東京高等裁判所 昭和43年(行ケ)71号 判決
〔主文〕特許庁が、昭和四十三年三月三十日、同庁昭和三四年抗告審判第二、二九九号事件についてした審決は、取り消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
〔事実〕第一 当事者の求めた裁判
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告告訴代理人は、「原告の請求は、棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする」との判決を求めた。
第二 請求の原因
原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、登録実用新案第四三八、七三六号の実用新案権者であるところ、被告(当時「有限会社滝口製作所」、のちその組織及び商号を現在のとおり変更)は、昭和三十三年六月三十日、右登録実用新案につき登録無効の審判を請求したが、「本件審判の請求は成り立たない」旨の審決があり、昭和三十四年九月三十日、これに対する抗告審判を請求し、同年抗告審判第二、二九九号事件として審理された結果、昭和四十三年三月三十日、「本件登録実用新案の登録を無効とする」旨の審決があり、その謄本は、同年五月十一日原告に送達された。
二 本件登録実用新案の要旨
別紙図面第一に示すように、絶縁体よりなり饋電線を挿入する間隙5、6と、その周側部に凹部9を有する絶縁子1を、柄3の一端にネジ4を有し、饋電線挿入口8と、この部分に柄3と平行して適当な長さの締付部7を設けた環状金具2に嵌入してなる饋電線保持器の構造。
三 本件審決理由の要点
本件登録実用新案の要旨は、前項掲記のとおりであるところ、その登録実用新案の出願前国内において頒布された刊行物である実用新案出願公告昭二七―三、〇五四号公報(以下「第一引用例」という)には、「絶縁体よりなり饋電線を挿入する間隙3、4とその周辺側面に凹部7を有する円盤状饋電線保持器2を一端に固定用螺子6を有し、間隙5を設けた金属製環状保持器1に嵌入してなる饋電線保持器」(別紙図面第二参照)が記載されており、同じく登録実用新案第一七、三七〇号公報(以下「第二引用例」という)には、「洋灯吊手を入れるべき切欠部を有する円形真鍮板を、円形に曲げ、洋灯吊手を通す間隙を設けた真鍮丸棒製外輪の中へ嵌め込んでなる洋灯吊器」(別紙図面第三参照)が記載され、右「円形真鍮板」は、その周側部に凹部を有し、「真鍮丸棒製作外輪」は、その一端を「円形」部から外方に延び吊環に達し、他端を「円形」部から僅かながら外方に突出したものとして図示されているが、本件実用新案と第一引用例記載のものとを比較するに、両者は、本件登録実用新案が「環状金具2」の一端を「締付部7」としているに対し、第一引用例記載のものは、これに対応する部分を欠く点において相違するが、その他の点においては全く一致する。しかして、本件登録実用新案の「締付部7」は、その説明書の記載によれば、「絶縁子1を……適当な位置において柄部3及び締付部7をペンチ又は他の適当な工具等にて締付け……れば、絶縁子1は圧縮されて歪み、間隙5及び6は狭められ、饋電線は確実に環状部2に固定される。この時絶縁子1は固定されるから、饋電線が動揺したり、絶縁子1が同転して保持器より外れることがない」ようにするためのものであることが認められるが、このような「饋電線」の固定は、「饋電線」が遮蔽線路でなく、このため、その所定の状態から変動すれば、そのインピーダンスに変動を生じ不所望作用をなすに至るものであることは、本件登録実用新案の登録出願前周知の事項であり、かつ、第一引用例記載の「円盤状饋電線保持器2」が圧縮しうるものであり(このことは、もし、そうでないとすれば、両側縁の膨らんでいる「饋電線」をその形状に整合する「間隙3、4」に挿入しえないものとなることから明らかである)、また、その「環状保持器1」が「金属製」であることからみて、第一引用例記載のものにおいても、その使用に当つて、当然考慮されるべきことであり、しかも、適当な工具によつて、これをなしうるところであることが明らかであるから、上記相違点は、「饋電線」の締付固定のための所要工具の大小の相違、あるいは、その作業の多少の難易に帰するにすぎないものと認められる。
