東京高等裁判所 昭和44年(ネ)2574号 判決 1971年2月23日
理由
一 被控訴人らが共同して昭和三九年三月一五日三央電機株式会社(以下、三央電機という)あてに、(一)金額一五〇万円、満期昭和三九年七月五日、(二)金額一五〇万円、満期昭和三九年八月五日、(三)金額二〇〇万円、満期昭和三九年九月五日、(一)、(二)、(三)とも支払地長野県上伊那郡辰野町、支払場所伊那信用金庫小野支店、振出地上伊那郡辰野町の約束手形各一通(本件手形三通)を振り出し交付したことは当事者間に争いがなく、最終裏書欄を除き《証拠》によれば、次の事実が認められる。
新井電気工業株式会社(以下、新井電気工業という)は昭和三九年三月一五日三央電機から本件手形三通を裏書譲り受け、次で同月二三日前記(一)、(二)の約束手形を株式会社日本相互銀行に裏書譲渡し、同銀行は株式会社八二銀行に取立委任裏書をし、同銀行はこれを伊那信用金庫に取立委任裏書をした。そこで、伊那信用金庫は各満期またはこれに次ぐ二取引日内に支払場所で支払いのための呈示をしたが支払を拒絶されたので右(一)、(二)の約束手形は順次返戻されて日本相互銀行に戻つた。新井電気工業は同年七月二九日(一)の約束手形を、同年八月三一日(二)の約束手形をいずれも日本相互銀行から受け戻しそれぞれ無担保裏書譲渡を受けた。また、新井電気工業は前記(三)の約束手形を昭和三九年八月二八日日本相互銀行に取立委任裏書をし、同銀行は株式会社八二銀行に取立委任裏書をし、同銀行は同年九月三日さらに伊那信用金庫に取立委任裏書をし、同金庫は満期に支払場所で(三)の約束手形を支払のため呈示したが、支払を拒絶されたので右手形は順次返戻されて新井電気工業に戻つた。
新井電気工業が本件手形三通を期限後控訴人に裏書譲渡し、控訴人が本件手形三通の所持人であることは、当事者間に争いがない。
二 よつて被控訴人の抗弁について判断するのに、《証拠》によれば、次の事実が認められる。
被控訴人小野貞一郎、訴外新井電気工業等は、東京都目黒区月光町一三九番地に本店を置くミニコ株式会社(以下ミニコという)の債権者であつたが、ミニコは、昭和三八年七月頃不渡り手形を出して倒産し、その取締役で控訴人の養子鈴木通作は、被控訴人小野に対しミニコの債務を引き受け、同年一〇月一〇日鈴木フミ所有の宅地東京都墨田区向島五丁目一四二番五宅地二五八坪三合一勺に債権元本極度額八〇〇万円、順位二番の根抵当権を設定させて(同年一〇月二五日登記ずみ)被控訴人小野から融資を受け、同被控訴人のあつせんで同年一〇月三〇日前記月光町一三九番地に本店を置く第二会社三央電機を設立し、同会社がミニコの債務を引き受け経営のたて直しを図つたけれどもやはり資金繰りに窮したので責任者の通作は新井電気工業に融資を依頼することになりその手段として被控訴人ら振出の手形が新井電気工業に交付された。そしてその当時である昭和三九年三月初め頃、三央電機、新井電気工業および被控訴人両名らは協議のうえ被控訴人小野が鈴木フミに対して有する前記根抵当権を新井電気工業代表者である新井麻男に譲渡する(昭和三九年五月一九日登記ずみ)代りに、被控訴人両名は本件手形金債務の責を負わず、鈴木通作が一切責任を負う旨の合意がなされた。ところで結局、本件手形三通が順次不渡りとなつたので、新井麻男は前記合意に基づき鈴木通作と交渉した結果、新井電気工業も了解のもとに、本件手形金債権およびその他の鈴木通作に対する貸付金を合計した債権につき、鈴木フミ所有の東京都墨田区向島五丁目一四四番宅地七五坪、同一四六番宅地七一坪五合、同一四七番宅地一一四坪六勺の土地三筆を代物弁済させ(昭和四〇年三月三日付売買による所有権移転登記をそれぞれ同年同月一一日、同年四月一二日、同年三月一一日経由)で決済し、本件手形三通を鈴木通作に返還した。
《証拠》中右認定に反する部分は採用することができず、ほかにこれを動かすだけの証拠はない。
右事実によれば被控訴人らは、債権者である新井電気工業に対し本件手形債務を負わない特約に基づき実質上の責任者である通作においてこれを決済したことによる手形債務消滅の人的抗弁をもつて新井電気工業から期限後裏書を受けた控訴人に対抗することができるわけだから、控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきである。
三 よつて、控訴人の本訴請求を認容した手形判決を取り消し、右請求を棄却した原判決は相当であつて、これに対する本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条一項に従いこれを棄却する
(裁判長裁判官 西川美数 裁判官 園部秀信 森綱郎)