東京高等裁判所 昭和44年(ネ)2490号 判決
本件疎明および前認定の事実に弁論の全趣旨をあわせれば本件二回の争議行為にいたる以前、会社は多年の累積赤字に悩み、月々巨額の負債を生みつつ、将にその存立が危ぶまれ、崩壊に瀕していたものであり、昭和三八年ついに本州中部を根拠地として業界に有力な地歩を占める中日と業務提携するの止むなきにいたったものであって、爾後会社は次第に直接間接中日の影響支配を受け、中日側は巨億の資本を投入した以上会社再建を急務と考えた結果、その一環としての労務対策が会社をして前認定のようなもろもろの態度に出でしめたものと推測することができる。このような場合、組合としていかに対処すべきかは相当問題ではあろう。事実本件二回の争議において、年末一時金にせよ、春闘ベース・アップにせよ、組合のえた結果は当初の要求額を大幅に下まわり、みのり少なきものに止まったのであって、これを客観的に見ればそこに会社には財政の限界があり、組合には闘争力の限界があったものと評することができよう。それにも拘らず本件における一連の経過に即してみれば、被控訴人らのいわゆる岩切執行部がことさらに闘争至上主義に固執して組合員を煽動して違法行為にいたらしめたというより、下からのもり上りもあったという面があることも否定できないことをあわせ考えると、被控訴人らの行為は、諸般の情況上やむなくして行ったものであって、その過程において前記のような若干の行き過ぎを生じ、その限度で違法行為の評価を受け、それに相当する責任を負うべきものというべきである。しかし、争議行為の一部に行き過ぎがあったとしても本来正当な範囲内にある争議行為までを含めて全体が違法になるものではなく、会社のこれら争議行為全体から受けた損害のうちで違法行為による損害部分はこれを区別しなければならず、被控訴人らの責任についてもまた同様である。以上の観点に立って考察すれば、会社が、被控訴人岩切、同増田、同松岡、同染谷に対してした本件各懲戒解雇処分は、いずれもその責任に対する結果としてはその間社会観念上相当なるべき均衡を欠き、重きに失するものであって、結局において懲戒権の濫用であると解せざるをえない。従って右の各処分は他の点について論ずるまでもなく、この点において無効とすべきものである。
(浅沼 岡本 田畑)