次に、本件登録実用新案と第二引用例記載のものとを比較すると、両者は、本件登録実用新案が「饋電線」を保持するものであるに対し、第二引用例記載のものが「洋灯」を保持するものである点において相違するが、前者の「絶縁子1」、「環状金具2」と後者の「円形真鍮板」、「真鍮丸棒製外輪」とが、それぞれ対応し作用上同工のものであり、さらに、前者の「環状金具2」の一端部分である「締付部7」と後者の「真鍮丸棒製外輪」の一端の僅かながらの外方突出部とが対応するものであることが認められる。そして、後者の「真鍮丸棒製外輪」の一端の外方突出部は、「真鍮製丸棒外輪」が「洋灯」の重量によつて徐々にその直径を拡大され、「円形真鍮板」を脱落せしめるに至り、そのような場合、その直径を元に縮小回復する必要のあるものであるところからみて、「真鍮丸棒製外輪」の直径を縮小する際の手掛りとするもの、少くとも、本件登録実用新案の登録出願前、そのように解しえたものであることが明らかであるから、これも本件登録実用新案の「締付部7」と作用上同工のものと認められる。
以上のとおり、本件登録実用新案は、第一引用例記載のものにおいて第二引用例記載のものの一部を採用附加し、その当然なすべき作用を容易にしたにとどまるものであり、これら公知のものに基づいて、当業者が必要に応じて容易に実施しえたものであり、旧実用新案法(大正十年法律第九十七号)第一条の考案を構成せず、したがつて、その登録は、右第一条の規定に違反してされたものであるから、同法第十六条第一号の規定により、無効とすべきものである。
四 本件審決を取り消すべき事由
本件登録実用新案の要旨及び第一引用例及びび第二引用例の記載がいずれも本件審決認定のとおりであることは争わないが、本件審決は各引用例の技術内容の認定を誤り、したがつて、これらと本件登録実用新案との比較において判断を誤つた違法のものであり、取り消されるべきである。
(一) 第一引用例は、原告自身の本件登録実用新案に先行する技術であるが、ここに記載された絶縁性保持器2は可撓性を有し、饋電線自体も可撓性を有するものであるから、饋電線の保持は、それを挿入口3に挿入し、絶縁性保持器2を回転させることによつて行ない、もつて、饋電線が空中で動揺することがないよう工夫したものであり、さらにそれを圧縮するということは全く考えられていないものである。本件審決が第一引用例記載のものにあつても、円盤状饋電線保持器が圧縮しうるものであり、適当な工具によつてこれをなしうるものであると認定したことは、その技術内容を誤認したものである。本件登録実用新案は、第一引用例が饋電線を空中で動揺させることがないよう工夫した点についてさらにその固定の度合を高めたものである。すなわち、本件登録実用新案においては、先端部分に締付部7を設け、この部分と柄3とを締め付けることによつて、円形を変形させることなく、円形のまま締め付けることができ、したがつて、饋電線の形状をそのまま保持することができるのであり、第一引用例記載のものとは明らかに饋電線固定のための技術手段を異にするから、本件登録実用新案をもつて、これから容易に実施しうる程度のものということはできない。
(二) 第二引用例記載の考案は、釣り下げられた洋灯の重量を支え、その脱落を防止しようとするものであり、本件登録実用新案が饋電線の空中における動揺を防止し、電気的特性に変動を来たさないようにするのとは、その狙いとするところを異にする。のみならず、本件登録実用新案においては圧縮することを予定して「円盤状絶縁子1を設けているが、第二引用例のものにおける「円形真鍮板」は金属板であり、それ自体圧縮される余地は全くない。また、第二引用例記載のものの外輪の先端部分の形状は外へ向いていても何ら支障はなく、洋灯をかけ易い形状をしているだけで、その目的を達するものであり、それ以上のことは考えられていない。まして、直径が拡大して円形真鍮板が落下することを予想する如きは、本来の用法を越えた例外的な場合である。これに対し、本件登録実用新案は、円盤状絶縁子1を環状金具に嵌入することを前提として次の段階における圧縮という技術手段が講じられているのであり、前段階における技術をもつて、後段階の技術が容易に考えられるとするのは、誤りである。
