大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和43年(行ケ)182号 判決

一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨、本件審決理由の要点および第一引用例には析出硅素保持体への直接通電を行なうことも記載されているが、中空管状芯体に直接通電加熱することに関しては記載されていないこと、しかし、析出硅素の保持体としてタンタルの内実芯体を使用し、これに直接通電加熱することは周知の技術であること、直接通電加熱の方が間接通電加熱の方法と比較して均質で、かつ、大径の硅素を析出することができること、管状芯体を使用することにより簡単に芯体金属のみを溶解除去できることが原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

二 そこで、本件審決に原告主張のような違法事由があるかどうかについて検討する。

(一) 第一引用例には、三塩化シランの熱分解による高純度硅素の製造方法において、内部に電気抵抗発熱体をもつた小直径のタンタル管を析出硅素の保持体すなわち芯体として使用することが記載されていることならびにこのタンタル管は、内部の電気抵抗発熱体による間接加熱の方法で硅素を析出するものであつて、この点において、管状芯体への直接通電加熱による方法で硅素を析出する本願発明と相違することは、原告自ら認めて争わないところである。

ところで、当該技術において析出硅素保持体に直接通電加熱を行なうことが慣用の技術であることも、原告の認めて争わないところであるから、前記第一引用例の記載からその間接加熱の方法にかえて直接加熱の方法をとることは、当業者であれば、この慣用の技術手段を用いることにより容易に行なうことができるものと認めるのが相当である。

(二) 原告は、本件審決は、管状芯体に直接通電することにより生ずる格段の作用効果を看過したものであると主張する。そこで、以下原告の主張する作用効果について検討する。

(1) 原告主張の(一)の(1)の効果について

直接通電加熱の方が間接通電加熱の方法と比較して均質で、かつ、大径の硅素を析出することができる効果があることは、被告も認めて争わないところである。しかし、これらの効果は、管状芯体を直接通電することにより生ずる当然の効果というべきである。このことは、経験則に照らして明らかであり、また、成立に争いのない甲第一号証の二(本願発明の明細書)により認められる事実すなわち、原告主張のこれらの効果については、本願発明の明細書に何ら明記されず、この明細書によつて本願発明の効果として強調されているところは、「芯材に抽出可能な材質を使用し且つ芯の形状を管状とすれば芯上に析出した高純度硅素を不純化せず、しかも反応終了後適当な処理によつて芯自体を簡単に製品から除去できる」(明細書五頁四行より八行まで)点にあるとされている事実に照らしても明らかである。そして、原告の主張するその他の効果も、帰するところは、同様に管状芯体を直接通電することにより生ずる当然の効果であつて、格段の効果といえるものではないというべきである。

(2) 原告主張の(一)の(2)の効果について

原告の主張する効果は、タンタル、モリブデン、タングステン等の電気良導体金属を芯体に使用することによる効果にほかならないところ、前述のごとく析出硅素の保持体としてタンタル管状芯体を使用することは第一引用例によつて公知の技術とされるところであり、また、タンタル内実芯体を使用することも周知の技術であるから、この点の効果をもつて本願発明による特段の作用効果であるということはできない。

(三) つぎに、原告が(二)において主張する効果について検討する。

本願発明によれば簡単に芯体金属のみを除去することができる旨の原告主張事実については、被告もこれを認めるところであるが、この効果は、芯体の材質がタンタル等の金属であり、かつ、形状が管状中空であることに基づくものであるから、第一引用例に記載されたタンタルからなる管状中空芯体の除去に第二引用例の化学的除去手段を用いた場合に当然に予想することができる効果であるにすぎない。

原告は、第二引用例に記載されているのは、板上の単基体上に析出せしめる硅素単結晶薄板の製造に関するものであつて、本願発明のものとは異なる旨主張するが、成立に争いのない甲第一三号証によれば、第二引用例の実験例2においては、基板として用いたアルミニウムの単結晶片を塩酸に浸漬して溶解除去する旨の記載がみられるから、析出硅素の基体もしくは保持体の除去についてみた場合、本願発明との差異は、溶解の対象となる金属の種類に差異があるほかは、化学薬品で処理する対象が片状のものか管状のものかの相違があるにすぎない。そして、対象となる金属の相違は、使用すべき化学薬品をこれに適応するものを用いることにより解決できるから、第二引用例に記載された方法が本願発明に用いえないものということはできない。

