東京高等裁判所 昭和43年(ネ)645号 判決
民法は、妻が婚姻中に懐胎した子は夫の子と推定するとし、婚姻解消の日から三〇〇日以内に生まれた子は婚姻中に懐胎したものと推定するとの規定(七七二条)を設けるとともに、右の規定による嫡出の推定をくつがえすには、嫡出否認の訴または審判によるべく(七七五条、家事審判法一八条、二三条二項)、しかも、嫡出否認の訴は、原則として夫のみが、かつ、一定の期間をかぎつて提起することができ(七七四条、七七七条)、右の期間経過後は、その子は、真実のいかんにかかわらず、当該夫の子として取り扱うこととしている。この嫡出推定の規定は、その他の前示諸規定と相まつて、一方において子をしてその父の子たることの立証から免除し、父子関係を当然に法認するとともに、他面、みだりに真実の父の探求を許すことによつて生ずる家庭の不和と法律関係の混乱を防止することを目的とするものと解すべきところ、その推定は、一に婚姻中は夫婦が同棲し、その間互いに愛情の交換があるとの通常の事態を基礎としているものであることは明らかである。従つて、この前提の有無にかかわらず、これを形式的、画一的に理解し、右法条を適用することは、かえつて、その合理的理由に欠けるものであるとともに、自然の血縁にもとずき真実の父子関係を認めるべき法の理想に遠ざかるものというべきである。しかしまた、夫婦の秘事にまで立ち入り、単に懐胎期間中にたまたま機会として夫婦同棲の事実が認められないという一事によつて、その適用を排除することも、制度本来の目的を逸脱するものであり、これが適用の排除は、嫡出推定の基礎たる夫婦同棲の欠知していることが外観的事実によつて明白な場合にのみ限定されるものと解すべく、かような場合には、必ずしも控訴人主張のごとき懐胎を不可能とすべき絶対的事情がなくても、右推定は働かず、子は直接真実の父に対して認知を請求することが許されるもの、と解するのが相当である。
いま、本件についてこれをみるのに、〔証拠〕を綜合すれば、被控訴人の母木村マスミは、訴外石井衛吉と結婚してから同人とともに東京都目黒区で暮らし、二人の子まで設けたが、家庭不和のため昭和三七年九月ころ事実上の協議離婚をして全く同棲を解消し、爾来マスミは三島市の実家に戻り、衛吉は都内目黒区に居住し、同年一〇月一八日には「協議書」なる協議離婚の書面を作成交換したのに、たまたまその届出手続がおくれ、昭和三九年七月四日にいたつてようやく正式の離婚届をするにいたつた。ところで、その間、マスミは、沼津市に出て同市の建設会社に勤め、昭和三八年一〇月始めころから控訴人と識り合うようになり、他方、衛吉は、昭和四〇年三月八日訴外小宮山よね子と婚姻してこれと同棲生活に入り、マスミ、衛吉両者のあいだに交渉のもたれた事実を疑う余地の全くなかつたことが明らかである。したがつて、被控訴人は、前段認定のごとく婚姻解消の日から三〇〇日以内に生まれた子であるとはいえ、衛吉の子として推定を受けないものというべく、それ故、同人による嫡出否認の訴をまつまでもなく、直接被控訴人に対して提起された本件認知請求の訴は、適法たるを失わない。
(浅沼 上野 渡部)