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東京高等裁判所 昭和43年(行ケ)131号 判決 1974年6月25日

原告

モンテカチニ・エジソン・ソシエタ・ペル・アチオニ

右代表者業務執行役員

エドワルド・ヴイタリティ

アクイリノ・パリニ

右訴訟代理人弁護士

熊倉厳

外四名

右訴訟復代理人弁理士

木寺巌

被告

特許庁長官

斎藤英雄

右指定代理人

斎藤昌己

外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。この判決に対する上告のための附加期間を九〇日とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「特許庁が昭和三八年審判第五五九九号事件について昭和四三年五月二日にした審決は取消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求めた。

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

訴外モンテカチニ・ソシエタ・ゼネラル・ペル・ランダストリア・ミネラリア・エ・シミカは、イタリーの法律により設立された法人であるが、一九六〇年(昭和三五年)一二月一一日イタリーでした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和三六年一一月一〇日「銀一基体触媒を用いてエチレンを部分酸化することによりエチレンオキサイドを連続的に生成させる方法」という名称の発明(以下「本願発明」という。)につき、特許出願をなした(昭和三六年特許願第四〇四一五号)。ところが、本件特許出願は、審理の結果昭和三八年九月二五日付で拒絶査定を受けたので、訴外法人は、この査定の取消を求めるため同年一二月一九日審判を請求した(昭和三八年審判第五五九九号)。

原告は、イタリーの法律により設立された法人であるが、一九六六年(昭和四一年)七月七日、前記訴外法人を吸収合併により合併し、商号を現商号にあらため、訴外法人の特許出願に関する一切の権利を承継した。前記審判請求については、昭和四三年五月二日審判の請求は成り立たない旨の審決がなされ、この審決は、出訴期間として三箇月を付加する旨の決定とともに昭和四三年六月一二日原告に送達された。

二  本願発明の要旨

銀触媒の存在下エチレンを酸素で処理してエチレンオキシドを製造する際に、インヒビターとして水の沸点よりも高い沸点をもつ水溶性塩素化有機化合物を用いることを特徴とする方法

三  本件審決理由の要点

本願発明の要旨は、前項のとおりである。ところで、英国特許第四九〇一二三号明細書(以下「第一引用例」という。)には、銀触媒の存在下エチレンを酸素で処理してエチレンオキシドを製造する際に、水溶性有機化合物(たとえばエタノール)や塩素化有機化合物(たとえば二塩化エチレン)などを包含する広範囲の化合物の少量を添加して行う方法が記載され、また、英国特許第五一八八二三号明細書(以下「第二引用例」という。)には、インヒビターとして水より高い沸点をもつ塩素化有機化合物を用いるエチレンオキシドの製法が記載されている。

そして、エチレンオキシドの製法において、水溶性有機化合物、水より高い沸点をもつ塩素化有機化合物を包含する広範囲の化合物がインヒビターとして有効に使用できることが知られている以上、実際に使用する場合の各種の事情に応じて水より高い沸点をもつ水溶性塩素化有機化合物を選択することは当業者にとつて容易に行うことができることと認められる。

また、審判請求人の主張する本願発明の効果は、インヒビターとして水溶性のものを用い、水洗により触媒から完全に除去することより当然奏しうる効果であろから、従来知られているインヒビター中から水溶性のもの、たとえばエチルアルコールを選択使用した場合でも奏される筈であり、本願発明に特有の効果であるとは認められない。

したがつて、本願発明は、前記各引用例に記載されている発明から容易に発明することができるものであつて、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。<以下省略>

理由

一本件に関する特許庁における手続の経緯、原告が訴外法人の本件特許出願に関する権利を承継した事実、本願発明の要旨、本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。そこで、原告主張の取消事由の有無について検討する。

二第一引用例には原告主張のような記載があることは、当事者間に争いがない。この争いのない第一引用例の記載によれば、銀触媒の存在下にエチレンを酸素で処理してエチレンオキシドを製造する際にインヒビターとして添加すべき物質について、第一引用例には、単にエタノール、二塩化エチレン等特定の物質を列記するものではなく、「……エタノール等の脂肪族アルコール類、二臭化エチレン又は二塩化エチレン等のハロゲン化脂肪族炭化水素類……等の中の任意の一種又はそれ以上の化合物を少量」と各化合物を含む上位概念によつて記載されているものと認められる。

