東京高等裁判所 昭和43年(行ケ)128号 判決
一、構成要件の進歩性について
成立に争いない甲第八号証(宣誓供述書)により商品名を「solprene一二〇五」とする高シス共重合体であると認められる検甲第二号証を、同じく商品名を「polysar、s六三〇」とする低シス共重合体であると認められる検甲第一号証と比較すると、押すとへこむ性質は鈍く、曲げると元へ戻る性質もやや弱いが、やはりゴム状弾性を有することが認められ、原告の主張するような蝋状物質とは認められない。この認定に反する甲第八号証記載の所見は採用できない。そして本願明細書に示された高シス共重合体が蝋状物質であると認定できる証拠は存在しない。また、高シス共重合体が本願の優先権主張日前公知であつたこと、およびその組成構造上からは蝋状と推測できず、現在ではゴム状・エラストマーのものもあること、本願の高シス共重合体を強靱化剤として用いても製造方法(混合)また強靱化の機構が引用例において低シス共重合体を用いる場合と同一であることは、いずれも争いがない。
そして成立に争いない甲第七号証(引用例)によれば、引用例にはブタジエン―スチレン共重合体を配合する目的・作用効果を直接記載していないが、技術的課題としてビニル芳香族重合体とゴムとの組成物が熱・光・空気・酸素などにより変化・劣化しやすいのを防止することをあげており、別に特定の安定剤を加えているから、ゴム状物質として配合したものであることは、当業者が容易に推測できると認められる。
そうしてみると、引用例のような強靱化ポリスチレンにおけるゴム状の低シス共重合体の代りに、同じくゴム状物質と認められる高シス共重合体を強靱化剤として転用することは、当業者が容易に推考できるものと考えられる。従つてこの点に関し進歩性を否定した審決の判断に誤りはない。
二、作用効果の顕著さについて
成立に争いない甲第一号証(本願明細書)、同第五号証(審判請求理由補充書)、同第九、一〇号証(いずれも宣誓供述書)および前掲甲第八号証にそれぞれ示された高シス共重合体と低シス共重合体との比較試験例一〇例を総合して検討してみると、次の事実が認められる。
(一)、室温・低温の双方における衝撃強度と破断伸度の測定対比の揃つたものは一例(甲第八号証の例)にすぎないが、低温破断伸度(増大率二三%)以外の性質はいずれも僅かな増大率にすぎない(八・一ないし一七%)。
(二)、衝撃強度からみると、(イ)室温・低温の双方で顕著な増大率(室温五〇ないし六三%、低温一〇九ないし二六二%)を示す二例(甲第一〇号証のゴム一・三、ゴム二・三)があるが、そのうち一例(ゴム二・三)は室温における破断伸度の増大率(七三%)を伴うものの、他の一例(ゴム一・三)は全くそれの増大を伴わない。(ロ)そのほか低温で顕著な増大率(一三七%)を示す一例(甲第五号証の試験例4と比較試験例4)があるが、室温においては逆に減少している(二二%)。(ハ)またそのほかに室温での増大例四例(甲第一号証の例、甲第五号証の試験例一、同試験例二と比較試験例二、甲第九号証の実験1・2)があるが、六ないし二五%の増大率にとどまつているし、(ニ)増大を示さない一例(甲第九号証の実験1・2)、不明なもの一例(甲第五号証の試験例3と比較試験例3)がある。
(三)、破断伸度からみると、(イ)室温で増大率顕著(七三%~一八六%)なもの四例(甲第五号証の試験例2と比較試験例2、同試験例4と比較試験例4、甲第九号証の実験例1・2、同実験例3・4)をみるが、室温・低温での衝撃強度の顕著な増大を伴うものは一例にすぎず((二)の(イ)に例示のもの―甲第一〇号証のゴム2・3)、そのほか低温での衝撃強度の著しい増大率(一三七%)を伴うものが一例(甲第五号証の試験例4と比較試験例4)あるが、これは室温のそれの減少(二二%)を伴つている((二)の(ロ)に例示のもの)。(ロ)そして室温で増大を示さないもの一例(甲第一〇号証のゴム1・3)、減少を示すもの一例(甲第九号証の実験1・2)、不明のもの二例(甲第一号証の例、甲第五号証の試験例3と比較試験例3)がある。
