東京高等裁判所 昭和43年(ラ)443号 決定 1969年10月30日
抗告人 大熊良雄
相手方 鈴木春雄
主文
原決定中抗告人に関する部分を次のとおり変更する。
本件改築を許可する。
相手方は抗告人に対し金八万円を支払え。
転貸借における賃料の年額を金千四百七拾円増額する。
理由
本件抗告の趣旨及び理由は別紙記載のとおりである。
一、抗告人は抗告人と相手方間の本件転貸借については増改築禁止の特約がないので、相手方の本件申立はその要件を欠き不適法であると主張するが、借地法第八条ノ二第二項の許可の申立が許されるのは必ずしも増改築制限の特約が有効に存在する場合に限られるものではなく、右特約の存否につき争がある結果当事者間に協議が調わないときにも右申立をすることが許されるものと解すべきである。けだし当事者間に右特約の存否につき争があり、その結果協議が調わない場合には、増改築を強行することもあるべく、ひいて右特約違反の有無をめぐり将来各般の紛争を生ずる虞のあるべきことが容易に予想できるのみならず、かかる紛争に基く訴訟において右特約の存在を認定される場合にそなえて同条項の申立をすることができると解するのが増改築制限の特約をめぐる紛争を予め防止調整しようとする同条項の立法趣旨に最も良く適合すると考えられるからである。
ところで本件記録によれば、成程相手方は本件転貸借については増改築制限の特約は存在しなかつたと主張しているが、抗告人は本件転貸借の期間は十年という約束であつて増改築を前提としていない旨主張しているのであつて、増改築制限の特約の存否につき当事者間に争があり、その結果当事者間に協議が調わなかつたことが推認されるのであるから、前記理由により相手方は増改築許可の申立をなしうべきものというべく、従つて相手方の本件申立は適法であり、抗告人の前記主張は理由がないといわなければならない。
二、次に相手方の本件申立を認容すべきか否かについては、当裁判所は本件に顕れた全資料を検討した結果右申立を認容すべきものと判断するものであつて、その理由は抗告人に対する給付額の点を除き原決定理由において説示するところと同一であるからこれを引用する(但し、本件資料によれば、原決定一枚目裏末行の「相手方渋谷貞雄」とあるのは「相手方大熊良雄」の、「相手方大熊良雄」とあるのは「原審相手方渋谷貞雄」の、同二枚目表四行目の「右渋谷」とあるのは「右大熊」の、同二枚目表五行目の「東南隅」とあるのは「東北隅」の、同二枚目裏五行目の「相手方大熊」とあるのは「原審相手方渋谷」のそれぞれ誤記と認められるからそのように訂正する)。
抗告人に対する給付額について考えるに、本件資料によつて認められる本件転貸借の期間は十年と定められていたこと及び本件改築は現在の建物を取毀して新築し、しかも二階を新しく増築するものであることその他右に引用した原決定理由において説示する諸事情を考慮し、原審における鑑定委員会の意見を斟酌して抗告人に対する給付額は金八万円と定め相手方に対してその支払を命ずるのを相当と考える。
三、よつて原決定はこれを右の趣旨に従つて変更することとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 浅賀栄 岡本元夫 鈴木醇一)
(別紙)
抗告の趣旨
一、原決定を取消。
二、申立人の申立を却下する(主位請求)
申立人の申立を棄却する(仮定請求)
との裁判を求める。
抗告の理由
一、原審に於ける昭和四三年五月一五日付準備書面記載の理由を援用する。
二、新らしい主張は追つて提出する。
よつて抗告の趣旨記載の裁判ありたく即時抗告する。
準備書面
第一、本件申立は却下さるべきである。
(一) 抗告人と被抗告人との間の転貸借契約には増改築禁止の特約は存しない。
借地法第八条の二第二項の増改築の承諾に代る許可の申立についてはその申立の要件としては第一に増改築の制限の特約がある賃貸借契約であることが必要である。このことは同条に明文で定まつている。
しかるに被抗告人の本件申立についてその申立書(二)の(ロ)には増改築禁止の特約は存しない旨主張して、またその他増改築を妨げる特別事情の主張もない以上その申立は不適法として却下されるべきである。
第二、(一) 本件借地権の残存期間であるが、被抗告人は期限の定めなきものであるから契約時より三〇年間がその存続期間である旨主張する。しかし本件の場合は一応当事者間のとりきめは一〇年であつた。
しかし、右の特約が無効としても、期間は二〇年とみるべきものである。何故ならば二〇年と合意をすれば、同期間は有効であるのに、それより短い期間の合意がある場合は三〇年となるのは当事者の意思をまつたく無視して、まことに不合理なものとみざるを得ないからである。従つて二〇年の期間とすれば残存期間は残り約一年である。
(二) しかも本件被抗告人の改築はその申立書自体から明らかなようにまつたくの新築であつて、残存期間で約一年である借地上にまつたくの新建物を築造すれば、賃貸人が期間満了時に正当理由で(昭和四三年五月一五日付準備書面)明渡しを求める時に、建物の買収請求権を行使されて、その受ける不利益は明らかである。
(三) 仮に二〇年の期間でなく、三〇年の期間とみた時も、期限の定めのない借地権の存続期間はその期間満了前においても地上建物が朽廃すれば借地権は、消滅するものである。
そうであれば本件建物の現在の朽廃状態を原審の鑑定委員の意見書をみれば残存耐用年数すら約一〇年内外と認められる旨の意見がある。
借地法上建物が朽廃しているか否かは法律判断であつて、本件の借地権は建物所有を目的とする賃借権であつて、その意味から考えれば人間が居住可能か否かの事実認定が朽廃しているか否かの法律判断の最も重要な一資料であると考えられる。従つて本件の建物はすでに人の住める状態ではなく、借地法上はすでに朽廃に至り、その借地権は即に消滅しているか、あるいは残り一、二年をもつて朽廃すべきものである。
そうであれば本件のごとき建物の新築はその申立は不適法であり却下さるべきものであつて、裁判所は借地法第八条の二第四項にいう、その他一切の事情を考慮して判断しなければならない以上、その事情は右のような残存期間の点は第一番に考慮さるべき事情と云わねばならない。
第三、以上すべての主張が理由がないとしても、本件の土地の借地権は被抗告人の主張からは三〇年であつて残りは約一一年であり、またその耐用年数は意見書によれば一〇年内外であつて、その期間をすぎれば本件の借地権自体消滅するのである。従つて、本件の改築は、それ自体まつたくの新築であつて、当然右の期間以上存続することが予定され、それ以上の期間は到底抗告人においては認められない。従つて、現在の地上建物が朽廃して借地権が消滅するであろう時以後あるいは、残存期間の満了時である昭和五五年三月三一日以後の期間を越える部分については承服できないから、本準備書面で異議を述べる。
以上