東京高等裁判所 昭和43年(行ケ)181号 判決 1970年5月29日
原告 株式会社東京技術研究所
被告 特許庁長官
主文
昭和三九年審判第六、〇二四号事件において、特許庁が昭和四三年一一月一四日にした補正の却下の決定を取り消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
第一双方の申立
原告代表者は主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二請求の原因
原告代表者は、請求の原因として、次のように述べた。
(特許庁における手続の経過)
一 原告は、昭和三六年六月一二日、「継電器」なる名称の発明について、特許出願(昭和三六年特許願第二〇、二五二号。以下「原出願」という。)をしたところ、昭和三七年一〇月一三日拒絶査定を受けたので、同年一一月二九日同特許出願を実用新案登録出願に変更(昭和三七年実用新案登録願第八一、四五七号)したところ、昭和三九年八月五日拒絶理由の通知を受けたので、同年九月二一日付で意見書とともに手続補正書(以下「本件補正書」という。)を提出したが、同年一〇月二〇日拒絶査定を受けた。原告は、これを不服として、昭和三九年一二月五日審判の請求(昭和三九年審判第六、〇二四号)をしたところ、昭和四三年一一月一四日、特許庁は、「昭和三九年九月二一日付けの手続補正は却下する。」との補正の却下の決定をし、その謄本は同年一一月二五日原告に送達された。
(本件補正の却下決定の理由)
二 本件補正の却下決定の理由は、原出願当初の明細書および図面には、「鉄板18′を外函25に固定するか外函25にて鉄板18′を兼用せしめてインゼクシヨンモールドのステム17又は型に接点弾条を入れて絶縁材を固まらして作つたステム17にステム17に作られた溝又は穴より捲線リードを出しながら外函25を挿入して継電器を作る。」なる記載があることは認められるが、本件補正書の実用新案登録請求の範囲に記載された考案の構成要件の一部をなす「接点弾条群(10、11、12、13、14等)及び捲線端子(15、16等)と共に外函(18)、(18′)を合成樹脂にて固定し、ステム17を作る」ことについては、原出願当初の明細書および図面には全然記載されていないので、本件補正は要旨を変更するものと認められ、実用新案法第四一条の規定によつて準用する特許法第一五九条第一項の規定によつて準用する特許法第五三条第一項の規定により却下すべきものと認める、というのである。
(取消事由)
三 しかしながら、本件補正の却下決定は、次の理由から違法であり、取り消されるべきである。
1 本件補正の却下決定には、その手続上権利乱用の違法がある。
原告が、拒絶査定を不服として審判の請求をしたのは、拒絶査定の理由に不服があつたからである。しかるに、審査段階において是認された本件補正について一回の拒絶理由の通知も、また、審問もなく、独善的一方的な偏見により本件補正の却下の決定がされたことは、職権乱用というほかなく、許されるべきでない。
2 本件補正は、原出願の当初の明細書および図面の要旨を変更したものではない。
(一) 原出願の当初の明細書の「発明の詳細な説明」の項には、「第4図に於て鉄板18′を外函25に固定するか外函25にて鉄板18′を兼用せしめてインゼクシヨンモールドのステム17又は型に接点弾条を入れて絶縁材を固まらして作つたステム17にステム17に作られた溝又は穴より捲線リードを出しながら外函25を挿入して継電器を作る。此の場合捲線リードは捲線弾条15、16等の根元に捲き付け半田あげする。………第1図に於てもステム17は同様に作られるが鉄板18がステム17に挿入されトツプカバー19を鉄板18に固定し捲線リードを弾条15、16等に取付け外部磁路20を嵌め込む。」との記載がある。ところで、右の記載事項を詳説するに、「インゼクシヨンモールドのステム17」という意味は、原出願の願書添附の図面第4図のものの側面図(第6図)で明瞭なように、「接点弾条(10、11、12、13、14)および捲線弾条(15、16等)をインゼクシヨンモールド用の型に入れ、必要があれば穴用の棒を入れたり、溝用の突起を型につけて、熔融した合成樹脂を型(モールド)に注入(インゼクシヨン)して合成樹脂(絶縁材)を固化してステム17を作る」との趣旨であるが、これはステムを作るとき、これらの弾条の取付位置に直接弾条を置かないで取扱い易い条片を挿入して成型し、条片を抜き、後で弾条を挿入し、合成樹脂の接着剤で固定し、不必要な穴をふさぐことを妨げる趣旨ではない。この種の工程は、端子板や電話機等の製造工程でも行なわれていることで、製造業者の容易に理解しうる事柄であり、既知の技術から想定できることであるから、特に例示しなかつたまでである。