東京高等裁判所 昭和44年(う)954号 判決
被告人 増山一郎
〔抄 録〕
所論は、被告人が昭和四三年九月二日午後九時過頃二回目にバー「港」を出て自動二輪車を運転しようとしたときは既に泥酔状態であつて責任能力を欠いていたのであるから、被告人に対し「酔が醒め正常に復するまで運転を抑止して、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務」を課することは不可能であつたのに原判決がこれを有罪としたのは事実を誤認したものであり、また理由不備の違法があるというのである。
よつて所論に鑑み、記録を調査し当審における事実取調の結果に徴して考察すると、被告人は同日午後六時半頃から住居地柏尾部落の神社の会合で飲酒し、かなり酔つていたのに原判示自動二輪車を運転し、野沢温泉に赴き自動二輪車をバー「港」付近に駐車させて、同バーで飲酒し、次いで付近のバー「寿」に移り同所でビール一本を注文したことまでは記憶しているがその後再びバー「港」に引き返しビールを注文したこと、バー「港」を出て附近に駐車させておいた自動二輪車に乗つたこと、同所から帰宅すべく六、七百米進行して本件事故を起したこと、警察官から酒酔いの検査をされたことはすべて記憶がなく、自己もまた右事故で負傷して病院に運ばれ同所で気付いたことを供述しており、この供述は捜査当初から原審公判まで一貫して変ることがないのみならず、右事故の発生状況や被害者松村まさの(当時五九年)を救助し、かつ被告人を病院に運んだという笹岡貞二が司法警察員に対する昭和四三年九月三日付供述調書において被告人は事故後タクシーで病院に運ばれたが当時泥酔状態であつたと述べているところとも符合し、これによつて見ると、被告人は、原審第一回公判期日において本件公訴事実たる酒酔い運転と業務上過失傷害の事実を認めて争わず、また弁護人からも責任無能力である旨の主張はなされていないが、被告人のこの供述は公訴にかかる外形的事実関係の存在を承認したに止まり、バー港から出て自動二輪車を運転するに際し、酒酔い運転の故意があつたことや、その当時に自動二輪車運転を抑止する注意能力があつたことまでも認めたものとは解せられない。従つて以上のような証拠関係の下において被告人が自動二輪車の運転を開始した時において運転抑止の注意義務を遵守する能力を有し、かつ事故発生当時酒酔い運転の故意をもつて運転をしていたものとして本件業務上過失傷害並びに酒酔い運転の罪を認定した原判決には事実誤認、理由不備の違法があつて、破棄を免れない。論旨は理由がある。
よつて弁護人の控訴趣意中量刑不当の主張についての判断を省略して、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三七八条第四号、第三八二条に則り、原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に従い被告事件につき検察官の各予備的訴因追加を許可した上、各本来的訴因の証拠上認め難いことは前示のとおりであるから各予備的訴因につき更に次のとおり判決をする。
(罪となるべき事実)
被告人は自動車運転の業務に従事する者であるが、昭和四三年九月二日午後六時半頃から長野県飯山市大字瑞穂柏尾部落所在の神社における会合で飲酒した上、入湯の目的で自動二輪車を運転して同県下高井郡野沢温泉村大字豊郷に至り、帰途も右自動二輪車に乗るつもりで午後七時五〇分頃同所八六六一番地バー「港」附近に駐車した上、同バーに入つたが、被告人はこれ以上に飲酒するときは(イ)道路交通法の禁止する酒酔い運転をするおそれがあることを認識しながらこれを認容し、かつ、(ロ)酔余の運転により前方注視が不十分となり操縦を誤つて、人身、物損等の事故を惹起するおそれがあることを認識し、飲酒を厳に抑止すべき注意義務があるのに不注意によりこれを認識せず、右バー「港」において接客婦四名と共にビール八本を飲み、更に午後八時五〇分頃同所八六五五番地バー「寿」に赴き同所でビール一本飲み、
第一、右(ロ)の如く飲酒した過失により殆んど泥酔状態に陥り、右自動二輪車を運転して帰宅する途中同日午後九時四〇分頃野沢温泉村大字豊郷六四六三番地の四の道路上において酔のため前方注視が不十分となり、道路右側を同方向に歩行中の松村まさの(当時五九年)を発見できずその後方より同人に自車を衝突顛倒させ、因つて同人に加療六月を要する右上腕骨骨折、右側胸部挫傷、右腰部打撲の傷害を負わせ
第二、右(イ)の如く飲酒し、よつて同時刻頃右豊郷六四六三番地の四附近の道路上において身体に呼気一リツトルにつき〇・五ミリグラムのアルコールを保有し正常な運転ができないおそれのある状態で右自動二輪車を運転したものである。
(遠藤 青柳 菅間)