(四)、室温の衝撃強度・破断伸度の双方とも増大を示さないものが一例(衝撃強度の点で(二)の(ニ)で、破断伸度の点で(三)の(ロ)―減少例―で、それぞれ例示―甲第九号証の実験1・2)ある。
(五)、また衝撃強度などの測定値を絶対値からみると、室温での衝撃強度が、高シス共重合体において三・一九ないし一・二五フイート・ポンド/一インチノツチ(アイゾツド衝撃試験値)であるのに対し、低シス共重合体において二・九四ないし一・二五フイート・ポンド/一インチノツチである。また室温での破断伸度が、高シス共重合体のとき四五ないし二〇%であるのに対し、低シス共重合体のとき三七ないし一四・五%である。
(六)、ほぼ等しいスチレン重合体、ブタジエン、シス一・四の割合をもつ高シス共重合体間にも実験時により低温衝撃強度に八一%もの差異を生じている。
(七)、この種組成物ではスチレン重合体の性質、配合するブタジエン―スチレン共重合体の性質、配合操作・条件により、その性質は多少変化し、前に示された増大率なども比較する低シス共重合体によりかなり変るので、一般に増大率が二〇ないし三〇%程度では著しい差異とはいえない。
以上の事実をあわせ考えると、室温・低温における衝撃強度と破断伸度を総合して本願発明において改善が顕著であるとは、にわかにいゝ難いものといわなければならない。
なお前掲甲第九号証および同号証により低シス共重合体と認められる検甲第三号証と、同じく高シス共重合体と認められる検甲第四、第五号証を比較すると、後者の方が表面光沢が大であることは確認できる。しかしながら表面光沢の改良という作用効果については本願明細書に記載がないことは、争いないところであり、しかも原告が審判においてこの点を主張していない以上、審決が判断を示さなかつたのは当然である。
従つて、作用効果の点から進歩性を否定した審決の判断に誤りはない。
三、結論
そうすると、本件審決には原告の主張するような判断の誤りはないから、本訴請求は失当であり、棄却せざるを得ない。
〔編註〕 本願発明の要旨および審決理由の要点は左のとおりである。
本願発明の要旨
(一)、原材料として、スチレンまたは核上にメチル置換基をもつてスチレンの、重合体もしくは共重合体からなるスチレン重合体の、主要量を含有し(スチレン系重合体)
(二)、さらに強靭化剤として、重合ブタジエンの三〇%以上が
1、次式<省略>をもち、かつ、
2、この二重結合の周りの立体的配置がシスである、多量のブタジエンと少量のスチレンとの共重合体(高シス共重合体)の、少量を含有する(ブタジエン・スチレン共重合体)ことを特徴とする強靱化されたスチレン重合体の組成物(強靱化ポリスチレン)
審決理由の要点
本願発明の要旨は前項のとおりである。ところで特許出願公告昭和三三年第七六四四号公報(以下「引用例」という。)には、スチレン系重合体の原材料に、強靱化剤としてブタジエンースチレン共重合体(低シス共重合体)を混合することが記載されており、その強靱化剤は乳化重合法により製造されたもので、ゴム状物質である。また本願の強靱化剤とする高シス1・4ブタジエンースチレン共重合体(高シス共重合体)は、本願優先権主張日前公知であり、ゴム状物質である点で前記低シス共重合体と共通する。従つて本願の構成は、公知の組成物中の強靱化剤である低シス共重合体を、公知の物質でありしかもゴム状の性質も共通する高シス共重合体で置き換えたもので、当業者が容易に考えられるところである。しかも目的組成物の衝撃強度・破断伸度など作用効果において格別顕著な改善も認めがたい。従つて本願発明は引用例・公知事実に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められるから、特許法第二九条第二項の規定により、特許を受けることができない。