また、「型に接点弾条を入れて絶縁材を固まらして作つたステム17」という意味は、「型に接点弾条、線捲弾条、必要があれば捲線リード穴用棒や溝用条片を挿入してから、合成樹脂を注入して固化して作つたステム17」という趣旨であるが、この場合でも前記のように各弾条の代わりに取扱い易い条片を使用し、固化のとき、これを抜き弾条等を後で挿入して合成樹脂の接着剤で固定することもあるが、低温ではあるし、取扱上も面倒ではないので、所要の弾条類を直接型に入れるのが普通であるというに止まる。なお、モールドやインゼクシヨンモールドの技術は、以前よりあつた技術である。次に、「ステム17にステム17に作られた溝又は穴より捲線リードを出しながら外函25を挿入して継電器を作る。此の場合捲線リードは捲線弾条15、16等の根元に捲き付け半田あげする。」ということは、「もしステム17に穴や溝があつて捲線リードを外に出すものであれば、外函25をステム17に挿入するときに、この溝または穴から捲線リードを出しながら外函25を挿入して継電器を作り、この場合捲線リードは捲線弾条の根元に捲き付け半田あげする」ということである。さらに、「第1図に於てもステム17は同様に作られるが鉄板18(精確には、鉄板18、18′である。)がステム17に挿入されトツプカバー19を鉄板18(精確には、鉄板18、18′)に固定し」という意味は、原出願の願書添附の図面第1図の場合も第4図の場合と同様であるから、製造上の問題は上記とほぼ同様であるが、第1図の場合は第4図の場合と異なり、鉄板18、18′をステム17に挿入しただけでは寸法的に安定するものでなく、継電器としての一定の動作条件を得ることが困難であるから、鉄板18、18′の一方端を接着剤でステム17に接着し、また、その他方端を方形のトツプカバー19に取りつけることにより寸法的に固定することを要するということである。なお、この場合において、鉄板18、18′を同時に型に入れることにより合成樹脂の固定と同時にステム17に固定することもありうる。「捲線リードを弾条15、16等に取付け外部磁路20を嵌め込む。」とは、外部磁路20は外形がコの字になつているので弾力があれば嵌め込んだだけで固定することができるし、捻子でとめることも可能である。
これを要するに、原出願の当初の明細書および図面を総合すると、鉄板18、18′または外函25がステム17に挿入固定されるということは、合成樹脂のステム17に合成樹脂のペースト等で固着されることを示しているのである。
(二) 一方、本件補正書添附の明細書の「考案の詳細な説明」の項中に記載の、外函(18)、(18′)を「接点弾条群と共に合成樹脂の凝結材により固定する」との趣旨の文言は、「外函(18)、(18′)を接点弾条群(10、11、12、13、14等)捲線端子(15、16等)とともに型に入れて合成樹脂の熔融したものを型に入れて固化固定する」ということであり、また、「インジエクシヨンモールドにて固定してステム17を形成する」という趣旨は、さきに原出願当初の明細書記載の文言の説明で述べたところと同趣旨である。
(三) 上記したところから明らかなように、本件補正書添附の明細書中「実用新案登録請求の範囲」の項に記載の「接点弾条群(10、11、12、13、14等)及び捲線端子(15、16等)と共に外函(18)、(18′)を合成樹脂にて固定し、ステム17を作る」ということは、「外函(18)、(18′)、接点弾条群(10、11、12、13、14等)および捲線端子(15、16等)を合成樹脂の接着剤でステム17に固定し、ステム17を作るか、または外函(18)、(18′)、接点弾条群(10、11、12、13、14等)および捲線端子(15、16等)を型に入れ熔融した合成樹脂を注いでこれを固まらせてステム17を作る」ということであるが、この趣旨は、前記のとおり原出願の願書添附の明細書および図面に示されており、既知の技術常識から容易に判断しうることであるから、本件補正の却下決定が本件補正をもつて要旨に変更があるとしたのは、判断を誤つたもので違法である。
第三被告の答弁
被告指定代理人は、答弁として、次のように述べた。
一 請求の原因第一項および第二項の事実は認めるが、同第三項の主張は争う。
二 原告の主張第三項について
1 同項1について
特許法第五三条第一項には、「願書に添附した明細書又は図面について出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前にした補正がこれらの要旨を変更するものであるときは、審査官は、決定をもつてその補正を却下しなければならない。」と規定され、この規定は審判の場合にも準用され、また、実用新案法にも準用されている。そして、要旨の変更の判断は、審理の過程ならばどの段階においてもできるのであるから、審査段階でされた手続補正が要旨の変更に当たれば、この手続補正を審判の審理の過程で判断して要旨の変更として却下したとしても、この点については何らの違法もなく、また、職権乱用に該当するものでもない。
2 同項2について
