訴請求は正当として認容すべく、これと判断を異にする原判決は不当であつて取消を免れない。

よつて、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条、第一九六条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 長谷部茂吉 石田実 麻上正信)

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