第三 被告の答弁
被告訴訟代理人は、答弁として、次のとおり述べた。
原告主張の請求原因事実中、本件に関する特許庁における手続の経緯、本件登録実用新案の要旨及び本件審決理由の要点がいずれも原告主張のとおりであることは認めるが、その余は否認する。本件審決に原告主張のような違法の点はない。
第一引用例には、「絶縁性饋電線保持器2に設けられた間隙4は図面に示す如く饋電線の形状に整合するように作られているから、饋電線を正しく密着して保持することが出来る」と記載されている。そして、この「整合」とは、饋電線保持器2に入口が幅狭い間隙3と、これに続いて円形の間隙4、幅狭い間隙、奥部が円形の間隙4と連続されて形成されて設け、この間隙4に金属性環状保持器1の間隙5と、間隙3とを一致したのち、これに饋電線を挿入し、該饋電線の両側の円形に膨らんだ部分を間隙4の円形部に嵌め合せることであり、また、「饋電線を正しく密着して保持する……」の記載の「密着」は、饋電線を、電線保持器2に緊密に附着することを意味する。すなわち、第一引用例の饋電線保持器に設けた間隙4は上記のように奥部と入口近くと円形に近い弧状で、これに狭い間隙3が連続して設けられているので、この間隙3、4に整合される饋電線も両側が円形に膨らんだ膨大部を有することも当然でなければならない。そうでなければ、饋電線保持器2に饋電線を整合できない。このように整合するには、饋電線の両側膨大部を円形は近い間隙4に嵌めるためにまづ金属性環状保持器1の間隙5と円盤状饋電線保持器2の間隙3とを一致し、次に間隙5、3より饋電線を挿入し、該饋電線の両側膨大部を円形に近い間隙4嵌めて整合することを要する。かくすると、饋電線保持器2は拡げられる結果となり、密着しなくなる。さらに詳言すると、饋電線の両側膨大部は、これより幅の狭い間隙3を通過したのち、円形に近い間隙4に嵌められることになる。そうしたならば、饋電線の両側膨大部がそれより狭い間隙3を通過するとき、饋電線保持器2が間隙3より両側に拡がらなければ嵌合できない。したがつて、このように拡がつたのちは原状に戻つても、饋電線保持器2に饋電線を正しく保持できない。そこで「密着」が必然的に必要となる。密着の必然的手段として配線工事に携帯しているペンチにて金属性環状保持器1を挾み、これを圧縮すると共に、この圧縮によつて饋電線保持器2をも圧縮し、饋電線保持器2に饋電線を密着できるものであり、第一引用例における「密着」は、この状態を説明したものであると解すべきものである。本件審決もこの事実を正しく認識し、本件実用新案の登録を無効としたのは、極めて妥当である。また、第二引用例の「円形真鍮板」の周辺外側には凹部があるので、これを「真鍮丸棒製外輪」に回転自在に嵌めるには、この凹部の両側膨出部の直径を真鍮丸棒製外輪の内周の直径より少しく径が大きく、真鍮丸棒製外輪の環状部の径を拡げ、これに円形真鍮板を嵌めるものであり、このままの状態におくときは、円形真鍮板は脱落するので、真鍮丸棒製外輪の環状部の一端の外方突出部を手掛り、すなわち、締め工具のひつかかりとして、その径を縮小するものでなければならないことは当然である。このような第二引用例の構造と作用とは、本件登録実用新案の「締付部7」の構造、作用と同巧のものであり、このことは本件審決の認定するとおりであるから、本件審決に原告主張のような認定ないし判断の誤りはない。
第四 証拠関係<省略>