三 よつて、本件審決には原告主張の違法はないから、原告の請求を失当として棄却する。

〔編註〕 本件における請求原因は左のとおりである。

一 特許庁における手続の経緯

原告 (旧商号新日本窒素肥料株式会社、昭和四〇年二月八日現商号に変更)は、昭和三七年一二月二五日名称を「高純度棒状硅素の製造法」とする発明について特許出願をしたところ、昭和四〇年八月二六日拒絶査定を受けた。そこで、原告は、同年一〇月七日これを不服として審判を請求し、昭和四〇年審判第六四五〇号事件として審理された結果、同四三年一一月一四日「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は、同月三〇日原告に送達された。

二 本願発明の要旨

硅素化合物を水素還元あるいは熱分解して高純度硅素を製造するに際し、中空のTa、Mo、Wを芯として使用し、これに通電加熱することにより芯の外表面上に高純度硅素を析出せしめた後、芯材のみを溶解する化学薬品溶液中に浸漬することにより芯材を除去することを特徴とする半導体用高純度硅素棒の製造方法

三 本件審決理由の要点

本願発明の要旨は、前項のとおりである。ところで、特許出願公告昭和三六年一四四五九号公報(以下「第一引用例」という。)には、三塩化シランの熱分解による高純度硅素の製造法の発明が記載されており、この記載によれば、熱分解のための加熱および析出硅素の保持体としては、電気抵抗発熱体を収容した小直径の石英またはタンタル管を用いるか、あるいは、電気抵抗加熱された高純度硅素細棒を用いるというものである。また、特許出願公告昭和三六年六五五号公報(以下「第二引用例」という。)は、純硅素単結晶の製法に関する発明にかかり、高温の金属単結晶上へ四塩化硅素と水素の混合ガスを接触させ、熱分解によつて、硅素の単結晶をえて、基板は化学的処理によつて除去するというものである。そこで、本願発明と各引用例とを比較すると、本願発明は、(1)通電加熱されたタンタル、モリブデンまたはタングステンの管を芯として、還元または熱分解によりこの管の外表面に硅素を析出させ、(2)ついで、芯のみを溶解する化学薬品で処理して芯材を除去することよりなる高純度硅素棒の製法である。これに対し、第一引用例には、内部に抵抗発熱体をもつたタンタル管を用いて硅素を析出させることについて記載され、第二引用例には、基板(アルミニウム単結晶)に硅素単結晶を析出させた後、基板を塩酸で処理して溶解するという実施例が示されているのみで、各引用例は、個々には本願発明と相違するものではある。しかしながら、第一引用例には、加熱された管状の芯体上に熱分解によつて析出した硅素を保持させることが記載されていて、ただ、加熱の方法が管内の抵抗体による間接加熱を行なつている点で本願発明が芯材への直接通電による加熱であるのと異なるだけである。当該技術において、析出硅素保持体の直接通電加熱を行なうことは、第一引用例にも記載されているように慣用の手段であつて、間接加熱を行なうことの方が特殊であり、加熱手段として直接通電加熱を行なうことに格別の意義が認められず、本願発明の前記(1)の構成は、第一引用例に記載の事項と実質上同一である。また、高純度硅素を得るために、析出担体(純硅素以外の物質であれば不純物質となる。)を除去しなければならないことは自明のことであつて、その除去手段として機械的方法によるか化学的方法によるかは、当業技術者の任意に選択しうることである。しかも、本願発明の前記(2)のような化学的除去手段は、第二引用例によつてすでに開示されているのであつて、このような化学的除去手段を前記(1)の処理と組合わせて行なうことは、当業者にとつて容易にすることができる。したがつて、本願発明は、第一、第二各引用例記載の発明を単に寄せ集めることにより、容易に発明をすることができたものであるといえるから、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。

