大判例

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東京高等裁判所 昭和44年(ネ)2499号・昭44年(ネ)2578号 判決

一、第一審被告新聞社が昭和三八年一二月一日付の下野新聞朝刊第二面九段、一〇段目左側に、第一審原告ら主張の見出しを付して第一審原告ら主張の内容の記事(以下本件記事という。)を掲載したことは当事者間に争いがない。右見出し及び本件記事は、要するに宇都宮警察署では、第一審原告ら家族のうちの誰かが二男次郎の生まれながら口の形が変つているのを悲観して、口や鼻をおゝつて殺したとの疑いを強め、近く第一審原告らを取り調べることになつた旨を報道するもので、「調べによると」として以下嫌疑事実が摘示され、警察署の捜査結果をその発表に基づいて摘示した形式をとつており、警察の捜査段階において第一審原告らに対する右のような嫌疑が強まり、近く取り調べることになつたとの事実を報道しているものと読みとるべきであつて、第一審被告新聞社が右嫌疑を真実なりと断定して、主観的認識を記事として掲載したものと認むべきでないことは明らかである。

しかし右の事実は、犯罪の容疑に関するものであるから、これが新聞記事として報道されることにより第一審原告らの社会的評価を傷つけ、その名誉を害したものと認めることができる(もつとも第一審原告鮎沢慈子は当時七才であり、又同鮎沢努は二才であり、特別の事情のない限りかゝる幼児年少者が殺人罪を犯すと考えられないことは経験則上明らかであるから、本件記事がこれら両名をも容疑者のなかに含めて警察が捜査の対象として報じたものでないことは明らかであり、又一般読者も本件記事により右両名についてそのような印象を抱くことのないこともまた明らかである。従つて第一審原告鮎沢慈子及び同鮎沢努は本件記事により名誉を害されることはありえない。)

二、しかしながら本件記事に扱われた事柄が公共の利害に関するものであり、その報道が専ら公共の利益をはかる目的でなされたことは疑を容れないところであつて、かゝる目的で公共の利害に関する事実を公表することにより他人の名誉を毀損した場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、右行為には違法性がなく、不法行為は成立しないものと解するのが相当であり、もし、右事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときには、右行為には故意もしくは過失がなく、結局、不法行為は成立しないものと解するのが相当である。本件についてみるに、本件記事の摘示している事実、即ち、第一審原告らの誰かが次郎の口や鼻をおさえて殺害したとの主要部分の事実については、これを認めるに足る証拠がないから、いわゆる真実性の証明はないものといわねばならない。よつて本件記事は、第一審被告新聞社の被用者である社会部記者杉山幹夫が取材し、社会部長小林孝がその報告に基づいて原稿を書き、整理部担当者において見出しを作成したものであることは、当事者間に争いがないところ、これら各担当者らが本件記事を取材、執筆、編集するに当つて右事実を真実と信ずるにつき相当の理由があつたか否かについて判断する。

