東京高等裁判所 昭和44年(ネ)264号・昭44年(ネ)234号 判決
八、最後に第一審原告は、本件訴訟のための弁護士費用金九二万円を本件事故による損害賠償として請求する。よつて按ずるに、わが民法は金銭債務の不履行による損害賠償については、特約のない限り法定利率(約定利率が法定利率を超えるときは約定利率)によつて定めることとしており(民法四一九条)、右不履行のためにこれが請求に要した費用その他は、訴訟費用、執行費用等法律に定めるもののほかは右不履行によつて生じた損害として請求しえないことを原則としている。不法行為に基づく損害賠償債務も原則として金銭債務であり(同法第七二二条、第四一七条)、右債務は不法行為の発生(要件の充足)と同時に客観的に発生するものであり、それ故に不法行為の時から右債務は履行すべきものとなり、その不履行に対しては遅延損害金を請求しうべきものとなるのである。されば不法行為は金銭債務を発生せしめる一原因に過ぎず、その点で契約、事務管理、不当利得等となんら異なるところはない。従つて金銭債務たる損害賠償債務の不履行を解消するため、その請求に訴訟その他の方法を余儀なくされ、その費用を要したとしても、これが右不法行為と因果関係があるというだけでは、これらの費用を右不法行為による損害として賠償請求を認めることはできないのである(もつとも相手方が不法にした登記を抹消するために要した費用の如き、現実の違法状態を排除するためのものであつて、金銭債務の履行請求と関係のないものは別である)。このことは、不法行為における被害者の救済、特に交通事故によるそれが急務であるということだけで、わが民法の基本構造から来る右結論を左右すべきものではない。ただ、すでに客観的に発生している不法行為による損害賠償義務が明白であるにもかかわらず、相手方(債務者たる加害者)が不当にこれを抗争し、そのため被害者たる債権者が右請求権を訴求することを余儀なくされ、その弁護士費用等を出費せざるをえなくなつたような場合には、右請求を拒否する相手方の行為自体が違法とされ、本来の債務を履行しない違法(すなわち債務不履行)のほかに別箇の不法行為を構成するものとして、はじめて、これを右不法行為による損害として請求できるものと解するのが相当である。これを本件についてみるに第一審被告は本件事故をひきおこしながら、それによる損害の賠償を不当に拒否していたわけではなく、かえつて前掲証人唯木彬の証言によれば、第一審被告は当初から右賠償に誠意を示し、本件事故の賠償関係は後遺症に対する慰藉料をも含めて、すべて本件和解契約の成立によつて解決し、ただ右和解契約第五項による今後の治療費・入院費及び治療のための休業補償費のみが残つているものと考えていたというのであり、本件和解契約成立までの経緯及び示談書の記載内容からして、第一審被告がそのように考えたとしてもあながち不当とはいえず、しかも治療費・通院費及び治療のための休業補償費の点については、右示談書においては将来発生した場合に関することとされており、第一審被告は今までその支払を拒否した事実はなく、第一審原告は本訴においてはじめてその支払を請求するにいたつたものであるから、第一審被告は第一審原告の右請求を不当に拒否し、その結果第一審原告をして本訴提起のやむなきにいたらしめたものとはとうていいえない。もつとも第一審被告は原審で一部敗訴し、一部賠償を命ぜられながら控訴したものであるが本件については第一審原告もいち早く控訴しており、当審における裁判上の和解勧告の経緯においては第一審被告は本訴認容金額を上廻る金員の支払すら提示しながら、第一審原告訴訟代理人はその独自の主張に固執してこれを拒否したため、妥結にいたらなかつたことは当裁判所に顕著であり、これらの事情に徴すれば本件控訴が一部第一審被告に不利に結果したからといつて、この控訴をもつて不当抗争とするには当らない。すると本訴のための弁護士費用は、本件事故による損害とは認めがたく、従つて右弁護士費用の請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当である。
九、されば第一審被告は第一審原告に対し、自動車損害賠償保障法による請求として慰藉料金二五〇万円及びこれに対する本件事故後である昭和四一年九月一日から支払ずみまで、本件和解契約による請求として損害金六六万円及びこれに対する請求拡張の日の翌日であることの記録上明らかな昭和四六年四月二八日から支払ずみまで、各年五分の遅延損害金を支払う義務はあるが、その余の義務はないことが明らかである。
(浅沼 岡本 田畑)