原告は、第一引用例には二塩化エチレン以外の塩素化有機化合物については、実験の裏付がなく、単に発明者の意見を述べているにすぎない旨主張する。そして、第一引用例においては、その記載の発明の実施例として四エチル鉛、二臭化エチレン、二塩化エチレン、ベンゼン、キシレン、アニリン、エタノール等を使用した方法のみが記載されている事実を認めることができる。この記載によれば、塩素化有機化合物については、原告主張のように二塩化エチレン以外の化合物についての実施例の記載はない。しかし、明細書に塩素化有機化合物に属するすべての物質についての実施例を記載する必要のないことは勿論であり(ちなみに、原告も、本件特許出願においては、明細書にエチレンクロルヒドリンに関する実施例のみを記載しているにすぎない事実が認められる。)、かつ、「上記の物質は、内燃エンジンに使用される燃料に対してアンチノック性を付与するものとして知られている。本発明に従つてこれらの物質を使用することは、それらのアンチノック性または防爆性によるものであろう。四エチル鉛等の有機金属化合物及び二臭化エチレン等のハロゲン化脂肪族炭化水素類は、極めて少量を添加した場合に望ましい結果を与える。……上記物質は、反応物全容積の約0.5パーセントを越えない任意の量を使用することができる。しかし、添加量は、0.005パーセントないし0.2パーセントの範囲が好ましい。」旨の記載があり、これらの記載よりみれば、二塩化エチレン以外の塩素化有機化合物について、実験の裏付けがないとはいえず、単に発明者の意見を述べているにすぎないものということはできない。

してみれば、第一引用例に記載されたエタノール(水溶性有機化合物であることは、当事者間に争いがない。)は、水溶性のものを含めた脂肪族アルコール類の、二塩化エチレンは塩素化有機化合物を含めたハロゲン化脂肪族炭化水素類の例示として記載されているというべきであり、第一引用例のその余の記載とを総合すれば、第一引用例にはエチレンオキシドの製造において水溶性有機化合物、塩素化有機化合物を含む広範囲の化合物の少量をインヒビターとして添加する方法が記載されているものと認めるのが相当である。

したがつて、この点に関する原告の主張は採用することができない。

三つぎに、第二引用例にはインヒビターとして水よりも高い沸点をもつ塩素化有機化合物(その具体例として、ββ'―ジクロルエチルエーテル、クロルベンゼン)を用いるエチレンオキシドの製法が記載されていることは、当事者間に争いがない。しかし、第二引用例に記載されたこれらの水よりも高い沸点をもつ塩素化有機化合物が水溶性のものでないこと並びに前記第一引用例にも水より高い沸点を有する水溶性の塩素化有機化合物に該当する化合物の具体例が明記されていない事実は、被告もこれを認めるところである。

しかしながら、前述したとおり第一引用例には塩素化有機化合物とならんで水溶性有機化合物がインヒビターとして記載されているから、当業者においてインヒビターとして塩素化有機化合物を使用する際に、必要に応じて水溶性のものを使用することは、第一引用例の記載から容易に想到することができるものと認めるべきである。したがつて、結局、エチレンオキシドの製造に際してインヒビターとして「水の沸点よりも高い沸点をもつ水溶性塩素化有機化合物」を使用する方法は、第一、第二引用例の記載より当業者において容易に推考することができるものと認めるのが相当である。

四原告は、本願発明は、インヒビターとして前記の性質を有する塩素化有機化合物を使用することにより特段の作用効果を有するものである旨主張する。しかし、その主張する作用効果は、本願発明の方法によつて製造されたエチレンオキシド含有反応混合物の後処理方法として、反応混合物の水による洗浄並びにその水溶液の水蒸気ストリッピング処理を行うことを前提とするものである。そして、この後処理方法が本願特許明細書中の発明の詳細な説明の項に記載されていることは、これをうかがうことはできる。けれども、本願発明の方法によつて製造されたエチレンオキシド含有反応混合物の後処理方法は、原告の主張する方法に限られるものでないことは原告もこれを自認するところ、本願発明の特許請求の範囲においては後処理の方法については何らの記載もされていないのであるから、本願発明の方法が原告主張のように特定の方法による後処理に適するからといつて、このことがただちに本願発明の有する特段の作用効果であるということはできない。のみならず、後処理の方法として水洗及びストリッヒング操作を行う場合に、前記の性質を有する水溶性塩素化有機化合物をインヒビターとして用いることにより、生成物からインヒビターを分離することが容易にできるとしても、このことは、この後処理方法を行う場合には、このインヒビターの前記性質のもたらす当然の効果といえるものにすぎず、特段に顕著な作用効果といえるものではない。

五よつて、本件審決には原告主張の違法はないから、原告の請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第一五八条第二項を適用して、主文のとおり判決する。

(古関敏正 瀧川叡一 宇野栄一郎)

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