大判例

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東京高等裁判所 昭和43年(行ケ)116号 判決

一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨および審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

二 そこで、審決を取消すべき事由の有無について検討する。

(一) まず、本願発明の作用効果として原告が主張する酸化シリコンの皮膜による半導体表面の保護作用について考察する。

成立に争いない甲第三号証の二の記載とくに、その一ページ一〇行から二一行まで、五ページ一九行目から六ページ一〇行目までの記載に徴すれば、本願発明の目的、効果とするところは、複数の閉囲域からなるP―N接合を有する薄板の主面上に被覆された絶縁物質たるシリコン酸化物皮膜の穴を通じて電気接続をすることにより、比較的高温においても絶縁物質の変化または半導体表面の特性の劣化を生ずることなしに電気接続がなされ、また、シリコン酸化物からなる絶縁物質が半導体との界面において、機械的にも電気的にも安定性を与え、半導体表面の汚染を防ぎ、電気的特性の劣化を防ぎ、もつて半導体表面の保護を図つたものと認めるのが相当である。

原告は、ここにいう半導体の表面保護とは従来行なわれてきたハーメテイツク・シールにより達成されるような恒久的な表面保護をいうものである旨主張するが、前記甲第三号証の二の本願発明の明細書を見ても、原告の主張するような趣旨の記載または、これをうかがうに足りる記載は見当らない。また、本件における全証拠を検討しても、原告主張のこの事実を認めるに足りる証拠はない。したがつて、本願発明の効果として明細書に記載された半導体の表面保護作用は、ハーメテイツク・シールによつて達成されるような恒久的な保護に限定されるものとはいえない。

(二) ところで、第一引用例記載のトランジスタにおける光抵抗性物質は、そのトランジスタが密封されるまでの間であるにせよ、そのトランジスタの表面保護の作用を有することは、原告の自認するところである。しかし、原告は、この光抵抗性物質は、それのみでは恒久的かつ完全な保護作用を有するものではなく、半導体装置に対する保護皮膜としては実用に適さない旨、また、第一引用例において光抵抗性物質を用いる最大の理由は半導体の表面保護にあるものではない旨主張する。しかし、本願発明の効果として明細書に記載された半導体の表面保護作用はハーメテイツク・シールによつて達成されるような恒久的な保護作用に限定されるものでないことは、前記認定のとおりであるところ、成立に争いのない甲第四号証の二によれば、第一引用例には「光抵抗性材料は蒸着されたリードをゲルマニウムの表面から絶縁するだけでなく、その表面を回路全体又は回路の組合わせが密封されうるまで汚染から保護する」旨記載されており(第一引用例三一ページ右欄三五行から三二ページ二行まで)、この記載に照らせば、第一引用例に記載された保護作用は本願発明の保護作用と異なるところはないものというべきである。

(三) 原告は、第二引用例においてトランジスタの表面の一部を被覆しているシリコン酸化物皮膜は、単に絶縁作用を有するのみであつて、半導体表面の保護のために用いられているものではなく、また、この作用を示唆する記載もない旨主張する。これに対して、被告は、第一引用例または乙第一号証から第三号証までに記載されたP―N接合の保護に関する周知技術を背景として第二引用例を見れば、第二引用例記載のシリコン酸化物の皮膜は、絶縁作用のみならず、半導体の表面保護作用をも有するものであつて、このことは、当業者であれば容易に認識しうるところである旨主張する。そこで、この点について検討する。

1 第一引用例に記載された光抵抗性物質の皮膜が半導体の表面からリード線を絶縁するとともに半導体表面を汚染から保護する作用を有することは、前記認定のとおりである。しかしながら、前記認定の第一引用例の記載だけからでは、半導体表面を不透湿性の絶縁物質で被覆すれば常に必ず表面保護の効果を生じるとまで認めることはできず、いわんや第二引用例に記載された半導体表面に施こされたシリコン酸化物の皮膜が絶縁作用とともに表面保護の作用を有するものであるということにはならない。その詳細は次のとおりである。

第二引用例に半導体装置の表面保護作用に関する明文の記載がないことは被告も認めて争わないところであり、かつ、シリコン酸化物の皮膜が半導体表面のP―N接合を保護する作用を有する物質であることが当業者間に周知の事項であつた旨の被告主張事実も、被告の提出した乙第一号証から第三号証までの記載によるも、以下示す理由によりこれを認めることができない。

2 成立に争いのない乙第二号証によれば、特公昭三二―二一八三号公報には合成樹脂の皮膜によつて半導体表面を覆いこれを保護し、漏洩電流を阻止して半導体装置の特性を向上せしめる研究について記載されているが、シリコン酸化物の皮膜の保護作用については何ら記載されていない事実を認めることができる。

