東京高等裁判所 昭和44年(う)718号 判決
被告人 郡司清
〔抄 録〕
所論は、原判決は被告人の自動車の当時における速度を時速約六〇キロメートルと認定して、ここに過失を求め、また当審で被告人には更らに前方左右を注視すべき義務の違反まであつたかのように、訴因が新らたに追加変更されたけれども、(一)、被告人の自動車の当時における速度は、精々時速五〇キロメートル位に過ぎず、また(二)、被告人は前方左右の注視義務は尽くしていたもので、被告人には業務上の過失がなく、(三)、本件事故は、被害者が折柄前方右側に駐まつていた車のかげから突然飛び出して来たため、被告人としては到底これを避けることができなかつたところであるから、被告人を有罪とした原判決には、重大な事実の誤認があるというのである。
そこで、先ず、右(一)の点につき検討すると、なるほど、原判決挙示の証拠たる被告人の検察官に対する供述調書並びに司法警察員の昭和四三年三月一一日附および同月一三日附の各実況見分調書からすれば、被告人の自動車の当時における速度は、或るいは時速六〇キロメートル位に達していたのではないかとの疑いもないわけではないが、右の証拠のほか、更らに原判決挙示の諸証拠、殊に被告人の原審公判における供述、司法警察員に対する供述調書並びに証人平岩タミヱおよび同吉田節子の原審公判における各供述を総合すれば、被告人の自動車の当時における速度は精々時速五〇キロメートル位であつたとみるのが相当であると認められる。
次ぎに、右(二)の点につき検討すると、この前方左右の注視義務違反の点は、当審において初めて明確に訴因として追加されたものであり、被告人は当審第二回公判では、「私は前方左右を注視しながら運転をしておりました。」と供述し、これを否定しているけれども、全記録、殊に原判決挙示の証拠たる被告人の検察官に対する供述調書および司法警察員の昭和四三年三月一二日附実況見分調書からすれば、被告人にこの義務の違反があつたことは、十分にこれを肯定することができる。
更らに、右(三)の点につき検討すると、なるほど、その時被害者が被告人の進路前方を右から左に横断しようとして駈け出して来たことは、原判決も認定するとおりであるが、それが被告人の進路前方右側に駐まつていた車のかげから突然飛び出して来たものであるとまで認定すべき証拠は、被告人の原審公判における供述部分を除いては、他に何もなく、被告人の該供述部分が必らずしも信用できないものであることは全記録、殊に原判決挙示の証拠たる原審証人並木かつ子の供述に徴し明らかである。監護の点で被害者側にも十全を欠いた節はあるにしても、住宅団地内のことではあり、附近は見通しも良好なことが前示司法警察員の昭和四三年三月一二日附実況見分調書によつて窺われるから、本件事故を以つて、不可避的なものとみることは、到底できない。
以上のとおりであつて、原判決が本件事故を不可避的なものではなく、被告人の過失によるものとした点は正当であるが、その過失を唯だ高速度という点に求め、その速度を時速六〇キロメートル位と認定した点において失当であり、本件事故は、当時被告人が法令により制限された最高速度たる四〇キロメートル毎時を超え時速五〇キロメートル位の速度で進行していたことと前方左右を注視していなかつたこととを内容とする過失によつて惹き起されたものと認定するのを相当とするから、これらの点において、原判決には結局事実の誤認があるに帰し、これが判決に影響を及ぼすことはいうまでもなく、論旨は理由があるものとしなければならない。
そこで、論旨第二点の量刑不当の主張に対する判断は、後に自判するところに譲るべきものとし、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八二条により、原判決を破棄したうえ、同法第四〇〇条但書に従い、当裁判所において更らに自ら判決をすることにする。
(罪となるべき事実)
被告人は、京成第一タクシー株式会社に雇われ、自動車運転の業務に従事していた者であるが、昭和四三年三月一一日午後三時一八分頃、乗客二名を乗せて事業用普通乗用自動車(ニツサンセドリツク)を運転し、東京都葛飾区青戸三丁目一三番地先きの公団住宅団地内道路(幅員約七・三メートル)を青戸駅方面から公団前通りに向かつて進行中、同所道路の両側は公団住宅が並んで建つており、また住宅の間には保育園や児童遊園地などもあることゆえ、幼児その他歩行者などの車道への出現にそなえて、法令により制限された最高速度(四〇キロメートル毎時)を守るのはもとより、たえず前方左右を注意しつつ進行すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、交通の閑散なのに気を許し、時速五〇キロメートルで、前方左右を注視することなく進行した過失により、折柄進路前方を右から左へ横断しようとして駈け出して来た永瀬正樹(当時二年)を右前方約二〇メートルの地点に発見し、急制動の措置をとつたが間に合わず、同人に自車の前部あたりを衝突させてこれを左前方にはね飛ばし、よつて同人をして翌一二日午後零時一五分頃、同区白鳥三丁目五番一二号所在の杉谷外科病院で、右の衝突の際に受けた頭腔内損傷により死亡するに致らしめたものである。
(江碕 龍岡 藤野)