〔理由〕(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本件登録実用新案の要旨及び本件審決理由の要点がいずれも原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 本件審件は、第一引用例及び第二引用例の技術内容の認定を誤り、ひいては、本件登録実用新案との比較において判断を誤つたものであり、違法として取消を免かれない。すなわち、当事者間に争いのない本件登録実用新案の要旨及び成立に争いのない甲第四号証によれば、本件登録実用新案は、前掲記のとおりの饋電線保持器の構造にかかり、保持器2を固定した物体にネジが固定し、絶縁子1を回転して間隙6を挿入口8に合わせ、饋電線を間隙5に挿入し、再び絶縁子1を回転して適当な位置において柄部3及び締付部7をペンチ又は他の適当な工具などで締め付けると、絶縁子1は圧縮されて歪み、間隙5及び6は狭ばめられ、饋電線は確実に環状部2と固定され、したがつて、絶縁子1は固定されるから、饋電線が動揺し、あるいは、絶縁子1が回転して保持器より外ずれることがないほどの作用効果を生ずるものであることを認めうるところ、第一引用例記載のものにおいては、本件登録実用新案における「締付部7」、詳言すれば、環状金具2の先端部に柄3に平行した適当の長さの締付部7の構造を欠くことは、本件審決も認めるとおりであり、したがつて、第一引用例においては、本件登録実用新案におけるように柄部3及び締付部7をペンチその他の工具等で締め付けることにより絶縁子1を圧縮するという技術思想が存在しないものと認めざるをえない。この点に関し本件審決は、第一引用例の「円盤状饋電線保持器2」が圧縮しうるものであり、その「環状保持器1」が金属製であることからみて、使用に当つて、適当な工具等によつて、これをなしうるものである旨説示するが、第一引用例において、円盤状饋電線保持器2が圧縮しうるものであり、その環状保持器1が比較的細い丸棒状の金属製であることからすればペンチ、プライヤー等によつて容易に圧縮しうるものであることは見易いところではあるが、本件登録実用新案におけるように、柄3に平行した適当な長さ(工具等により圧縮するために適当な長さ)の締付部7の部分を柄3と共に締め付けることにより絶縁子1を圧縮するという技術思想の見るべきもののない第一引用例との差異をもつて、単に「所要工具の大小の相違、あるいは、その作業の多少の難易に帰するにすぎない」とすることは、柄3に平行して設けされた締付部7という構造及びそのもたらす効果を無視ないしは看過したものといわざるをえない。したがつて、被告の主張するように、第一引用例における「整合」ないしは「密着」の意義如何にかかわらず、単にプライヤーその他によつて圧縮しうるということだけで両者間に差異はないとすることはできない。しかして、第二引用例においても、本件登録実用新案における柄3に平行した適当の長さの締付部7に相当する構造の全く存しないことは、成立に争いのない甲第三号証によつて明らかな第二引用例記載の洋燈釣器の構造に徴し明白である。もつとも、右甲第三号証の図面によれば真鍮丸棒製外輪の一方の先端部分がやや外方に突出し鉤状を形成している事実を認めることができるが、第二引用例の記載のものにおけるこのような構造は、その内輪が丸形(ただし、一部円形切欠)の真鍮板である事実(この事実は右甲第三号証の記載により明らかである)に徴すれば、それが本件登録実用新案における締付部7に相当するものとみるよりは、洋燈の吊り金を挿入する便宜を考慮したものと認めるのが相当であるから、その外形の若干の類似にかかわらず、考案の構造として全く別異のものといわざるをえない。したがつて、本件審決が、この部分をもつて、真鍮丸棒製外輪の直径を縮小する際の手掛りとするものであるとしたことは、この部分に関する作用効果を誤認したものというほかはない。
以上のとおりであるから、その構造及び作用効果において全く別異のものである第一引用例及びび第二引用例記載のものを本件登録実用新案の先行技術とし、本件登録実用新案はこれら引用例から当業者の容易に想到しうる程度のものであるとした本件審決は、その判断を誤つたものといわざるをえない。
(むすび)
三 叙上のとおりその主張のような違法のあることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は理由があるものということができるから、これを認容する。(三宅正雄 石沢健 奈良次郎)