また、成立に争いのない乙第三号証によれば、特公昭三〇―六九六九号公報には、半導体太陽電池を酸化シリコンの薄膜で被覆することが記載されているが、「更に、シリコンの使用は反射の損失を最小化する問題を容易ならしめる。保護皮膜なしに大気に曝らしたときにシリコンの表面は酸化物の皮膜を作り、これが大気及びシリコン本体の屈折率の中間の屈折率を持ちこれに依り反射が最小化せられる。これは、保護被覆に対する必要を最小化し、従つて薄い保護被覆を用いても安全ならしめる。」旨記載されている(公報二ページ右欄四行から一〇行まで)。この記載から明らかなように、ここにおいては、酸化シリコン皮膜の機能は、半導体の表面保護作用にあるのではなく、入射光線の反射損失を最小にすることにあることが記載されているものと解すべきである。そして、「これは保護被覆に対する必要を最小化し従つて薄い保護被覆を用いても安全ならしめる。」旨の記載は、公報の記載全体を通じてみれば、入射光線の反射損失を最小にするためには保護被覆の使用を最小限にとどめるべきである旨記載しているものと解すべきであつて、酸化シリコンの皮膜に表面保護作用があることを間接的に表現したものと解することは相当ではない。

つぎに、成立に争いのない乙第一号証によれば、ドイツ特許第九六九四六五号明細書には、シリコン酸化物の皮膜でP―N接合を覆うことにより、電気的に短絡されるような特性劣化を防止し、表面保護作用を行わせることが記載されているものと認められる。原告は、同明細書に記載された石英は結晶体であり、本願発明のシリコン酸化物のような無定形のものではない旨主張するが、同明細書によれば、石英は釉薬(琺瑯)類の被覆として形成され(明細書二ページ左欄一二行から一七行まで、同三〇行から三七行まで)、またそれは、高真空中での蒸着または噴霧によつて形成されている(同欄五六行から右欄三行まで)ことが記載されているから、ここにいう石英は、ガラス質の石英すなわち非結晶状の石英ガラスを意味するものと解するのが相当である。

しかしながら、同明細書の前記記載は周知技術としてではなく、新規な技術として記載されているのであるから、同明細書の記載から直ちに、シリコンの酸化物に半導体の表面保護作用があることが従来周知であつたということはできない。同明細書が特許庁資料館に受入れられた日が昭和三三年一〇月一八日であることは当事者間に争いのないところ、この日時は、本件出願の優先権主張の日である昭和三四年二月六日を遡ること四箇月足らずにすぎない。ところで、当該技術分野における周知技術といいうるためには、当該技術が当業者間に一般に知れわたつていると認められる状態にあることを要すると解されるから、前記ドイツ特許公報が特許庁資料館に受入れられた日時と本件出願の優先権主張の日時との間かくが比較的短期間であること、この文献が広く一般に刊行されたものではなく、特許庁資料館に受入れられた外国文献であることなどを考慮すると、この記載内容が公表されるや直ちに当業者間においてこの記載内容が注目され、評価されていたなど特段の事情の認められる場合はともかく、そのような特段の事情の認められない本件においては、この一公知文献の存在した一事をもつて、シリコン酸化物に半導体の表面保護作用があることが周知であつたと認めることはできない。

のみならず、成立に争いのない甲第六号証および第一一号証(ウイリス・エイ・アドコツクの宣誓供述書)、甲第七号証の一および二(ジエイ・ウオーレス・レースロツプの宣誓供述書)、甲第八号証(特公昭三三―一〇八三号公報)、甲第九号証(特公昭三五―三四七一号公報)によると、シリコン酸化物皮膜は、拡散マスクとして用いられたが、拡散工程終了後半導体装置の表面上にこれを残すことはP―N接合の電気的特性に有害であつて、電極取付前にこれを半導体表面から完全に除去すべきであるという考え方があり、一たん半導体表面に形成したシリコン酸化物皮膜を拡散工程の終了後完全に除去するということが広く行われていたことを認めることができる。したがつて、この事実に照らして考えれば、本件出願の優先権主張日当時において、被告の主張するごとくシリコンの酸化物に半導体の表面保護作用があることが周知であつたということはできない。

3 それ故、シリコンの酸化物が半導体の表面保護作用を有していることが周知であることを前提に、当業者ならば第二引用例に開示されたシリコン酸化物の皮膜が表面保護の機能をも併せ有していることを容易に認識し得た旨の被告主張事実は、到底これを肯認することができない。

4 また、被告は、酸化シリコン皮膜に表面保護の機能が存することは新たな効果の発見にすぎないものであり、第一引用例における光抵抗性物質を第二引用例のシリコン酸化物で置換えることは、当業者が容易に推考実施しうるものである旨主張する。しかしながら、前記認定のとおり、本件出願の優先権主張日当時拡散工程の終了後に酸化シリコンのマスクを完全に除去するということが広く行われていたとすれば、第一引用例の光抵抗性物質のかわりにこれをシリコン酸化物で置き換えることを当業者が容易に推考実施しうるものということはできない。

5 以上認定の事実に照らせば、本願発明は、第一、第二引用例の記載から当業者において容易にこれを実施することができるとした審決は、その判断に誤りがあることは明らかである。

三 よつて、審決には原告主張の違法があるから、原告の請求を認容する。

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