大判例

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東京高等裁判所 昭和44年(ネ)2521号 判決

控訴人は、本件和解によつて被控訴人らは控訴人に対し本件建物を昭和四五年三月三一日まで使用収益させる義務を負つたと主張し、被控訴人らはこれを争い、本件建物の明渡を右期日まで猶予したにすぎず、控訴人に本件建物を使用収益させる義務まで負担したものではないと主張する。

おもうに、一般的には、建物の賃貸借契約を合意解除すれば、賃借人は建物の使用収益の権利を失つて直ちにこれを賃貸人に返還する義務があり、賃貸人が一定期限まで明渡を猶予することを約諾していても、それは右の返還義務の履行を右期限まで猶予するだけのことであつて、これによつて賃借人が新たに建物を使用収益する権利を取得するものではなく、他方賃貸人としては、明渡の猶予を約したことによつて、約定の期限までは賃借人が無権利で建物を使用することを受忍する義務があるけれども、それ以上に賃借人に建物を使用収益させる義務まで負うものではないということができる。しかし賃貸借契約の合意解除および明渡猶予の条項によつて和解が成立していても、賃貸人が賃借人に対し、和解中または和解外において、明示または黙示に、賃貸借契約の合意解除の結果賃借人が被る賃借権の喪失や他に移転する必要による損失を補償するため、賃借人をして明渡猶予期間中建物を使用収益せしめ、これをもつて右補償の全部または一部に代えることを約しているような場合は、右の補償は賃借人が賃貸借契約の合意解除に応ずるについての条件であるが、あるいはその対価的意味をもつていると考えられるのであつて、前叙のような明渡猶予の条項の趣旨にかかわらず、なお賃貸人としては右期間中賃借人をして建物を使用収益させる義務を負うものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、<証拠>によれば、被控訴人文次郎は被控訴人らの前記建物明渡請求訴訟の提起に先立つて中野簡易裁判所に調停を申立てたが、明渡の代償として控訴人は金一〇〇万円を要求し被控訴人文次郎は金一〇万円の限度でこれを容れたにとどまつたため不成立に帰し(右調停の申立および不成立の事実は当事者に争いがない)、次いで前記各訴訟事件の併合審理中和解が試みられたが、控訴人は依然金一〇〇万円の要求を維持し被控訴人らは金員の支払を拒否したため成立に至らず、その後控訴人の代理人矢田英一郎弁護士と被控訴人らの代理人木内茂弁護士との間でさらに接渉し、被控訴人らは控訴人に金員の支払をしないが、明渡猶予期間中控訴人に本件建物を利用させてその収益を取得させる方法によつて解決することとなり、再度の和解勧告によつて前記のような内容の本件和解が成立するに至つたこと、もつとも本件和解の条項自体には控訴人に本件建物を使用収益させるという右の趣旨が明確に表現されてはいないので、これを補足して明確にするため、本件和解成立の日と同日付で被控訴人らの代理人木内茂弁護士作成の控訴人あて念書(甲第二号証)が差入れられたこと、右念書は、前記のとおり昭和四五年三月末日の明渡猶予期限まで控訴人が本件建物を住宅の用に供する限度で自己使用するも他に転貸するも自由であるとの趣旨の条項のほか、本件建物の増改築を除く修理改修は控訴人において自由になしうる旨の条項、ならびに被控訴人らが和解条項のとおり西潟および中島を昭和四一年九月末日までに退去させられなかつた場合は、同日から両名が退去するまでと同じ期間だけ明渡猶予期間を延長する旨の条項を内容とするものであること、以上の事実が認められ、原審における被控訴人桜井文次郎本人尋問の結果中右認定と牴触する部分は採用しがたいところである。右認定の事実からすれば、被控訴人らは控訴人に対し、本件建物の明渡によつて控訴人の被る損失を補償するため、金員をもつて支払うことには応じなかつたけれども、その代りに明渡猶予期間中控訴人をして住宅に使用する限度で本件建物を自由に他に転貸させ、その収益を控訴人に取得させることを約諾したのであつて、右期間中控訴人に本件建物の使用収益をさせる義務を負つたものといわなければならない。

(菅野 小林信 中平)

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