東京高等裁判所 昭和44年(け)22号 決定 1969年12月11日
異議申立・請求人 大手利夫 外八名
決 定
(異議申立人・請求人氏名略)
右請求人らに対する上訴費用補償請求事件について、昭和四四年九月二九日東京高等裁判所第三刑事部がなした上訴費用補償請求棄却決定に対し、右請求人らからそれぞれ適法な異議の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。
主文
本件各異議申立を棄却する。
理由
本件各異議申立の趣意及び理由は請求人ら連名提出の異議申立書記載のとおりであるからここにこれを引用する。
所論は、原決定が、刑事訴訟法第三六八条により補償が許される費用は、当該事件の被告人であつた者の負担において支出されたものに限られるものと解するを相当とする、とし、本件において、群馬県教職員組合または日本教職員組合が各弁護人にそれぞれ控訴審における請求人らの弁護のための費用を支払つたとしても、請求人らの負担においてなされた事実は認められないから、請求人らの各補償請求は許されない、と判断したのは、法令の解釈を誤つたものである旨を主張し、その理由として、(1)、請求人らは第一審裁判所において無罪判決の言渡をうけながら検察官の控訴により防禦を強いられたもので、いずれも経済的余裕がなくやむを得ず日本教職員組合(以下単に組合という)が、請求人らに代つてその弁護料、報酬(以下弁護費用という)を弁護人らに支払つたのであり、請求人らが費用の補償をうけた暁には、請求人らはその全額を組合に返納すべき義務を負うものである。かかる場合と請求人ら自身が現実に弁護費用を支出した場合を別異に取扱うことは、同法条の解釈を誤つたものである。(2)、請求人らが刑事訴追をうけた行為はいずれも請求人らが組合の方針に基き正当な組合活動としてなしたものであり、これに対する刑事訴追延いては控訴に対し、組合は必要にして合理的な費用を支出したものであり、これによつて請求人らは通常自ら支出すべき費用の負担を一応免れたのである、かかる場合に組合が蒙つた損失は何ら補償される方法がないという原決定の解釈は不合理である。(3)、請求人らはいずれも組合の組合員であり、組合の経費は請求人らを含む組合員の組合費によつて賄われているから、検察官の控訴により組合が弁護費用を支出したことにより同額の損失を蒙つているのに、これを請求人らの負担においてなされたものでないとする原決定の判断は誤りである、というのである。
よつて按ずるのに、上訴費用の補償に関する刑事訴訟法第三六八条の趣旨は、検察官のみが上訴した場合において上訴の棄却又はその取下があつたときは、応訴を余儀なくされた被告人であつた者に対し、その応訴するために要した費用を同法第三六九条所定の範囲及び額において補償し、以て被告人であつた者の経済的負担を填補することにあると認められるから、補償を受けるべき者は当該事件の被告人であつた者に限るというべきであり、第三者が被告人であつた者のため支援、救援活動として出捐した弁護費用の如きは、被告人であつた者が右第三者に対し契約その他の定めにより後日これが返還をしなければならないという義務を負担しているという関係のあることを認め得る特殊の場合を除き、被告人であつた者としてもこれが補償を求め得べき限りではないと解すべきであり、換言すれば、補償の請求が許される費用は結局当該事件の被告人であつた者の負担において支出したものに限ると解するのが相当であるといわなければならない。然るに、本件異議申立事件記録並びに上訴費用補償請求事件記録によれば、本件においては、請求人らの控訴審における弁護費用(以下、本件弁護費用という。)は群馬県教職員組合又は日本教職員組合(以下組合という)がそれを各弁護人に支払つたものであり、請求人ら自身がそれを負担した事実は認められず、更に組合と被告人であつた請求人らとの間において前記の如き組合の出捐にかかる弁護費用の返還をなすべき旨の法的関係が予め設定されていたことを認めるに足りないから、請求人らの本件補償の請求はこれを認めるに由なきものといわざるを得ない。この点に関し、請求人らは原決定後において本件弁護費用は組合が支払つたが、その費用の補償が請求人らになされた場合にはその全額を組合に返納する義務のあることを証明する旨の昭和四四年一〇月一一日付日本教職員組合名義の証明書を疎明として提出しているが、右返納義務なるものが前段説明の基準に合致するか否かは不明で、本件請求権があるという疎明があるものとはなし難い。所論は、請求人らにはいずれも本件弁護費用を支払う経済的余裕がないのでやむなく組合が請求人らに代つてそれを各弁護人に支払つたというのであるが、所論が自ら指摘しているとおり、請求人らが刑事訴追をうけついで検察官の控訴に応じた行為はいずれも組合の方針に基き組合活動としてなしたもので、組合は控訴の弁護に必要にして合理的な費用を支出したものであるということを前提とすれば、かかる組合の出捐は群馬県教職員組合規約第一九条第七号にいわゆる救援に関すること、第二一条第一五号の「第一九条第七号の諸事項で緊急止むを得ざるものの決定」というような組合活動の条項に基づくものと認めざるを得ず、又、かかる請求人らは、同規約第三四条にいう組合の運動のために損害又は不利益を蒙つた組合員というに該当し、且つ本件弁護費用は同条所定の救援または法廷費用として支出される場合に該当するものと認められるのであつて、本件弁護費用の支出は組合自体の責任と負担においてなされたことが認められるが、元来組合員が組合費を納めているのは、かかる組合の救援費用、法廷費用の出捐等組合の運動を期待しているためであると認められるのに、後日これを組合に返還しなければならない義務があるなどというのは、この点につき同条末尾において定める如き、必要な規則が別に定められており、それに基づくという場合ならば格別、その規則の有無につき何ら疎明のない本件においてはにわかに首肯し得ない議論である。前記「証明書」なるものが疎明として採用できないのは、それが如何なる組合規則に基くものであるかということを解明するに足りないからでもある。これを要するに、組合の右出捐によつて請求人らが個人として支出すべき費用の負担を免れたとしても、後日組合からその返還を求められる性質のものとは認め難いので、この組合の出捐が補償されずその損失に帰したとしても、原決定の解釈を不合理視し、かかる場合に、右出捐が請求人らの負担においてなされたものでないと判断したことを非難するのは当らない。原決定には刑事訴訟法第三六八条の解釈適用を誤つた違法、不当の廉は存在しない。論旨はいずれも理由がない。
よつて、本件各異議の申立はその理由がないので、刑事訴訟法第四二八条第二項・第三項、第四二六条第一項後段により、主文のとおり決定する。