四 本件審決を取消すべき事由

本法審決の理由のうち、本願発明の要旨、各引用例の記載、本願発明と各引用例との相違点および当該技術において析出硅素保持体の間接加熱を行なうことは特殊な手段であつて、むしろ、直接通電加熱を行なうことが慣用手段である旨の審決の認定は争わないが、本件審決は次の点において誤つており、違法として取消されるべきである。

(一) 第一引用例には、析出硅素保持体への直接通電を行なうことも記載されており、また、析出硅素保持体としてタンタルの内実芯体を使用し、これに直接通電加熱することは周知の技術であるが、第一引用例では、管状芯体を使用する場合には必ず間接加熱が行なわれており、管状芯体に直接通電して加熱することは全く示されていない。

これに対し、本願発明は、電気の良導体であるタンタル、モリブデン、タングステン等の管状芯体を用い、かつ、これに直接通電することにより、以下に述べるような格段の作用効果を生ずる。

(1) 管状芯体を使用し、直接通電することによる効果

(イ) 芯体および生成した硅素棒そのものが発熱体となるため、間接加熱のように別個の発熱体を必要としない。

(ロ) 芯体とは別個の発熱体を設けなくてよいから、芯体内の発熱体の偏心という現象を生じることがなく、発熱体の不均一性が自動的に修正されて、均質、均整な硅素棒がえられ、その結果、不純物のきわめて少い高品質硅素単結晶を手軽くまた収率よく得ることができる。

(ハ) 本願発明の方法によれば、芯体を直接通電加熱するものであるから、第一引用例記載の間接加熱方法にくらべて、はるかに大径の硅素棒を製造することができる。

(ニ) 本願発明の方法によれば、設備およびその操作が単純化され、硅素棒の大量かつ高能率の生産が可能である。

(2) タンタル等電気良導体金属の芯体を使用することによる効果

(イ) 加熱用電源として、常用の低電圧電源設備でよい。第一引用例に記載する単結晶硅素細棒を使用すると、高純度硅素の比抵抗は温度により著しく変化し、芯体の昇温のために数万ボルトの高電圧を要し、かつ、製造条件においては一〇〇ボルト以下の低電圧に低下させる必要を生じ、製造設備の複雑化と操作の煩雑化を招く。このため、停電等不時の製造中断に際して容易に再開することができない。

(ロ) 芯体の製作が簡単であり、また、本願発明に使用するような寸法の芯体は、市場で容易に入手できる。

(二) 次に、析出担体の除去について、本件審決は、化学的除去手段が第二引用例により開示されている以上、このような手段を前記(一)に述べた本願発明の処理と組合わせて行なうことは、当業者が容易にすることができると判示する。

高純度硅素を得るために析出担体を除去しなければならないことが自明のことであり、除去手段として機械的方法によるか化学的方法によるかは当業者の任意に選択することができることは本件審決のいうとおりである。しかし、本願発明は、中空管状の金属芯体のみを化学的手段により溶解除去して棒状の高純度の金属硅素を製造する方法であるのに反し、第二引用例に記載されているのは、板状の単結晶基体上に析出せしめる硅素単結晶薄板の製造に関するものにすぎない。

そして、本願発明の方法による析出担体の除去は、管状芯体の使用とあいまつて格段の作用効果を生ずる。すなわち、公知のタンタル内実芯体を使用した場合は、生成した硅素棒より芯体を除去するためには、機械的に芯体を切削除去することが必要である。そのため、操作が煩雑となり、硅素の一部も切除され、不純物による汚染の機会も多く、不経済、不合理である。これに反し、本発明においては、管状芯体の除去には、管内壁より弗酸のような化学的薬品を作用させることにより、常温で短時間放置することによつて、きわめて簡単容易にかつ芯体金属のみを溶解除去することができる。また、かくして得られた芯体を除去した高純度硅素棒は、芯体除去後に生ずる細孔を利用し、これに任意のドープ剤を挿入して浮遊帯域溶解法を応用して、均一な品質の希望する比抵抗をもつ棒状単結晶硅素を一挙に効率よく製造することができるという格段の作用効果が存する。

(三) 本件審決は、以上に述べた格段の作用効果を無視して、本願発明を第一、第二各引用例の発明を寄せ集めることにより当業者において容易に推考することができるとしたのであつて、その認定に誤りがあり違法である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!