東京高等裁判所 昭和44年(う)2382号 判決
被告人 松原政好
〔抄 録〕
控訴趣意第二点、原判決には訴訟手続の違反があり、ひいては審判の請求を受けない事件について判決をした違法があり、右訴訟手続の違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであると論旨について、
所論は、原判決は被告人に対する原判示業務上の注意義務を課するための附随事情として、訴因に明示されていない「ことに陸橋上は一見して」滑り易いとの被告人にとつて不利益な事実を認定しているのであるが、原判示保土ケ谷陸橋上が一見して滑り易い状況にあつたか否かは、本件事故について、被告人の業務上の注意義務を論ずるについて、最も主要な事実というべく、右の如く、本件保土ケ谷陸橋上の道路が一見して滑り易い状況になかつたとすれば、被告人に対し原判示の業務上の注意義務を課することはできなかつたわけである。然るに、原判決が、訴因変更手続をとる等して被告人の防禦権を侵害することのないよう特段の措置を講ずることなく、訴因に明示されない右の事実を認定したことは、訴訟手続の法令違反があり、ひいては審判の請求を受けない事件について判決をした違法がある、というのである。
なるほど、原判決が本件公訴事実の訴因に明示されていない原判示保土ケ谷陸橋上の道路が一見して滑り易い状況にあつたとの事実を認定していることは所論のとおりである。
然し、本件公訴事実の訴因として、検察官は、被告人に対する業務上の注意義務を課する附随事情として、被告人の運転する大型貨物自動車の制動装置がエアーブレーキであつて、ブレーキの効きが良く空車であつたことと、当時降雨のため保土ケ谷陸橋上の路面が濡れていて車輪が滑り易く、制動するときは滑走し易い状態にあつた、との事実を主張し、従つて、かかる状況のもとにおいて、自動車運転者たる被告人としては、速度を調節し、強い制動措置をとらないようにして運転すべき業務上の注意義務がある、としているわけであるが、原判決も、被告人に対し、訴因に示された業務上の注意義務と同一の注意義務を認め、その注意義務を課するについて、訴因に示された附随事情と同一の事実を認定したものであることは、原判示事実を原判決引用の証拠と対照して読めば理解できるところである。そして、原判決にいう、原判示保土ケ谷陸橋上の道路が一見して滑り易い状態にあつた事実は、訴因にいう右保土ケ谷陸橋上の道路が滑走し易い状態にあつたとの事実を、更に具体的にその状態を示したに過ぎないもので、この事実があることを以つて、特に、被告人に対し、訴因と異る業務上の注意義務が認められる、としたものではない、と解すべきである。のみならず、記録によれば、被告人及び原審弁護人は、原審における審理を通じて、右保土ケ谷陸橋上の道路が滑り易い状態にあつたこと、特に、その状況、程度、そして、特に、それとの関連において、被告人の運転する大型貨物自動車の滑走が予見可能であつたかどうかという点について十分の防禦を尽していることが認められるのである。してみれば、原判決が所論の事実を認定することにより、訴因と異る事実を認定したものということを得ないばかりか、そのことにより被告人の防禦に不利益を与えたものとも解されないのであるから、この点の論旨は前提を欠き理由のないものというべきである。
(荒川 谷口 中久喜)
註 本件破棄は事実誤認。