本件補正書に添附の明細書の「実用新案登録請求の範囲」の項には、「接点弾条群(10、11、12、13、14等)及び捲線端子(15、16等)と共に外函(18)、(18′)を合成樹脂にて固定し、ステム17を作り………」と記載されている。これは「外函(18)、(18′)と接点弾条群(10、11、12、13、14等)と捲線端子(15、16等)の三者を合成樹脂で固定し、ステム17を作る。」ことを考案の構成要件の一部としているものと認められる。これに対し原出願の当初の明細書中「発明の詳細な説明」の項には、「鉄板18′を外函25に固定するか外函25にて鉄板18′を兼用せしめてインゼクシヨンモールドのステム17又は型に接点弾条を入れて絶縁材を固まらして作つたステム17にステム17に作られた溝又は穴より捲線リードを出しながら外函25を挿入して継電器を作る。」こと、すなわち「外函25は、外函25に鉄板18′を固定するか、または鉄板18′で兼用せしめ、ステム17はインゼクシヨンモールドによるか、または型に接点弾条を入れて絶縁材を固まらして作り、ステム17に作られた溝または穴より捲線を出しながら外函25を挿入して継電器を作る。」ことが記載されているだけで、本件補正書添附の明細書に記載されているように、外函と接点弾条群と捲線端子の三者を合成樹脂で固定しステムを作るという技術思想は全く記載されていないし、また、これを示唆する記載や図面もない。なお、合成樹脂の接着剤が原出願当時継電器の技術分野において用いられていたかどうかは知らない。また、原告が本件補正書と同日付で提出した意見書には、「特に外部磁路を構成する外函が(18)、(18′)、(20)、(20′)の四部分に分離し、(18)、(18′)が接点弾条群や捲線端子等と共に合成樹脂のステム(17)に固定され、内部の点検調整等が必要な時自由に出来るようにし、(20)、(20′)は嵌め込みにして取外しが自由になつている。」との記載があり、また、前記のとおり原出願の当初の明細書に「外函は外函に鉄板を固定するか又は鉄板で兼用せしめ、………ステムに作られた溝又は穴より捲線を出しながら外函を挿入して継電器を作る。」との趣旨の記載があることに徴すれば、外函は内部の点検調整等が自由にできるようにステムに固定されているものと認めるべきであり、原告主張のように簡単な取外しができないような、合成樹脂のインゼクシヨンモールドまたは合成樹脂等の接着剤で固定されるものではないとみるべきである。したがつて本件補正は要旨を変更したものであり、これを却下した決定は正当である。
以上のとおりであるから、本件補正の却下決定には何らの違法も存しない。
第四証拠関係<省略>
理由
一 本願についての特許庁における審査、審判等の手続の経過および本件補正の却下決定の理由に関する請求の原因第一項および第二項の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、本件補正却下の決定に対する原告主張の違法理由について、以下判断することとする。
1 原告の主張第三項1について
拒絶査定に対する審判は、査定の当否を判断するために、審査手続の続行として、さらに事件の審理を行なうのであり、法令の解釈、適用のやり直しだけでなく、事実認定をもやり直す(実用新案法第四一条、特許法第一五八条、第一五九条参照)のであるから、本件補正書が審査段階において問題とされなかつたとしても、審判手続の過程において再審理のうえ許されない場合には却下されることは当然であり、この場合補正却下の決定をするに当たり、拒絶査定の場合のようにその理由の通知をする必要は法律上要求されていないところであるし、また、審問をしなければならないものでもないから、原告の指摘するような本件補正却下の決定に関する手続上の事実は、何ら職権乱用に当たるというをえないものであり、原告の右主張は採用するに由ない。
2 同項2について
(一) 成立に争いのない第二号証(原出願の願書ならびに添附の明細書および図面)によると、原出願当初の明細書の「発明の詳細な説明」の項には、「第4図に於て鉄板18′を外函25にて固定するか外函25にて鉄板18′を兼用せしめてインゼクシヨンモールドのステム17又は型に接点弾条を入れて絶縁材を固まらして作つたステム17にステム17に作られた溝又は穴より捲線リードを出しながら外函25を挿入して継電器を作る。此の場合捲線リードは捲線弾条15、16等の根元に捲き付け半田あげする。但し図面はトツプカバー式であるから第1図のように布線し、試験調整後トツプカバーをつける。第1図に於てもステム17は同様に作られるが鉄板18がステム17に挿入されトツプカバー19を鉄板18に固定し捲線リードを弾条15、16等に取付け外部磁路20を嵌め込む。」と記載されていることが認められる。