〔証拠〕を総合すると、第一審被告新聞社社会部記者杉山幹夫が昭和三八年一一月二九日午後八時半頃取材のため宇都宮警察署に詰めていたところ、市内の栃木国立病院から死亡した嬰児が担ぎこまれた旨の電話による変死の届出があつたので、小林社会部長の指示を受け、早速病院に直行し、検視のため臨場していた生田目警部補に事件の内容について尋ねたところ、同人は発表の権限はないし、又解剖しなければ結果はわからないとのことであつたこと、宇都宮警察署では被疑者不明の殺人被疑事件として立件し、鑑定処分許可令書の発付を受け、翌三〇日午前一〇時より一一時三〇分まで一時間三〇分にわたり福田芳男捜査第二課長ら立会の上、医師黒須周作方において同医師の執刀により解剖が行われ、その結果次郎の直接の死因は気道閉塞による窒息死と判定され、右判定に基づき同日正午過ぎに殺人被疑事件として捜査を進めることを決定したこと、なお、同署の捜査官は、右事件について第一審原告ら家族の誰かが次郎の生まれながら口唇が変形し、殆んど手術不可能の症状であるのをうれえて殺害したのではないかとの一応の推測もしくは見込みを持つていたこと、杉山記者は、同日午前中国立病院で取材し、午後二時頃黒須医師方に赴き解剖の結果を尋ねたところ、同医師は、外傷はなく、内臓に異常がないが窒息死であつて、死因には疑いがある、死亡した嬰児の口の形が変つていたので、誰かがやつたものか、と言いながら手で自分の口を押えるような動作を示したので、同記者はその要点をメモし、小林社会部長に中間報告をしてその後の取材について指示を受けたこと、なお、小林社会部長は、県警察本部に照会して鑑定処分許可令状が殺人容疑で発付されていることを知つたこと、その後杉山記者は、宇都宮警察署に廻り刑事官袖山誠に会い、黒須医師から聞いたことを詳しく述べて事実を確めたところ、刑事官の説明も黒須医師と喰違うところはなく、死因に疑いがあるのだから新聞に書いてもよいと諒解を与えたこと、よつて杉山記者は、夕方頃小林社会部長に殺人くさいと報告し、同部長から再度警察及び黒須医師について調査するとともに、第一審原告方で取材するよう指示されたので、早速同家を訪ねたが、面会を拒否されて取材できず、近所の酒屋で明日秘かに葬式をするらしいと聞いたにとゞまつたこと、同記者は、午後九時半頃再度袖山刑事官及び黒須医師についてさらに調査し、袖山刑事官に重ねて記事にすることについての諒解を確認した上、電話で社会部長に以上の取材の結果に基づき本件記事と同内容の報告をしたこと、同部長は、締切り時間が迫まつていたので、右報告に基き本件記事を起稿し、整理部において見出しをつけ、本件新聞に掲載報道されたこと、なお、小林社会部長は、原稿を整理部へ廻わす前に念のため電話で袖山刑事官に記事内容について確かめ、さらに容疑者について早急に捜査を進めない理由を質したところ、容疑者は家族の者と思われるが、別に逃げかくれするわけでなし、葬式がすむまで二、三日待つても大したことはないとのことであつたこと、そして宇都宮警察署は、次郎の葬式の終つた後、第一審原告鮎沢邦彦、同久子、同まさの出頭を求め、参考人として取り調べていること、なお、宇都宮警察署においては、捜査経緯の発表等広報の権限は、署長並びに刑事官に属していたこと、以上の事実が認められ、〔反証排斥〕他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

以上認定事実によれば、本件記事の取材に当つた杉山記者は、黒須医師及び袖山刑事官について取材して情報を得たものであつて、袖山刑事官からの取材は、捜査当局の公の広報活動によるものでないとはいえ、単に捜査担当官から私的に得た情報ではなく、捜査の責任者であり、かつ、署長とともに捜査当局の見解を発表する権限を有する袖山刑事官から直接説明を受け、しかも再度にわたり取材の結果を報道することにつき袖山刑事官の諒解を得ているのであるから、捜査当局の公の発表に近いものとして信頼に値する情報であると判断したものであり、又杉山記者から右取材の内容及び経緯につき詳細報告を受けた小林社会部長は、すでに鑑定処分許可令状が被疑者氏名不明とはいえ殺人容疑で発付されたことを知つており、本件記事を起稿するとともに念のため記事内容につき袖山刑事官に確認し、近く第一審原告らを取り調べることも確認しているのである。さらに袖山刑事官及び黒須医師から得た情報が生後三ケ月の嬰児の窒息による変死であり、しかもその嬰児が生まれつき口の形が変つているということであつたことを併せ考えれば刑事被疑事件として取扱うことに疑いをはさむべき情況も認められない。もつとも杉山記者は、捜査当局及び黒須医師について取材したのみで、自主的調査により右情報についての裏付取材はしていないけれども、報道の迅速性の要求からして、さらに右事件の特殊性から第一審原告方以外には取材源はないに等しいところ、杉山記者は、第一審原告方で取材を拒否され、結局断念したものであつて、当時の段階ではたとえ第一審被告新聞社において自主的に調査しても捜査当局から得た情報以上に真相を探知しえたとも考えられないから、裏付取材をしなかつたからといつて責めることはできない。してみれば捜査がはじまつたばかりの当時の段階においては、第一審被告新聞社の各担当者が本件記事を真実と信ずるにつき相当の理由があつたものというべきであり、本件記事の内容の真実性に関し故意、過失はないものといわなければならない。げんに、当審証人袖山誠の証言によれば、宇都宮警察署においては現在もなお右事件につき捜査を継続中であつて、捜査を打切つていないのである。

三、従つて、第一審被告らは、本件記事を下野新聞に掲載することにより第一審原告らの名誉を侵害したことによる不法行為の責任を負わないものといわなければならず、又本件記事の掲載により第一審原告らのその余の権利、利益を侵害したと認めるに足る証拠はないから、その余の点について判断するまでもなく第一審原告らの本訴請求はいずれも失当であり、棄却を免れない。

(石田哲 小林定 岡垣)

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