この記載事実に原出願の願書添附の図面の記載を合わせ考えると、図面第4図の場合、ステム17はインジエクシヨンモールドか、または型に接点弾条を入れ、絶縁材を固まらせて作られ、このステムには捲線リードを出すための穴または溝が設けられ、この穴または溝から捲線リードを出しながら外函25を挿入するものであり、また、第1図の場合は、ステムは右と同様に作られるが、鉄板18、18′をステム17に挿入してトツプカバー19を鉄板18、18′に固定し、捲線リードを弾条15、16等に取り付け外部磁路20、20′を嵌め込む構成であることが明らかである。右の構成によると、ステム17はインジエクシヨンモールドや型で作られるのであるから、ステム17に接点弾条が合成樹脂(絶縁材)で固定されることは明らかであり、また、捲線端子について、これをステム17に固定するかどうかについての明示の記載はないが、継電器として十分な機能を得しめるためには、右の捲線端子がステム17に固定されることを要することは技術上当然のことと考えられるし、図面の第1図または第6図からも捲線端子が接点弾条群と同様にステムに固定されるか、またはステムに設けられた穴に挿入固定されるものであることを優に認めることができる。そして、この挿入の場合の固定手段として合成樹脂等の接着剤を使用することは原出願当時他の分野でこの種挿入固定の手段として接着剤が用いられていることは公知であること(この点は被告の明らかに争わないところである。)に徴し、自明の手段と認めるのが相当である。また、外函25(第4図の場合)または鉄板18、18′(第1図の場合)については、これをステムに挿入すると記載され、固定するかどうかについて限定されていないが、外函25または鉄板18、18′が固定されず、がたつく場合には継電器として用をなさないこと、図面(第4図および第1図)の記載および前記認定のとおり第1図について「鉄板18がステム17に挿入され………外部磁路20を嵌め込む。」との記載があり、「挿入」と「嵌め込む」と用語を区別していることに徴すれば、「挿入」の語は、外函25(第4図の場合)または鉄板18、18′(第1図の場合)がステム17に固着されることを意味すること明らかであり、その固着手段について特段の限定はないが、この場合も前段説示と同様の理由から合成樹脂等の接着剤が使用されることがあることは明示するまでもなく、当然のことといわなければならない。
以上認定したところからすると、原出願当初の明細書および図面には、外函、接点弾条群および捲線端子を合成樹脂で固定し、ステムを作るとの技術構成ないし技術思想が表示されているものとみるのが相当である。
(二) 被告は、原告が本件補正書と同日付で提出した意見書の記載に徴し、外函は内部の点検調整等が自由にできるようステムに固定されているもので簡単な取外しができないような合成樹脂等の接着剤で固定されるものでない旨主張し、成立に争いのない甲第四号証(昭和三九年九月二一日付意見書乙第一号証と同じ。)には被告主張の記載がみられるけれども、一方成立に争いのない甲第三号証(本件補正書)によると、右の意見書と同日付で提出された本件補正書添附の明細書(説明書とあるけれども、明白な誤記と認められる。)の「考案の詳細な説明」の項に「外函20、20′は簡単に取外しが出来るので再調整或は点検に非常に便利である」との記載があり、この両記載を彼此対照するとともに前記認定のとおり原出願当初の明細書に外部磁路(外函)(20)、(20′)を嵌着する構造が示されている点を考慮すると、意見書中「外函が(18)、(18′)、(20)、(20′)の四部分に分離し、(18)、(18′)が接点弾条群や捲線端子等と共に合成樹脂のステム17に固定され、」の記載に続く、「内部の点検調整等が必要な時自由に出来るようにし、」とある記載は、「内部の点検調整等が必要な時自由に出来るように、」との記載の誤りであり、後段の「(20)、(20′)………」にかかる語句であることは明らかである。したがつて、右意見書の記載を根拠にして原出願当初の明細書および図面には外函をステムに合成樹脂の接着剤で固定するものでないとの技術思想が示されているとの被告主張は採用できない。
(三) してみれば、原出願当初の明細書および図面には、本件補正書の実用新案登録請求の範囲に記載された考案の構成要件の一部をなす「接点弾条群(10、11、12、13、14等)及び捲線端子(15、16等)と共に外函(18)、(18′)を合成樹脂にて固定し、ステム17を作る」ことについての記載があるものと認めるべきであり、この認定と異なり、本件補正却下の決定が原出願当初の明細書および図面にはこの点を表現する記載がないことを理由に本件補正をもつて要旨を変更するものとしたことは、事実の認定を誤つたもので違法といわなければならない。
三 以上の次第であるから、本件補正の却下決定は違法であつて、取消しを免れないものであり、その取消しを求める原告の本訴請求は理由があるから、これを正当として認容し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 柳川真佐夫 武居二郎 楠賢二)